僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
表参道で戦車に追い回される。
予定通りに行けばいいけど、なかなかうまくいかないのが世の常。
朝早く出発したものの、表参道にたどり着くまでに何度もゲートが開き魔獣を相手にする羽目になった。せいぜいがオーガ程度の雑魚ばかりではあるけど、とにかく時間を浪費させられる。
流石にオーガを乗用車で撥ね飛ばすのは無理だ。次に急ぐときはトラックか何かを動かそうと思った。
時間を食わされて表参道にたどり着いた時にはもう日が高くなっていた。
◆
人がいない以外はあまり変わっていなかった恵比寿駅前と違い、表参道は、確かに何かが現れた跡があった。
横倒しになった車が散乱して、一部の店が火事かなにかで焼け落ちている。
今はなんの気配もないけど、何かが現れてもおかしくない、という不穏な空気は伝わってきた。
「スミト、何処へ行けばいい?」
「この建物を捜索します」
目標にしたのは表参道ヒルズだ。
事前に本屋で少ししらべておいたけど、ここが一番色々な店が固まっている。あちこちの宝石店をめぐるよりもここを探す方が効率はいい。
表参道ヒルズはデートで一度来たことがあるけど、吹き抜け構造のオシャレな建物で中はわかりにくい。
ただ、ここは管理者が有効に使える。
「管理者、起動。階層地図表示」
階層地図表示なら何がどこに何があるのかがすぐわかる。探索には便利な能力だ。
自分のいる階しか分からないのは面倒なのだけど、ぜいたくは言えない。
適当なジュエリーショップに入って、整然と並ぶショーケースのガラスを銃床で砕く。
なんかやってることが宝石泥棒そのまんまなので、非常に気が引ける。思わず防犯カメラを見てしまうけど、電源ランプはもちろんついていなかった。
「こんなのはどうでしょ?」
ガラスで手を切らないように取り出したのは、シンプルな立て爪にダイヤをあしらったシルバーのリングだ。値札を見て頭が痛くなった。僕の給料1か月分を超えてる。
レインさんがそれをじっくりと眺める。
「悪くはないですけど……石が小さいですし装飾もシンプルすぎます。
小さくてもいいからいくつかの石を組み合わせているものや、細工が複雑なものの方が値が付きます。そういうのを探しましょう」
「まあとりえず、これはこれでもらっとこうや」
こちらとガルフブルグでは、どんなものに価値があるのかは異なるわけだけど、この手の評価は女性の意見の方が参考になる。
レインさんがいるのは有り難かった。
地下一階、一階と順に捜索し、価値のありそうなものを中心に袋に入れていく。
二階まで来てようやくレインさんのお眼鏡にかなう店に当たった。
「素晴らしい細工ですね……ここのが一番ガルフブルグで良い値がつくと思います」
ついている値札は最初の店よりかなり低いのだけど、ガルフブルグで売るにはこちらのほうがいいらしい。
ブランドのグレードとかもあるんだろうけど、世界が変われば好みも違うってことか。
「よし、ここのを頂いていこうぜ」
「急げよ。ここは何が起きるかわからん。今回の目的は魔獣狩りじゃないからな、戦闘は避けたい」
アーロンさんがカーテンの隙間から外を警戒しながら言う。
「すげぇな、スミト。こんなの大公家のお嬢様だってつけてねぇぜ。こいつは高く売れるぞ」
「ほれぼれします。どんな職人の方が作られたんでしょうか……」
二人が指輪やネックレスを取り上げながら感嘆の声を上げた。
時間がないので、持ってきた袋に端から貴金属類を入れていく。店の2/3あたりまであさったところでアーロンさんの声が聞こえた。
「そこまでだ!撤収準備。ゲートだ」
「しゃあねぇな。これだけあれば大丈夫だろ、たぶん」
◆
階段を駆け下りヒルズの外に出ると、表参道の通りの真ん中に黒い塊が現れていた。しかも帰り道にするはずだった神宮前へのルートをふさぐ形で。
行き道でやたらと魔獣と遭遇したことといい、今日はどうにも間が悪い。
「さて、何が出てくるかねぇ。雑魚だったら行きがけの駄賃だ。狩ってこうぜ」
リチャードが鞭を構えて軽口をいう。確かにさっきまでのオーガとかそのくらいなら問題ないけど。
僕は近くの車に近寄った。いつでも逃げられるようにしておかないと。
緊張しながらゲートを見守る。前に見たのよりゲートのサイズが大きいのが非常に嫌な予感なんだけど。
黒い稲妻のようなものを放つゲートから、まず馬の前足が出てきて、巨大な2頭の馬が姿を現した。競馬の馬の1.5倍くらいはありそうだ。そして首がない。
次にその馬が引く古代ローマを舞台にした映画で見たような戦車がゲートから出てくる。
その戦車には右手に大剣、左手に自分の首らしき兜を下げた首なしの騎士がのっていた。
◆
「……デュラハン、だと?」
「ちょっとまて、こんなとこで会うかよ、普通」
ああいうの、どこかのゲームで見たことがあるような気がする。
ていうか……ヤバい相手なのは二人の反応で分かった。
ゲートが閉じると、2頭の馬がコンクリを前足の蹄で叩く。そして地響きを立てながらこちらに突撃してきた。
「【貫け、魔弾の射手!】」
銃を構えて一発撃ってみたが、あっけなく弾がはじかれる。鎧に傷一つつかない。
「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に還せ!】」
レインさんの放った炎の塊が首なし馬にぶつかる。パッと火の粉が上がるけど、まったく突進は止まらない。
車を跳ね飛ばしながら猛スピードでこちらに向かってくる。
「よけろ!」
アーロンさんが叫ぶ。あわてて左に飛んで突進ラインから外れた。
「馬鹿!そっちじゃない!」
誰かの声が聞こえた時には目の前の刃こぼれした巨大な剣が迫っていた。
よく考えれば左側に避けると右手の剣の攻撃範囲なのだ、と気づいた時にはもう遅い。
スピードはいつも通りゆっくり見えるけど……体勢が悪い。避けられない。とっさに銃身で受け止める。
「うわっ!」
銃から強烈な衝撃が伝わってきて、体が軽々と浮いた。
わずかな間があって、そのまま歩道の植え込みに突っ込む。木の折れる音がして、枝が体にチクチクと刺さった。
立ち上がろうとして、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。冷や汗が全身に噴き出して体が震える。
当たり前の話だけど、遅く見えるからと言って当たらないわけじゃない。
避けられない体勢で巨大な刃がゆっくりと迫ってくるのを見せられるのは、むしろさっさと切られるより恐ろしい。
一瞬遅れて現実がようやく認識できた。たった今……死にかけた。
この世界にはコンティニューも、セーブも、残機設定もない。もし防げなければ……今頃僕は真っ二つになってその辺に転がっていただろう。
吐き気がこみあげてきて、とっさに口を押さえた。
「気持ちは分かるが、今は立て!」
歯を食いしばっているとアーロンさんの声が上から降ってくる。
「逃げるんだ!死にたくなければ!」
顔をあげると、戦車は車輪でコンクリを削りながらそのまま青山通りの十字路あたりまで走り抜けたところだった。
広いスペースで、馬がもたもたと方向転換している。小回りはさすがに利かないらしい。
死にたくない。
それに、死ぬわけにはいかない。ここで僕が死んだら、ここまで来たのも何の意味もなくなってしまう。
「死んでたまるか!」
思わず声が出た。
「よし、いい気合いだ……立てるか?」
「ええ、なんとか」
アーロンさんが起こしてくれる。足に力を入れて無理やり立った。
「逃げるぞ、スミト。あいつは危険だ!」
「了解!」
立ち上がると不思議と少し気持ちが落ち着いた。
首なし馬が再び嘶きをあげて棹立ちになる。首がないのになぜ声が聞こえるのか、などと思ってる場合じゃない
「管理者、起動!動力復旧!」
手近なセダンのドアを開けてエンジンを起動させる。3人が乗り込んできた。
「行きます!」
表参道の道は幸運にも障害物となる車が少なかった。
アクセルを床まで踏み込むと、車体がはじかれたように前に飛び出す。
「あいつは不死系の魔獣でかなりしぶとい。魔法を一点集中するくらいでないと倒せんぞ」
助手席からアーロンさんが言う。
といわれてもいったいどうやって?僕は運転中だし、走ってる車から魔法で狙い撃ちは難しそうだ。
巨大な首なし馬が地響きを立てて坂を下ってきた。蹄の音が近づいてくる。
アクセルを踏んでスピードを上げる。ただ、こちらは車をよけながら走っているけど、向こうは車も街路樹もなぎ倒しながらの突撃だ。
バックミラーに映る戦車が次第に大きくなる。
「追いつかれます!」
レインさんの悲鳴のような声がバックシートから聞こえる。
このまま追いかけっこをしていたらいつか捕まる……魔法を使う時間を稼ぐためにも足を止めたいが、いったいどうやって?
「掴まって!」
神宮前交差点に突っ込み右にハンドルを切った。タイヤが音を立ててすべり、車体が斜めになる。
「きゃぁ!」
「おぉい、ひっくり返ったりしねえだろうなぁ」
レースゲームのドリフトのような動きで、車が神宮前交差点を曲がり切った。次にもう一度やったらたぶん失敗するだろう。まさに奇跡。
曲がってすぐの左前方に、大きなショーウインドウのブティックが見えた。
うまくいくかはわからないけど……もう悩んでる時間はなさそうだ。
「あの建物に入ります。入ったら車から降りて。僕が壁を作ります」
「壁ってなんだよ、おい」
「信じていいんだな?スミト」
「大丈夫です、まかせて。揺れますよ!」
フルブレーキを踏んで同時に左にハンドルを切った。バンパーが鉄の柵とぶつかってフロントガラスにひびが入る。
同時に音を立ててエアバッグが膨らんだ。顔をぶん殴られるような衝撃が来て視界が真っ白になる。
勢いのまま車がブティックに突撃した。ショーウインドウが砕ける音、棚をなぎ倒す金属音と衝撃が響く。
「止まれぇ!」
ブレーキを力いっぱい床まで踏みつける。床とタイヤがこすれあうスキール音が響き、車が店の奥でかろうじて止まった。
「無茶苦茶しやがるな、おい!」
リチャードの悪態を無視して、慌てて車を飛び出す。
「管理者!起動! 防災設備復旧。閉じろシャッター!」
権限外です、の表示が出たらいろいろと笑えなかったけど、そうはならなかった。
音を立てて店の前にスチールのシャッターがおりる。窓から差し込む光が消えて真っ暗になったと同時に、ギリギリのところで鉄の壁に首なし馬がぶつかった。
地震のように建物全体がゆれて、内側のガラスにひびが入る。
体から力が抜けるのが分かった。管理者を使いすぎだ。
だけど、まだ倒れるわけにはいかない。
「攻撃の準備を。最大火力で!!」
これがラストチャンスだ、おそらく。もう逃げる足がない。ここに追い詰められて乱戦になったら……全滅する。
「言われるまでもない。任せろ。
【来たれ黒狼、死を呼ぶ群れよ。荒野において慈悲は無用!牙を剥け、獲物の喉を】」
「皆さんの魔法を強化します!
【わが言霊が紡ぐは波、彼の力を水辺に広がる波紋のごとくなせ】」
「【俺の鞭は史上最速!食らっておとなしくおねんねしてな】」
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王ザミュエルよ、彼のものを生贄に捧げる!】」
スチールのシャッターが馬の前足で紙のように蹴り破られた。
砕けたガラスの破片が飛びちって、とっさに顔を覆う。目を開けると、ひしゃげたシャッターの大きな穴越しにデュラハンの姿が見えた。今!
「死んどけ!!」
金のオーラを纏ったリチャードの鞭がうなりをあげて伸びデュラハンの胸をとらえた。黒い胸甲に大きな傷跡が残る。動きが止まった。
「食いちぎれ!ブラックハウンド!!」
続いてアーロンさんが剣を横に薙いだ。
アーロンさんの影から黒いオオカミの群れが飛び出す。オオカミが首なし馬に噛みつき、馬が悲鳴を上げた。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
最後に僕の銃口から放たれた光弾がデュラハンに命中した。
巨大な火球が炸裂して、戦車ごとデュラハンが店の外に吹き飛ぶ。
巨体が向こうの通りまで吹き飛び、止まっていた車にぶち当たった。一瞬ののちに車のガソリンが引火し爆炎を噴き上げる。手応えあった。
バチバチと燃え盛る炎に包まれて馬は倒れて動かない。戦車も車軸がへし折れめちゃめちゃになっている。
だけど、炎の中でまだ騎士本体が動いている。信じられないことに、剣を杖にして立ち上がろうとしていた。
まだ戦えるのか、こいつは。まさに化け物だ。
「魔法はもう打ち止めだ」
「しゃあねぇ、だったら死ぬまで殴り続けてやるさ」
アーロンさんが剣を、リチャードが鞭を構える。気力がつきかけているけど、僕も銃剣を構えた。
火に包まれたまま立ち上がったデュラハンがよろめくように一歩踏み出す。
そこで、その膝ががくりと折れ、きしみ音を立てながらそのまま地面に倒れ伏した。
息を詰めて見守る僕らの前でもう見慣れた黒い渦が現れ、デュラハンの残骸を吸い込んでいく。
そして、あとにはあの蜘蛛よりかなり大きめのコアクリスタルが浮かんでいた。
……倒した。
「よっしゃ、やったぜ」
「さすがにくたばったな」
「危ないところでした」
安心したらどっと疲れが出た。管理者を使いまくった上に、最大火力の魔法をぶっ放して、体力的にかなり厳しい。
「急いで逃げるぞ。もう一体きたらさすがにもたん」
アーロンさんが言う。
そうだ、もう時間がない。間に合わなければこの苦労も意味がない。
一刻も早くもどらないと。
朝早く出発したものの、表参道にたどり着くまでに何度もゲートが開き魔獣を相手にする羽目になった。せいぜいがオーガ程度の雑魚ばかりではあるけど、とにかく時間を浪費させられる。
流石にオーガを乗用車で撥ね飛ばすのは無理だ。次に急ぐときはトラックか何かを動かそうと思った。
時間を食わされて表参道にたどり着いた時にはもう日が高くなっていた。
◆
人がいない以外はあまり変わっていなかった恵比寿駅前と違い、表参道は、確かに何かが現れた跡があった。
横倒しになった車が散乱して、一部の店が火事かなにかで焼け落ちている。
今はなんの気配もないけど、何かが現れてもおかしくない、という不穏な空気は伝わってきた。
「スミト、何処へ行けばいい?」
「この建物を捜索します」
目標にしたのは表参道ヒルズだ。
事前に本屋で少ししらべておいたけど、ここが一番色々な店が固まっている。あちこちの宝石店をめぐるよりもここを探す方が効率はいい。
表参道ヒルズはデートで一度来たことがあるけど、吹き抜け構造のオシャレな建物で中はわかりにくい。
ただ、ここは管理者が有効に使える。
「管理者、起動。階層地図表示」
階層地図表示なら何がどこに何があるのかがすぐわかる。探索には便利な能力だ。
自分のいる階しか分からないのは面倒なのだけど、ぜいたくは言えない。
適当なジュエリーショップに入って、整然と並ぶショーケースのガラスを銃床で砕く。
なんかやってることが宝石泥棒そのまんまなので、非常に気が引ける。思わず防犯カメラを見てしまうけど、電源ランプはもちろんついていなかった。
「こんなのはどうでしょ?」
ガラスで手を切らないように取り出したのは、シンプルな立て爪にダイヤをあしらったシルバーのリングだ。値札を見て頭が痛くなった。僕の給料1か月分を超えてる。
レインさんがそれをじっくりと眺める。
「悪くはないですけど……石が小さいですし装飾もシンプルすぎます。
小さくてもいいからいくつかの石を組み合わせているものや、細工が複雑なものの方が値が付きます。そういうのを探しましょう」
「まあとりえず、これはこれでもらっとこうや」
こちらとガルフブルグでは、どんなものに価値があるのかは異なるわけだけど、この手の評価は女性の意見の方が参考になる。
レインさんがいるのは有り難かった。
地下一階、一階と順に捜索し、価値のありそうなものを中心に袋に入れていく。
二階まで来てようやくレインさんのお眼鏡にかなう店に当たった。
「素晴らしい細工ですね……ここのが一番ガルフブルグで良い値がつくと思います」
ついている値札は最初の店よりかなり低いのだけど、ガルフブルグで売るにはこちらのほうがいいらしい。
ブランドのグレードとかもあるんだろうけど、世界が変われば好みも違うってことか。
「よし、ここのを頂いていこうぜ」
「急げよ。ここは何が起きるかわからん。今回の目的は魔獣狩りじゃないからな、戦闘は避けたい」
アーロンさんがカーテンの隙間から外を警戒しながら言う。
「すげぇな、スミト。こんなの大公家のお嬢様だってつけてねぇぜ。こいつは高く売れるぞ」
「ほれぼれします。どんな職人の方が作られたんでしょうか……」
二人が指輪やネックレスを取り上げながら感嘆の声を上げた。
時間がないので、持ってきた袋に端から貴金属類を入れていく。店の2/3あたりまであさったところでアーロンさんの声が聞こえた。
「そこまでだ!撤収準備。ゲートだ」
「しゃあねぇな。これだけあれば大丈夫だろ、たぶん」
◆
階段を駆け下りヒルズの外に出ると、表参道の通りの真ん中に黒い塊が現れていた。しかも帰り道にするはずだった神宮前へのルートをふさぐ形で。
行き道でやたらと魔獣と遭遇したことといい、今日はどうにも間が悪い。
「さて、何が出てくるかねぇ。雑魚だったら行きがけの駄賃だ。狩ってこうぜ」
リチャードが鞭を構えて軽口をいう。確かにさっきまでのオーガとかそのくらいなら問題ないけど。
僕は近くの車に近寄った。いつでも逃げられるようにしておかないと。
緊張しながらゲートを見守る。前に見たのよりゲートのサイズが大きいのが非常に嫌な予感なんだけど。
黒い稲妻のようなものを放つゲートから、まず馬の前足が出てきて、巨大な2頭の馬が姿を現した。競馬の馬の1.5倍くらいはありそうだ。そして首がない。
次にその馬が引く古代ローマを舞台にした映画で見たような戦車がゲートから出てくる。
その戦車には右手に大剣、左手に自分の首らしき兜を下げた首なしの騎士がのっていた。
◆
「……デュラハン、だと?」
「ちょっとまて、こんなとこで会うかよ、普通」
ああいうの、どこかのゲームで見たことがあるような気がする。
ていうか……ヤバい相手なのは二人の反応で分かった。
ゲートが閉じると、2頭の馬がコンクリを前足の蹄で叩く。そして地響きを立てながらこちらに突撃してきた。
「【貫け、魔弾の射手!】」
銃を構えて一発撃ってみたが、あっけなく弾がはじかれる。鎧に傷一つつかない。
「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に還せ!】」
レインさんの放った炎の塊が首なし馬にぶつかる。パッと火の粉が上がるけど、まったく突進は止まらない。
車を跳ね飛ばしながら猛スピードでこちらに向かってくる。
「よけろ!」
アーロンさんが叫ぶ。あわてて左に飛んで突進ラインから外れた。
「馬鹿!そっちじゃない!」
誰かの声が聞こえた時には目の前の刃こぼれした巨大な剣が迫っていた。
よく考えれば左側に避けると右手の剣の攻撃範囲なのだ、と気づいた時にはもう遅い。
スピードはいつも通りゆっくり見えるけど……体勢が悪い。避けられない。とっさに銃身で受け止める。
「うわっ!」
銃から強烈な衝撃が伝わってきて、体が軽々と浮いた。
わずかな間があって、そのまま歩道の植え込みに突っ込む。木の折れる音がして、枝が体にチクチクと刺さった。
立ち上がろうとして、背筋が凍るような感覚が襲ってきた。冷や汗が全身に噴き出して体が震える。
当たり前の話だけど、遅く見えるからと言って当たらないわけじゃない。
避けられない体勢で巨大な刃がゆっくりと迫ってくるのを見せられるのは、むしろさっさと切られるより恐ろしい。
一瞬遅れて現実がようやく認識できた。たった今……死にかけた。
この世界にはコンティニューも、セーブも、残機設定もない。もし防げなければ……今頃僕は真っ二つになってその辺に転がっていただろう。
吐き気がこみあげてきて、とっさに口を押さえた。
「気持ちは分かるが、今は立て!」
歯を食いしばっているとアーロンさんの声が上から降ってくる。
「逃げるんだ!死にたくなければ!」
顔をあげると、戦車は車輪でコンクリを削りながらそのまま青山通りの十字路あたりまで走り抜けたところだった。
広いスペースで、馬がもたもたと方向転換している。小回りはさすがに利かないらしい。
死にたくない。
それに、死ぬわけにはいかない。ここで僕が死んだら、ここまで来たのも何の意味もなくなってしまう。
「死んでたまるか!」
思わず声が出た。
「よし、いい気合いだ……立てるか?」
「ええ、なんとか」
アーロンさんが起こしてくれる。足に力を入れて無理やり立った。
「逃げるぞ、スミト。あいつは危険だ!」
「了解!」
立ち上がると不思議と少し気持ちが落ち着いた。
首なし馬が再び嘶きをあげて棹立ちになる。首がないのになぜ声が聞こえるのか、などと思ってる場合じゃない
「管理者、起動!動力復旧!」
手近なセダンのドアを開けてエンジンを起動させる。3人が乗り込んできた。
「行きます!」
表参道の道は幸運にも障害物となる車が少なかった。
アクセルを床まで踏み込むと、車体がはじかれたように前に飛び出す。
「あいつは不死系の魔獣でかなりしぶとい。魔法を一点集中するくらいでないと倒せんぞ」
助手席からアーロンさんが言う。
といわれてもいったいどうやって?僕は運転中だし、走ってる車から魔法で狙い撃ちは難しそうだ。
巨大な首なし馬が地響きを立てて坂を下ってきた。蹄の音が近づいてくる。
アクセルを踏んでスピードを上げる。ただ、こちらは車をよけながら走っているけど、向こうは車も街路樹もなぎ倒しながらの突撃だ。
バックミラーに映る戦車が次第に大きくなる。
「追いつかれます!」
レインさんの悲鳴のような声がバックシートから聞こえる。
このまま追いかけっこをしていたらいつか捕まる……魔法を使う時間を稼ぐためにも足を止めたいが、いったいどうやって?
「掴まって!」
神宮前交差点に突っ込み右にハンドルを切った。タイヤが音を立ててすべり、車体が斜めになる。
「きゃぁ!」
「おぉい、ひっくり返ったりしねえだろうなぁ」
レースゲームのドリフトのような動きで、車が神宮前交差点を曲がり切った。次にもう一度やったらたぶん失敗するだろう。まさに奇跡。
曲がってすぐの左前方に、大きなショーウインドウのブティックが見えた。
うまくいくかはわからないけど……もう悩んでる時間はなさそうだ。
「あの建物に入ります。入ったら車から降りて。僕が壁を作ります」
「壁ってなんだよ、おい」
「信じていいんだな?スミト」
「大丈夫です、まかせて。揺れますよ!」
フルブレーキを踏んで同時に左にハンドルを切った。バンパーが鉄の柵とぶつかってフロントガラスにひびが入る。
同時に音を立ててエアバッグが膨らんだ。顔をぶん殴られるような衝撃が来て視界が真っ白になる。
勢いのまま車がブティックに突撃した。ショーウインドウが砕ける音、棚をなぎ倒す金属音と衝撃が響く。
「止まれぇ!」
ブレーキを力いっぱい床まで踏みつける。床とタイヤがこすれあうスキール音が響き、車が店の奥でかろうじて止まった。
「無茶苦茶しやがるな、おい!」
リチャードの悪態を無視して、慌てて車を飛び出す。
「管理者!起動! 防災設備復旧。閉じろシャッター!」
権限外です、の表示が出たらいろいろと笑えなかったけど、そうはならなかった。
音を立てて店の前にスチールのシャッターがおりる。窓から差し込む光が消えて真っ暗になったと同時に、ギリギリのところで鉄の壁に首なし馬がぶつかった。
地震のように建物全体がゆれて、内側のガラスにひびが入る。
体から力が抜けるのが分かった。管理者を使いすぎだ。
だけど、まだ倒れるわけにはいかない。
「攻撃の準備を。最大火力で!!」
これがラストチャンスだ、おそらく。もう逃げる足がない。ここに追い詰められて乱戦になったら……全滅する。
「言われるまでもない。任せろ。
【来たれ黒狼、死を呼ぶ群れよ。荒野において慈悲は無用!牙を剥け、獲物の喉を】」
「皆さんの魔法を強化します!
【わが言霊が紡ぐは波、彼の力を水辺に広がる波紋のごとくなせ】」
「【俺の鞭は史上最速!食らっておとなしくおねんねしてな】」
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王ザミュエルよ、彼のものを生贄に捧げる!】」
スチールのシャッターが馬の前足で紙のように蹴り破られた。
砕けたガラスの破片が飛びちって、とっさに顔を覆う。目を開けると、ひしゃげたシャッターの大きな穴越しにデュラハンの姿が見えた。今!
「死んどけ!!」
金のオーラを纏ったリチャードの鞭がうなりをあげて伸びデュラハンの胸をとらえた。黒い胸甲に大きな傷跡が残る。動きが止まった。
「食いちぎれ!ブラックハウンド!!」
続いてアーロンさんが剣を横に薙いだ。
アーロンさんの影から黒いオオカミの群れが飛び出す。オオカミが首なし馬に噛みつき、馬が悲鳴を上げた。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
最後に僕の銃口から放たれた光弾がデュラハンに命中した。
巨大な火球が炸裂して、戦車ごとデュラハンが店の外に吹き飛ぶ。
巨体が向こうの通りまで吹き飛び、止まっていた車にぶち当たった。一瞬ののちに車のガソリンが引火し爆炎を噴き上げる。手応えあった。
バチバチと燃え盛る炎に包まれて馬は倒れて動かない。戦車も車軸がへし折れめちゃめちゃになっている。
だけど、炎の中でまだ騎士本体が動いている。信じられないことに、剣を杖にして立ち上がろうとしていた。
まだ戦えるのか、こいつは。まさに化け物だ。
「魔法はもう打ち止めだ」
「しゃあねぇ、だったら死ぬまで殴り続けてやるさ」
アーロンさんが剣を、リチャードが鞭を構える。気力がつきかけているけど、僕も銃剣を構えた。
火に包まれたまま立ち上がったデュラハンがよろめくように一歩踏み出す。
そこで、その膝ががくりと折れ、きしみ音を立てながらそのまま地面に倒れ伏した。
息を詰めて見守る僕らの前でもう見慣れた黒い渦が現れ、デュラハンの残骸を吸い込んでいく。
そして、あとにはあの蜘蛛よりかなり大きめのコアクリスタルが浮かんでいた。
……倒した。
「よっしゃ、やったぜ」
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「危ないところでした」
安心したらどっと疲れが出た。管理者を使いまくった上に、最大火力の魔法をぶっ放して、体力的にかなり厳しい。
「急いで逃げるぞ。もう一体きたらさすがにもたん」
アーロンさんが言う。
そうだ、もう時間がない。間に合わなければこの苦労も意味がない。
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