高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

異世界からの来訪者は獣耳剣士だった。

 警告は出たけど……いつものダンジョンのように周りの景色が他の世界と混ざり合うような感じにならない。
 何かが起きたことは分かったのか、イズクラさん達が椅子から立ち上がった。


 スマホの画面をマップに切り替えて敵の位置を確認する。
 大きめの光点が二つ。中庭だ。


「ちょっと失礼、続きはまたあとで」


 席を立って中庭が見える場所まで走る。周りはいつものダンジョンの様に放っていないけど。
 周りに魔素が満ちているというか、普段のダンジョン内にいるような感覚は同じだ。


「こい、剣」


 呼びかけるといつも通り鎮定が空中から現れた。
 やっぱりここはダンジョンの中だ。


「片岡!」
「中庭には近づくな!教室に入ってるか、正門から逃げるんだ」


 廊下に走り出てきた生徒たちに警告を発しておく。
 いつもみたいに境界線がない。普段のダンジョンなら境界線の外にいけば安全だけど。
 こんなのは初めてだ。 


 中庭に面した教室に入った。
 身を乗り出して中庭を見下ろす。芝生とちんまりした噴水がある見慣れた中庭。校内に逃げていく生徒たちの蜘蛛の子を散らすように走る姿。


 一人、先生っぽい人が血を流して芝生に倒れている。
 その人の様子を確かめるように檜村さんと……その目の前には白いコートのような長い服を着て、手に剣を持った奴の姿が見えた。





 のんびり降りている暇はない
 訓練施設で練習したことはあるけど、うまく行くか。
 窓から身を乗り出す。風が頬を撫でた。ここは三階、中庭の芝生がやけに遠く見える。


「一刀、薪風!凪舞台なぎぶたい


 深呼吸して窓から飛び出す。浮遊感が有って緑の芝生が一気に近づいてきた。
 体が落ち始めたところで風を自分の周りに巻かせる。失速するエレベーターのように体が下から押し上げられる感じがして髪と裾が舞った。
 地面間近で風をもう一度強く吹かせる。階段から飛び降りるような感じで足が地面に付いた。 


「片岡君?」
「大丈夫ですか?」


 驚いたような檜村さんに、なるべく平静を装いつつ聞き返す。
 うまく行ったし、なかなか便利なんだけど……落ちる感覚はかなり心臓に悪い。正直あんまりやりたくないな。


 刀を構え直して、改めて敵を見る。
 中庭に立っていたのは、銀色の耳を生やした二人の獣人だった。





 一瞬目を疑ったけど……多分本物だ。
 なんというか、ファンタジー系ゲームから飛び出してきたかのような獣人。
 黒色のちょっと乱れた髪から大き目の三角形の耳が突き出している。一瞬コスプレって聞きそうになった。


 1人が前に立って、もう一人がそれに従うように少し後ろに立っている。二人とも背が高い。
 前の奴がマントをひるがえすと、ほんのり香のような変わった香りが漂った。


 両方とも多分男性っぽいけど、中性的な顔立ちだ。切れ長の目でクールなモデルっぽいけど、仮面の様に冷たい表情を浮かべている。
 年は多分大学生くらいかなって感じだけど、人間じゃなさそうだし、そもそも年齢を考えても仕方ない気もするな。


 中華風を思わせるような銀色の狼の刺繍がされたスリットの入った裾の長い上着と飾り帯を締めていて、左半身を隠すように毛皮のようなマントを着ている。
 スリットの陰にはこれまた銀色のしっぽが見えた。
 右手にはレイピアのような細い剣を持っている。剣は血にぬれていた。


 後ろの奴も衣装は同じ感じだ。
 吹き流しのような旗を持っていて、銀と赤の旗が風になびいていた
 なんとなく前に立っている奴の方が色合いが鮮やかで刺繍も手間が掛かっている感じがする。
 上官と部下というか付き人って感じだな。  


「翼を持たぬものが飛天の術を操るか。手練れとみた」


 そいつが静かな口調で言った。日本語だ。
 エルマルやルーファさんもなにかの術で日本語を話している。こいつも同じなんだろう。


「なんなんだ、お前らは」
「我はソルヴェリア皇国、白狼左衙旅帥、シューフェン……名乗れ戦士よ」


「……片岡水輝」


 なんとなく気圧されるように名前が口から出る。
 ソルヴェリア。確か、エルマルとルーファさんが行っていた名前だ。


「戦士カタオカよ。速やかに武器を捨て跪つけ。戦うなら容赦はしないが、抵抗すれば命を奪うつもりはない」


 そいつが静かな口調で言うけど。


「それより、まずは僕の質問に答えろ……なぜ先生を切った」
「戦士であり、抵抗したからだ。殺してはいない」


 こともなげな口調でシューフェンが答える。
 倒れている先生に目をやる。確か3年の三塚洋子先生だ。傍らには得物らしき薙刀が転がっている。
 先生も魔討士の資格持ちとは知らなかった。
 しゃがんで確かめるけと、肩を刺されている。ただ、確かに血は出ているけど息があった。


「大丈夫ですか?」
「……お前は本当に戦士か?」


 シューフェンの声が降ってくる。


「この状況で構えを解き、膝をついてこの者の具合を確かめるとは。私がお前を斬ることを……」
「……やってみろ」


 頭で風の壁をイメージする。強めの風が壁の様にそいつの前を凪いだ。
 ちょっとした壁を作る位なら刀を振るまでもない。


「……なるほど、侮ったことを詫びよう」


 改めて刀を構え直す。保健室にでも運びたいけど、今は無理だ。


「こちらからも一つ問おう、カタオカ。お前の国では戦場に女を伴うのか?」
「は?」


「野盗やならず者と対峙しお前が破れれば、その女はただ殺されるだけではなく慰み者とされ奴隷として売られる」


 感情を交えない口調でシューフェンが言う。


「弱き女を戦場に伴うは愚かと言わざるを得ない。それとも戦力の不足ゆえに女を兵士として扱わざるを得ないのか?」


「お前らの国は知らないが僕等の国に野盗なんていないんだよ。それに、そんなことはさせない」
「女だからと言って甘く見てもらっては困るな」


 檜村さんが言う。


「なるほど……平穏な国のようだ」


 シューフェンが首を振って剣を一振りした。血のしずくが飛び散る。


「構えるがいい。お前に、我らが旗下に収める価値があるか見聞する」


 シューフェンがマントを着た側を前に半身になって構えたとたんに空気が一変した。
 師匠が壁、宗片さんが得体のしれない霧、斎会君が炎のような雰囲気だったけど。
 こいつは針のようだ。少し引き気味に構えた細身のレイピアのような切っ先から刺し貫くような気配が伝わってくる


「戦うのは私だけだ。お前を殺すつもりもない。風使いよ。敵わぬと思ったら剣を捨てよ」


「私は君と共に戦うぞ。パーティだからね、そうだろう?」
「ええ、勿論。いつも通りお願いします」





 正眼に刀を構えたまま向かい合う。
 距離は三歩ほど。踏み込めば届く距離だ。
 ただ、エルマルと戦った時も思ったんだけど、人との戦いってのは基本的には想定外だ。
 魔獣と戦うのとは精神的にはかなり違う。


 でもそんなことを言っているわけにもいかない。
 こいつは先生を切った。明らかに敵対的だ。それに早く先生を治療しなくては。


「どうした、掛かってこい」


 シューフェンが言う。
 こっちから切りかかりたいんだけど……全く隙がない。師匠と対峙しているかのようだ。


「私が動きを止める……【書架は北西・理性の四列・伍拾八頁八節、私は口述する】」 


 檜村さんが詠唱を始めた。


「魔法使いか……なら見ているだけとはいくまいな」
「一刀、破矢風!鼓打!」


 とりあえず牽制だ。刀を振り下ろすと、風が巻いて塊を飛ぶ。 
 命中したと思ったけど……着弾の瞬間にシューフェンの姿が掻き消えた。





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