高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

八王子九階層で見る国内一位の実力の片鱗

 約束した、というか指定された日。
 八王子ダンジョンに行くと、宗片さんはもう来ていた、というか、人だかりができていた。


「すげえな、どこのアイドル握手会だよ」


 三田ケ谷が感心したように言う。確かにそんな感じだな。 
 魔討士協会の人らしき背広姿の人が列を整理していて、宗片さんはなにやら気さくに写真に応じたり、サインしたりしている。
 そういうの嫌がりそうなタイプに見えたけど、そうでもないのかな。


「片岡君。今回は急な話に応じてくれてありがとう」


 声をかけてきたのは木次谷さんだった。ちょっと太めの体を黒いスーツに包んでいる。
 額には汗がにじんでいて、もう秋だというのに暑そうに手で顔を仰いでいた。


「結局、攻略になったんですか?」
「状況を見て、と言う感じですね。どのみち、ここを放置しているわけにはいかないわけですから」


 木次谷さんが言う。
 確かに八王子はなにやら観光地化している気もするけど、放っておいていいなんてことは無いだろうし。


「ああ、来たね」


 僕等に気付いたらしく宗片さんが手を振って、サインを書いていた子供の頭をポンと叩いてこっちに歩いてきた
 今日は動きやすそうな袴姿に、着流しというかマントのように焦げ茶色の着物を羽織っている。


「今は此処までにするねぇ。あとでまたやるからさ」


 宗片さんが不満げな声を上げる順番待ちの人たちに声をかける。


「さて、じゃあ行こうか、片岡君」


 周りがまたどよめいた。アレが銀座の、とかそういうささやき声が聞こえてくる。
 宗片さんは注目を集めても平然としているけど……やっぱり僕はどうにもこういうのは気まずい。根が小市民なんだろう。





 8階層までの最短ルートは既に確立している。 
 6階層まで下りたことはあるけど、8階層まで行くのは初めてだ。下りれば下りるほど天井は高くなっていくけど、圧迫感というか何かがのしかかってくるような空気は強くなっていく。


 8階層の拠点には数人の魔討士がいて、僕等を迎えてくれた。
 制服っぽい揃いの服を着ている人もいる。多分、国と契約している専業魔討士とかだろう。
 それぞれが緊張感のある顔で会釈してくれた。あまりに簡単に来れたけど、ここっていわゆる最前線に近いわけだし。
 それに対して宗片さんが緊張感のない笑顔で応じて、何か言葉を交わす。


 ちょっとした教室くらいの大きさの部屋には、パソコンとかの電子機器や机やベッドとかが備え付けられていて、前線基地のような雰囲気になっている。
 奥には岩壁に穿たれたように穴が開いていて、すり減った階段の様なスロープが下に続いていた。
 檜村さんが僕の後ろで小さく飲むのが分かる。8階層の時点で僕等には未体験ゾーンなのにさらにその先なんだから。 


「武運を」


 階段を下りようとしたところで、30歳くらいの男の人、なんとなく隊長格っぽい人が言ってくれる。


「ありがとうございます」  
「さあ、行くよ」


 宗片さんが散歩でもするかのように9階層に踏み出した。





 初めて下りる9階層。
 見た目はあまり上と変わらないけど、未踏域に近いだけあって重苦しいというか、何か薄暗闇の中から飛び出してきそうな雰囲気がある。
 普段は気楽な三田ケ谷も流石に今日は口数が少ない。
 ルーファさんは油断なく周りを見回していた。


「前衛は僕がやるけど、片岡君は僕と一緒にいてねぇ。
皆は横とか後ろから襲われると面倒だからさ、枝道から敵が来ないかだけ教えて。それと誰か、道案内してくれるかい?」


 宗片さんが重い空気を相変わらずのんびりした口調で和らげてくれた。
 9階層は10懐層への道だけがわかっているからダンジョンアプリにはその道だけが表示されている。
 あとは少しの枝道のデータだけで、分かっているところはほぼ一本道だ。
 いずれ探索が進めばもっと短いルートが分かるのかもしれないけど。


「右とか左とか言えばいいですか?」
「それでいいよぉ、十分十分」


 9階層も基本的には8階層以前と大して変わらない。赤いうすぼんやりとした光を放つ、見慣れたダンジョンの景色だ。明かりが必要ないのはありがたいな。
 自分の記憶を思い出すと、この形のダンジョンが一番遭遇率が高かった。竹下通りの野良ダンジョンもこんなかんじだった。


 僕も含めて皆は緊張感を漂わせているけど、宗片さんだけは散歩でもするように歩いていく。
 しばらく歩くと、Y字型の分岐が現れた。


「どっちかな?」
「右です」


 檜村さんが後ろから教えてくれる。
 宗片さんが路地裏を覗くかのような気軽さで薄暗い道に入って行った。6階層が精一杯の僕等としてはかなり不安を感じるんだけど。


「前から何か来ます。大きい」


 檜村さんが後ろから警告を発した。でも警告の前にすでに足音らしき音と地面の振動がなにか大物が近づいてくることを知らせてくれていた。
 赤い光に照らされた薄暗い一本道の向こうから巨大な人型の影が姿を現す。
 正面から現れたのはトロール……しかも三体だった





 前に原宿でみたのよりは小さいけど、それでも猫背のように曲げられた背中が天井にぶつかりそうだ。
 手には武骨な戦槌ウォーハンマーの様なものを持っている。


 ダンジョンマスタークラスが三体も現れるのか。
 そして、同じモンスターが出てくるってことは、やっぱり八王子とあの原宿の野良ダンジョンには何らかのつながりがあるんだろうか。


 でも、とりあえず考えるのはあとにしよう。鎮定を構え直して、後ろで檜村さんが小さく詠唱を始めるけど。


「君達は力を温存してねぇ。僕がやるからさ」


 宗片さんがそれを制するように前に出た。
 ……トロール相手に今の僕がどのくらい戦えるのかはちょっと興味あるけど。それよりこの人の戦いの方がもっと興味ある。


「いいんですか?」
「僕は君の戦いはちょっと動画で見たけど、僕のは見たことないだろう?それは不公平だ。よく見ていてね」


 宗片さんが頷いて前に進み出る。


「さて、遊ぼう、一刀斎」


 宗片さんが言うと、刀……というか刀の柄だけが現れた。
 一体のトロールが雄たけびを上げる。ダンジョンの狭い空間に野太い声が響いた。そのまま地響きを立てて突進してくる。


 巨体があと5メートルくらいまで迫って、近すぎて一歩下がりかけた時に宗片さんが無造作に踏み出して刀を振った。
 一瞬空中に何かがきらめく。
 突進してくるトロールが不意に前のめりになって、スライディングするように倒れ込んだ。
 何が起きたのか分からなかったけど……ごろりと首が転がって、巨体が消えてライフコアが残される。
 ……トロール相手に一撃必殺なのか。


「まったく、つまらないよね」


 宗片さんが刀を一振りすると血が飛び散って、空中にわずかに刀身の影が見えた。
 残りの二体のトロールが明らかにおびえたように後ずさる。
 ……モンスターにも恐怖心とかあるんだな、などと思ってしまった。





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