高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~
絵麻と朱音
金曜日。夕食も終わってぼんやりとくつろいでいた時。
テレビの音に交じって、机の上のスマホがアップデイツの着信音を鳴らした。
『課題が押しているから今週末は難しそうだ』
画面を開けるとトップにこんなメッセージが来ていた。
僕としてもあのやり取りの後だと正直言うとちょっと気まずい。
「いいですよ、構いません。トレーニングでもしてます」
メッセージを打ち返すとすぐに返事が返ってきた。
『すまないね』
簡素な返事が返ってきた。
一応顔アイコンとかは使えるけど、檜村さんは使おうとしない。まああの人らしいといえばあの人らしいな。
スマホを机の上に戻す。
「ねえ、アニキ」
不意に声を掛けてきたのは僕の妹の絵麻だ。
ソファに寝そべってテレビのバラエティを見ながらこっちに視線をやろうともしないあたりがこいつらしい。
「彼女出来た?」
「は?」
「今の着信音、聞いたことなかったけど、最近鳴り始めたんだよねー。週末も魔討士の用事って言ってなんか嬉しそうに出かけること多くなったしさ」
「……そうかな?」
魔討士のことについては兎も角として、着信音まで気づかれているとは。
とぼけても無駄だよ、と言わんばかりに絵麻がこっちを向く。
中学3年。本人曰く邪魔にならない様にしているという短くショートボブに切りそろえた黒髪。ほんのり日焼けした無邪気な顔。
男の子っぽいなどと言われているけど、兄の目から見ても可愛い顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
部屋用の紺のジャージ姿だけど、すらっとした手足の長さとわりとメリハリのある体形は見て取れる。
栗色の大きめの目が僕を問いただすように見た。
「分かってるんだよー。アニキも春が来たかな」
「何のことだ?」
僕より年下の癖に生意気なことを言うな、お前にもそもそも彼氏はいるのか、などと言おうとしたけど止めておいた。
距離感がよくわからないというのが正直なところなんだけど、檜村さんとの関係は彼氏彼女とかそういうのではないと思う。
「へーえ、そうなんだぁ、ふーん」
「お父さん遅いわね」
にやにや笑いつつ絵麻が僕を見る。そうこうしているうちに、エプロン姿の母さんがリビングに入ってきた。
時計を見ながら机の上に並べられていた今日の晩御飯、トマトのシチューとサバのフライをラップに包む。とっくに8時を回っていて、そろそろ9時が近い。
父さんは東京都の公務員をしている。公務員と言ってもかなり漠然としていて、何の仕事をしているのか正確には知らない。ただ、やたらと残業が多い。
「何か飲む?水輝、絵麻?」
「ああ、お母さん、あたしは……」
絵麻がそう言って僕を意味ありげに見る
「トマトジュースがいいな。後で貰っていい?」
「いいわよ、冷蔵庫に入ってるわ」
そう言って母さんがキッチンに戻っていった。
絵麻がイジワルそうな顔でにやりと笑う。
別にやましいことをしているわけじゃないんだけど、こういう話はなんとなく詳しく聞かれたくはない。
「ねえ、アニキ。あたし新しいギアが欲しいんだけど」
「絵麻、水輝にねだってばかりいるのは止めなさい」
「ああ、いいよ、母さん」
討伐実績点は換金できる。未成年は一定額を超える場合は保護者の許可がいるけど。
絵麻はBMXとかスケートボードとかのエクストリーム系スポーツをやっている。
動画を見せてもらったけど、確かに様になっている。ただ、スポーツ万能、と言いたいところだけど、球技とかのルールが複雑なスポーツは苦手らしい。
飛んだり跳ねたりするから、ちょくちょくギアを壊す。
なんだかんだでああいうのは結構高くついてしまうから、その分を僕が負担している感じだ。
「あんまり無茶はしないようにしなさいよ、水輝」
「分かってるよ」
「あんたは高校生なんだからね。まずは学校に行くのが大事なのよ」
今はうちの家計はアンタに心配されるほど苦しくはない、とは父さんと母さんの弁だ。だから討伐実績点はプールされているだけで絵麻のギアを買うか、たまに自分の買い物に使う以外は使い道がない。
おそらく、僕が魔討士として活動するのはあまり好意的にみられていないというか、辞めてほしいと思われてるんだろう。危険がないわけじゃないし。
「あーあ。あたしもアニキみたいに戦ええばいいのにな」
そういうと母さんがじろりと絵麻を睨んだ。
絵麻も一応魔討士としての資質はあるらしいけど、あまり強くはないそうだ。まだ資格は持っていない。取るかどうかも分からない。
というか母さんたちが許さない気がする。
「欲しいものが決まったらカタログ持ってきて……あんまり高いのはダメだよ」
「サンキュー、アニキ。愛してる」
絵麻の愛してる、はいつもの口癖だ。軽く手を上げてリビングを出た。
★
「兄さん」
二階の部屋の前で会ったのはもう一人の妹、朱音だった。
風呂上がりなのか、白い頬がほんのり上気していて、しっとり濡れた長く伸ばした黒髪を後ろに束ねている。
ゆったりとしたワンピースを着ていて、手には本を持っていた。魔討士の戦闘記録の教本だ。
朱音は本好きでスポーツは苦手。快活な絵麻とはかなり対照的と言うか、兄から見てもおしとやかな雰囲気のお嬢様っぽい。
中学では人気がある、とこれまた面白そうに絵麻が教えてくれた。そう言われるとなんか複雑な気分になる。
ちなみに、性格も行動も正反対の二人だけど、絵麻は実は養子で朱音や僕とは血はつながっていない。
父さんの昔の親友が事故で亡くなって、行き場がなくなった絵麻を養子にした……らしいけど、小さい時のことで僕は記憶がない。
一応その話はみんなが知っているけど、でもそれを今気にする人は誰もいない。物心ついたころにはすでに絵麻も朱音も居て、兄弟として育った。
「明日も新宿に行くの?」
「いや、明日はいかないよ」
そういうと、朱音がほっとした顔をした。
「はやく……中学を卒業したい」
朱音が静かに言う。
「そうすれば兄さんと一緒に行けるもの」
そう言って朱音の切れ長の目が僕を見た。真剣なまなざしだ。
朱音はすでに資格持ち。丁類の回復術師だ。
回復術師は極めて稀で、回復術を使える人には優先的に資格が付与されている、と言う話も聞く。
魔討士は未成年でも資格を取って活動できるけど、これは相当もめたらしく、国会で何十時間も議論されたらしい。
未成年の安全確保や未成年に討伐実績と言う形で金銭を支給することの問題点を追及する野党と、ダンジョンの脅威や駆除活動のために人手が必要なことを主張する与党の対立は相当長く続いたそうだ。
最終的には、資格は付与する。ただし、18歳までは親の許可がいる。中学卒業までは原則的に訓練施設の利用のみで実戦活動禁止、と言うことで収まった。高校生でもダンジョンの階層とか色々と制限はあるけど、中学生はもっと厳しい。
野良でダンジョンに遭遇した場合にも中学生は原則的に逃げることを推奨されている。無理した中学生の資格持ちが大けがをしたのが原因だ。
ただし、討伐実績が著しく顕著な者の保護がある場合は中学生でも実戦に参加していいという例外規定もある。
この場合の実績顕著であることは各類の3位以上が複数いること、が条件だ。このハードルは日本全国を見てもかなり高い。
僕はまだ6位になったばかり。檜村さんもまだ4位の下の方だから、僕等が3位になるより朱音が卒業する方が早いだろう
「きっと私は兄さんの役に立てるわ」
「ありがとう」
そういうと、朱音が嬉しそうに笑う。
といっても、檜村さんに輪をかけて戦闘に向いてないと思うし、そもそも父さんと母さんが活動には猛反対しそうだけど。
回復術使いは稀だし、ほとんどがダンジョンの外の治療所に公務員に近い待遇で雇われる。
民間のパーティで回復術師を編成に入れているのは殆どいないだろう。
回復術師自体も、危険なダンジョンに挑むよりダンジョンの外で治癒をしている方が危険はないし、なにより実入りがかなりいいらしい、と言うくらいは聞いたことが有る。
その辺を知らないはずはないんだけど。
「じゃあお休み」
「うん、兄さん」
部屋に入った。
……明日はトレーニングにでも行こう。
テレビの音に交じって、机の上のスマホがアップデイツの着信音を鳴らした。
『課題が押しているから今週末は難しそうだ』
画面を開けるとトップにこんなメッセージが来ていた。
僕としてもあのやり取りの後だと正直言うとちょっと気まずい。
「いいですよ、構いません。トレーニングでもしてます」
メッセージを打ち返すとすぐに返事が返ってきた。
『すまないね』
簡素な返事が返ってきた。
一応顔アイコンとかは使えるけど、檜村さんは使おうとしない。まああの人らしいといえばあの人らしいな。
スマホを机の上に戻す。
「ねえ、アニキ」
不意に声を掛けてきたのは僕の妹の絵麻だ。
ソファに寝そべってテレビのバラエティを見ながらこっちに視線をやろうともしないあたりがこいつらしい。
「彼女出来た?」
「は?」
「今の着信音、聞いたことなかったけど、最近鳴り始めたんだよねー。週末も魔討士の用事って言ってなんか嬉しそうに出かけること多くなったしさ」
「……そうかな?」
魔討士のことについては兎も角として、着信音まで気づかれているとは。
とぼけても無駄だよ、と言わんばかりに絵麻がこっちを向く。
中学3年。本人曰く邪魔にならない様にしているという短くショートボブに切りそろえた黒髪。ほんのり日焼けした無邪気な顔。
男の子っぽいなどと言われているけど、兄の目から見ても可愛い顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
部屋用の紺のジャージ姿だけど、すらっとした手足の長さとわりとメリハリのある体形は見て取れる。
栗色の大きめの目が僕を問いただすように見た。
「分かってるんだよー。アニキも春が来たかな」
「何のことだ?」
僕より年下の癖に生意気なことを言うな、お前にもそもそも彼氏はいるのか、などと言おうとしたけど止めておいた。
距離感がよくわからないというのが正直なところなんだけど、檜村さんとの関係は彼氏彼女とかそういうのではないと思う。
「へーえ、そうなんだぁ、ふーん」
「お父さん遅いわね」
にやにや笑いつつ絵麻が僕を見る。そうこうしているうちに、エプロン姿の母さんがリビングに入ってきた。
時計を見ながら机の上に並べられていた今日の晩御飯、トマトのシチューとサバのフライをラップに包む。とっくに8時を回っていて、そろそろ9時が近い。
父さんは東京都の公務員をしている。公務員と言ってもかなり漠然としていて、何の仕事をしているのか正確には知らない。ただ、やたらと残業が多い。
「何か飲む?水輝、絵麻?」
「ああ、お母さん、あたしは……」
絵麻がそう言って僕を意味ありげに見る
「トマトジュースがいいな。後で貰っていい?」
「いいわよ、冷蔵庫に入ってるわ」
そう言って母さんがキッチンに戻っていった。
絵麻がイジワルそうな顔でにやりと笑う。
別にやましいことをしているわけじゃないんだけど、こういう話はなんとなく詳しく聞かれたくはない。
「ねえ、アニキ。あたし新しいギアが欲しいんだけど」
「絵麻、水輝にねだってばかりいるのは止めなさい」
「ああ、いいよ、母さん」
討伐実績点は換金できる。未成年は一定額を超える場合は保護者の許可がいるけど。
絵麻はBMXとかスケートボードとかのエクストリーム系スポーツをやっている。
動画を見せてもらったけど、確かに様になっている。ただ、スポーツ万能、と言いたいところだけど、球技とかのルールが複雑なスポーツは苦手らしい。
飛んだり跳ねたりするから、ちょくちょくギアを壊す。
なんだかんだでああいうのは結構高くついてしまうから、その分を僕が負担している感じだ。
「あんまり無茶はしないようにしなさいよ、水輝」
「分かってるよ」
「あんたは高校生なんだからね。まずは学校に行くのが大事なのよ」
今はうちの家計はアンタに心配されるほど苦しくはない、とは父さんと母さんの弁だ。だから討伐実績点はプールされているだけで絵麻のギアを買うか、たまに自分の買い物に使う以外は使い道がない。
おそらく、僕が魔討士として活動するのはあまり好意的にみられていないというか、辞めてほしいと思われてるんだろう。危険がないわけじゃないし。
「あーあ。あたしもアニキみたいに戦ええばいいのにな」
そういうと母さんがじろりと絵麻を睨んだ。
絵麻も一応魔討士としての資質はあるらしいけど、あまり強くはないそうだ。まだ資格は持っていない。取るかどうかも分からない。
というか母さんたちが許さない気がする。
「欲しいものが決まったらカタログ持ってきて……あんまり高いのはダメだよ」
「サンキュー、アニキ。愛してる」
絵麻の愛してる、はいつもの口癖だ。軽く手を上げてリビングを出た。
★
「兄さん」
二階の部屋の前で会ったのはもう一人の妹、朱音だった。
風呂上がりなのか、白い頬がほんのり上気していて、しっとり濡れた長く伸ばした黒髪を後ろに束ねている。
ゆったりとしたワンピースを着ていて、手には本を持っていた。魔討士の戦闘記録の教本だ。
朱音は本好きでスポーツは苦手。快活な絵麻とはかなり対照的と言うか、兄から見てもおしとやかな雰囲気のお嬢様っぽい。
中学では人気がある、とこれまた面白そうに絵麻が教えてくれた。そう言われるとなんか複雑な気分になる。
ちなみに、性格も行動も正反対の二人だけど、絵麻は実は養子で朱音や僕とは血はつながっていない。
父さんの昔の親友が事故で亡くなって、行き場がなくなった絵麻を養子にした……らしいけど、小さい時のことで僕は記憶がない。
一応その話はみんなが知っているけど、でもそれを今気にする人は誰もいない。物心ついたころにはすでに絵麻も朱音も居て、兄弟として育った。
「明日も新宿に行くの?」
「いや、明日はいかないよ」
そういうと、朱音がほっとした顔をした。
「はやく……中学を卒業したい」
朱音が静かに言う。
「そうすれば兄さんと一緒に行けるもの」
そう言って朱音の切れ長の目が僕を見た。真剣なまなざしだ。
朱音はすでに資格持ち。丁類の回復術師だ。
回復術師は極めて稀で、回復術を使える人には優先的に資格が付与されている、と言う話も聞く。
魔討士は未成年でも資格を取って活動できるけど、これは相当もめたらしく、国会で何十時間も議論されたらしい。
未成年の安全確保や未成年に討伐実績と言う形で金銭を支給することの問題点を追及する野党と、ダンジョンの脅威や駆除活動のために人手が必要なことを主張する与党の対立は相当長く続いたそうだ。
最終的には、資格は付与する。ただし、18歳までは親の許可がいる。中学卒業までは原則的に訓練施設の利用のみで実戦活動禁止、と言うことで収まった。高校生でもダンジョンの階層とか色々と制限はあるけど、中学生はもっと厳しい。
野良でダンジョンに遭遇した場合にも中学生は原則的に逃げることを推奨されている。無理した中学生の資格持ちが大けがをしたのが原因だ。
ただし、討伐実績が著しく顕著な者の保護がある場合は中学生でも実戦に参加していいという例外規定もある。
この場合の実績顕著であることは各類の3位以上が複数いること、が条件だ。このハードルは日本全国を見てもかなり高い。
僕はまだ6位になったばかり。檜村さんもまだ4位の下の方だから、僕等が3位になるより朱音が卒業する方が早いだろう
「きっと私は兄さんの役に立てるわ」
「ありがとう」
そういうと、朱音が嬉しそうに笑う。
といっても、檜村さんに輪をかけて戦闘に向いてないと思うし、そもそも父さんと母さんが活動には猛反対しそうだけど。
回復術使いは稀だし、ほとんどがダンジョンの外の治療所に公務員に近い待遇で雇われる。
民間のパーティで回復術師を編成に入れているのは殆どいないだろう。
回復術師自体も、危険なダンジョンに挑むよりダンジョンの外で治癒をしている方が危険はないし、なにより実入りがかなりいいらしい、と言うくらいは聞いたことが有る。
その辺を知らないはずはないんだけど。
「じゃあお休み」
「うん、兄さん」
部屋に入った。
……明日はトレーニングにでも行こう。
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