義弟の赤い糸ならぬ赤い鋼が絶対切れません

黒月白華

第13話 哀れな父親

「クレンペラー伯爵夫人がとうとう自白した。夫人も牢に入れ、、3日後には監獄島に親子揃って送る刑になった」
王子は綺麗な顔一つ崩さず優雅にお茶を飲んでいた。

「そうですか…」
僕は何の興味もなく相槌を打った。
許せさない、殺してやると燃えていく薬草園を見て殺意が湧き、気付いたら短剣まで取り出してアマーリアさんに止められなかったら…。そう思うと自分にも愚かな血が少しでも入っていると知り虚しくて堪らなくなってもう辞めたのだ。

「最後に…父親達に会うか?これで見納めだ。滑稽な姿を見て嘲笑え」
王子は残酷に言い放つ。

「姿など…見たくはないですが…そうですね…どの道もう会うこともないし、最後にあのクズの惨めな姿を見るのもいいでしょう」

「お前…残酷な面あるよね。絶対逆らわないでおこ。毒殺されちゃ敵わん」

「王子に言われたくありません」
そして僕はあのクズの牢に行った。食事の配膳を持って。
もちろん質素な食事だ。硬いパンに冷めた不味いスープ。腐りかけた果物。囚人にはそれでもご馳走だろう。奴隷の方がマシかもしれない。

王宮の地下まで降りて見張りの兵士に配膳を持ってきたと告げて中へ通して貰う。

暗く冷たい鉄格子がいくつも並び、その中の一つに元伯爵夫人やその息子が別々に入れられて手を伸ばした。

「ご飯!?やっとなの??いつまで待たせるのよ!!」
夫人は声を荒げたが僕の冷たい視線にハッとした。

「貴方は…」

「………………」
この人は僕の大切な薬草園を焼いた悪女だ。
無視して通り過ぎると次は息子が声を出した。

「遅い!!そんな不味い飯でも何も食わないと死んでしまうだろ?俺が何をしたんだ!悪いのは唆した親父じゃないか!俺は未遂だぞ?な、何故か下着とズボンが脱がされて無くなっていたんだ!変態じゃないんだ!!」
と言う。確かに未遂だが、言われてアマーリアさんを強姦しようとした事実はある。怖い顔の兵士が脅したら泣いてあっさり罪を認めたと聞いた。こんなのが腹違いの兄とはね。

「………………」
こっちも無言で通り過ぎた。
最後にとうとう父親の前に現れた。
父親は僕を見てハッとする。

「き、貴様!!のうのうとよくも!!」
と悪態をつく。

「………………ヴェルク・クレンペラー元伯爵…貴方はお義父様を毒殺未遂に僕の会うことも無かった母を殺しましたね?」
と冷たい声で言うと

「ふん、私を恨んでいるのか?殺したいか?食事に毒でも入れたか?」
僕はパンを少しちぎり床にばら撒いた。するとネズミがやって来てパンクズに集った。

「やめろぉ!勿体ない!!」
ボサボサの茶髪を振り乱し手を伸ばした。
スープも少し溢してそれもネズミは舐めた。何処にも異常の無い様子を見せて配膳口の所に食事の盆を置くとひったくる様に奪い、ムシャムシャと食べ始めた。
これが…僕の父親か。頭が痛くなり吐き気すらしてきた。

「母が貴方に夢中だったのがどうしても判りません」
そう言うとこのクズは下品に笑う。

「ははは!あの女か!私の子が欲しいと泣いてすがったな!こちらが甘い言葉で囁くと調子に乗ってな。滑稽な女だ。娼館の女よりもウブだったから気まぐれで相手をしてやっただけなのにな。本当に孕むとは!面倒だからホームレスに金をやり殺させた。どうだ?満足か?息子よ」
と嫌味たらしく最後に息子と言うこのクズに僕は冷静だ。もう殺そうとも思わない。挑発されても何の感情もない。

「そうですか。母は両親が早くに亡くなり一人で花屋を継いでいたので優しくされたのが嬉しかったのでしょうね…。そこにつけ込んで母をいたぶり笑っていたのですね」
と言うと父親は黙った。食事を床に置いて沈黙するとボソボソと喋り出した。

「………お前の母はお前のように黒い髪と瞳で印象的だった。元気に健気に働いているのが目に止まった。その日はムシャクシャしていた。妻との結婚記念日だったが妻は既に浮気をしているのを知っていたからな。私が忙しくて相手をしてやれなかった。元々政略結婚で愛は無かったが人前では夫婦を演じた。仲の良い家族をな。

だからムシャクシャしてお前の母のような清らかな女を穢してやりたくなったんだ。奴はそれでも私の本性を知りつつも言った。

「愛のない可哀想な人。私だけは本当に愛してあげるから安心して」とな!庶民のくせに何が解るんだ!!腹が立って仕方なかったよ。しかし私は相手をしてやった。それだけさ」
最低で惨めな父親に同情すらする気にもならないかがなんとなく判った。母はこのクズの中にある孤独に気付いて自分と重ねた。

愛してあげることで自分も救われた気になっていたのではないか?どんなにひどい言葉で罵られても耐えられたのは其れ等が言葉の裏腹と捉えていたのだ。

「母は救ってあげたかったのでしょうね。貴方みたいなクズでも」

「救う?救ってやったのは私だ!!庶民の女を抱いてやったんだ!!感謝して欲しいね!!お前が出来たのは誤算で鬱陶しかったがね」
と僕の顔に唾を吐いた。
綺麗なハンカチで顔を拭いた。何されても可哀想な奴としか思えない。そんな目で見ていたら…

「や…辞めろ!!貴様!!あの女と同じ瞳で私を見下して!!庶民のくせに哀れみやがって!!死ね!お前など!!死ね!何が公爵だ!!庶民の血のくせに!!お前は庶民なんだよっ!!私よりも下のくせに!生意気な!!

死ね死ね死ねえええ!!」
ああ、そうか…とっくに狂っていたのかもしれないな。

「死にません。僕は死にませんよ?心から愛する人と結婚して幸せな家庭を築くんです。貴方の得られなかった幸せを僕は掴んだ。最後に話が出来て良かったです。羨ましいですか?捨てた子が自分より愛されて幸せになる様を見て」
これで充分だ。復讐では無いけど胸がスッとした。見ようによれば復讐かもしれないがこの男の汚れた血が流れる所などそれこそ見るに値しないと思った。

「貴様あああ!!!私をここから出せ!!死ねばいいんだ!!呪いの子め!!悪魔!!漆黒の悪魔め!!」
クズに背を向け歩き出した。
牢の中から息子が僕の服の裾を持った。

「俺は何もしてない。悪いのは親父だろ?母さんだってそうだ!!俺は伯爵家を継ぐんだ!!ここから出せ!!出してくれ!!監獄島なんて嫌だ!!なぁ、頼むよ?弟なんだろ?兄さんを助けてくれよ!!」
涙と鼻水でグシャグシャになった顔で懇願した。この男は調べると何人もの女と遊んでいた。どれも本気では無く流石あのクズの息子だと思った。

「残念ですが、僕はここの鍵を開ける権限はないし、決めたのは王子ですから。では失礼します」
と振りちぎり進むと…今度は胸をはだけた夫人がいてうんざりした。

「お待ちなさい?私をここから出してくれたら相手してあげる。今だって触っていいのよ?ね?私って美人でしょ?」
スカートまでまくり上げて見せつけた。気持ち悪いもん見せつけられ目が腐りそうだ。このババア。

「ねぇん?いいでしょう?」

「愛人の子とやろうとするなんて最低で見境がないのですね。薬草園を焼いた罪をお忘れですか?」

「私は人を殺したってわけでも女を強姦なんてしてないわ?一番軽いはずよ?だってただの草が燃えただけじゃない??弁償なら身体で払うわ」
もう頭痛しかない。

「ただの草ですか。そうですね。貴方にとってはただの草ですね。僕にはあれは唯一の育て親が残した遺産だったのに。その醜い身体を見たくもないですよ。下品な。知りませんが娼館の女の人よりもプライドすらないのでは?」
それでも夫人は鉄格子に身体を押し付けて身を乗り出し触ってくれと懇願した。

僕は無視して階段を登った。後ろから罵声が聞こえたがこの汚い所から早く出たかった。

外に出ると眩しい光ととても美しい愛しい人が立っていた。

「アマーリアさん…こんな汚れた場所に来てはダメです」

「私の運命の人が傷付いてないか心配で。また酷い顔色ね。休む?」
僕はにこりと微笑み

「ええ、膝枕がいいです!!」
と告げた。


それから数日後王子に無事に監獄島に3人は送られたらしい。
やっと終わったと思う。

僕はアマーリアさんと手を繋ぎ母とサーラのお墓の前に来ていて綺麗なお花を置いた。
今回のことを報告した。

「ごめんね。お母さん。お母さんの好きだった人を僕はどうしても愛せなかったよ。代わりに僕は生きて幸せになるから」
アマーリアさんは泣いて寄り添った。

「サーラ…僕は立派な薬師になってるよ。薬草が燃えてしまったけどサーラが僕にいろいろ教えてくれた知識や思い出は忘れないし誰にも燃やせないからね!」
僕もまた涙が出てアマーリアさんの手を強く握った。

するとアマーリアさんは驚いた目でお墓を見ていた。

「?どうしたの??」

「あの…お墓の周りに花が…」

「うん、置いた花のこと?」

「違うの…白くて透き通るとても綺麗な糸のお花が視えるの!!何本も!!貴方のお母さんのお墓…それにこっちは…同じように白い綺麗な糸で薬草かしら??種類は判らないけど…」

「そう…きっとお母さんとサーラが祝福してくれたんだ…。僕にも視えたらね。僕の代わりにしっかり視てあげてね」

「ええ!もちろん!!どちらもとても綺麗!!ありがとうございます!!」
とアマーリアさんは頭を下げた。
二人で墓所を後に馬車の中で手を繋いだ。

「ラファエル……今日はまた一段と凄いわ」

「え?何が?ああ、糸?どんなになってるの?」

「ラファエルの背中に鋼で芸術的な赤い大輪の薔薇が!!いつも思ってたけどほんとアート展に出せるわ!!」
と言うのでおかしくなってしまった。
アマーリアさんが好きでとても愛しい。

「ふふふ…アート展か。ならもっとたくさん咲く頃には…どうなってるだろうね?」
と囁くと顔が真っ赤になるアマーリアさんはやはり可愛いと思うのだった。

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