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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

一日だらけていたら翌日状況が一変していた。

 恵比寿でとったコアクリスタルは全部で1000エキュトになった。
 セリエたちの借り賃を引いても600エキュトの稼ぎだ。9万円相当。2日で稼いだと考えれば悪くない。


 翌日は1日オフにした。
 よく考えれば、突然誰もいない東京にすっ飛ばされ、探索者になり、ゲームの中に出てくるようなモンスターと2日間戦ったのだ。1日くらいはオフにしてもいいだろう。
 ホテルの部屋でゴロゴロするのも芸がないので、変わってしまった渋谷を歩き回った。


 エレベーターが動かないせいか、ビルはほとんど3階あたりまでしか使われていない。
 西武の一階から一番上まで歩いてみたけど、洋服や陶器、家具などは持ち去られて何も残っていなかった。一方、化粧品や薬とかは用途不明だったらしく隅に積み上げられていた。
 口紅くらいはわかったようだけど基礎化粧品がどうだのというのは異世界の人にはわかるまい。まあ僕にもわからないのだけど。


 本屋は荒らされた跡があったけど、そもそも字が読めなかったらしくほとんどの本は放置されている。
 ただ、画集コーナーと写真集コーナーは空っぽになっていた。芸術とイケメンとエロは次元の壁を超えるのだな、と思った。





 渋谷散策も半日程度で飽きてしまった。
 やることもないので天幕の下で、昼間からワインとガルフブルグ産のビールのような酒をなめながら、だらけて過ごした。
 ビールが冷えてないのはちょっとさびしいところだ。管理者アドミニストレーターの力でホテルの冷蔵庫でも使うか。
 そんなことを思いつつ、結局その日はだらけたまま終わった。


 さらに翌日。今日中にアーロンさん達も帰ってくるはずだ。
 帰ってきたときに酔っぱらっているのも体裁が悪いから今日は酒はやめておく。もう一度、今日は一日だけセリエとユーカの二人を借りて狩りにでも行こう。


 そう思って向かった西武渋谷店一階でアルドの口から意外なセリフが出てきた。





「あの二人はお貸しできません」
「それはなんで?」


 なんか拒否られるようなことを僕はしただろうか、と一瞬自分の行動を思い出すけど。


「あの二人には買い手が付きそうなのです。あちらの方です」


 カウンターの向こうで黒髪に紺色っぽいマントを羽織った男がセリエと何か話していた。
 なるほど。そりゃ、奴隷というか売り物である以上はそういうこともあるよなと思う……でもなんか残念だ。せっかく縁があったのに。


 しかし、1800万円近い現金をポンと用意できるんだから、大商人とか貴族とかそんなんだろう。
 金持ちってやつはどこの世界にもいるもんだ。うらやましい。
 僕の顔を見たユーカがカウンターから出てこっちに走ってきた。


「お兄ちゃん!」
「やあ、ユーカ。君たちとまた一緒に行きたかったんだけど……」


 言い終わるより前に、ユーカが僕の手を握った。


「私たちを連れてって!あの人、いやなの!」


 藪から棒な発言だ。何が嫌なんだろうか。
 カウンターの向こうでは男がセリエと何か話し続けている。面談中というか面接中、という感じだ。


 ユーカの髪をなでながら見ていると、セリエの表情が一変した。
 表情が薄い淡々とした顔が、こっちから見てもわかるほどの怒りの顔に変わる。何があった?


 男がセリエの耳元で何かいうとカウンターの中から出てきた。
 歩み去る男をセリエがものすごい目で睨んでいる。こっちまで若干引くほどの目つきだ。殺気が伝わってくる。


 男は、肌が少し浅黒く、髪も黒。そして耳がとがっている。ダークエルフ?かそのハーフって感じだ。
 仕立てのよさそうな細かい刺しゅう入りの紺色のマントのようなものをまとっている。ユーカをみてこちらに向かってきた。


「ユーカ。明日からはわが主をご主人様と呼ぶのだぞ。無礼は許さんからな」
「やだ!お兄ちゃんと一緒に行くんだから!」


 そういってユーカが僕の後ろに隠れる。


「ふむ。君は?」


 男が僕を見る……元の東京でもよく見た視線だ。権力者が下っ端を見下す目だ。


「探索者です」
「ふむ。おかしな身なりだな。で、ユーカが一緒にいくと言っているが。君が二人を買うということかな?
君のようなみすぼらしい、おっと失礼。探索者風情が120000エキュトを持っているのかね?
失礼ながらそんな風には全く見えないな」


 120000エキュトは大体1800万円くらいだろうか。もちろんそんな金はない。


「うん。言わなくても構わないよ。
わかっている。貧乏人に貧乏だと認めさせるほど私も非道ではないからね」


 ユーカが僕の手を強く握る。
 あのセリエの表情でなんとなく察しがついた。こいつに買われたら二人は離れ離れにさせられる。


「お兄ちゃん、一緒に連れてって!」


 ユーカがすがるような顔で僕を見た。
 カウンターの向こうに佇むセリエは何とも言えない目で僕等を見ている。悲しげでもあり、諦めているようでもあり、怒りのようでもあり。僕にはその心を図ることはできなかった。


 二日で1800万円を工面する。
 冷静に考えれば非現実的な話で、前の世界にいたら考えるまでもなく無理な話だ。こっちでも無理筋だろう。
 それに、相手は貴族なんだかそれとも偉い商人なんだか知らないけど。相応な権力者なのは間違いない。


「身の程が分かったかね。
では、ユーカの手を離してそこをどきたまえ」
「やだ!こっち来ないで!」


 僕が東京でサラリーマンをしていたら。目をそらして立ち去っただろうと思う。
 そもそもそんなお金はない。
 わずか数日前に少し会っただけだ。どうせもう会うこともない。
 それに、偉い人ともめたら周りに迷惑がかかるかもしれない。助けたって何の得もない。理由なんていくらでもいえる。


 ……でも、こっちに来る前にあの少年に話したことを思い出す。僕は世界をよくしたい、そう思っていたはず。
 ここで僕が何もしなければ。多分、二人はこいつに買われて引き離される。僕が買えればそうはならない。
 僕がそれをできるだろうか……ただ、この二人がどうなるかほぼわかっていて、何もしなかったら。きっと、いつまでも消えない心の引っ掛かりになるだろう。


 そういえば、アーロンさんが言っていた。世界は勝手に良くなったりはしない。自分で良くするんだ、だっけ。
 ああ、いいとも。僕が世界を良くしてやろう。


「ユーカ」


 まっすぐユーカの目を見つめた。
 本当にいいのか、僕を見つめ返すユーカの目に一瞬躊躇する。


「僕が……君たちを買う。待ってろ」
「ホントに!お兄ちゃん!」


 言ってしまった。ユーカが喜びで満ちた澄んだ目で僕を見つめる。


「本当だ。信じて」
「うん、待ってるからね。約束だよ」


 もう後には引けない。やるしかない。


「なるほど。それは立派な心意気だ。では私も貴族として下々の者に厚情を示さなくてはなるまいな。
では、君に2日間の時間をやろう。明日の日が暮れるまでだ。貴族の心の広さに感謝したまえ。アルド、明日の日が暮れるころにまた来るぞ」


 大仰に言うと男が出て行った。
 アーロンさん達の手も借りないといけないが、戻るまで下準備をしなくては。





 西武の外に出るとさっきの男が立っていた。


「君には感謝するよ、探索者君」
「何が?」


 こっちとしては話すことなんてないけど、感謝ってのは意味が分からない。


「絶望したものの顔を見るのはそれはそれで楽しくもあるし、わが主のお望みでもある。
あの二人を引き離すときにそれが見れれば十分だと思っていた」


 やはりそうか。
 セリエがあれだけの怒りを示すとしたらそれしかないだろうな、と思った。


「だが君があの二人に希望を与えた。
希望が与えられて、そしてそれが砕け散るのを見るのは、ただ絶望するものを見るより楽しいのだよ。知っているかね?」


 あきれ果てる性格の曲がりように頭が痛くなる。得意げに話す内容か、これは。
 ガルフブルグの貴族様はこんなのばかりではないと思いたい。


「なぜそんなことをする?そんなことしても意味ないだろ?」
「我々の事情で君のような下賤なものには関係がないことだ。
逆に聞くが、君はなぜ彼女たちのためにそこまでしようとするのかね?」


 なぜ、か。


「僕がどう思ってるかなんて、お前にゃわかんないだろうよ」


「明日が楽しみだよ、君。二人は君を信じて待つだろう。特にあのユーカはな。
君がドアを開けて現れて、金貨の山を積んでくれると。2日間望むのだ。かなわぬ望みなのにな。
私が明日二人を買うとき、彼女たちがどういう表情をするのか……」


 改めて責任の重さがのしかかってきた気がした。
 期待させた以上は、失敗しましたゴメンナサイってわけにはいかない。


「せっかくだ。君のご執心の二人を買ったらどうするか教えよう、まずは……ユーカの前でセリエを」
「おい!」


 もうこいつが何が言いたいのか察しがついた。


「逆でもいいんだがね」
「……いいからもう黙れ」


 武器を出して切りかかりたくなる衝動をかろうじて抑えた。不愉快すぎて黙らせないと、こいつを八つ裂きにしかねない。
 ここで武器を抜いて私闘をしたら罰せられるのかどうなのか。


「……その取り澄ました顔に風穴開けてやろうか」
「ほう。怖い顔だな」


「さっきの質問の答えを思いついたよ。てめえみたいなゲス野郎にあの二人を渡してたまるか」
「勇ましいな。明日、君の打ちひしがれた顔を見るのも楽しそうだ。せいぜい楽しませてくれよ」


「僕が120000エキュト用意できるかも、とか考えないのか?」
「それはそれは。どうやってかね?
ガルフブルグに戻って上位のドラゴンでも狩るかね?それともこの探索の進んでいない塔の廃墟でどこにあるかもわからない宝物でも探すのかね?2日間で?
まあ楽しみにしてるよ。せいぜい頑張り給え」


 僕の肩をポンとたたいて男はスクランブル交差点の方に歩いて行った。


 ドラゴンを倒すレベルの難易度か……改めて大変さが実感できた。でも。
 なんていうか、猛烈にやる気が出てきた。
 思い通りになんてさせるものか。
 絶対に。





 実を言うとカネを稼ぐのに当てがないわけじゃない。
 ただ問題は、120000エキュトになるかは分からないということだ。それにソロで無理をして、僕が死んでしまえば本末転倒だ。アーロンさんを待つしかない。


 しかし、ゲートの前で待てど暮らせど、なかなか戻ってきてくれない。
 誰かと待ち合わせしても、メールなり携帯なりで簡単に連絡が取れたから、当てもなくただ待つだけの時間ってのはあまり経験がないんだけど。なんというか、時間が異様にゆっくりと流れていくように感じる。
 イライラオーラが出ていたのか、ゲートの書記官や酒場のウェイトレス達が僕をいぶかしげにみていた。


 いい加減ゲートの向こうに行って首根っこをつかまえようか、と思った4時ごろ、ようやくアーロンさんが現れた。
 文句を言っても仕方ないが、遅い。


「おお、スミト待っててくれたのか」
「腕試しはできたか?」


「突然ですが、アーロンさん。
明日の日暮れまでに120000エキュト稼ぎたいんです。協力してください」


 僕の言葉を聞いた3人があっけにとられた、というか、何言ってんだこいつ、っていうような顔をする。


「なんだと?120000エキュト?」
「おいおい、スミト、何言ってんだ?博打で負けたにしてもやられすぎだろ」


 日本円換算で1800万だ。そりゃ驚くだろう。僕だって言われれば相手の正気を疑う。


「そうじゃないです。実は……」


 とりあえず手短に事情を説明する。


「なるほど。そういう事情か……しかし2日で120000とはな」
「だがよ、なぜお前がそこまでするんだ?情でも移ったのか?」


 情が移った、のか。なんでこうまでするのか。僕にも正直わからない。
 ただ、あの二人が引き離されるのを観たくなかった。それを見捨てる自分が嫌だった。今はあのゲス野郎な貴族様に一泡吹かせてやりたい、というのもあるけど。


「なんとなくです。でも約束してしまった以上、やることはやらないと」


 僕の顔をアーロンさんがじっと見る。


「……いい目になったな。どういう心境の変化か分からんが、二日前とは別人だ。いいだろう。力を貸そう。
お前らはどうする?」
「私はアーロン様に従うだけです。それに私も奴隷ですから……お手伝いできればと思います」
「そこまで入れ込むってことは、その奴隷はかわいこちゃんなんだろ。じゃあ俺が手を引くわけにはいかねぇな」


「……ありがとう」





 とりあえずホテルのロビーに移った。
 ロビーの机に本屋から持ってきた東京の地図を広げる。


「もちろんノープランってわけじゃないだろうな、スミト?」
「当然です」


 アーロンさん達が返ってくるまでに色々と考えた。
 アラクネのコアクリスタルは僕の取り分から考えれば2700エキュトくらいのはずだ。と考えると単純に計算しても55匹狩らなければいけない計算になる。
 一匹ずつ並んで狩られてくれればいいけど、そんな都合のいい魔獣はいないだろう。


 勿論単価が高いコアクリスタルを出すのもいるのかもしれないけど、あれより強い魔獣を狩ろうとしたらリスクは格段に上がる。
 中にはドラクエのメタルスライムのようにボーナス的なドロップをおいていくのがいるかもしれないけど。それ以前に問題として、そもそもどこにどんな魔獣が出るのかが、僕にはわからない
 いずれにせよ、魔獣を狩って二日で120000を稼ぐのはほぼ不可能だ。


 ということは、狙うはこの世界の宝物、ということになる。
 食料とか消耗品も売れそうだが、狙うべきは宝石類だ。小さくて持ち運びがしやすいし、装飾品とか宝石とか金細工とかの価値は場所を超えてもおそらく同じだ。
 実際に金細工の装身具を身に着けてる人はちらほらいた。売れるはずだ。


「どうでしょう?」


「それしかないだろうな。目のつけどころは申し分ない。やるじゃないか」
「こっちの世界の宝石細工はドワーフのものにも負けないって評判なんだぜ」


 問題は120000エキュト分を確保できるか、ということだけど。


「だがこのディグレア、まあシブヤでもいいが、この辺りはあらかた探索されつくしているから宝石はもうないだろう。どこかに取りに行く必要があるぞ。
それに、どんな魔獣が出るかわからない未踏域を当てもなく歩き回るわけにはいかない」


 管理者アドミニストレーターのスキルも便利ではあるけど、僕の最大の強みは、この世界のことをここの誰よりも知っていることだ。
 ブランドジュエリー店になんて僕は縁がないけど、銀座や表参道とかにそういう店がたくさんあることくらいは知っている。
 今回は時間がないから少しでも近い方がいい。


「僕らが会ったあの辺は新宿っていうんですけど、あそことここの中間くらいの場所にそういうところがあるはずです
どうでしょう?」


 地図を指さす。三人が微妙な表情を浮かべた。


「どうしたんです?」


「あの辺はなぁ……実はかなり強力な魔獣との遭遇報告があってな」
「俺たちがあの辺りを飛ばしてシンジュクとやらにいったのはそういう事情もあるんだ」


 そういうことか。
 でも宝石が売れるということはわかった。可能性があるなら行くまでだ。


「一人でも行く、って顔だな。安心しろ。付き合ってやる」
「お供しますよ。ご安心ください」
「そういう覚悟をしておけってことさ」


「なんでそこまでしてくれるんです?」


 頼んでおいていうのもなんだけど、正直言ってここまでしてくれる理由がわからない。
 まだ会って3日程度だというのに。善人にもほどがあると思う。


「俺たちはお前に助けられた。
アラクネは本来なら俺たち三人で戦えば問題なく勝てる相手だが、あの時はこちらも連戦で消耗していたし、突然塔の上から奇襲を受けてな。
お前がいなければ俺たちはあの地下でアラクネの餌になっていたかもしれん。
その恩は返す。それだけだ」


「それにお前と仲良くしとけば、この世界の探索では有利そうだからな。
タダじゃねぇぜ?スミト。いつか返せよ」


 ……僕は変な異世界のようなところに一人ぼっちで来てしまったけれど。でも出会いには恵まれた。それは本当に救いだ。


「感謝します」
「明日の早めに出かける。とってきたものを売るにしても大金だ。換金の時間がいるだろう。
早く帰れるにこしたことはない。商人に話を通しておくようにギルドに言っておいてやる。
スミト、お前は休め。戦闘になればお前にも前衛に立ってもらうぞ。腹はくくっとけよ」


 いいとも。望むところだ。





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