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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

この東京で責任を負う決意をする。

 レインさんに魔力賦与ディストリビュートパワーなる魔法をかけてもらって、かろうじて車は動かせた。
 適当な車を見繕って渋谷に向けて走らせる。


「このまま渋谷駅までいっていいですか?」


 時計は午後5時を回っている。
 本当はどこかに止めて歩くべきなんだろうけど、1分も無駄にはしたくない。


「まあ好きにしろ。探索者ギルドに商人を呼んである」
「ゴメン、どいてどいて!」


 クラクションを鳴らしながら車を走らせると、道を歩いていた獣人や人間が驚いたような顔で飛び退った。迷惑ドライバーで申し訳ない。
 スタバのビルのすぐそばに車を止める。車の周りを取り囲んだ人垣をかき分けて、ビルに駆けこんだ。


 元スタバのホール、現在は探索者ギルド内はがらんとしていて、身なりのいい男が2人いた。
 アーロンさんが呼んでくれた商人だろう。何から何までぬかりない。


「カザマスミトさま、おかえりなさい。アーロンさんの指示で商人を呼んであります」
「この宝石を買ってほしい、今すぐに」


 袋の中から、戦利品の指輪やネックレスなどをざらざらと机の上に出すと、駆け込んできた僕を値踏みするように見ていた2人の目の色が変わった。
 ギルドの受付のお姉さんもぽかんと口をあけている。


「これをどこで手に入れられたので?」
「素晴らしい品ですな」


 2人が手袋をはめて宝石の鑑定を始めた。
 時計を見ると5時20分。日が沈むころ、ってのはいつなのかはっきりしないけど、まだ太陽は出ている。ゆっくりとした手つきがじれったい。


「申し訳ないけど、早くしてほしい」


 言っても仕方ないのかもしれないけど口に出てしまう。こんなことをしているうちに間に合わなくなったら…… 


「すべて鑑定しないとわかりませんが……すべて本物なら200000エキュトは下りません。
すべて鑑定するのに1週間ほど時間を頂きたい」
「私としても同感です」


 宝石を見ながら二人が言う。
 1週間。こちらの事情を知らないから当然なんだろう。大金を動かすんだから、慎重になるのは勿論僕にだって分かる。
 でも、1週間なんて待てるわけがない。


「偽物じゃない。今すぐに換金してほしい」


 今は1週間後の金になんて価値はない。1時間後であっても無意味だ。


「それはさすがに……もう少し鑑定しなくては」
「……おいくら必要なので?」


 片方は渋ったけど、もう一人が口を開いた。


「最低でも120000エキュト」
「……いいでしょう。130000エキュトで買い取ります」


「売った。すぐに払ってくれ」
「結構です」


 宝石をその商人のほうに全部押しやる。
 その商人が懐から割符の束を取り出して並べ始めた。話が早くてありがたい。


「ちょっと待ってください。鑑定の時間さえいただければ200000はお支払いしますよ?」
「ありがたい話だけど、今すぐに必要なんだ」


「アーロンさん?この人は正気ですか?あと少し待っていただければ200000エキュトかそれ以上が手に入るのに」
「ちょっと変わった奴だが、正気なのは俺が保証するよ」


 いつのまにかスタバビルに入ってきていたアーロンさんが答えてくれる。


「これで130000エキュトです。お確かめを」


 商人が割符を渡してくれた。
 確認する暇はない。いくら何でもギルドでの取引でインチキはするまい。紙束をつかんでスーツのポケットに突っ込んで外に飛び出した。
 空はもう赤く染まり影が長く伸びている。間に合うか。





 スタバビルを出て車に走り寄ろうとしたけど、人だかりができていた。
 管理者アドミニストレーターの力は切れているから、いまはただの鉄の塊だけど。


 もう日が沈むまで間がない。
 あいつが先にきていたら、なにもかもおしまいだ。西武に向けて走った。魔法を連発した体が重りをつけられたように重い。ちょっとした坂道が堪える。


 なんとか西武まで辿り着いてドアを開けてロビーを見渡した。
 前と同じくカウンターがあり、その前の机にアルドさんが一人で座っている。まだあの胸糞悪い貴族は来ていない。


「あいつは?まだ来てないな?」
「まだ日が沈んでおりませんので、お越しになってはおられません」


 アルドさんが前と変わらない落ち着いた調子で答えてくれた。


「じゃあ確認してくれ。120000エキュトあるはずだ」


 ポケットから札束のように割符を机の上に積みあげた。アルドさんが驚いた顔をする。


「……失礼して改めさせていただきます」


 アルドさんが割符を一枚づずつ確認していく。妙に静かな中、割符の紙が触れ合う音だけがする。
 息が詰まるような5分間ほどの時間が過ぎて、アルドさんが大きく息を吐いて割符を机の上に戻した。


「……確かに120000エキュトを頂きました。取引は成立です。
セリエ、ユーカの二人はスミト様にお引渡しいたします」


 アルドさんが宣言する。同時に、カウンターの向こうで大歓声が起こった。


「ユーカちゃん、よかったね!」
「離れ離れにならずに済みそうじゃないか!セリエ!!」
「小さい兄ちゃん、あんたすげえな!!どんな魔法を使ったんだ?」


 カウンターの向こうには、皆に囲まれた二人が見えた。
 セリエは信じられない、という顔、ユーカはうれしい、という顔をしている。見ればわかる。言葉はいらなかった。
 間に合ったんだ。よかった。本当に。 


「随分にぎやかだな、どうかしたのか?」


 そんな中、ドアを開けてあの男が入ってきた。


「おや、先日の探索者か。120000は稼げたのかね?
まあ、別れを惜しみにきたというなら少しぐらい待つのはやぶさかではないぞ」
「……申し訳ありませんが、もう買い取りは終わっておりまして」


「……なんだと?」
「この二人はこちらのスミト様のものでございます」


 アルドさんが淡々と告げた。
 何を言っているのか分からない、という顔をした男にアルドさんがテーブルの上の割符を示す。


「なんだ、あれは?」
「先ほどスミト様のお支払いになりました、120000エキュトでございます」


「馬鹿な……二日で120000エキュト稼いだというのか?
「確かに受け取りました」


 勝ち誇った顔色がみるみる青ざめる。
 この野郎の言っていたことで一つだけ同意できることがあった。たしかに希望が砕けちる様は見ものだ。相手がゲス野郎であるのなら心が痛まなくていい。


「倍額を支払う。言いたいことはわかるな?」
「……取引はすでに成立しております。ご希望がありましたらスミト様とどうぞ。
私の関知するところではありませんので」


 アルドさんは取り付く島もない、という感じで男の言葉を一蹴する。
 男が僕をにらみつけるようにしてこっちに来た。


「おい、おまえ。あの二人を私に譲れ。
よく聞け、いいか?お前には二つの利点がある。
一つは金だ。お前が出した金の3倍、いや5倍を払ってやろう。しがない探索者には破格だろう?」


 なんといわれても答えは決まっているから、僕が口を開く必要はない。
 黙っていると男が勝手に話をつづけた。


「二つ目は貴族とのつながりだ。
わが主、ラクシャスさまに口をきいてやろう。貴族とのつながりはお前の役に立つぞ?いい条件だろう。あの二人を私に譲れ」


「まず言うけど、僕はラクシャスなんてしらん」
「馬鹿か、貴様?どこの田舎者だ?」


 この状況でも高慢ちきな上から目線なのは一周回って感心してしまうな。


「それに、お前が今の10倍積んでもあの二人は譲らない。100倍でも答えは同じだ。
だが、断る。誰もが金と権力にひれ伏すと思ったか?」
「……正気か、おまえ?」


 これ、さっきも言われたな。


「ああ正気だ。でもあんたには感謝はしてるんだ。2日間くれなかったら無理だった。
そんなあんたに僕の故郷のいい言葉を教えてやる。謙虚にふるまって、さっさととどめをさせ、だ。
話は終わりだ、さっさと消えろよ。ご主人様にお仕置きされなきゃいいな」


「およびじゃねぇんだよ、貴族様よぉ!」
「帰れ、コラ!」


 カウンターの向こうの奴隷達からも罵声が浴びせられた。


「探索者や奴隷を見下してたかもしれんが、てめえみたいな権力をかさに着る奴は万人に嫌われるんだわ」


「ただで済むと思っているのか?」
「2日で120000稼ぐ探索者相手に力ずくでくるのか?いいぞ、かかってこい。
その時は遠慮なくその頭に風穴開けてやる」


 すさまじい目でにらまれる。だが、目はそらさない。


「覚えていろよ」


 絵にかいたような捨てセリフを吐いてそいつは出ていってドアが荒々しく閉められる。西武渋谷店一階に静寂が戻った。





「話は終わりましたでしょうか」


 アルドさんが声をかけてくる。


「終わりましたよ。ありがとうございます。
でも倍で売れるんならあいつに売ってもよかったんじゃないですか?」


 アルドさんが肩をすくめる。
 現代日本ならともかく、契約が法的に拘束力のある世界とも思えないし、そもそも契約書を交わしたわけでもない。
 反故にされる可能性はあったから、一瞬ヒヤッとした。


「商売を長く続けるのに大事なのは信用です。金に目がくらんで一度成立した取引を解消することはできません」


 アルドさんが変わらずに淡々とした口調でいう。
 見上げた精神というか、というかなんというか。倍額の取引を蹴っ飛ばすんだから、なんとも誠実な話だ。正直言って感心してしまう。


「……それに。どうせ売るならば、よりましな相手に売れた方がいい、とは思っております」


 アルドさんが少し笑って深々と頭を下げた。
 アーロンさんがこの人を紹介した理由がなんかわかる気がした。


「お買い上げ有難う御座います。制約コンストレインをかけなおしますので少しお待ちください」





 簡単な荷物を携えてまずはユーカが出てきた。


「ごめんなさい……お兄ちゃん」
「なにが?」


 目が真っ赤だ。待ってる間不安にさせたんだろう。


「……嘘ついたって思った。来てくれないって。お兄ちゃんなんて嘘つきだって」
「僕も間に合わないんじゃないかって思ったよ」


 本当にタッチの差だった。嘘つきにならなくてよかった。
 そのまま腰のあたりに抱きついてくる。


「……ぎゅってして」


 言われた通りにぎゅっと頭を抱いてあげる。


「……お兄ちゃん、ずっと一緒にいれる?」
「うん」


「……セリエとも?」
「大丈夫だよ。ずっと一緒だ」


 次に、以前のメイド衣装のセリエが出てきた。


「来てくれなかったら、必ず貴方様の喉を食い破りにいったでしょう」
「そりゃこわい。死ななくてすんでよかったよ」


 こちらは割とまじめに言ってる気がする。食い殺されなくてよかった。


「でも……私……貴方様にいろいろと失礼なことを言いましたのに……こんなにしていただいて。
なんとお礼を申し上げればいいのか」


 うつむいて僕の肩に顔を預けてきたセリエにちょっと意地悪したくなった。
 僕はサドではないけど、ささやかに仕返ししても許されるだろう。


「じゃあ、お礼にキスしてよ」
「えっ、あの……」


「嫌かな?」
「えっと……そういうのは……」


 予想外の言葉だったんだろう。犬耳がピンと立ちあがり、取り澄ました顔が真っ赤に染まる。
 うん。トゲトゲしてるよりこういう方がかわいいな。


「冗談だって、冗談。じゃあいこうか」


 まずはアーロンさん達に報告しないと。





 アルドさんが課した新たな制約コンストレインは僕の命令に服することだった。
 その証として、僕と、セリエ、ユーカの手のひらには黒い文様の文様のようなものが刻まれた。これが主人と奴隷の証、ということらしい。


 二人を連れてスクランブル交差点の方に戻ると、アーロンさん達がスタバビルの横で待っていてくれた。


「おお。無事に終わったようだな」
「間に合ったんですね。よかったです」
「ほーう、かわいこちゃんじゃねぇか。しかも二人。スミトが夢中になるのもわかるぜ」


 この二人についてはうまくいった。でもさっきの状況で引っかかることも出てしまった。


「この二人だけ買って、これって僕の自己満足なのかなって」


 僕が二人を買ったときに、他の奴隷が喝采を送ってくれた。あれは奴隷の間である種の仲間意識があるってことなんだろう。
 たんなる商品売買ならこんなことは思わないが。ああいうのを見ると色々と考えてしまう。
 この二人はこれでいいけど、他の奴隷たちはどうなるんだろう。


「気持ちはわかるがな。おまえが彼女たちを買わなければ彼女たちはもっと酷い境遇に置かれていたんだろ?」
「……多分」


 セリエの態度や、あいつの執着から見るに、単なるハウスメイド候補が欲しかっただけとは思えない。なんらかの因縁があったんだろう。とてもじゃないけど、大切に扱われたとは思えない。


「全員を救うことができないからといって、二人を見捨てる方がよかったのか?」
「いえ……そうは思いませんね」


「それでいいさ。救えるなら一人でも救え。そうすればその一人分でも世界はよくなる」


 アーロンさんがいつも通りの口調で言ってくれた。そういわれると少し気が楽になる。


「……ったく、旦那もスミトも何でそう一々堅苦しいんだ」


 リチャードが呆れたって感じの口調で言う。


「スミト、お前はこの子たちがかわいかったんだろ?助けたかったんだろ?
難しいことはいいじゃねぇか。助けたいから助けた。そんだけだろ」
「まあね」


 色々思うところはあったけど、多分根本の部分はシンプルに、僕に何かできるなら助けたかったってだけだ。


「じゃあそれでいいだろ。
それに、他の奴らに不公平だって思うんなら稼ぎまくってみんな買っちまえ。そうすりゃハーレムだぜ、オイ。毎日違う子と楽しめるんだ。男の夢だろ」


 こっちはこっちで相変わらずだ。レインさんが冷たい目でリチャードを見ている。
 それに気づいてないのか、リチャードが肩を組んできた。


「で、どっちが本命だ?」
「なにが?」


「おいおい、いまさらとぼけんなって。
獣人はベッドの上でも強気らしいぜ。スミト、お前みたいな奥手のやつだと尻に敷かれるぞ。大丈夫か?
でもこっちはちょっと小さすぎるって、痛ぇ!」


 肩を寄せて話しているところで、レインさんの杖の一撃がリチャードのすねにさく裂した。


「品がありませんよ!」
「レインちゃん、スロット武器で殴るのはダメでしょ、せめて足踏むくらいにしてくれよ」


 見た目より痛かったらしい。抗議するリチャードを一睨みして、レインさんがしゃがみ込んでユーカに話しかける。


「ユーカちゃん、私はレインといいます。この下品なお兄さんからは離れましょうね。向こうで何か飲みましょう」
「はい!よろしくお願いします。私、ユーカ・エリトレア・サヴォアです!」


 レインさんに手を引かれてユーカが天幕の方に立ち去っていった。本名は結構長いんだな。


「まったくひでぇ話だぜ、冗談だってのによ」
「スミト、先に行くぞ」


 そのあとを脛を押さえながらリチャードとアーロンさんが続いていく。


「じゃあ、僕らも行こうか」
「ご主人様……」


 よばれてて振り返ると間近にセリエの顔があった。


「……いまは二人です」
「うん。そうだね」


「……口づけしていただけますでしょうか、ご主人様」
「ああ、いや、さっきのは冗談だって。無理強いするつもりはないよ」


 セリエがふるふると首を振る。


「ご主人様がたった二日間であの大金を稼ぐのにどれだけ危険な思いをしたか。
そのくらい、私にだってわかります。
そして、お嬢様をお救い下さった……ご主人様に口づけしていただけるのはこの上ない幸せです」


 あのツンツンした感じから、えらい豹変ぶりだな。


「……でもあの場にはお嬢様もおられましたし。もう少し場を考えてください」


「で、僕からするわけ?」
「もちろんです。
奴隷の方からご主人様に口づけするのは失礼にあたります。粗相があってはいけませんし」


 真顔で言い返された。
 そういうもんか。キスをねだられるなんて今までの僕の人生ではなかった話なんだけど……正直人前でやるのは微妙だ。周りを見ると、はかったように人通りはないんだけど。


「いや、でもそれはちょっとなぁ……」
「私なんかに口づけして頂くのは恥ずかしいということでしょうか。でも先ほど……」


「ちょっと待って。恥ずかしいとかそういうのじゃなくて」


 ガルフブルク流だとそういう解釈になるのか。
 相手が誰であっても路チュー、というか公共の場でキスするのは抵抗がある……という今の僕の感覚は現代日本人的な感覚で、それを伝えるのは無理だろう。誰もいないからいいってもんでもない。
 世界の壁を超えた文化の違いだ。


「……お願いします」


 真剣な目でセリエが僕を見る。どうやら、逃げる、はぐらかす、という選択肢はなさそうだ。
 目の前にはかわいい獣人の女の子。ラブラブなキスをしたいというのは本音だけど……やはり此処では抵抗がある。


 仕方ない、勿体ないけど手短に済ませよう。きっと次の機会もあるはず。
 セリエの肩を抱き寄せて、軽く唇を触れ合わせた。


「これでいいでしょ?じゃあ……」
「あの!」


「はい……」
「えっと……これでおしまいなのでしょうか?やはり私の失礼な言動に……お怒りなので……」


 なんか縋りつかれたまま、うるんだ目で見上げられる。あらためて周りを見回すが人通りはなかった。
 ……もうせっかくだから好きにさせてもらおう。呪文の詠唱の時にも学んだけど、変に照れがあるより、開き直る方がむしろ恥ずかしさがない。


「わかったよ。じゃあ準備良い?」
「……はい」


 細い腰を抱き寄せるとセリエが目を閉じた。
 キス待ち顔が間近に近づいて心臓の鼓動が倍くらいのスピードになってる気がする。手が震えそうになるけど、なるべく平静を装う。そのままセリエにキスした。
 遠慮する気もなくしたので、舌を差し入れる。このバカップルを見るんならもう好きにしてくれ、という感じだ。


「きゅうっ、くうん」


 舌の先端を絡め合わせると、セリエが強く体を寄せてきた。甘い吐息が頬にかかる。
 ああ、ここにべッドがあれば……などと妄想した。


 気分的には3分くらい、実際はどのくらいか分からないけど、たっぷりセリエの唇を堪能して、キスをおわらせた。
 セリエがくたっと僕に体を寄せてくる。薄く産毛の生えたうなじを犬にするようにそっとなでると、体がぴくっと震えた。


「そこ、なでられるの好きです……」


 ぎゅっと僕にしがみついて、胸に縋りついてくる。顔を上げると、いつものセリエに戻っていた。
 栗色の意思の強さを秘めた目が僕を見つめる。


「ありがとうございます、ご主人様。
お嬢様とともにいさせてくれて。命をかけてお仕えいたします」


 そういうと、セリエも天幕の方に駆けて行った。
 後ろ姿を見守りつつキスの余韻に少し浸る。さて、僕も行くか。


「よう、遅いぞスミト」


 と、歩き出したところで声をかけられた。見ると、スタバビルの陰にリチャードとアーロンさんがいる。
 どこからか見られていたらしい……不覚にも全然気づかなかった。


「いやー、遅いなって思ってよ。心配になっちまったんだ。
魔獣にでも襲われてたら大変だからな。無事でよかったぜ」


 リチャードがにやにや笑いながら僕の肩をたたいて天幕の方に歩いて行った。
 全部見られてたか……当分ネタにされそうだな、これは。


「あー、いや……すまんな、覗くつもりはなかったんだが」


 アーロンさんは気まずそうだ。
 本当に見られてるとか……僕から言うこともなにもないです、はい。顔から火が出る。


「奴隷を養うのは主人の務めだぞ、言っておくが」


 アーロンさんが真顔に戻っていった。


「買った以上は責任がある。頑張れよ」
「ええ。わかってます」


 僕の答えを聞くとアーロンさんが満足そうに笑った。


「さて、仕事は終わった。一杯やろうじゃないか。
デュラハンのコアクリスタルは結構いい値段がついたんだがな。まあそれはそれとして今日はもちろんスミトのおごりだろ」
「……そりゃもちろん」


 いくつもの明かりに照らされてにぎわう渋谷スクランブル交差点の天幕に向かって歩く。
 ユーカが手を振っているのが見えた。


 いつか元の東京に戻れる日が来るのか、その時僕はどうするのか。それは分からない。
 でもその時までは頑張って二人を守ろう。そう思った。





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