風使い練成術師、防御重視は時代遅れとパーティ追放(10か月ぶり9度目)される~路頭に迷いかけたけど、最強火力をもつ魔女にスカウトされた。守備が崩壊したと言われてももう遅い。今は最高の相棒がいるので~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

夜襲・下

 周りを見回す。
 月明かりで灰色っぽく照らされた夜の景色の中に、いつの間にか薄ぼんやりした明かり、松明のような明かりが浮かんでいた。
 なんだあれは?


 ユトリロが明かりに向かって歩いて行っている。


「おい!止まれ、なにしてる!」
「შუქურის ცეცხლი」


 声を掛けたのと同時に、遠くの方から何かが聞こえた。赤く揺れる光が強くなる。
 頭がくらっとした。強い酒を一気に飲んだ時のような、意識が飛びかける感覚。
 明かりに引き寄せられそうになる。


 とっさに頬を叩く。痛みと叩く音が耳に響いて辛うじて意識が戻った。
 あの音は聞き覚えがある。魔族だ。やばいぞ。


「ユトリロ!」


 もう一度呼びかけるが全く反応がない。光に向けて着実な足取りで進んでいく。


「ყველაზე ღრმა უძირო ჭაობი」


 追いかけようとしたが、もう一度詠唱が聞こえた。
 地面に一瞬僅かな光が走って、ずぶりと足元が沈んだ。
 硬い地面が、列車の線路の下のような、まるで沼のようになる。


 間違いなく魔族だ。
 酒場の土産話では済まなくなった。


「風司の109番【我が声よ万里に響け、遠き戦場にて一番槍を構える我が友にも届くように】」


 敵はもうすぐ近くに居る。
 瞬間的に声を増幅して大きく響かせる練成術を唱えた。お休みの所を迷惑とか言っている場合じゃない


「敵襲!全員起きろ!」


 静寂を切り裂くように耳をつんざくような音がした。
 驚いたような声が後ろで起きる。


「止まれ!ユトリロ!」


 もう一度呼び掛ける。
 さっきのが聞こえていないはずはないが、それでも気付いた様子も無い。
 振り返りもしない。


「風よ……」


 風でなぎ倒そうとしたとき、ふいに地面が波打った。
 黒い壁のような影が地面から立ち上がる。影がユトリロを飲み込んでユトリロの姿が消えた。





「何が起こった?」


 団長たちが起きてくる。
 直前まで寝ていたって感じはしない。完全にいつも通りだ。
 テレーザはまだ寝ぼけた感じの顔だ。 


「魔族です」


 言うまでもない。全員の足元が沼のようになっていた。
 見た目だけは普通の地面なのに、足首まで地面に沈む。なんなんだ


「ユトリロはどうした?」
「……わかりません」


 それを見た俺も何が起きたのかわからない。
 団長が足元を一蹴りして舌打ちした。ぬめった土塊が飛ぶ。


「全員警戒せよ!明かりの魔法を使えるの者は明かりをつけろ!」 
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。我が頭上を灯す光となれ、夜闇を退け昼のごとく照らせ】」


 クレイの詠唱が終わって、光る球体が次々と空中に舞い上がった。大分視界がマシになったな。


「შუქურის ცეცხლი」


 またさっきと同じ奇妙な音が聞こえた。
 魔族の魔法、黒魔法だ。


 周囲にいくつもの松明にような赤っぽい光が浮かぶ。
 一人がふらふらと光の方に歩いていった。エズラという名の若手の騎士だったはずだ。


「おい、エズラ!何をしている」
「あの光が人をひきつけているんだ!みんな注意しろ!意識をしっかり持て!」


 さっきの感覚を思い出す。蛾を引きつける光のように、あの光を見たものを魅入るようにしているんだ。
 魅了の魔法なんてものがあるらしいがそれに近い。あれがアイツの黒魔法か。


「もどれ!エズラ!」


 団長がいうが、全く聞こえていないようにエズラがまっすぐに光に向かって歩いていく。
 さっきと同じ。呼びかけても無駄だ。


「風司の43番【束ねし風はさながら戦船をもやう鉄鎖。絡まれば重く、逃れること能わず】」


 風の鎖が刀の切っ先から伸びてエズラに絡んだ。
 同時に沼のような地面にまた波紋が走った。ふいに巨大な波が浮かぶ。


「こっちに来い!」


 間一髪でエズラの体が風の鎖に引っ張られて後ろに飛んだ。
 同時に波がいまエズラがいた場所を飲み込む。


 ……二度目だからこそ今度は見えた。
 波のように見えたのは波じゃない。巨大な魚の口だ。灰色の杭のような牙が見えた。
 水面の浮かぶ釣りの餌を水中から飛び出してきて飲み込む魚のような動き。


 アレを魚と言っていいかは全くわからないが、そうとした表現できない。
 あんな魔族がいるのか







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