高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

あなたのために強くなる。

「そう言えば」
「なんだい?」


 声を掛けると、スマホを操作していた伊勢田さんが顔を上げた。


「逃げるとか言いながら逃げませんでしたね」


 ああいうことを言ってはいたけど、あのダンジョンマスターを相手にこの人は逃げるなんて気配もなく、僕等を鼓舞してくれた。
 もしも僕等だけだったら……檜村さんの炎の魔法で無傷だった時点で戦意が萎えたかもしれない。


「建前と行動はまた違う……俺だって死にたくはないが。
自分一人なら逃げ切れるかもしれないが、七瀬を置いて逃げるのは後味が良くない」


 伊勢田さんが言う。
 被弾して服に開いた穴と血の跡は痛々しいけど、傷は朱音の治癒で完全に治ったらしい。


「そういえば……君の刀には名前があるんだな」
「ええ……信じてもらえますか?レーザーを間近で受けた時に会ったんです」


 正直、今から自分で思い出しても夢かなと思ったりするけど。


「ああ、信じるよ、勿論ね。聞いたことはあるからな」
「他にもそういう人がいるんですか?」


「乙類の上位には稀にね。一番有名なのは……君も知っているだろう?」


 伊勢田さんが聞いてくるけど。


「……いえ、恥ずかしながら」


 とりあえず自分が強くなることを考えていたから、この手の話題にはとにかく疎い。ちょっとまずい気がするな。


「君は……もう少し魔討士の事情も知った方がいい」


 伊勢田さんがあきれたような顔をして肩をすくめて、真面目な口調で続けた。


「6位……今回のこれで5位にも手が届くかもしれないが。そうなると自分だけで戦えばいいってわけにはいかなくなる。君がどう思っていようが、周りが放っておかない」
「はい」


宗片むなかた十四郎じゅうしろう。宗片一刀斎の方が通りがいいかな?」
「……乙類一位」


 国内最強の乙類。
 一位はランクじゃない、文字通りの1位。乙類のランクの頂点だ。
 22歳の専業魔討士。不可視の刀身を持ち、噂によるとモンスターの装甲も鱗も透過する斬撃をもつ野太刀使い。
 相当変わった人だっていう話だけは知っている。


「雑誌で公言しているよ。一刀斎はその刀が名乗ったそうだ。彼曰く、枯れ木のような老人で自分に稽古をつけてくれたらしいがね」


 稽古をつけてもらったってことは……鎮定にまた会う方法もあるんだろうか。


「しかし、その分では君はもしかして君の相棒についても何も知らないのか?」
「檜村さんのことですか?」


 何となくあの人には何かあると思っていた。如月も知っていたし。
 恐らく検索エンジンに名前を入れれば色々と分かったと思う。正直言って何度かしようとした。
 でもなんというか、それをする気にはなれなかった。


「それは私の口から言うよ」


 不意に後ろから檜村さんの声が聞こえた。





 檜村さんが俯いて僕の前に立った。
 何か言おうとしているのは分かるんだけど……思い切りがつかないというか、言い出せないって感じだ。


「あの……言いたくないなら別に……」
「そうじゃないんだ……」


 檜村さんが顔を上げた。


「私は君に言わなければならないことがあるんだ……聞いてほしい」


 そして、檜村さんが話してくれたこと。
 魔討士の制度が出来て最初期から活動していたこと。
 故郷のダンジョン攻略で前衛が破られて死にかけたこと。
 その後は呪文詠唱の長さゆえに、なかなか組む相手が見つからなかったことも。


「私には……どうしても君の様な人が必要だった……勇気があって私を守ってくれる前衛。
だから……私が君といるのは純粋な意味じゃなくて……君を利用するため、打算と言われても仕方ないと思う」


 そう言って気まずそうに言葉を切った。


「……軽蔑するかい?」


 俯きかけた檜村さんが唇を結んで僕を見上げた。
 いつも冷静な顔にはちょっと怯えたような表情が浮かんでいる。
 息を吸って自分の中で気持ちを整理した。出会ってからのこと、それから考えたこと。


「僕は……檜村さんに会うまでは……別に強くなる気もなくただ何となくだったんで」


 檜村さんが僕をどう思っていたか、それは僕がこの人のために強くなろうと思ったことは関係ない。


「檜村さんと会ってから強くなろうって思いました……僕が強くなれたのも檜村さんのおかげかもしれません。だからいいんじゃないですか?」


 檜村さんが俯いてまた顔を上げる。
 不安げな表情が消えて、いつものような落ち着いた感じになっていた。


「そうか……なら私たちはいいパーティだね」


 一歩檜村さんが前に出てきた。息が触れ合うほどの距離。眼鏡越しの目が僕を見上げる。


「リードしてくれないかな、片岡くん……私の前衛」


 そう言って、檜村さんの額が僕の肩に触れた。
 細い体を抱きしめる。何となく想像していたのよりはるかに細い。
 背中に回された手に力が入って体がぴったりとくっついた。触れ合う肌から体温が伝わってくる。
 なるべく平静を装うけど……心臓がヤバいくらいに打って、鼓動が伝ってしまうんじゃないかと心配になる。
 髪からかすかな甘い香りと、土埃と汗のにおいがした。


 ……けど、これからどうしたものか。
 目を合わせると、檜村さんがちょっと不満げに口を尖らせた


「今日は特別だぞ」


 顔がふっと近づいて、硬い眼鏡が顔に当たった。
 避ける間もなく、暖かくて柔らかい唇が僕の唇に触れる。微かに吐息がかかった


「まったく……次は君がリードするんだぞ。いいね」


 ちょっと恥ずかしそうに、檜村さんが笑って。長い一日がようやく終わった。















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