風使い練成術師、防御重視は時代遅れとパーティ追放(10か月ぶり9度目)される~路頭に迷いかけたけど、最強火力をもつ魔女にスカウトされた。守備が崩壊したと言われてももう遅い。今は最高の相棒がいるので~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

出立の朝・下

 草地に下りた後、近くの村で馬を買って、そのまま馬を走らせて夕方には夏の離宮についた。
 夏の離宮とやらは広々とした草地に作られた道の向こう、川に沿った低めの丘の中腹にあった。
 少し高い位置にあるのか、空気がひんやりしている感じだ。


 低い壁に囲まれたクリーム色の煉瓦でつくられた3階建てくらいの小さな白のような建物だ。
 細い尖塔とアクセントの様にあしらわれた木や色煉瓦の飾りがなんとなく可愛い印象を醸し出している。
 昼下がりの明るい太陽と周りの緑の草原の長閑さも含めて、何もないときに見ればきっといい眺めだと思うんだが。


「ヤバい空気だな」


 俺ですらわかる。
 建物からはまだ離れているが、禍々しいというか、なんとも言えない空気が伝わってくる。
 普通なら周りの草地には動物くらいはいそうだが、全く何の姿も見えない。鳥すらいない。


 馬を慎重に近づけると、低めの城壁と小さな鉄の門が見えてきるが、あと300歩くらいってところで同時に門の前に黒い光が現れた。
 ゲートか。


 見ていると、黒い光の幕のようなゲートからぞろぞろとトロールが現れた。
 背を大きく曲げた人型の体に乱杭歯を生やした河馬のような顔。
 もう何度か戦って見慣れてしまったな。一年前には殆ど遭遇しないような相手だったのに。
 きょろきょろと周りを見回していたトロールがこっちを見た。


「答え合わせは半分終わったな……残りの半分は宰相殿にお聞きしよう」


 団長が下馬してサーベルを抜く。


「クレイ、私と来い。我々は正面から切り込む」


 無茶苦茶言うが、有無を言わさぬという口調にローランが頷いた。


「ライエル、あの飛行の風で中には入れるだろうな。勿論テレーザを連れてだ」
「まあ何とか」


 人を抱えて飛ぶなんてことはしたことが無いんだが……飛行の風はあくまで個人用だ。
 ただ、出来ませんと言える空気じゃない。


「何が起きているかは分からんが、とにかく宰相殿を押さえろ、なるべく早めにな。私たちは正門から行って少しでも敵をひきつける」


 団長がサーベルを一振りする。
 じっとりと粘り強く様な空気だったが、それを祓うようにすっと周りの気温が下がった。


「では後で会おう、ライエル、テレーザ」
「ええ、後程」


 団長が胸に拳を当てて、そのまま拳を突き出してきた。
 俺もそれに倣って拳を合わせる。冒険者同士の挨拶だ。テレーザも見様見真似って感じで同じように答えた。


「ここは不本意ですがあなたに譲りましょう……まったく不本意ですがね」
「ふん、私の後詰をしっかり務めるように」


 テレーザとローランが目を背けつつ交差するように杖を軽く触れ合わせた。
 魔法使いの挨拶なのかもな。


「いくぞ。クレイ、ザコは私が蹴散らす。お前は魔力は温存しろ。分かっているな?」
「はい、団長殿」


 こっちに向かってトロールの群れが突進してきた。団長がトロールを誘導するように走ってサーベルを振る。
 氷の刃が土を割って次々と飛び出してトロールを切り刻んだ。悲鳴が上がって何体かが倒れる。


 地響きのような足音を立ててトロールの群れが団長の方に向かっていった。
 こっちへの警戒は無さそうだ。テレーザに合図を送って城壁に近づく。
 俺の背丈より腕一つ分ほど高い城壁は色のついた煉瓦でつくられていて、綺麗に整えられている。いかにも貴族の邸宅って感じだな。 
 さて、どこから入るか。


「ライエル。一つ聞いていいか?」


 様子を伺っていたら、テレーザが不意に声を掛けてきた。


「なんだ?」
「なぜ、お前は戦う?」


 テレーザが俺を見上げて言う。
 それは今聞くことなんだろうか、とは思ったが。真剣な目だ……とはいえ、改めて聞かれると答えに困る質問だな。


「まあそもそも冒険者は戦うのが仕事だしな……それに、お前な、お前がこの師団に引っ張り込んだんだろうが。今更そう言う事言うか?」
「まあ、それはそうだが……そういうことではなくだな」


 テレーザが何か不満げに言って下を向いた。


「じゃあお前はなぜ戦う?」


 俺はこの道しか選ぶよりはなかった。
 というより、恩恵タレントがあった時点で冒険者になるのが普通だったし、俺が恩恵タレントを知ったときは錬成術師は花形の恩恵タレントの一つだった。
 だから迷う必要もなかった。


 だが、こいつは違う。
 こいつは簡単に降りることができた。時代遅れの魔法使いとしての道を見切って貴族の姫君として生きる道でもきっと幸せはあったはずだ。


 見た目だって十分に綺麗だ。
 そうだったとしたら、俺と会うこともなく、全く別の人生をお互い歩んでいただろうが。


 今だってこんな危ない橋を渡る必要はない。
 こんな最前線ので戦う師団にいなくても、アレクトール魔法学園主席の看板を引っ提げて、もっと安全な場所にいることもできるだろうに。


「家のためとか、貴族の義務とか、昔は色々と思っていた。でも、今は分からない」


 そう言ってテレーザが言葉を切った。


「怖くないわけではないが……ただ、自分のこの力には誇りを持っている。だから、この力で戦えることは嬉しい。
それに、時代遅れと言われて呪ったこともあったが……あの時、くじけなかったから今ここにいられる。だから今……お前と並んで立てる」


 顔を逸らしながらテレーザが言う。


「なあ?」
「なんだ?」


「私は強くなったと思うか?……初めて会ったあの日より」
「元から強かった、と言いたいところだが。強くなったよ。判断が早くなった」


 戦いの中では一呼吸分の攻撃の後先が勝負を分けることは珍しくない。
 一数える分でも早いのはそれだけで大きな有利で、遅いのはそれだけで不利だ。


 強い恩恵タレントを持つだけで実戦でも強いなんて簡単なもんじゃない
 弱い恩恵タレントしか持っていなくても、実戦で弱いとも限らない。


 本当の実戦では能力の強さよりそれをどう使いこなすのかが大事だ。結局は使うものの経験、知恵、勇気。
 冒険者としての経験から言うと、最後は使いこなす人間の心の要素が大きい気がする。


「会った時は、強い恩恵タレントを持つ魔法使いだった。今は強い魔法使いになった」


 そう言うと、テレーザが嬉しそうに頷いた。


「よし、行くぞ。私達ならだれが相手でも問題ない。
そもそも、だ。今までの魔族のとどめは私がほとんど刺してきたのだからな。時代遅れと言われた我々がだ。気分がいいと思わないか?」
「まあ、そうかもな」


「お前が私を守れば、私たちは無敵だ。そうだろう?」
「そうだな……じゃあ行くか」


 そう言うとテレーザが体を寄せてきた。
 こちらも手をまわして抱き寄せると、テレーザも同じようにぎゅっと抱き着いてくる。
 髪からかすかに甘い匂いが漂った。


「落ちるなよ。風司の29番【高き天を舞う燕より速く、駆けよ翼】」


 体の周りを風が取り巻いて、体が浮いた。



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