高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

銀座でランチをするのは高校生には少しハードルが高い

「やあ、待ったかい?」
「いえ」


 待ち合わせ時間の1時より少し前に来たら、時間通りに檜村さんが有楽町駅の改札を抜けて現れた。
 今日は檜村さんと一緒に銀座に来ている。


「ルーファさんは?」
「君の友達と一緒だよ」


 成程。
 三田ケ谷はなんか休日のたびにルーファさんと会っているっぽいな。


「で、何で銀座なんです?」
「美味しいと評判のレストランがあるんだが、ネットで見た感じ一人では入りにくい店でね。テーブルに一人は寂しいから、エスコートしてもらえると助かる」


「エスコートって……僕のほうが年下なんですけど」
「こういうときは男がエスコートするものなんだよ」


 そう言って、檜村さんがスマホをみて歩き出した。





 檜村さんについていってたどり着いた店は、ちょっと細めの路地にある高架下のレストランだった。
 でっかい門のような扉がなんとも重々しい。
 店に入ると、ウェイターさんが礼をして迎え入れてくれた。檜村さんが言葉を交わす。


 内装はなんともおしゃれだった。
 吹き抜けの高い天井には配管がむき出しになっていて、そこからと丸い電球が釣り下がっている。
 黒を中心にした店内には木の机と黒い椅子が整然と並んでいた。


 ちょっとシンプルで実用的な作りで、なんとなく倉庫を思わせる感じだけど……それでも上品な感じが漂っている。大人っぽい。
 ハリウッド映画で見るような高いカウンターの向こうにはずらっと酒瓶が並んでいて、周りのお客さんもいかにも大人って感じだ。


 ガラス張りの通りに面した席に案内されると、店員さんが椅子を引いてくれた。
 隣の30歳位かなって感じのカップルは昼間っからビールを飲んでいたりするけど、なんかそれが不自然じゃない感じだ。
 檜村さんはともかく、僕は非常に浮いている気がする。


 こんな店に来るならきちんとした格好でもすればよかったけど、そんなものもなく、Tシャツに半袖の上着を羽織っただけだ。
 なんというかこういう店に来るなら一言教えてほしかった。まあだからといってふさわしい格好ができたかといわれると怪しいんだけど
 檜村さんは落ち着いた白のロングワンピースで違和感がない。


「なんか僕浮いてる気がしますが」
「大丈夫だよ、ドレスコードがある店じゃない」


 檜村さんがすました顔で言う 


「で、なんでここに?」
「ここのスイーツが評判がいいのさ。でも君は肉の方がいいだろう?」


 大きめの黒い表紙のメニューを見ながら檜村さんが言って、店の雰囲気にマッチしたって感じの背の高いウェイターさんに注文を伝える。
 なにやら僕らを訝しげな視線で見て、その人がカウンターの方に歩いていった
 僕はどう見ても未成年だし、まあ当然の反応かなって気がする。変な組み合わせだろう





 しばらく待っていると、2つの大きめの皿が運ばれてきた。


「ライムシュリンプとチラキーレスです、お待たせしました」


 にこやかに笑いながらテーブルに器と皿を並べてくれる。
 赤いソースで煮込んだって感じのエビが入ったボールのような器と、平たい皿に2つ赤と緑の塊が盛られたもの。


 エビの方は頭とか殻がそのまんまで煮たような感じで何とも豪快だ。
 オレンジ色のソースとふんわり漂う不思議な香り。何を使っているのかさっぱりわからないけど、なんとも食欲をそそる。 


「エビは食べにくいですけど、こんな風にすればきれいに剥けますよ」


 ウェイターさんのお兄さんがエビの頭を持って剥き方の見本を見せてくれた。食べにくそうに見えたんだけど、確かにきれいに頭が取れる。
 檜村さんが言われたのを真似して、細い指でエビを摘んで頭をつかんだまま尻尾を引く。きれいに剥けたエビを檜村さんが食べた。
 僕も一匹取り上げてやってみるけど……見た目ほどうまくできない。足が変な風にひっかかって残ってしまった


「ふふ、刀はあれほどうまく操るのにね……意外に不器用なのかい?」


 檜村さんがいたずらっぽく笑って剥いたエビを更に乗せてくれる。
 一口食べると、ぷりぷりした歯ごたえのある身の味と、エビのダシが効いた辛味のあるソースが口の中に広がる。辛みをグレープフルーツのような酸味が追いかけてきた。香草はちょっと苦みがある。
 複雑な味だけど、美味しいな。初めて食べる味だ。


「足や尻尾も食べられますよ。では楽しんでくださいね」


 親しげなウェイターさんがにっこり笑っていってくれる。
 言われたままに齧ってみたけど……ちょっと骨ばっていて個人的にはあまり好みじゃなかった。
 檜村さんも口に含んで顔をしかめている。目が合って、何となく笑ってしまった。





 もう一つの皿に盛られた料理を見た。三角形のパスタのようなものを赤と緑のソースで煮たって感じの不思議な料理だ。
 ポテトチップスを柔らかく煮たって感じで、柔らかいけど芯が残っている感じで歯ごたえがある、なんだろう。これ。


「トルティーヤだよ。メキシコのパンのようなものかな」


 檜村さんが説明してくれる。
 赤い方は少し辛めの酸味のあるトマトソース、緑の方はタマネギっぽい感じの甘みのあるソースだ。 
 生の玉ねぎが散らしてあって、ちょっとこってりしたソースの味と解けたチーズに爽やかな生の玉ねぎの酸味がうまくあっている。


「私は緑が好みだね……君はどうだい?」
「……僕はトマトの方が好きですね」


 どっちも美味しいけど。トマトソースの方が馴染んだ味だからかな。こっちの方がなんとなく合う。
 ちょっと辛いのも個人的には好みだな。





「お待たせしました。メインディッシュです」


 チラキーレスを食べ終わって、少し間を置いて。
 そろそろ次が来ないかな、と話してたのを見計らったように、ウェイターさんが次の料理を持ってきてくれた。


 バーベキューのような長い鉄の串に指した肉の塊だ
 二人のウェイターさんが、串に刺した肉をナイフで串からそのまま鉄板の上に並べてくれる。滴った脂が鉄板で弾けて香ばしいにおいが漂った。
 ひとしきり焼けるのを見て、ナイフでウェイターさんが取り分けてくれる。分厚く切った肉を皿に載せてくれた。


「うちの自慢の料理ですよ。楽しんでください」


 そう言ってウェイターさんが戻っていった。なんかフレンドリーな人だな。


 皿に並べられた分厚く切られた肉をナイフで切って口に運ぶ。
 歯ごたえがある身から、いかにも肉って感じの味が染み出て、脂身の甘みが一杯に広がった。そのあと、すぐにピリッとした塩と胡椒の辛みがする。


 塩と胡椒だけのシンプルな味つけっぽいけど、甘みと辛みのメリハリが効いていてこれも初めて食べる味だ。
 焼肉屋で食べる肉もおいしいんだけど、同じ肉でも全然違う料理だな。分厚い肉を食べるのはなんか、すごく贅沢している感じがする。


 立派なナイフを取り上げて切ろうとしたけど、次はちょっと小さく切った。
 すぐに食べるのはもったいない。


「どうだい?」
「美味しいですね……いかにも肉って感じの味です」


 間抜けな表現だけど、どうも言葉が見つからない。


「そう行ってもらえると嬉しいね……ところで、私の分も食べてくれないかい?片岡君」
「いいんですか?」


「この後のデザートが私の本番だからね」


 檜村さんが切った肉を僕の皿に乗せてくれる。
 せっかくなのでありがたく頂いた。





 肉を二人で綺麗に平らげてしばらくしたところで。
 さっきのウェイターさんが平たい大きめの皿を運んできてくれた。


「クレパス・コン・カヘタです」
「そうそう。これが目当てだったんだよ」


 檜村さんが嬉しそうにいう。これがデザートか。
 檜村さんも結構食べたはずだけど、デザートは別腹らしい。


 平たい皿にたっぷりこげ茶色のスープというかソースが満たされていて、その上にナッツがちりばめられていて、中央には大きな白いアイスクリームが載っている。
 檜村さんがスプーンでソースを一口飲んで、ナイフでソースを切る。
 ソースに浸されたクレープをフォークで取り上げた。クレープのようなものが入ってるらしい。


「君も食べてみてくれ」


 僕もソースを飲む。
 スプーンに掬ったスープからキャラメルのような甘い香りがする。
 一口飲むと苦い香りと独特の不思議な甘みが喉を抜けて、少し強めのエアコンで冷えた体が内側からあったまった。
 クレープとアイスクリームを一緒に食べるとアイスの冷たさと甘み、ソースの暖かさの苦みが口の中で混ざりあう。


「かわっているだろう?山羊の乳を使ったキャラメルソースなんだよ」


 檜村さんが美味しそうに言って、もう一口ソースを飲んだ。また顔をほころばせる。
 普段のちょっとすましたのとは違ってなんとも幸せそうだ。


「甘いもの、好きですよね」
「あはは、そうだね……一番じゃないけどね」


 ちょっと恥ずかしそうに檜村さんが言った。

















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