高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

三階層へ

「生存者が発見されました!今までにないことが起きて犠牲も出ています。しかしこれは一つの喜びといえるでしょう!」


 薄手の軍服を思わせるような装飾をいれたモスグリーンのジャケットを着た男の人が階段を降りてきた。
 その後ろには同じようなジャケットを羽織って、片手にハンディカメラを構えた女の人が続いている。
 少なくともその男の人が誰だかは流石に僕でも分かった……伊勢田蔵人だ。


「遭難者は男性二人……一人はまだ高校生でしょうか。あと女性が二人と……子供が一人です。勇敢にもここまでたどり着いてくれました」


 カメラに向かってひとしきりしゃべると、伊勢田さんがこっちを向いた。


「君達、もう大丈夫だ。私のことを知っているかい?私は伊勢田蔵人。
君たちを助けに来たんだ。さあ、地上に戻ろう。安心してくれ、道は私が切り開く」


 一方的に喋って、伊勢田さんが階段の上を指し示した。でも。


「ちょっと待ってください」


 言うと伊勢田さんが振り返った。


「君達、此処は危険なんだ。すぐにでも退避すべきところだ。待っている暇はない。ここまで君たちが何にも遭遇しなかったのは奇跡に近いんだぞ」


 芝居がかったというか大げさと言うか諭すようにというか、動画配信のしゃべりそのままで彼が続ける。 
 どうやら僕等のことを巻き添えを食った一般人と思っているらしい。


「妹が二人……この下に居ます。すみませんが、この人たちを上まで護衛してもらえませんか?」


 一刻も早く三階層に行きたいけど。かといって上の階に何があるのか分からない状態で相馬さんや裕君を放り出すわけにはいかなかった。でもこの人がいてくれるなら大丈夫だと思う。
 それを聞いて伊勢田さんが大げさに手を広げてカメラの方を向いた。


「なんということでしょう!皆さん。この下にまださらに取り残された人がいます。しかし、私は恐れはしません!未踏域に踏み込むことが私の使命です」


 カメラに向かってまた伊勢田さんがひとしきりしゃべるとカメラからこっちに向き直った。


「君たちは……そうか。魔討士か。其方の二人はそうじゃないみたいだね」
「ええ」


「それは好都合だ。安心したまえ、君の妹は私が助ける。
一階のモンスターは入り口までは掃討したが、脇道からは出てくる可能性がある。頼んだぞ」
「そうじゃないんです。僕の妹だ……僕が行きます」


 伊勢田さんの人のよさそうな笑顔がすっと消えた
 彼が手で促すと、カメラを構えていた人がカメラを下ろす。


「この先に行きたいと言ったね……ランクはいくつだ?」


 今までの軽い口調が一変して、真剣な感じになった。


「生存者がいると聞いた以上は帰るわけにはいかなくなった。
君が妹さんを心配するのも分かるし、正直言うと先に進むのに戦力は必要だ。だが君達が魔討士であっても連れていくかは話は別だ」


 そう言って探るように僕と檜村さんを見た


「完全な未踏域の場所であっさり倒れられては困る。はっきり言うが駆け出しはいない方がマシだ。ランクはいくつだ?」


 きつい口調だけど……ランクでマウント取りたいとかそんな感じじゃない。
 動画やテレビで見る親しみやすいお兄さんと言う感じではなくて、プロが値踏みしているって感じだ


「片岡水輝です。乙の6位」
「丙4位……檜村玄絵」


 このランクでダメと言われたら……でも僕ら二人でも行くけど。


「へえ……君が。こんなところで会うとは。日本は狭い」


 伊勢田さんが僕をまじまじと見て驚いたように言った。


「何がです?」
「先日、風鞍三佐に動画撮らせてもらってね。その時に君のことを言っていたよ。高校生ですでに乙6位。甲類の上位に噛みつくごおなぁ奴じゃぞってね」


 一部方言が分からないけど、褒めてくれてたっぽいことは分かる。


「そして君が……檜村玄絵か」


 伊勢田さんが檜村さんを見る。新宿でも思ったけどこの人はやっぱり有名人なんだな。
 檜村さん視線を避けるように顔を逸らした。


「ダメですか?」


 そう聞くと、伊勢田さんが考えをまとめるように目をつぶった。


「聞こえますか、こちら伊勢田蔵人です」


 耳に手を当てて話し始めた。インカムか何かを付けているらしい
 しばらくやり取りをして伊勢田さんがこっちを向いた。


「他の魔討士が何人か、一階層の捜索をしています。しばらくしたら上の階の部屋で合流できる。彼らに従って戻ってください」


 それを聞いて相馬さんの奥さんが安心したようにへたり込んだ。
 旦那さんが手を貸して立ち上がらせて階段の方の行くように促す。


「ごめんなさい、我が儘言って……でも」
「……いえ、いいんです」


 そういうと奥さんが頭を下げながら階段を上がっていった。


「ありがとう、二人とも……何もできなくて申し訳ないけど、妹さんの無事を祈っています」
「お兄ちゃん、頑張ってね」


「大丈夫、僕も男だからね。妹を守ってあげないとね」


 そういうと裕君がにっこり笑った。軽くハイタッチする。
 旦那さんが裕君の手を引いて階段を上がっていった。





「今はどういう状況なんですか?」
「急激なダンジョン形成で何人かの人がダンジョンに引きずり込まれた。君達、途中で誰かに会わなかったか?」


「魔討士の人が一人……でもやられていました。他は誰も。声も聞こえなかったです」


 二階層の全部を探索したわけじゃないけど、戦闘しているとき以外は怖いくらい静かだ。誰かの声が聞こえたら分かると思う。


「そうか……なら、行くしかないか」


 伊勢田さんがスマホを何やら操作して、真剣な顔で僕等を見た。


「分かっていると思うが、未踏域は危険だ。何が起こるか分からない。君達、定着したダンジョンの探索経験は?」
「あんまりないです」


 新宿と八王子で少し戦っただけだし、あれはすでに探索済みの所だ。


「すまないが探索では俺の指示に従ってほしい。いいかい?」
「はい」


 有無を言わさない口調だってのもあるけど、実際に経験はこの人が一番長いだろう。


「よし。乙類なら片岡君、君が前衛だ。俺はその少し後ろから援護する」
「はい」


「檜村さんは随時魔法で援護を頼む。ただし魔力はなるべく温存してくれ。できれば避けたいが、ダンジョンマスターとの戦闘になる可能性も有る」
「分かりました」


「七瀬、身体能力覚醒フィジカル・アデプトは状況に応じて頼む。片岡君を優先だ」


 カメラマンの女の人、七瀬さんと言うらしいけど。その人が小さくうなづいた。


「この子は七瀬双葉。俺のカメラマン兼動画編集担当、そして防御担当だ。片岡君、君を優先的に守る」


 七瀬さん、大学生くらいだろうか。長く伸ばした黒髪を後ろで縛っていて、長めの前髪が目元を隠している。俯き加減で僕をみて小さく頭を下げてくれた。
 なんというか、失礼ながらちょっと地味な感じだな。
 明るいダンジョン動画配信者の相棒と言う感じはあんまりしない。図書館で静かに本を読んでいる女の人、というようなイメージが浮かんだ。


「詳しい説明はする時間がないが、彼女の防御はかなり強力だ。よほど同時に被弾しない限りは大丈夫だから、すまないが思い切って切り込みを頼む」
「分かりました」


 細かいことは戦いながら確かめるしかないか。
 薪風で逸らせる攻撃は火とかの物理的な攻撃だけで、今回のダンジョンのあの球が使ってくるようなレーザーとかは防げない。
 檜村さんも防壁系の魔法を使えるけど、あれはあのレーザーをしのぐほどではないと思う。
 どうやっても避けられない瞬間、というのはあるので、なんにせよ防御を強化してくれる能力はありがたい。


「そして定着したダンジョンの探索で大事なことを言っておく」


 そう言って伊勢田さんが僕と檜村さんを見た。


「危ないと判断したら一人でも逃げるんだ。悪いが俺もそうする。
妹さんの件もだ。救助できない場合は諦めろ。無理して君が死ねば妹さんも助けられない。3人死ぬよりは一人でも生き残れ」


 有無を言わせない口調だ。
 災害の現場では自分も要救助者だから自分の生存を優先する、というのはどこかの漫画で読んだ気がする。
 でも、そんな決断を想像するだけで胸が痛くなる。今はそのことは考えたくない。


「だが、全力は尽くす。さあ、行こう」


 そう言って伊勢田さんが下りの階段に歩み寄った。







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