第27話：休息

「イーライ様、今日は領民の事は忘れて、精一杯楽しみましょう」

　セバスチャンが珍しく領民の事を考えなくていいと言う。
　心の中では領民の事を一番に思っているだろうに、俺の事を心配して、自分の信念を裏切るような言葉を笑顔で口にしてくれる。
　そんなセバスチャンの優しさに触れると、俺も噓をつくべきだと思えてくる。
　心の中では領民の幸せを考えながら、表面だけは遊ぶ姿を見せる。

　そうしなければ、大公家に仕え、セバスチャンの配下になっている者が息苦しく感じてしまい、敵に寝返る理由になりかねない。
　セバスチャンならそこまで考えているのかもしれないと思ってしまう。
　そう考えてしまう俺の性格を読んで、全ての言動を決めているのかもしれない。
　セバスチャンの言動をそう思ってしまう俺は、とても性格が悪のだろうか。

「そうだな、だが愉しむと言っても何をするのだ」

「料理を作りましょう、わたくしだけでは再現できなかった、前世の料理を。
　イーライ様の莫大な魔力を使えば、味噌も醤油も麹も、全て再現できます」

「そうは言っても、魔力で再現するためには、想い出なのどの強いイメージが必要だと、以前セバスチャンは言っていなかったか。
　俺は家庭料理を食べた事もなければ、外食をした覚えもないぞ。
　学校給食とあいつが喰わしてくれたモノしか覚えていないぞ」

「それで構いません、イーライ様。
　ここにこの世界で集められる限りの食材を集めましたから、味と見た目を思い出していただいて、後は魔力で強引に創り出してくださればいいのです。
　ここには領内の腕利き料理人を全員集めています。
　醸造家もソーセージ職人も集めています。
　イーライ様が再現してくださった料理を味見させれば、使われている調味料をこの世界でも作ってくれるでしょう」

「いや、幾ら何でも味見しただけで使われている調味料を作り出すのは無理だよ。
　現にある調味料を当てる事すら不可能だと思うぞ」

「いえ、いえ、この世界の職人を甘く見てはいけませんぞ、イーライ様。
　前世の職人たちが無能だと言っているわけではありません。
　前世も今生も一つの事に打ち込んだ職人たちはとても優秀なのです。
　ただこの世界には魔力と魔術があるのです。
　前世ではありえなかった裏技で、食べた物を創り出せるのです。
　それに、各調味料に使われている材料や、作るための過程は、わたくしめが知っておりましたから、職人たちに教えてあります。
　長年かけて研究もさせているのです。
　現物を食べることができれば、一気に開発が進むはずなのです」

　なるほど、セバスチャンが長年かけて研究させていたのなら、俺が現物を再現できれば、同じ物を作れる可能性はあるか。

「だがセバスチャン、学校給食に使われていた食材や、死ぬ一年前から分けてもらっていた料理だけでは、高級な食材などないのではないか。
　以前セバスチャンが言っていた、厳選した材料を使って昔ながら製法で作られた、本格的な自然派調味料など食べていたとは思えないぞ」

「まあ、確かに、その可能性はありますね。
　ですがそれは、創り出してみなければわかりませんよ。
　まずは創り出してみてください、イーライ様」

「分かったよ、分かりましたよ、やってみればいいんだろう。
　だがなぁあ、本当にこんな事に魔力を使っていいのか。
　そんな魔力があるのなら、穀物を作り出したり、大魔境で食糧になる魔獣や魔蟲を狩った方が、領民や国内の貧民を助けられるのではないか」

「イーライ様、今日は領民の事は考えないで楽しみましょうと言ったはずですよ。
　たまには前世の領地を再現して食べるくらいの贅沢は許されます。
　それが可能なだけの食料備蓄をイーライ様はしてくださったのですよ」

　セバスチャンがここまで言ってくれるのなら、この世界の職人が調味料や料理を再現できなくてもいいから、あいつがくれた料理を創り出してみようか。
　いつも飢えていた俺のために、あいつが、朝用と下校時用の二つも弁当を持って来てくれていた、忘れがたいあの料理を。