風使い練成術師、防御重視は時代遅れとパーティ追放(10か月ぶり9度目)される~路頭に迷いかけたけど、最強火力をもつ魔女にスカウトされた。守備が崩壊したと言われてももう遅い。今は最高の相棒がいるので~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

海岸の死闘

 頭に痛みが走った。髪を引っ張られている。
 喉の奥から粘つく塊が出て行って口に何かが流し込まれる。
 飲みなれた治癒薬ポーションの味だ。全身を焼くような痛みが引く


「………て!!」


 誰かの声が聞こえる


「……く立て!!」


 テレーザの声と気づくのに少し時間がかかった。そうだ戦闘中だ。
 目を開けて立ち上がると白い靄と黒い水が目に飛び込んできた。
 倒れてると気づくのにちょっと時間がかかった。


「早く立て!」


 強引に手を取られて引き起こされる。
 ねばりつくような水が体からはがれた。


解呪ディスペルマジックが間に合ったな。大丈夫か」


 テレーザが声を掛けてくる。足を踏ん張って地面に立った。


「どうにか。姉さんの顔が見えたよ」


 見ると手の肌が焼けただれたようになっている。
 頬に触れると頬もざらついたようになっていた。


「あとで治癒術を掛けてもらえ。私は使えない」
「ああ、そうするよ……なんなんだ今のは?」


「分からんが……禁呪の腐敗ポドルに近い。肉も血も腐らせる魔法だ。だがあの詠唱の短さで使えるとは」


 あの靄に触れられたら痛みが来た。
 攻撃力が低いかも、なんて考えは甘かった。本格的にこいつはヤバい。


 まわりで渦を巻くように漂う靄。この靄はこいつの防具であり武器みたいなものか。
 そして、濃い靄は果てしなく遠くまで広がっている。
 こいつにアルフェリズに行かれると大変なことになるぞ。


 足元で蠢く水が足首をからめとる様に蠢いた。さっきよりローブの裾の水が広がっている。
 逃げれるかもなんて思ったが甘かった。この足場で靄の中にいる以上、もう逃げるのは無理だ。
 ここで倒すしかない。


「もう一度詠唱しなおしだ。頼むぞ」
「ああ、わかってる」


 どうにか詠唱を最後までしてもらわなくては。


「ზღვის გაფუჭება」


 そいつがまた何か唱える。カンテラがぼんやりと光って靄がうごめいた。
 靄が壁のように迫ってくる。
 さっきのをもう一度食らったら今度こそ死ぬ。


「風司の23番【天に坐す風の操り手よ、我は人の身にて風を司どるもの。その指揮をしばし我に預けよ】」


 詠唱に応じて回りを竜巻のように風が旋回した。
 さっきから見る限り、靄を風で完全には止められないが効果がないわけではない。
 そもそも俺には完全に止めるすべがない。なら手持ちのものでどうにかするしかない。


 水が布にしみこむように靄が風の壁をすり抜けて入ってきた。
 押し返すようなイメージで風を操る。入ってきた靄が吹き散らされた。
 どうにか、近づけないくらいはできるか。


「აუზში დახრჩობა」


 そいつが何か唱えて、足元の水が揺らめいた。とっさに体をのけぞらせる。
 水が柱のように跳ね上がって今まで顔があったところに伸びた。
 手のように水がうごめいてまた足元に戻る。


 今俺がやられれば援護は期待できない。
 テレーザが解呪してくれたとしても、そうなったらまた詠唱を1からやり直しだ。状況がますます悪くなる。


 受けに回っちゃだめだ。攻めに出て少しでも妨害する。
 風を操って、壁を叩きつける。
 ばしゃりとその体がばらけて、少し離れたところの黒い水面から浮かび上がる様にまた姿を現した。


「წყლის დანა」


 足元の水がまたうごめいた。水しぶきが立て続けに飛んで鎧を切り裂く。
 ブーツが裂けて痛みが走った。水が刃物の様になっている。


「くそが!」


 風の壁を操って足元の水を押し返す。
 それに合わせたように靄が、薄くなった風の壁を侵食するように染み出してきた。そっちに気を取られると足元の水が顔を狙ってくる。


 テレーザの詠唱はまだ終わらない。
 長い。
 飛び掛かってくる水の塊を避け、風の壁から染み出してくる靄を押し返す。5対1くらいで戦ってる気分になる。


 詠唱が始まってからどれだけ立ったのか。
 風のコントロールが失われつつある。もう効果時間切れだ。


「まだか!」
「もう終わる……すまない!」


 後ろから声が聞こえた





 ようやく終わったか。今回ばかりは本当に救いの声だ。
 振り返ると、テレーザの周りに淡く光る紐のようなものが旋回していた。
 光の渦のように薄暗い靄を照らす。


「【十層の門は今や潰え、百の鐘楼は悉く地に伏したり。千年の繁栄を謳歌した街に、終焉の時は来た。史書に記されし歴史を見るがいい、過去に於いて終わりなき栄華はなく、未来の於いて崩れえぬ城郭もなし。汝に今降りかかる滅びは避けがたき時の理と知れ】術式解放!!」


 謳うような詠唱が終わると、光る紐のようなものがそいつの上に舞い上がった。
 同時に光る線が地面から伸びて丸い鳥かごの様な檻を作り出す。


 そいつの上で紐が絡み合った。淡く輝く魔法陣が層を形成する。
 一瞬の間があって、魔法陣が上から魔族を押しつぶした。


◆ 


「გაგიჟდი!!!」


 そいつが初めて焦っているかのような甲高い声をあげた。
 黒い水が柱のように立ち上がって魔法陣とぶつかり、しぶきが散って光る魔法陣を押し返そうとする。
 魔法陣と水がぶつかり合い押し合うきしみ音が耳を打つ。


 テレーザが歯を食いしばって杖を握りしめた。
 格子のように立つ光の線や魔法陣に靄が絡みついて、光が明滅する。


「ライエル……一瞬でいい、あの靄をなんとか……!!」


 テレーザが絞り出すように言う。 
 一瞬で良いなら手はある。


「まかせろ。風司の17番【永劫に光届かぬ深き渓谷に、強く清浄なる風よ吹け。絶えざる霧を払い深淵を朝の光で照らさしめよ】」


 そいつの周りを竜巻の様に風が舞った。
 青白い風が魔法陣を侵食していた靄を吹き散らして、水がまき上げられる。


 そいつの周りの靄が消えて、天窓から差し込む光の様に靄の隙間から太陽が差し込む。
 魔法陣が光を増した。
 石と石がこすれあうような音を立てて魔法陣が一気に下がる。魔法陣がそいつを捕らえてローブ姿がぐにゃりと歪んだ。


「პატარა თევზი!!」


 何をした、とでも言いたいんだろうか 
 そいつがこっちを憎々し気に睨んだのが分かった。


「これはただの風じゃない」


 これは淀みを祓う浄化の風だ。
 実戦では不死族アンデッドとか以外にはあまり効果がないわりには消耗が激しくて今一つ使い道がない術なんだが。
 まさか使う日が来るとは思わなかった。なんでも練習しておくもんだ


「見事だ!」


 そいつが杖を掲げると周りの靄がまた集ってきて黒い水が砂浜から湧き出してきた。
 が、魔法陣がその水ごとそいつを押しつぶしていく。


 靄が魔法陣を侵食しようとするが、それより早く杖がへし折れるように曲がった。
 金属を擦れ合わせるような不愉快な軋み音がして、ただでさえ小さい体が半分以下まで潰れる。
 そいつが何かわからない奇声を上げた。


「もう!終わって!」


 テレーザが叫んで杖を振り下ろした。
 魔法陣がそのまま魔族を完全に押しつぶす。
 突然何かがひしゃげる音がした。空気が一瞬震えて、足元の水に波紋が走る。
 鳥かごの様な筒に黒い水しぶきが舞い上がった。



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