寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
ウィンターズ騎士爵家
よく晴れた青空の下。
お屋敷の庭に出れば向かっている方向から明るい笑い声が聞こえてくる。
キャハハ、と笑うのは二つの声だ。
それに自然と笑みが浮かぶ。
目的地へ着くと思った通り、小さな二つの影が大きな影にぶら下がって遊んでいた。
やや離れた場所ではイリーナがお茶の準備をしていて、わたしが近付くと小さく微笑んだ。
それに微笑み返してから、遊んでいる三人へ声をかける。
「リリィ、ユーリ、イリーナがお茶を用意してくれたわよ」
わたしの声に気付いた二人がパッと振り返る。
「おかあさま!」
「ははうえ!」
大きな影から離れた二人が駆けてくる。
そうしてわたしの前で一度立ち止まると、そっと寄り添うように抱き着かれた。
放ったらかしにされた大柄な影も近付いてきた。
「ヨシュアはよく寝るな」
ひょいとわたしの腕の中を覗き込んだ獅子にわたしは頷き返す。
「きっと将来あなたみたいに大きくなるわ」
「ははは、そうかもしれない」
眠る子を起こさぬようにライリーが声を落として笑った。
腕の中にいるヨシュアは半年ほど前に生まれたわたしとライリーの子で、金髪に金の瞳の男の子だ。
モニョモニョと口を動かすヨシュアをゆっくりと揺らしてあやせば、抱き着いている二人がジッとこちらを見上げてくる。
イリーナが引いてくれた椅子に腰掛ければ、二人もヨシュアの顔をそーっと眺める。
輝くような金髪に菫色の瞳を持つリリアンは我が家の長女で今年で六歳になる。やや切れ長で涼やかな目元はライリーに似て、気の強そうな顔立ちで、可愛いというよりかは美人である。
プラチナブロンドに金の瞳を持つユリウスは我が家の長男で今年で四歳になる。こちらもやや切れ長な目元だが垂れ目で、どちらかと言えばわたしに似て儚げな印象のある顔立ちだ。
どちらもわたしとライリーの子だ。
成長が早く、実年齢よりも二、三歳ほど上に見られることが多い二人は生まれて間もない弟が大好きだ。
熱心に弟の寝顔を見つめるものの、二人が弟に触れたのは片手で数えるくらいしかない。
その理由はライリーの呪いにある。
生まれた時には分からなかったがリリアンもユリウスも獅子の呪いを受け継いでしまっていた。
外見は人と全く変わらない。
しかしリリアンは体が丈夫で腕力や脚力などが強く、魔力量は大してないが身体強化の魔術を無意識に使ってしまう。
そしてユリウスは体は人より少々頑丈なくらいだが、代わりに魔力量が驚くほどに多く、そのせいで寝込んでしまうこともある。
ライリーはそれを知った時にかなり落ち込んでしまったけれど、わたしは二人が受け継いだものは二人のためになると思った。
気の強いリリアンは父親と同じ騎士になりたいと願っているため、頑丈な体と人並み外れた腕力や脚力はこの子の夢の後押しになるだろう。
少々人見知りなユリウスは父親の上司であるショーン殿下の魔術や魔術具の作成を見て、そちらの方面に憧れを抱いている。きっと魔力量の多さは魔術師への道を開いてくれるはずだ。
同年代の子供よりも成長が早く、既にそれぞれの才能の片鱗を見せ始めているこの子達は周囲の期待も集めている。
リリアンは自分の腕力を理解しており、末の弟を傷付けないために触れたいのを我慢していた。
それを見たユリウスも何か感じたのかあまり手を出すことがなく、二人は示し合わせたように黙って末の弟の寝顔を眺めるのだ。
そして半年前に生まれたヨシュアは一番強く呪いを受け継いだ。
この子はむしろ成長が他の子よりも少しゆっくりで、金色の髪はライリーの鬣のようにふわふわとして、その金の瞳も開くと猫科の動物のような縦の瞳孔を持っている。爪はやや鋭く、口の中の犬歯も牙のようで、人の姿に若干獅子の要素が混じっていた。
それでもリリアンもユリウスも、弟のヨシュアを見るとニコニコしている。
「ヨシュ、よくねてるね」
「かわいい」
小さな声でリリアンとユリウスが言う。
そして互いに顔を上げると嬉しそうに笑った。
きっと放っておいたらいつまででもこの二人は弟の寝顔を眺めて過ごすのだろう。
「二人とも、せっかくイリーナがお茶を淹れてくれたのだから、冷めないうちにいただきましょう」
そう声をかければ二人は小さな声で「はあい」と返事をすると、それぞれ向かいの椅子に腰掛けた。
ライリーがわたしの横に座る。
リリアンもユリウスも紅茶を一口飲んで、それを淹れてくれたイリーナへ「おいしいわ」「ありがとう」と言い、言われたイリーナが満面の笑みを浮かべている。
その様子に嬉しくなる。
リリアンもユリウスもとても良い子に育った。
まだ六歳と四歳なので我が儘も沢山言うし、時には感情が抑えきれなくて暴れることもあるけれど、自分達に人を傷付ける力があると理解しているらしい。
物を壊すことがあっても人に当たることは殆どない。
何より二人が暴れたい時は父親であるライリーが相手になっているため、不満はあまりないようだ。
ただ最近はユリウスがリリアンから身体強化のやり方を教わったのか、それとも見ているうちに覚えたのか、姉と父親の組手に乱入することが増えた。
リリアンの腕力や脚力は凄い。
身体強化したユリウスも人より強い。
でもやはりライリーの方が強くて、二人はヘトヘトになるまで父親に立ち向かってみたり、今日のように父親の腕にぶら下がって遊んだりしている。
ライリーはライリーで子供達との関係も大事にしてくれて、毎日出来るだけ一緒にいられる時間を作っていた。
だからか子供達も父親が大好きだ。
「ねえねえ、ちちうえ、またまじゅうとうばつのおはなしがききたい」
「うん? そうだな、どの話が良い?」
「あれがいいわ。おとうさまとおかあさまが、まちに出たときにあった、イノシシのまじゅうのおはなし」
ユリウスの言葉にライリーが首を傾げ、そしてリリアンが目を輝かせて言う。
ライリーがおかしそうに笑う。
「またあの話か? リリィもユーリも本当に好きだな」
リリアンとユリウスは最近、王城に行くことが増えた。
ショーン殿下とフローレンス様のお子のウェルネス様とユリウスが同年代で、それ故かよくわたしと三人でフローレンス様のお茶会に誘われ、子供達同士で遊んでいる。
そこでつい先日、お茶会に参加していらしたクラリス様から自分達の両親の話を耳にしたらしい。
その日から二人は「おとうさまはおかあさまのおうじさまね!」「ちちうえすごーい」と父親を尊敬して、そして母親であるわたしを守ると言い出した。
どうやら二人の中で、ライリーに守られるわたしはお姫様のような位置に置かれたようだ。
ライリーが仕事でお屋敷を留守にしている間、リリアンとユリウスは父親の代わりに母親や弟を守るのだと張り切っている。
おかげで二人の護衛であり遊び相手であるクウェントとヒューイは毎日元気なリリアンとユリウスに付き合って大変そうだ。
「だっておとうさまカッコイイんだもの」
「ぼくもちちうえみたいになりたい」
二人に昔の話をねだられて、ライリーは嬉しそうに破顔した。
「そうか、じゃあ、話をしようか。どこからが良い?」
そう聞いたライリーに二人は「さいしょから!」と身を乗り出した。
この話が始まると長くなるのよね。
よく似た笑顔を浮かべるライリーと二人を眺めながら、わたしは腕の中にいるヨシュアを揺らしてあやす。
……今日も夫と子供達が可愛くて幸せね。
イリーナが三人のカップにおかわりを注いでいた。
* * * * *
その後、ウィンターズ騎士爵家の三兄妹はその名が広く知れ渡ることとなる。
長女リリアン=ウィンターズは女性騎士となり、驚くほどの早さで近衛にまで上り詰め、女性騎士初の国王陛下付きとなった。
彼女は結婚することなく生涯騎士として国に剣を捧げ、王族や民を守護するために献身した。
特に魔獣を討伐する様は凄まじく、父親である英雄ライリー=ウィンターズの再来として名を挙げた。
父親譲りの精悍さの滲む美しい顔立ちの彼女は国内外から求婚する声が絶えなかったそうだが、一度もそれに応えることはなかったという。
長男ユリウス=ウィンターズは宮廷魔術師となり、後の王弟ショーン・ライル=マスグレイヴの下で魔術師としてその才能を開花させた。
特に彼の作り出す魔術具は人々の生活を豊かに、そして暮らしやすくするものが多く、彼の発明した魔術具はあっという間に国内外へ普及していった。
ユリウス=ウィンターズはマスグレイヴ王国の立場を更に確固たるものにしたのだ。
母親譲りの儚げな容貌の彼は女性からの人気が高かったが、師であるショーン・ライル=マスグレイヴの娘と夫婦になり、国内でも仲の良い夫婦の代名詞であった両親のように仲睦まじく暮らしたそうだ。
次男のヨシュア=ウィンターズに関しては資料が少なく、一説には父親であるライリー=ウィンターズの受けた獅子の呪いを最も色濃く受け継いでしまったとも言われている。
彼について分かるのは成人前、生家で暮らしていた時の記録のみで、成人後、その姿を見かけたという話は殆ど聞かない。
ただ姉であるリリアンと兄であるユリウスの話によると、ヨシュアは人よりも成長が遅く、顔立ちや体格は母親に非常によく似て美しく、しかしその性格や能力は父親そっくりであったという。
それを裏付けるように金髪金眼の美しい少年、または青年が魔獣を討伐したり犯罪者を捕縛したりといった話が国内外に残っている。
ただ、その噂達は八十年近く続いたため、本当にそれら全てがヨシュア=ウィンターズ本人であったかは定かではない。
それぞれ己の道を進んだ三人であったが、姉弟仲は非常に良好だったようだ。
そして三姉弟の両親であるウィンターズ騎士爵夫妻も仲睦まじい夫婦として知れ渡っている。
夫妻の結婚までの話は本になり、劇にもなっている。劇は随分長いこともてはやされた。
ライリー=ウィンターズは晩年まで英雄に恥じぬ功績を挙げ続け、己の子供達に役目を継がせると騎士の爵位を返上し、妻と穏やかな余生を過ごした。
妻であるエディス=ウィンターズは三人の子供を育て、夫を深く愛し、長年支えた。年上の夫の死後、彼女はよく自分達がモデルとなった劇を観に来て夫を偲んでいたらしい。
エディス=ウィンターズは齢九十五まで生き、当時にしては驚くほどの長寿であった。
夫妻の死後、子であるリリアン=ウィンターズとユリウス=ウィンターズは二人が結婚した日になると毎年欠かさず墓前に花を供え続けた。
不思議なことに、ライリー=ウィンターズの死から丁度百年経った現在も、毎年夫妻の結婚した日になると墓前に花が供えられ続けている。
ユリウス=ウィンターズの子供達も、彼らを知る者たちも「自分達は供えていない」と口を揃えて言った。
そして花を供えた人物を見た者はいない。
これは英雄一家にまつわる不思議として後世の研究家達も首を傾げることとなる。
花はそれから更に二十年ほど供えられ続けた。
誰が供えたのか。
その答えを知るのは墓に眠る夫妻と、そこに花を供えた本人のみである。
『英雄ウィンターズ騎士爵家の人々』より抜粋。
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