風使い練成術師、防御重視は時代遅れとパーティ追放(10か月ぶり9度目)される~路頭に迷いかけたけど、最強火力をもつ魔女にスカウトされた。守備が崩壊したと言われてももう遅い。今は最高の相棒がいるので~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

決着をつけると言う事

 マヌエルの体が馬車に撥ねられたかのように飛んで石畳に転がった。
 手加減したから死んではいないはずだ。ただ、しばらくは動けないだろう。


 状況が理解できないって感じで、周りの兵士たちが固まっている。
 マヌエルは無力化できたが、勝負はむしろこれからだ。


「風司の19番」
「このバカ息子め!掛かれ、者ども!」


 我に返ったフェルナンが号令した。
 周りの兵士たちが各々武器を構えて走ってくるが、この距離なら俺の方が速い。


「【西の果ての地平に沈みゆく日に照らされし森に七葉よ舞い散れ。其の葉を彩るは血の如き赤】」


 詠唱が終わると同時に俺の周りを取り巻くように風が舞い上がった。兵士たちの足が止まる。
 風が無数の刃を形成した。


「行け!」


 刀を振ると四方に風の刃が飛んだ。
 風の刃が兵士達を切り裂く。半分以上が血しぶきをあげて倒れたが……全員じゃない。
 急所をとらえられなかったか、魔法の防具でも着ているのか。


 この一撃で全員倒すくらいのつもりでいたが、其処まで甘くなかった。
 次はどうする。
 テレーザもアマラウさんもはあいつにとって利用価値がある。すぐには殺さないだろう。
 まずはオードリー達を助ける。


「あの餓鬼を捕まえろ!1人は殺して構わん」


 フェルナンが叫んで、草むらの中を走る音がする。
 フェルナンは兵士を盾にしたらしい。無傷で、その前には一人の兵士が倒れていた。
 オードリーたちの方にまた何人かが向かうのがわかった。
 今度捕まえられたらオードリーかメイが死ぬ。そうはさせない。


「風よ!」


 風の斬撃をもう一度、今度は茂みの方に飛ばす。
 狙いは人じゃなく木の方だ。切られた木が倒れていって、驚いたように鳥たちが飛び立っていった。
 重たい音と兵士たちの悲鳴と悪態が上がる。時間かせぎはなるか。  


「ライエル!」


 テレーザが叫んでこっちに走り寄ってきたが、兵士の一人に取り押さえられた。
 悪いが今はこの状況だ。俺が何とかするしかない。


 草むらから何人かの新手の兵士が姿を現した。それぞれが弓やクロスボウを持っている。数が多い。
 それぞれが矢を飛ばしてきた。


「風よ守れ!」


 次々と飛んでくる矢を風で逸らす。
 それぞれが弓を捨てて剣や槍を構えて俺を取り囲んだ。


 切りかかってくるかと思ったが、切っ先を向けたまま距離を取って踏み込んでくる気配がない。
 時間を稼ぐやり方を知っている動きだ。主はクズ野郎だが、配下は優秀らしい。
 グズグズしている暇はない。


「風よ!」


 刀を振って風の斬撃を飛ばす。
 何人かが肩口から血を噴き出して倒れたが、風司の斬撃じゃないから普通に剣で切っているようなもんだ。
 これでは決定打にならない。


 フェルナンの前には3人の兵士が守りを固めている。周囲には10人ほどの兵士たち。
 1人でこいつらを全員倒すのは流石に時間がかかりすぎる。強引に切り込んで森の中に入る方が早いか。
 茂みまでは10歩ほど。風を使えば一足で飛び込める。
 足元に風を溜めて踏み出そうとしたその時。


「【書架は西・想像の壱列。八拾五頁九節……我は口述する】」


 どこからか、不意に朗々とした詠唱が聞こえた。





 聞きなれた詠唱だが、テレーザじゃない。


「なんだと?兄上?」


 フェルナンが驚いたように森の方を見る。
 茂みから杖を突いたアマラウさんがよろめくように出てきた。


「【巡り来る季節の中、神の刻みたる暦に従い、雲は空を覆い雨は夏にきたる。雨は恵みと禍を伴い万人に等しく振り注ぐが悠久のことわり。されど今だけはその理に背くことを願う。我が友には……】」
「父上!いけません!」


 テレーザが叫ぶ。
 アマラウさんが咳き込むようにして詠唱が止まった。
 あの体で魔法を使うのか……強力な魔法は術者に大きな負荷をかける。下手すれば死ぬ。


「馬鹿者!誰か!黙らせろ!」


 フェルナンが叫ぶ。二人の兵士がアマラウさんに向かって走った。
 苦し気に息を吐くアマラウさんと一瞬視線が合う。何が言いたいのか伝わってきた。


「風よ!」 


 風の刃が飛んでアマラウさんの周りの地面を切り裂いた。
 土塊が上がって兵士たちの足が止まる。アマラウさんが土気色の顔に満足げな笑みを浮かべた。


「【実りの慈雨、我が敵には外套を穿うが篠雨しのうとなりて降れ】…………術式開放」


 わずかな逡巡するような間があって、詠唱が終わった。





 詠唱が終わると同時に空中に巨大な魔法陣が浮かび上がった。アマラウさんが胸を押さえて膝をつく。
 同時に魔法陣から輝く雨のようなものが降り注いだ。


 水滴に触れたところが波紋のように光って、湯を浴びた時のように体が暖かくなるような気がした。疲れた体に気力が戻る。
 同時に周りから悲鳴が上がった。雨を浴びた兵士たちが油でも浴びせられたように転げまわる。


「叔父さん!」


 茂みの中からオードリーとメイが走り出てきた。
 雨を浴びているが何事もなさそうだ。周りで雨から逃れようとしている兵士たちとの差が奇妙に見える。
 人を殺すほどの威力は無いようだが……同じ範囲内で相手によって効果が違う魔法なんて初めて見たぞ。


「大丈夫か?」
「うん……大丈夫」


 少し怯えた様子で顔や服に土の汚れが付いているが、怪我とかはしてなさそうだ。
 雨が弱くなり始めた。周りの兵士たちは雨を浴びて地面にうずくまっている。しばらくは動けないだろう。
 空に浮かんでいた魔法陣が薄れて消えていく。


 今回の元凶はいつの間にかいなくなっていた。
 逃がしはしない。





 風で探るとすぐに居場所は分かった。
 空を飛んで追うと石畳の細い道をドタドタと走っているのが見えた。


 風を操ってフェルナンの前に降り立つ。
 慌てたように止まったフェルナンがもんどりうって転んだ。


「こんな騒動起こした挙句、兵士たちもマヌエルも見捨てて一人で逃げるつもりか?」


 つくづくあきれ果てたやつだな。
 礼装にも何かしらの防御の魔法が籠められているのか、さっきの魔法でも大して傷を負った感じはない。
 フェルナンが立ち上がって、わざとらしく礼装の土を払った。


「だからどうしたというのだ。私が残れば何とでもなる」
「なるほどね」


 フェルナンが俺の刀をちらりと見た。 


「どうした。いきり立った顔をしているが……私に手を出すのはやめた方が良い。失うぞ、せっかく得た騎士の地位をな」


 余裕な顔でフェルナンが言う。
 この状況でそんなことを言うのか、こいつは。


「それがどうした」
「なんだと?」


「騎士の地位に興味はない。無くなったら冒険者に戻って、宮廷魔導士団に志願するよ。あの団長なら入れてくれるだろ」


 素っ気なく言って刀を突きつけた。目の前の切っ先を見てフェルナンが青ざめる。押されるように一歩下がった。
 ようやく今の状況を実感を持って理解できたらしい。


「待て、まさか……この私を切る気か!貴族たるこの私を!冒険者風情が!」
「戦場では貴族もなにも関係ない。自分だけは観客席にいるつもりだったのか?」


 フェルナンがよろめいて尻餅をついた。


「お前が仕掛けた戦いだ。仕掛けた以上は切り返される覚悟をしておくべきだったな」
「貴族を害することは許されんぞ。法が定めている」
「此処のどこに法がある?誰がそれを裁くんだ?残るのは結果だけだろ」


「待て、待て!よく聞け、お前の望むものを与えてやろう、落ち着いてよく考えろ。私を切っても何の得もないぞ」
「俺だけ狙うなら別にいい……だが俺の周りを巻き込んだことは許さない」


 今回は紙一重で助かったが次にこううまく行く保証はない……後顧の憂いはここで断ち切る。
 フェルナンが後ずさって逃げようとしたが、それより速く青い礼装の左胸に刀を突き刺した。
 嫌な手ごたえがあって刀が胸に食い込む。
 赤い血が舞った。













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