ショートストーリーあれこれ

新・ドラドラ改

或る男の話―チャンスを掴め!

 俺は今、慣れ親しんだユニフォーム姿でグラウンドにいた。

 今日は12球団合同トライアウトの開催日、戦力外通告を受けた選手や過去に戦力外通告を受けて独立リーグでプレーしていた選手が再びグラウンドへ戻るチャンスが得られる場所だ。

 しかし、毎年このトライアウト後にグラウンドへ戻れる選手は少ない。殆どはチャンスを掴めず、実際は「合同引退試合」的な匂いの強い物だ。

 かつて、甲子園で強打者として活躍した俺はドラフトで読売ジャイアンツに指名された。が、プロ入り後は怪我に苦しみ、5年目の今年遂に戦力外通告を受けた。だが、俺は諦めきれなかった。そして、最後のチャンスとして、このトライアウトの舞台に立った。

 方法は対戦形式で、投手も野手も全員参加者だ。俺の番が来た。相手はかつて大学ナンバーワン投手の看板を引っさげて阪神タイガース入りしたが、彼もまた怪我に泣いて戦力外通告を受けていた。

 「このチャンスを逃す訳にはいかない。全力でいかせてもらう。」

 俺はそう呟きながら、バッターボックスで構えた。

 フルカウント迄続いた勝負は、20球目を空振りしたところで終わった。俺は天を見上げた後、一礼してベンチへ戻った。

 「終わった・・・明日から、ハローワーク通いだな。」と、俺は自嘲混じりに呟いた。しかし、何故か俺は満足だった。最後の最後に真剣勝負を挑めた事に、妙な充足感を覚えていた。

 トライアウトから1週間後、意外な人物から電話があった。その人物は、東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久監督兼GMだった。

 「君の実力を埋もれさせるのは非常に惜しい。仙台で頑張ってみないか?」

 その言葉に、俺は静かに「はい!」と答えた。

 数日後、俺はクリムゾンレッドの新しいユニフォームに身を包みながら入団会見の場にいた。石井監督とガッチリ握手しながら、新しい場所での戦いに挑む決意を固めていた。

 因みに、トライアウトで俺に勝った投手も台湾のプロチームから誘いがあって入団を決めたそうだ。

 (俺は再びグラウンドに立つチャンスを掴んだ、何があっても絶対にこのチャンスは手放さない。何があっても!)

 俺は再び、決意を固めた。(終)

コメント

  • 音羽ゆえ提督

    気が向いたら津田恒見アレンジネタよろby音羽提督

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