僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
変貌した渋谷駅前に愕然とする。
「スミト、お前、ここの世界の住人なのか?
じゃあこのすげぇ塔とか城みたいなのはお前の仲間が作ったのか?」
後ろからリチャード氏が聞いてくる。レイン嬢は座席に座って窓から珍しそうに外を眺めていた。
「僕はこの世界の住人ですけど、作ったのは僕じゃないですよ」
なんか今一つかみ合ってない気もするけど。どう答えれば適切なのか分からない。
そんなことよりこちらにも聞きたいことはむしろこっちにいっぱいあるのだ。
「聞かせてください。貴方たちは一体何もんです?ガルフブルグってなんですか?」
「俺たちの国のことだ。ガルフブルグ。
二月ほど前の話だがな、神託があって俺たちの国に新しいゲートが開いたんだ。そのゲートがつながっていたのが此処だ」
「はあ……」
聞いてはみたものの。ゲームの設定を説明されているようで現実感がまったくない。
「ガルフブルグの王がオルドネス公に、そのゲートを抜けた先にある世界の探索をするように命じたんだ。で、公が俺たち探索者に触れを出した。それで俺たちが来たってわけだ」
気のない返事をした僕をスルーして、アーロンさんが答えてくれた。
ガルフブルグ、ゲート、オルドネス公、そして探索者。説明してくれるのは有り難いけど、すでに4つもわからない単語がある。まあ門は何となく察しが付くけど。
それより大事なことがある。
「その時にこっちの世界に誰か人はいませんでしたか?」
まさかとは思うけど、それまでにいた日本人を皆殺しにしたなんてことは……でも日本には自衛隊があるし、そう簡単にいくとは思えないけど。
「いや、居なかった。
といっても俺たちがこっちに来て2か月ほどで、探索範囲もまだ狭いから確実とは言えんが。誰かに会ったという話は聞いたことがない。
今俺たちはこの街を塔の廃墟、と呼んでる」
塔の廃墟。どことなく東京に聞こえる。
「さっきのあれは?」
「魔獣だな。お前は見たことないのか?」
「僕らの世界にあんなのは居ませんよ、ゲームの中以外は」
「そうか。平和で羨ましいよ。
俺たちの世界ではよく見かける。ゲートをくぐって現れ人に害をなす。此処でも見るとは思わなかったが」
何か聞いていると、ガルフブルグとやらは魔物が居て、冒険者が居てそれと戦うって感じの剣と魔法のファンタジー世界って感じっぽい。
「スロットってわかります?」
「探索者の持つ力だな。お前だってさっきあのへんな槍で戦っていただろう
あれを作れるのはスロットホルダーだけだぞ」
「アーロンさんもスロット持ってるんですか」
「当たり前だ。リチャードもレインもだ。
でないととてもじゃないがあんな魔獣とは戦えんよ」
ということはあのへんな紙も、スロットのスキル設定とやらもガルフブルグでは一般的なものということか。
そんなことを話しているうちに車が竹下通りの前を通過する。ここも人影はない。
「自分のスロットってわかります?」
「そりゃあな。見えないとスロットのセットもできないだろ?」
自分では見える。でも他人からは見えないようだ。もしくは見せないだけなのか。
でも人のスロットを覗き見る能力とかはありそうな気がする。鑑定スキルとかは定番だし。
「アーロンさんはどんなスロットがあるんですか?」
「命を助けてもらって言うのもなんだが、それは言えん。スロットは自分の能力そのものだからな」
教えてくれなかった。スタンド能力者はスタンドを人にばらさない的な感じか。
神宮橋まできたので右折した。信号は消えている。代々木体育館がもうじき見えてくるはずだ。
明治神宮の森はいつも通りだった。そこだけ見ていればいつも見慣れた風景だ。
「スロット6って高いんですか?」
「高い。普通は連結しないと6にはいかんぞ」
とりあえず僕は能力には恵まれているようだということはわかった。
「管理者ってスキルはしってます?」
「いや、聞いたこともないな」
此方は一般的ではないらしい。車を動かせたけど、どういう効果があるんだろうか。
「もうすぐ目的地ですよ」
話しているうちにハローワーク渋谷を通り過ぎた。あともう少しでハチ公前だ。
「待った、止めてくれ、スミト」
突然アーロン氏が言った。言われた通りにブレーキを踏む。
「どうしたんです?もう少しありますけど」
「スミト、お前のこの乗り物は目立ちすぎる。今は見られないほうがいい。この辺なら魔獣とも遭遇しない。ここからは歩こう」
魔獣云々は置いておいても、渋谷駅前がどうなっているのかわからないけど。話を聞くにつけ自動車で横づけ、というわけにはいかないだろう、というのは想像がついた。
誰もいないのに意味はない気もするけど、路肩に車を寄せてエンジンを切る。
「さあ行こう」
そういってアーロン氏が歩き出した。ここまで来れば渋谷駅前まではたいして遠くもない。
◆
歩いて辿り着いた渋谷駅前のスクランブル交差点。昨日来たばかりのその場所は、昨日とはまったく違う場所になっていた。
スクランブルを囲うビル、渋谷駅、山手線の高架、電柱などに金具が取り付けられ、スクランブル交差点を覆うように巨大な天幕が張られている。
巨大な天蓋の下は、外周を飲食店の屋台のようなものが取り囲み、その内側にはテーブルやいすが並べられていた。さながらビアガーデンのようだ。
そして、そこでは、ゲームで見たことがあるような、エルフやドワーフ、猫耳や犬のような耳やしっぽ、鳥の羽根を生やした獣人が思い思いに談笑したり、何か飲んだりしていた。
ここだけオンライン系ファンタジーゲームという感じだ。
「おお、アーロン!今度は何処へ行っていた?」
声をかけてきたのは、ゲームで出てくるような皮の鎧を着たネコミミを生やした大男だ。
……断言する。ネコミミ女の子は萌えるが、ネコミミ大男に萌はない。
実物を見るとわかる。がっちりした背の高い体格にワイルドな長髪、鋭い眼光。そして、頭から生えるかわいい猫耳。ミスマッチ感がひどい。
「北の方の未踏域だ。バジリスクを何匹かと、あと、アラクネと戦ったよ。あの辺りは危険だな」
「アラクネを倒したのか、流石にやるもんだな。
……で、そっちの変な格好しているのは何だ?見ない顔だが」
僕は今はスーツ姿で、ファンタジー風の身なりをした集団の中では大変浮いている。コスプレ会場に一人紛れ込むサラリーマンの図。
「ソロで来ていた探索者だ。つい先日こっちに来たばかりだそうだ」
「そうか。まあ無事で何よりだ。あとで飲もうぜ」
「ああ、ありがとう」
手を上げると男は立ち去っていった。
僕が探索者?
「今はそういうことにしておけ。この世界のことは俺たちにもわからないことばかりだ。お前の正体を明かすことは今はあまりよくないと思う」
「確かにそうかもしれません。有難う」
アーロン氏はこの場所では結構な顔役のようで、次々と人が声をかけてくる。たしかに、ベテランというか歴戦の戦士っぽい雰囲気だ。
改めて周りを見直すと、丁度スクランブル交差点の真ん中あたりには石造りの門のようなものが設置されていて、その周りを中世の騎士のような鎧を着た男が3人で守っている。
その前には机が置かれていて、学者というか書記官っぽい人が居た。通行管理でもしているんだろうか。
「あれが、ガルフブルグへのゲートだ。さっき言っただろ?」
「通行制限あるんですか?」
「ああ。あの役人に通行証を渡さないとゲートはくぐれない。
まだ無作為に人を入れられる状態じゃないからな。それに腕の無い探索者が大挙して押しかけても役に立たん」
ここのいるのはそれなりの実力のある探索者ってことらしい。
探索者っていうのはモンスターハンターとか、冒険者とかそんな感じだろう、たぶん。
「リチャード、俺は換金してくる。席を取って、何か注文しておいてくれ。
スミト、すまないが少し待ってくれ」
そう言うと、アーロンさんは袋の中のあの蜘蛛の死骸が落としたクリスタルを見せてくれた。他にも光る石らしきものがある。
あれを換金する、ということなのか。
アーロンさんが袋を提げてスターバックスビルに方に歩いていく。
「あそこは今は探索者ギルドとオルドネス公の代官がいるんだ。
コアクリスタルの換金や探索者の登録はあそこでやるんだ。通行許可証の発行とかもそうだな。
あの塔は余りに立派すぎてな。オルドネス公の城より立派な塔を使っていいのか、って話はあったらしいぜ」
まあ確かにファンタジー世界にはあのビルのようなガラス張りの高層ビルは無いだろう。
コアクリスタルとやらについては後で聞くことにしよう。
「よーし、スミト。祝勝会の時間だぜ。飲めるんだよな?今日は旦那がおごってくれるぜ」
リチャード氏が僕の肩に手を回す。
レインさんが開いたテーブルの椅子にコートをかけて席を確保した。
ウェイター役の耳のとがったエルフっぽい女の子にリチャード氏が何か注文をした。
じゃあこのすげぇ塔とか城みたいなのはお前の仲間が作ったのか?」
後ろからリチャード氏が聞いてくる。レイン嬢は座席に座って窓から珍しそうに外を眺めていた。
「僕はこの世界の住人ですけど、作ったのは僕じゃないですよ」
なんか今一つかみ合ってない気もするけど。どう答えれば適切なのか分からない。
そんなことよりこちらにも聞きたいことはむしろこっちにいっぱいあるのだ。
「聞かせてください。貴方たちは一体何もんです?ガルフブルグってなんですか?」
「俺たちの国のことだ。ガルフブルグ。
二月ほど前の話だがな、神託があって俺たちの国に新しいゲートが開いたんだ。そのゲートがつながっていたのが此処だ」
「はあ……」
聞いてはみたものの。ゲームの設定を説明されているようで現実感がまったくない。
「ガルフブルグの王がオルドネス公に、そのゲートを抜けた先にある世界の探索をするように命じたんだ。で、公が俺たち探索者に触れを出した。それで俺たちが来たってわけだ」
気のない返事をした僕をスルーして、アーロンさんが答えてくれた。
ガルフブルグ、ゲート、オルドネス公、そして探索者。説明してくれるのは有り難いけど、すでに4つもわからない単語がある。まあ門は何となく察しが付くけど。
それより大事なことがある。
「その時にこっちの世界に誰か人はいませんでしたか?」
まさかとは思うけど、それまでにいた日本人を皆殺しにしたなんてことは……でも日本には自衛隊があるし、そう簡単にいくとは思えないけど。
「いや、居なかった。
といっても俺たちがこっちに来て2か月ほどで、探索範囲もまだ狭いから確実とは言えんが。誰かに会ったという話は聞いたことがない。
今俺たちはこの街を塔の廃墟、と呼んでる」
塔の廃墟。どことなく東京に聞こえる。
「さっきのあれは?」
「魔獣だな。お前は見たことないのか?」
「僕らの世界にあんなのは居ませんよ、ゲームの中以外は」
「そうか。平和で羨ましいよ。
俺たちの世界ではよく見かける。ゲートをくぐって現れ人に害をなす。此処でも見るとは思わなかったが」
何か聞いていると、ガルフブルグとやらは魔物が居て、冒険者が居てそれと戦うって感じの剣と魔法のファンタジー世界って感じっぽい。
「スロットってわかります?」
「探索者の持つ力だな。お前だってさっきあのへんな槍で戦っていただろう
あれを作れるのはスロットホルダーだけだぞ」
「アーロンさんもスロット持ってるんですか」
「当たり前だ。リチャードもレインもだ。
でないととてもじゃないがあんな魔獣とは戦えんよ」
ということはあのへんな紙も、スロットのスキル設定とやらもガルフブルグでは一般的なものということか。
そんなことを話しているうちに車が竹下通りの前を通過する。ここも人影はない。
「自分のスロットってわかります?」
「そりゃあな。見えないとスロットのセットもできないだろ?」
自分では見える。でも他人からは見えないようだ。もしくは見せないだけなのか。
でも人のスロットを覗き見る能力とかはありそうな気がする。鑑定スキルとかは定番だし。
「アーロンさんはどんなスロットがあるんですか?」
「命を助けてもらって言うのもなんだが、それは言えん。スロットは自分の能力そのものだからな」
教えてくれなかった。スタンド能力者はスタンドを人にばらさない的な感じか。
神宮橋まできたので右折した。信号は消えている。代々木体育館がもうじき見えてくるはずだ。
明治神宮の森はいつも通りだった。そこだけ見ていればいつも見慣れた風景だ。
「スロット6って高いんですか?」
「高い。普通は連結しないと6にはいかんぞ」
とりあえず僕は能力には恵まれているようだということはわかった。
「管理者ってスキルはしってます?」
「いや、聞いたこともないな」
此方は一般的ではないらしい。車を動かせたけど、どういう効果があるんだろうか。
「もうすぐ目的地ですよ」
話しているうちにハローワーク渋谷を通り過ぎた。あともう少しでハチ公前だ。
「待った、止めてくれ、スミト」
突然アーロン氏が言った。言われた通りにブレーキを踏む。
「どうしたんです?もう少しありますけど」
「スミト、お前のこの乗り物は目立ちすぎる。今は見られないほうがいい。この辺なら魔獣とも遭遇しない。ここからは歩こう」
魔獣云々は置いておいても、渋谷駅前がどうなっているのかわからないけど。話を聞くにつけ自動車で横づけ、というわけにはいかないだろう、というのは想像がついた。
誰もいないのに意味はない気もするけど、路肩に車を寄せてエンジンを切る。
「さあ行こう」
そういってアーロン氏が歩き出した。ここまで来れば渋谷駅前まではたいして遠くもない。
◆
歩いて辿り着いた渋谷駅前のスクランブル交差点。昨日来たばかりのその場所は、昨日とはまったく違う場所になっていた。
スクランブルを囲うビル、渋谷駅、山手線の高架、電柱などに金具が取り付けられ、スクランブル交差点を覆うように巨大な天幕が張られている。
巨大な天蓋の下は、外周を飲食店の屋台のようなものが取り囲み、その内側にはテーブルやいすが並べられていた。さながらビアガーデンのようだ。
そして、そこでは、ゲームで見たことがあるような、エルフやドワーフ、猫耳や犬のような耳やしっぽ、鳥の羽根を生やした獣人が思い思いに談笑したり、何か飲んだりしていた。
ここだけオンライン系ファンタジーゲームという感じだ。
「おお、アーロン!今度は何処へ行っていた?」
声をかけてきたのは、ゲームで出てくるような皮の鎧を着たネコミミを生やした大男だ。
……断言する。ネコミミ女の子は萌えるが、ネコミミ大男に萌はない。
実物を見るとわかる。がっちりした背の高い体格にワイルドな長髪、鋭い眼光。そして、頭から生えるかわいい猫耳。ミスマッチ感がひどい。
「北の方の未踏域だ。バジリスクを何匹かと、あと、アラクネと戦ったよ。あの辺りは危険だな」
「アラクネを倒したのか、流石にやるもんだな。
……で、そっちの変な格好しているのは何だ?見ない顔だが」
僕は今はスーツ姿で、ファンタジー風の身なりをした集団の中では大変浮いている。コスプレ会場に一人紛れ込むサラリーマンの図。
「ソロで来ていた探索者だ。つい先日こっちに来たばかりだそうだ」
「そうか。まあ無事で何よりだ。あとで飲もうぜ」
「ああ、ありがとう」
手を上げると男は立ち去っていった。
僕が探索者?
「今はそういうことにしておけ。この世界のことは俺たちにもわからないことばかりだ。お前の正体を明かすことは今はあまりよくないと思う」
「確かにそうかもしれません。有難う」
アーロン氏はこの場所では結構な顔役のようで、次々と人が声をかけてくる。たしかに、ベテランというか歴戦の戦士っぽい雰囲気だ。
改めて周りを見直すと、丁度スクランブル交差点の真ん中あたりには石造りの門のようなものが設置されていて、その周りを中世の騎士のような鎧を着た男が3人で守っている。
その前には机が置かれていて、学者というか書記官っぽい人が居た。通行管理でもしているんだろうか。
「あれが、ガルフブルグへのゲートだ。さっき言っただろ?」
「通行制限あるんですか?」
「ああ。あの役人に通行証を渡さないとゲートはくぐれない。
まだ無作為に人を入れられる状態じゃないからな。それに腕の無い探索者が大挙して押しかけても役に立たん」
ここのいるのはそれなりの実力のある探索者ってことらしい。
探索者っていうのはモンスターハンターとか、冒険者とかそんな感じだろう、たぶん。
「リチャード、俺は換金してくる。席を取って、何か注文しておいてくれ。
スミト、すまないが少し待ってくれ」
そう言うと、アーロンさんは袋の中のあの蜘蛛の死骸が落としたクリスタルを見せてくれた。他にも光る石らしきものがある。
あれを換金する、ということなのか。
アーロンさんが袋を提げてスターバックスビルに方に歩いていく。
「あそこは今は探索者ギルドとオルドネス公の代官がいるんだ。
コアクリスタルの換金や探索者の登録はあそこでやるんだ。通行許可証の発行とかもそうだな。
あの塔は余りに立派すぎてな。オルドネス公の城より立派な塔を使っていいのか、って話はあったらしいぜ」
まあ確かにファンタジー世界にはあのビルのようなガラス張りの高層ビルは無いだろう。
コアクリスタルとやらについては後で聞くことにしよう。
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