目つきの悪い令嬢と思ったら目が悪いだけだった

黒月白華

第9話 無趣味な男

『クラース様の趣味や好きなものも是非教えてくださると嬉しいです』

ソーニャ嬢から手紙が来たと思ったらそんなことが書かれていたので俺は初めて自分に何も趣味とか無かったことに気付いた。

これまで休日はお姉様方に奢られてゾロゾロハーレム状態で皆でお出掛け!が普通だった俺。女性達からのプレゼントは来るもの拒まずで全て貰い、必要ないものは質に流して金にしてニヤニヤ眺めると言う日々。

えっ!?まさかお金を数えることです!!
とか書いたら流石に引くだろう!!

ヤバイぞ!これは一般的な男が何を趣味にしているか調べないと!!

「え?趣味?」
食堂で固いパンを齧りながらサラリとした茶髪の副団長のフィリップ・ヒルデスハイマーさんに聞いてみた。
彼は優男であるがたまにキレると手がつけられなくなるという二面性がある。今は天使の顔をしているので問題ないだろう。

「趣味は寄付ですね」
と言ったから俺はギョッとした!!
ひ、ひいいいい!き、寄付!!
守銭奴の俺にとってあり得ないぜ!!副団長頭おかしい!!

「孤児院や社会的弱者の皆様のお役に立てるならと日頃からお給金の半分は寄付しています。良いことをするとその分返ってくるのですから」
とフィリップ副団長は天使の微笑みでニカっと白い歯を見せた!!

ぎ、ぎゃーーー!
給金の半分を寄付するなんてえええ!なんてバカで勿体無いことをををを!!

ゾワゾワし出したから他の奴にも聞いて周ることにした。

「俺?趣味?食うこと?鳥の丸焼きとか」
とでっぷりしたハンス・フライホルツが朝食の卵を10個くらい確保しつつ応えた。

他にも

「娼館通い」
「酒」
「博打」
「娘と遊ぶ」
「掃除」
「洗濯」
「教会でお祈りと懺悔」
と言ったあまり参考にならないものしかない。
というかほとんど酷い。

「ああっ…俺は無趣味な男だ…。お金しか数えられない!」

「それがクラース」
と団員達は笑う。

「なんかないかなぁ…かっこいい趣味…」
すると副団長がスプーンを突きつけ

「クラース!その婚約者は本が好きなんだろう?なら君も本を読むといい!そしたら共通の話題ができて話も弾むだろうし、そのうち本の貸し借りということもお互いの利点になることばかりだよ?しかも、頭も良くなる!」
と副団長が天使のような助言をくれた!!
心なしか副団長の後ろから後光が見え、賛美歌が聞こえる!

「流石フリップ副団長様だ!!」
と崇めているとヴァイダル団長が食堂に入ってきた。

「お前ら!いつまでちんたら食事してる!!早く稽古だ!」
と怒鳴る。俺は一応団長にも聞いてみた。

「ああ!?趣味だあ??何でそんなこと言わないといかんのだ!?」
と言いたくなさそうな雰囲気だ。
すると横から副団長が天使の顔をしながら

「ヴァイダル団長は物凄くピアノが上手いのです!これでも貴族出身ですからね」
とにこにこしながら言い皆は呆気に取られた。確かにヴァイダル団長はイケメンだが…まさかピアノを弾くとは誰も思っていなかったのだ!

「フィリップ…き、貴様…こ、殺す」
と剣を抜こうとするヴァイダル団長。この2人は幼馴染なのだ。つまりフィリップ副団長も貴族出身だ。団長が伯爵家出身で副団長は男爵家出身だったかな。

「ヴァイダル団長…素晴らしいピアノの旋律を皆さまにもお聞かせしたらどうでしょうか?きっと日々の鍛錬の癒しが訪れるでしょう!」
とフィリップ副団長が言うので団長は真っ赤になり剣をブンブン振り回してそれを避ける副団長も流石だが食堂で暴れないでほしい。

「ヴァイダル団長ピアノってすげーな」
「流石貴族の息子」
「奥さんもそれで堕としたんかね?」

と笑ってる奴らもヴァイダル団長は剣を振り回して暴れ出した。

「こなくそ野郎ども!!さっさと稽古しろ!!」
団長の再びの怒鳴り声で皆バタバタと用意を始めた。



休日…俺は久々1人で王宮書庫に来ていた。
街で売られてる本は高く手が出ない。貴族でもない限り本を読もう集めようなんてのはあまりいない。さらに修道院なんて高価である故に本には鎖がつけられ盗難防止されている。
王宮書庫は基本地位の高い者が利用できる。後、王宮で働く研究者とか。

そう…俺みたいな騎士が気軽に読めるような所じゃない。王宮書庫の管理司書さんにまず、利用用途を聞かれる。

メガネをかけた司書のお姉さんが俺をチラリと見て頰を染めた。

「こんちには。イルヴォさん」

「あら、ご機嫌よう!クラースさん。今日はどうしたの?」

「ヴァイダル団長が暇を持て余しておりまして本でも借りて来いとおっしゃられたので…利用してもよろしいでしょうか?」
とにこりと微笑むとイルヴォさんは

「ええ、もちろんよ!月曜日まで貸し出し記録をつけるから本を見つけたらこの記帳に本のタイトルと日付を書いておいてね」

「判りました!ありがとうございます!」
とにこりと微笑みを返し俺は本棚を探し始めた。

本は基本作家が書いて、写本工房に回され貴族達に売られる。たまに街で売られても高くて庶民は手が出ない。

聖書などは修道院が写本しているが。
ちなみに貴族の女性の間ではやはり密やかにロマンス小説が流行っている。ううむ…流石にロマンス小説を手にすることは男の俺には抵抗がある。

しかし…。ソーニャ嬢もそんなのを読むのだとしたら…。そして小説に出てくるような男がタイプだとしたら…参考の価値はあるだろうか?

俺はロマンス小説の棚に人影がないのを確認してささっと何冊か忍ばせ、カモフラージュに剣術指南書や冒険書・伝記・料理本などを借りていった。
どの道俺の字が汚いからタイトルを解読するのはしばらく至難だろう。

「ふう…よし!読むぞ!」
と俺は宿舎の部屋に戻りとうとうロマンス小説の表紙を開いたのだった。


夕刻…。
宿舎の食堂にて…。

「おい、クラースが変だ…」
「見りゃ判る…変だ」

とボソボソ聞こえたが俺は無視して考えた。
ロマンス小説…。
とりあえず騎士モノを読んでみたが…いや、イケメンの騎士が旅先で美しい貴婦人と恋に堕ち都合よく現れる悪漢や創造上のドラゴンなどを退治し、王に認められ、実は貴婦人は王の娘の姫で2人は幸せに暮らした…。

というモノが多かった。貴婦人は閉じ込められていたりすることが多くそれを騎士が助け出すなんてものもある。

うーん…助けた時点でやはりいい感じになってる姫と騎士…。俺なんかこないだ助けたけど小説みたいに直ぐにいい感じにはならなかったけど?いや、手紙のやり取りくらいは始まったな。でもこれと言って喋れることが少ない!!

しかも…小説に出てくる騎士…皆歯の浮くようなこっぱずかしい台詞言っとる!!

『君の輝く金糸のような髪に触れられて嬉しいよ。思わず口付けないではいられない。この髪が俺を捉え離れないでほしい』
とか。一生相手の髪でぐるぐる巻きに絡みながら移動しろっての?

『君は俺の太陽だ。出逢ってから眩しくて目が眩むよ。抱きしめると暖かい陽だまりの匂いがして気持ちがいい』
とか。太陽なんて直視したら目をやられるじゃないか。陽だまりの匂いってなんだろうか?猫と日向ぼっこしてろ。

と突っ込んでしまうあたり、俺は…

「ヤバイな…。全然ロマンスになれない!そもそもあんな言い回しにグッとくるのか?」
とブツブツ言いながら俺はスープを啜った。

「そうだ、ちょっと練習してみるか…」
と思い、俺は団員の中でも小ぶりと新人の結構女顔の見習い騎士(男)に近寄り

「やあ、パール。元気かい?しっかり食べないと俺は心配で夜も眠れないだろう。君のことを想うと何も手につかない…」
というとパールは青ざめて震えた。

「キモ!」

「やはりか…そうだよなキモイよな。じゃあこれはどうだ?」

「今日のデザートは君の好きなチェリーパイだ。俺が食べさせてやるから俺の膝に乗ってくれ。ほら早く。大丈夫、このテラスには俺と君しかいないから。ね?恥ずかしがらずにほら。それともデザートは俺がいいのかな?」
とウインク。

パールは

「いや、チェリーパイなんかないですし!!テラスってどこ?食堂だけど!?怖い!クラース先輩が頭おかしくなった!!」
と言い、パールは逃げて行った。

周囲がざわついている。

「ふっ…。やっぱり無理っすわ」
と呟いた所で団長に頭を後ろからしばかれた。

「この野郎!やはりお前男に気が!?」

「いや、違います…」
頭をさすりながら俺は涙目になった。


クラース様からようやく手紙が来た。
前回変なことでも書いたかしら??

『ソーニャ嬢…お変わりないでしょうか?俺はいつもと同じように元気に剣術を磨いております。

趣味と言えるものは俺にはありませんが、最近はこうしてソーニャ嬢へ手紙を書くのが趣味かと思います。今まで字が汚すぎてほとんど実家ぐらいにしか出したことないんですよ。

好きなものは辛いものです。激辛いけます。幼い頃激辛スープ大会で準優勝したことがあります。
惜しくも優勝を逃したのでお恥ずかしいですが。我が家でも家族全員辛党なので食卓が辛いものばかりなのに慣れていたんですよね』

と書いてあった。私へ手紙を書くのが趣味になったって嬉しいですわ。

「激辛スープ大会…庶民の間ではそんな楽しそうな大会が開かれているのかしら?いいな…。そう言えばクラース様の実家はどんな所だろう?私まだクラース様のこと女の人にモテる美少年顔のチャラ童貞男ってことくらいしか知りませんわ…」

そうだわ…クラース様のご実家に招待してもらい、その激辛スープを私も体験してみたいわ!

私は早速筆を取ることにした。

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