寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
ショーンとフローレンス
高く澄んだ青空に心地好い風が吹き抜ける今日。
わたし達が式を挙げたのと同じ教会で、ショーン殿下とフローレンス様も結婚式を挙げられた。
宝石や花がたっぷりと飾られた華やかな礼拝堂は、しかし普段の静謐さをより一層深めたようだった。
国中の、それこそ殆どの貴族が出席している。
フローレンス様は純白のドレスに身を包んでいた。
フリルとレースをふんだんに使ったそれは、上着だけでなくスカートの裾も引きずるほどに長く、全体に光沢のある刺繍が施され、豪奢なものだ。
かなり重さもあるだろう。
けれども不思議と重さを全く感じさせない動きでフローレンス様はショーン殿下と入場された。
そしてショーン殿下は王族の正装を身に纏っている。
形は近衛騎士の着ている制服に似ているが、純白の制服は襟や袖などに金糸の刺繍があり、襟にも袖にもフリルが覗き、真紅のマントはやはり引きずるほど長い。マントにも金糸で王家の紋章が描かれていた。
そして初めてショーン殿下が帯剣しているのを見た。
二人とも銀髪に紅い瞳で、白い衣装と相まって、まるで絵画のような美しさである。
豪奢な衣装の美男美女が堂々と進んでいく。
そしてステンドグラスから光が差し込む祭壇の前へ佇んだ姿は息を呑むほどに神秘的だった。
誰もが呼吸を忘れたかのように見入っていた。
そしてわたし達の結婚に立ち会った聖下が、お二人の結婚にも立ち会うことになったようで、見覚えのある姿がお二人の向こうにあった。
「家族に、友に、臣下に、民に祝福されし二人が、今日のこの良き日に誓いを立てます」
聖下がそっと本を開いた。
「あなた方は神に選ばれました。聖なる者、愛されている者として、思いやりの心、親切、へりくだり、優しさ、広い心を身にまといなさい。互いに耐え忍び、誰かに不満があったとしても、互いに心から赦し合いなさい。主があなた方を心から赦してくださったように、あなたが方もそうしなさい。これらすべてのことの上に愛をまといなさい。愛は、完全さをもたらす帯です。そして主の平和にあなた方の心を支配させなさい。あなた方が一つの体に結ばれる者として招かれたのも、この平和のためなのです。そして感謝の人となりなさい」
厳かな聖下の声が響き渡る。
静かで、穏やかで、耳に残る声だ。
「ショーン・ライル=マスグレイヴ。あなたは国を愛し、護るために己を身を差し出した。そして多くの者を断罪した。それを忘れてはなりません」
「はい」
「フローレンス=ハーグリーヴス。あなたは国を愛し、護るために剣を捧げました。そして多くの命を救い、多くの仲間を失いました。それを忘れてはなりません」
「はい」
聖句をお二人は静かに受け止めた。
「新郎ショーン・ライル=マスグレイヴよ、あなたはフローレンス=ハーグリーヴスを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
聖下の問いかけにショーン殿下が答える。
「はい、命ある限り彼女を愛し、支えると誓います」
聖下は次にフローレンス様へ問う。
「新婦フローレンス=ハーグリーヴスよ、あなたはショーン・ライル=マスグレイヴを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
フローレンス様が頷いた。
「はい、命ある限り彼を愛し、支えると誓います」
聖下が満足そうに、嬉しそうに頷いた。
わたしは泣きそうになりながらも、何とか堪え、今この瞬間を見逃すまいとジッとお二人を見る。
聖下が招待客へ問いかける。
「皆様、この二人の誓いに異議はございますか?」
シンと静まり返った空気に包まれる。
「それでは二人の誓いは今ここに宣言されました。教会の代表として、私ディアート・カリム=マスグレイヴとお集まりいただいた皆様、そして国中の民がこの誓いの証人となりましょう」
教会の者が二人、箱を手に聖下に近付く。
一人は小さな箱を、一人は大きな箱を持ち、それを恭しく掲げる。
小さな箱を手に取った聖下が祈りの言葉を口にし、箱にかけられた布を取り払う。
王族のみが着用を許された深紅の宝石で作られた指輪が恐らくそこにはあるだろう。
ショーン殿下が指輪を取り、フローレンス様の手を取ると、そっと左手の薬指に指輪をはめた。
そしてフローレンス様も指輪を取り、差し出されたショーン殿下の左手の薬指にその指輪をはめた。
遠目にも分かるほど大粒の美しい宝石だ。
「この二人の結婚に祝福を、そして二人の未来に主の加護があらんことを」
礼を執るお二人の額に聖下がそっと触れる。
お二人はもう一度向き合い、ショーン殿下がフローレンス様のヴェールをゆっくりと持ち上げる。
そして顔を寄せた。
「あっ」
その声は誰のものだったか。
わたしの、そして他の招待客の、そしてもしかしたらフローレンス様のものだったかもしれない。
ショーン殿下とフローレンス様の唇がしっかりと重なり合った。
瞬いたわたしの目から堪え切れずにポロリと涙が零れ落ちてしまう。
横にいたライリーに腰を抱き寄せられる。
「ここに二人の婚姻は成った。どうか未来ある若き二人に祝福の拍手をお送りください」
その言葉が終わらぬうちに、礼拝堂を揺るがすほどの拍手が鳴り響く。
わたしも、他の招待客も、国王陛下や王妃様も、誰もが惜しみない拍手を送る。
赤い顔のフローレンス様とショーン殿下が嬉しそうに笑った。
そして祭壇の両脇に人影が現れたかと思うと、その人影が抱えていたものをパッと上へ投げ上げた。
同時にぶわりと風が広がり、礼拝堂の中、視界いっぱいに赤や黄色、ピンクに水色と、色とりどりの小さな花が舞い散った。
「……綺麗……」
花の散る中をお二人がゆっくりと進んでいく。
心が震えるような感覚がした。
ポロポロと零れる涙が止まらなくて、途中で泣いているわたしに気付いたお二人が、おかしそうに笑っていた。
その幸せそうな姿にわたしも笑顔になる。
「ゼノン殿、良い仕事をするな」
ライリーの言葉と視線に釣られて祭壇の方を見れば、ひっそりと祭壇の脇にゼノン様が佇んでいた。
魔術を行使しているのか、その体の周りを小さな火花のような光がパチパチと忙しなく動いている。
よく見ると彼の足元の影から花が止めどなくあふれ、それが風に乗って舞っていくのが分かった。
ああ、ゼノン様も嬉しそう。
普段は無表情なゼノン様のお顔が今日だけはずっと微笑んでいた。
ライリーがハンカチを差し出してくれて、それで何とか涙を拭い、目を瞬かせて涙を止める。
それでも感動に手が、足が、体が震える。
王族から順に礼拝堂から退出していくため、わたし達はまだ立つまでに時間がある。
深呼吸をして息を整えていると、ライリーが苦笑した。
「エディスは意外と泣き虫だな」
優しく頬を撫でられる。
そしてわたし達が退出するタイミングが来た。
何とか立ち上がると、ライリーがさっとわたしの腰に手を回して支えてくれた。
おかげで無事礼拝堂を出ることが出来た。
招待客の見送りに立っていたショーン殿下とフローレンス様は、ほぼライリーに支えられて歩いているわたしを見て顔を見合わせた。
「大丈夫?」
「具合が悪くなってしまったかしら?」
その問いに首を振り、わたしはお二人の手を握る。
するとまた涙がポロポロとあふれてきた。
「ち、違います。御結婚、おめでとうございます。お二人の宣誓に感動してしまって、御結婚が嬉しくて、涙が止まらなくって……」
「御結婚おめでとうございます。エディスはお二人の姿を見て感極まってしまったようです」
泣くわたしを支えながらライリーが苦笑する。
ショーン殿下とフローレンス様がパッと弾けるように笑い声を上げられた。
「そっか、君って結構涙脆かったんだねえ」
「そこまで喜んでもらえるなんて、私達は幸せ者ね」
「全くだ」
楽しげなお二人の声に涙が更にあふれてくる。
あんまりわたしが泣くものだから、最後はライリーに抱えられて教会を後にすることになった。
そんなわたし達をお二人は笑顔で見送ってくれた。
そして馬車で待機していたリタとユナが、大泣きしているわたしを見てギョッとしてしまった。
心配そうに駆け寄ってくる。
「奥様!」
「どうなさったのですか?!」
慌てる二人にライリーが言う。
「大丈夫だ。感激のあまり少々気が高ぶってしまっているだけで、問題はなかった」
「ご、ごめんなさい。お二人の姿があんまり綺麗で、その、嬉しくて、だから、これは嬉し涙なの……」
何か問題が起きたわけではないと分かって、リタとユナがホッとした表情をする。
ライリーがそのまま馬車へわたしごと乗り込む。
そしてリタとユナも乗ると、扉が閉まり、馬車がお屋敷への帰路に着く。
ああ、どうしましょう。
この後は王城にてお二人の御結婚を記念したパーティーが催されるのに、お二人のお顔を見たらまた泣いてしまいそうだわ。
ライリーが丁寧に新しいハンカチで涙を拭ってくれる。
「エディス、泣き顔も可愛いがそろそろ泣き止んでくれ。使用人達もお腹の中の子も心配してしまうぞ」
ややふっくらとしてきたお腹をライリーが優しく撫でて、わたしを落ち着かせるために穏やかな声で言う。
「そうね、もうわたしは母親なのに、これじゃあこの子が不安になってしまうわね。みんなにも心配をかけてしまうのもダメだわ」
瞬きをして涙を落ち着かせるとライリーもリタもユナも、ホッとした様子でわたしを見た。
そっと額に口付けられる。
「お式で泣いてしまって、お二人にも御迷惑をおかけしてしまったわ……」
お二人の大事な日だから我慢しようと思ったのに。
笑顔でお二人に「おめでとうございます」と祝福したかったのに。
「そうしょげるな。エディスが泣くほどこの結婚を祝福しているとお二人も分かっているさ」
「でも貴族の夫人としては失格よ……」
「そうかもしれんが、俺は君がそれほどお二人を大事にしてくれているのが嬉しいよ。少し複雑な心境ではあるけれど」
ライリーの言葉にわたしは目を丸くした。
あら、もしかして妬いてる?
まじまじと見上げればライリーが顔を背けた。
でも人間の姿だから赤い耳が丸見えだわ。
「お二人の御結婚は凄く嬉しいけど、わたしにとってはあなたが一番よ」
首に腕を回してその頬に口付ける。
ライリーがふっと微笑んだ。
「屋敷に戻ったら目元を冷やさないとな」
「ええ、パーティーでは泣かないように努力するわ」
そう宣言したのに、結局パーティーで同じ意匠をこらしたドレスと礼服を身に纏ったお二人の姿を見たわたしは感極まって泣きそうになった。
それに気付いたライリーが泣かないようにわたしを抱き寄せて、額に口付けたものだから、お二人は「相変わらず仲が良いねえ」「お手本にするわ」と笑っていた。
ショーン殿下、フローレンス様、御結婚おめでとうございます。
お二人の幸せな姿が見られて、わたしも幸せです。
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