高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

学園祭の来訪者・槍使いの実力

 如月のように突いてくるかと思ったけど、違った。
 微動だにしない槍の穂先が僕の方を向いている。
 緊張感が伝わっているのか客席も静かだ。


 古流の武術は後の先というか、先にはあまり動かないもんだ、というのは師匠の弁だけど。
 突き付けられた穂先はまさに噛みつく隙を伺っているって感じだ。


 どの道、この距離では僕の攻撃は届かない。
 宗片さんと戦った時にも思い知ったけど、こっちの武器が届かない距離にいてはいけない。
 何のプレッシャーも掛けられないから一方的に攻められるだけだ。
 前に出るしかない


「はっ!」


 一歩踏み込んだ瞬間に穂先が飛んできた。
 予想通り。切っ先を刀で払いのける。
 でも、そのまま踏み込むつもりだったけど、思わず一歩下がった。
 ……受けた手が痺れる。重い。


 気合の声をあげて、斎会君がもう一度突きを放ってきた。
 もう一度刀で払いのけるけど……以前戦った如月の突きとは鋭さも重さも全く違う
 ……受け続けていたらだめだ。


 斎会君が槍をまたこっちに向けてぴたりと止まる。
 あのまま押されていたら危なかったけど……あくまで待ちのスタイルなんだろうか。
 どの道、鎮定の言葉じゃないけど、前に出ないと勝ちは無い。
 息を吸って気持ちを整える。


 一歩踏み込んだ。それがわかっていたかのように突きが飛んでくる。
 断風は使えないけど、気合を入れて畳を踏んで刀を上段から振り下ろす。


 刀が突かれた槍を上段から打ち据えた。宗片さんと戦った時のやり方。
 穂先が畳の上で跳ねた。
 そのまま引きに合わせてまっすぐ踏み込む。


「行くぞ!」


 懐に飛び込んで刀を振り下ろす。槍の柄がそれを受け止めてぶつかり合う音が耳を打つ。
 流石に一発目では決まらないけど、でもこの距離ならこっちが有利。


 そのまま押しこんで胴を狙う。
 一太刀目は柄に止められたけど、そのままもう一度コンパクトに刀を振る。
 腕に当たって彼が一瞬顔をしかめた。


「やるな!」


 この距離なら有利と思ったけど、穂先が動いて不意に突きが飛んできた。
 持ち手が入れ替わって柄を短く持っていた。いつの間に持ち変えたんだ?


 ほんの一瞬、迷ったのが悪かったのか。
 斎会君が気合の声をあげて柄を横にして踏み出してきた。刀で受け止めたら体ごと押される。
 せっかく詰めた間合いがまた離れた。


 もう一度踏み込もうとかと思ったけど、斎江君が頭の上で槍を大きく旋回させた。風圧がこっちまで伝わってきて思わず足が止まる。
 周りから思い出したかのように歓声とどよめきが起きた。


 魔討士としては分からないけど、槍使いとしては如月とはレベルが違うぞ。
 踏み込めば押し切れる、というのはかなり甘い考えだった。


 斎江君が回した槍をまたまっすぐに構え直す。
 次の手を考えたところで、突然彼の雰囲気が一変した。





 空気が変わったのがわかったのか、また会場が静かになった。
 対峙している僕にははっきりわかる。今までとは発する気迫というか殺気が全然違う。


 ただ、殺気と言っても宗片さんのふわふわした雰囲気から突然針の様に突き刺さってくるのとは全然違う。
 師匠のようなまっすぐ肌を焼くような気迫だ。 


「流石だ!片岡水輝!」


 今からが全力だ、お前もかかってこい、とその気迫が語っていた。
 煽られたように、こっちも気分が沸き立つ。


「では!次はこちらから!参る!」
「かかってこい!」


 思わず声が出る。今度は彼からまっすぐ踏み込んできた。
 足が畳を踏む音がして、槍の穂先がうなりを上げて伸びて来る。


 気合を入れて突き出された槍をはじくけど、受けた手元で槍が大きく渦を巻くようにうねった。
 手から刀がはじき出されそうになる。
 長柄と戦う時は巻き込みに気をつけろ、と師匠が言っていたけどこれか。


 かろうじて刀は離さなかったけど……流しきれない。
 思わず膝をつくけど、ダウン判定してカウントなんてない。手足で畳を蹴って横転する。
 今いたところに槍の穂先が突き刺さった。


「せい!」


 気迫の声とともに槍が大きく振り回される。穂先が首を薙ぐように飛んできた。
 躱せない。刀を立てて穂先を受け止める。


 衝撃は想像以上だった。
 体ごと吹き飛ばされそうになる。車にぶつかられたようだ。意識が一瞬飛びそうになる。


 踏ん張ったところで穂先がまた渦の様に動いた。弾かれる。 
 考えるより前に体が動いた。足が畳を蹴って前に踏み込む。
 勢いのまま刀を振り下ろしたけどまた柄で止められた。
 そのまま鍔迫り合いのように槍の柄と刀身がかみ合って、間近に斎会君の顔が迫る。


「やるな!」


 力押ししようと思ったけど岩のように重い。
 斎会君が不敵に笑って槍の柄が押された。体が後ろに反る……押し負ける。
 力比べでは勝てない。


「おう!」


 壁に押し返されるように間合いを離された。またやり直しか。
 斎会君が構えを変える。
 まっすぐ穂先を向けた姿勢から刀を構えるかのように斜めに高く槍を掲げた。


 振りまわしてくる、と思うより早く槍が振られた。
 この距離で受けると下手すれば刀を弾かれる。
 とっさに頭を下げた。風鳴ともに槍の刃が頭の上をすり抜けた。髪が舞う。 


 もう一歩踏み込んできてまた槍を振り回してくる。
 さっきとは逆の方から刀の様に長い槍の刃が飛んできた。 
 袈裟懸けのように斜めに降ってきた刃を一歩下がって躱す。


 また構えが変わった。槍が中央に戻ってまっすぐに突きが飛んでくる。
 うなりを上げる穂先を横に飛んで躱した。


 突き一辺倒だった如月とは全然槍の使い方が違う。振りまわす動きが多い。
 槍と言うより以前何度か試合をしたことがある薙刀に似ている。


 ただ、あの長い柄と受け止めた時の威力を考えれば、あの槍は相当重い。
 それを当たり前のように振りまわしてくるとは。生半可な鍛え方じゃないぞ。
 これが五位か。 


「怖気づいたか!片岡!」


 振りまわしつつ押し込むように前に出てくる。間合いを保って突き倒すなんて感じじゃない。
 踏み込まれるリスクを冒しても、まっすぐ押しつぶしに来る戦い方だ。
 斎江君が気合の声をあげて槍を横に振り回す。一歩下がってそれを躱した。
 もう一度切り返してくる。


「せいやぁ!」
「負けるか!」


 月並だけど振りまわす動きは台風の目、中心が弱点。
 活路は前にしかない。一歩踏み込んで衝撃に備える。
 振り回された槍の柄を刀で受け止めた。間合いの内側まであと二歩。


「おりゃあ!」


 飛び込むようにして足を延ばして前蹴りを放つ。
 狙うは正中線。師匠が教えてくれた、蹴りながら間合いを詰める技。
 足に押されて斎江君がよろめいた。


「貰った!」


 今度こそ完全に間合いにとらえた。蹴り足を下ろしてそのまま刀を振り下ろす。
 刀から伝わってきた手ごたえは軽かった。浅い。


「御美事!!」


 もう一撃、と思ったところで声と同時に腹に鈍い衝撃が来た。
 そのまま押されるように体が後ろに飛ぶ。
 何が起きたのかわからなかったけど……斎江君が槍を構えたまま反転しているのが見えた。柄の巻き込みを受けたのか。
 やっぱり至近距離でも守りが固い。


 風切り音を立てて槍が旋回して斎会君が構え直す。
 額に赤い痣のような擦り傷があった。
 やっぱり浅かった。


 観客席の手拍子と歓声が遠くの方から聞こえる気がした。
 こっちも八相に刀を構え直す。もう一度、次はどう踏み込むか。


「そこまでです!」


 足に力を入れたところで藤村の終了の声が掛かった。





 もう5分経ったのか。周りからの歓声が大きく耳に飛び込んできた。
 息を吐くと熱くなっていた頭がすこし冷える。
 槍がかすめたのか手だの腹だのあっちこっちが痛いのにようやく気付いた。


 しびれが残る手で額の汗をぬぐう 
 斎会君が構えを解かなかったけど……何やら名残惜しそうに槍を下した。


「引き分けかな?」
「……いや、俺の負けだ」


「なぜ?」


 攻防は僕の方が押されていたと思うけど。


「俺の武器はこの槍だけだ。なのに、風使いの君を武器で圧倒できないようじゃ話にならない……何たる未熟!!……くそっくそっ!」


 ひとしきり悔しそうに声を上げて畳を蹴る。
 そうして大きく深呼吸した。


「俺の負けです。また相手してくれるだろうか?」


 さっきまでの痺れるような威圧感は消えていて、最初に合った時のような穏やかな感じに戻っていた。
 槍を持ったら人格が変わるタイプなんだろうか。


「こちらこそ」


 今まで同年代と真剣勝負する機会はあまりなかったけど。
 魔獣との戦いとは全く違う。あれは理屈抜きの殺し合いだ。
 師匠との練習や宗片さんとの試合とも違う。師匠との戦いは負けてもともとって感じであくまで挑む立場だ。


 でも、同年代の彼との試合は全く違う感じだった。
 純粋に勝ちたいという気持ち。こいつには負けたくないという気持ち。
 どちらかというとマイペースに戦ってきたけど……自分で言うのもなんだけど、こういう気持ちが自分の中に合ったんだな。


 周りから波のように拍手が上がる。
 斎会君が一礼して畳を降りて行った。





 その後もメンバーを変えつつ何試合かやったけど。当たり前だけど斎会君ほどの相手は居なかった。
 全ての試合が終わって僕とほかの1年生、藤村、それに篠生さんが畳に上がる。


「ご来場の皆さん!ありがとうございました!熱い試合もあってお楽しみいただけたと思います!」
「僕たちは高校生ですが、放課後退魔倶楽部と言う名前で活動してます!応援してください!」


 藤村と篠生さんが言って、客席から拍手が起きた。
 横の新人二人は緊張して硬い表情をしている、まあ無理もないかな。


「では、今日のエキジビションはこれで……」


 篠生さんが言った時に。


「待った待った!挑戦者アリ!だよ!」


 そういって誰かが観客席から飛び出して畳に上がってきた。



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