寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
結婚式(2)
教会での式を終えたわたし達は招待客のお見送りという名の御挨拶を済ませてから、お屋敷へ帰った。
お屋敷のパーティーに招待したお客様方は後ほど、時間になったらこちらへ来てくれることだろう。
ウェディングドレスのままお屋敷へ戻ろうとしたら、教会の外に街の人々がいて、祝福の言葉をもらったり花をもらったりといったことはあったけれど、警備の騎士達がいるおかげか大騒ぎになるほどではなかった。
馬車に乗ってお屋敷へ帰ると使用人総出で出迎えられた。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様。そして御結婚おめでとうございます」
一足先に戻っていたオーウェルにそう声をかけられ、続いて使用人達からも「おめでとうございます!」と祝福の言葉をかけられた。
思わずライリーと顔を見合わせ、笑みが浮かんだ。
「ありがとう、今戻った」
「ありがとう、ただいま戻りました」
今日からここがわたしのお家なのね。
お屋敷の中へ入り、着替えるためにライリーと一旦別れて自室へ向かう。
後ろからはリタとユナがついて来ている。
自室に戻るとホッとした。
「奥様! 私、感動してしまいました〜! とっても素敵なお式でしたね!!」
ドレスを脱がしてくれながら、ユナが興奮した様子で話しかけてくる。
今日は珍しくリタもそれに乗ってきた。
「ええ、本当に素晴らしいお式でした」
「ですよね? 教会のあの厳かな雰囲気の中、旦那様と奥様が並び立った時なんて、感動し過ぎてちょっと泣いてしまいました!」
リタがうんうんとそれに頷く。
わたしも小さく笑ってしまう。
「わたしも、何度も泣きそうになったわ。嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、夢みたい……」
少しだけふわふわした気持ちがまだ残っている。
リタもユナもそんなわたしに嬉しそうに笑って「夢ではありませんよ」「そうそう、現実です」と答えてくれた。
ウェディングドレスを脱ぎ、この日のために作られたもう一つのドレスに着替える。
わたしの瞳と同じ菫色のドレスだ。
ウェディングドレスと同様に首元までレースで詰まっていて、肩の部分やスカートの裾にもふんだんにレースがあしらわれている。ドレス胸元から腰までをリボンとフリルが飾り、スカートのは全体にレースと同じ光沢のある白い糸で刺繍が施されている。
どことなくウェディングドレスと雰囲気が似たそのドレスは、結婚式の余韻を感じさせる。
ああ、このドレスの方がやっぱり軽いわ。
ウェディングドレスの後だからか、いつもよりドレスが軽く感じるわね。
「こちらのドレスもよくお似合いです」
「ええ、ウェディングドレスと似ているからお式の時の姿も思い出されていいですね」
ユナが化粧直しをし、リタが髪を結い直す。
そして結い上げた髪にドレスと同色の髪飾りをつける。小さなスミレの花の花束みたいな可愛い飾りは縁を白いレースで覆われ、このドレスとセットなのが窺える。
着替えた後に水分補給もした。
それから二人を連れて一階へ下り、会場となる広間へ向かった。
そこにはライリーが既にいて、近衛騎士の制服に着替えており、先に広間の確認をしてくれていた。
「ライリー」
獅子の耳がピクリと動いて振り返る。
「エディス。少し休まなくて大丈夫か?」
「ええ、平気よ。あなたは?」
「俺は問題ない。普段の鍛錬に比べれば大したことはないさ」
抱き寄せられてそっと頬に鼻先が押し当てられる。
わたしもちょっと背伸びしてライリーの頬にお返しに口付けた。
「花も綺麗だし、テーブルクロスに汚れもない。埃やゴミも落ちてないし、料理も今並べているところで、飲み物も準備出来ている。コサージュも玄関ホールに用意した。楽団も今到着したところだ」
「先にやっておいてくれてありがとう」
「気にするな。今日のパーティーは俺達二人が主催するものなんだ、エディスだけじゃなく、俺も確認するべきだろう」
「そうかもね。でも、わたしの負担を減らしてくれようとしたんでしょう? その気持ちが嬉しいの」
だから、ありがとう。
もう一度、今度は感謝の気持ちを込めてライリーの頬に口付ければ、嬉しそうにグルルとライリーが小さく唸る。
それから二人でもう一度確認して回り、全てが問題なく用意されたことに二人で安堵した。
そして時間になるとすぐに来客があった。
「やあ、二人ともおめでとう。良い式だったね。僕も早くフローラと式をあげたくなっちゃった」
「御結婚おめでとう、ウィンターズ様、エディス様!」
「おめでとう、エディス様、ウィンターズ様。素敵なお式でしたわ」
真っ先に来てくれたのはショーン殿下とクラリス様、フローレンス様だった。
殿下お二人は護衛に部下の騎士をそれぞれ数人連れていて、その中には招待していた殿下の近侍もいた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。そして御結婚おめでとうございます。本当に素晴らしいお式でした」
旅の間はユール=レイスと名乗っていた彼の実名はゼノン=ファーメリアという。
招待状を出す際に初めてライリーに聞いた。
ちなみにファーメリアというのはお母君の家名だそうで、あまり呼ばれるのを好まないらしい。
「ありがとうございます。皆様、ようこそお越しくださいました」
「大したものではありませんがお食事やお飲み物も御用意しておりますので、どうぞお楽しみください」
「それから、招待した皆様には今日の記念にコサージュを贈らせていただいています。こちらの中からお好きなものをお選びください」
ライリーの言葉にショーン殿下とクラリス様、ゼノン様がコサージュの納められた箱を覗き込む。
色とりどりのコサージュはどれも美しい。
これから好きなものを選ぶというのは結構迷ってしまうが、それはそれで楽しさもある。
「これは……。随分と良い宝石だねえ」
「シェルジュ王国のシュナイヒ殿とアルブレド殿より結婚祝いとしていただきました。そのまま持っていても眠らせてしまうので、エディスの案で記念品としてお配りすることにしたのです」
「ははあ、なるほど。そういうことか」
「アルブレド様には少々同情してしまいますね」
ライリーの説明に何故かショーン殿下とゼノン様
訳知り顔で頷いた。
「あの、やはり贈り物を配るのはダメでしたでしょうか? 来てくださった皆様に幸せをお裾分けをしたかったのですが……」
わたしが問うとショーン殿下は笑った。
「いや、いいんじゃない? 贈り物をどうするかはもらった人の自由だよ。それにこれだけの品だと騎士爵位では身につけ難いからね」
「そうですね、記念品というのであれば賄賂と受け取られることもありませんし、よろしいかと」
二人が大丈夫だと言ってくれて胸を撫で下ろす。
その間にクラリス様がコサージュを選んだらしく、いくつもあるコサージュの中から、一つを手に取った。
「わたくし、これにしますわ!」
可愛らしいピンクのバラのコサージュを選んだクラリス様に、その場にいた誰もが思わず微笑んだ。
「では私はこれを」
フローレンス様は真紅に近いバラのコサージュを手に取る。
それにお二人らしいお色だなと思う。
それを見たショーン殿下とゼノン様もコサージュをそれぞれ一つずつ選んだ。
「じゃあ僕はこれかな」
「私はこちらを」
ショーン殿下はフローレンス様より僅かに淡い色味の紅いバラを、ゼノン様は濃い青色のダッチアイリスだった。
そしてショーン殿下とフローレンス様はお互いの胸元にコサージュをつけ合い、クラリス様はそれを羨ましそうに見ながらわたしが胸元につけさせていただいた。
クラリス様ももう婚約者が決められるべきお歳なので、婚約して仲睦まじいお二人の様子が羨ましいのかもしれない。
ライリーに視線を投げかけられて頷き返す。
「さあ、御案内致します。どうぞこちらへ」
声をかければ全員がこちらへ顔を向けた。
皆様を広間へ御案内する。
ライリーは出迎えを引き受けてくれるそうなので、わたしは招待客の対応に回ることにした。
まだ他に招待客のいない広間に着くと、途端にクラリス様とフローレンス様に詰め寄られる。
「エディス様! 今日のお式、本当に、本当に素敵でしたわ! 特に最後にウィンターズ様がエディス様を抱き上げて退場されたのがまるで物語のようで思わず声を上げてしまいそうでした……」
「それにウィンターズ様のあの宣誓も素晴らしかったですわね。エディス様だけを生涯妻とする、というあの言葉には胸を打たれました」
「それにエディス様も同じく宣誓されて! あれは元々決めていらしたの?」
ズズイと詰め寄られてわたしはちょっとだけ身を引いてしまった。
今までで一番迫られているかもしれない。
「いえ、あれにはわたしも驚きました。ですがライリーは婚姻届にも同じことを書いてくれていたので、それを大勢の前で誓ってくれたのはとても嬉しかったです」
正直、あの時は泣きそうだった。
お母様の言葉がなかったら絶対に泣いていたわ。
「ではウィンターズ様が御自分の意思であのように宣誓されたのですね。素敵ですわ」
「ええ、あの言葉にはお二人の愛を強く感じましたわ!」
「あ、ありがとうございます……」
きゃあきゃあと楽しげに話すお二人に押され気味になっていると、ショーン殿下が声をかけてくださった。
「はいはい、二人とも、今日はそれくらいにしてあげなよ。ウィンターズ騎士爵夫人はこれから忙しくなるんだから」
「……」
「ん? どうかした?」
クラリス様もフローレンス様も、何よりわたしまで黙ってしまったためショーン殿下が小首を傾げる。
ウィンターズ騎士爵夫人……。
「ああ、エディス様がウィンターズ様と御結婚されたんだわと実感しておりましたの」
「そうね、わたくし達は呼び方が変わりませんがお兄様は違いますもの」
それにわたしも頷いた。
ショーン殿下ならば今まで通りエディスと呼んでいただいて構わないのだけれど、でも夫人と呼びかけられたい気持ちもある。
だってライリーの妻って感じがするのだもの。
だけどやっぱり名前呼びはもうダメかしら。
「でも、ショーン殿下には今までずっとお世話になっておりましたし、それに、その、お友達ですから、今まで通りエディスと呼んでいただきたいです」
ダメなら仕方ないと思いつつ、そう口にしたら、ショーン殿下は数度目を瞬かせ、そしてとても嬉しそうに破顔した。
「そっか、じゃあ親しい者同士の時は今までとおなじでエディス嬢って呼ばせてもらうよ」
「はい、是非そうしてくださいませ……!」
友人であることを否定されなかったことが嬉しかった。
ショーン殿下はライリーの上司であり、わたしにとっては恩人であり、そして最近は友人だと思い始めていた。
王族に対して騎士爵位の妻が友人だなんて少々不敬かもしれないが、それでもわたしはそう思っているし、暗に肯定してもらえて喜びに胸がいっぱいだ。
するとクラリス様とフローレンス様も声を上げた。
「ずるいですわお兄様。それなら、わたくしはこれからはエディスさんとお呼びしたいわ。だってわたくし達もお友達ですもの」
「そうですわね、私もエディスさんとお呼びしたいわ」
お二人の期待のこもった眼差しに頷いた。
「ええ、もちろんどうぞ。クラリス様もフローレンス様もわたしの大事なお友達ですわ。……ゼノン様も、よろしければエディスとお呼びください」
「よろしいのでしょうか?」
ゼノン様が驚いたような顔をする。
それにわたしは笑顔で頷く。
「ゼノン様にも旅の道中とてもお世話になりました。それにライリーとも親しいのでしょう? 夫婦共々これからもよろしくお願い致します」
「では、お言葉に甘えて。今後とも、殿下共々よろしくお願い致します」
互いにぺこりと頭を下げ合う。
そうして顔を見合わせて、どちらからともなく小さく吹き出した。
それからは招待客が増えて来たのでお断りを入れて、他の招待客の皆様の対応に当たることとなった。
ライリーの付き合いがある方々は国の政の中枢におられる方々ばかりなのでかなり緊張したけれど、思ったよりも好意的に接してくださる方ばかりで助かった。
そういった方々の奥様も、結婚式のことをとても褒めてくださって、感動したとおっしゃられる方が多かった。
コサージュもなかなか喜んでもらえたようだ。
シェルジュ王国の宝石だと説明すると、どうりで質の高いものだと感心された。
でも頂き物であって、わたしが何か努力したわけではないのでそのことについても説明したり、何故配ることにしたのか理由もお話した。
御夫人方はコサージュの美しい宝石に魅了されたようで、夫に更に宝石をねだった方もいて、それについてはちょっとだけ申し訳なく思う。
あ、でもマスグレイヴ王国はアルブレド様のところの宝石ならば安く購入出来るから大丈夫かしら?
その後、お母様やお父様、アーヴが来てくれたり、ウィンターズ男爵家の方々が来てくださったり、嬉しいことにライリーのお兄様お二人とその奥様方もいらして祝福していただけた。
あっという間に広間はいっぱいとなったが、皆様それぞれに楽しんでくださっているようで、談笑する声や楽団の音楽を楽しむ人、お料理を食べる人など普段のパーティーよりもやや砕けた雰囲気だ。
身内だけのパーティーって感じがするわね。
招待客が全員集まったのか、ライリーが広間に戻ってくると、真っ直ぐにわたしの下へ来た。
「ありがたいことに全員出席してくださった」
「まあ、それは本当にありがたいことね」
「ああ、それだけ祝福していただけているということだろう」
互いに軽く抱擁を交わし、互いの頬に口付けを送り合っていると、視線を感じた。
体を離して見回せば誰もが微笑ましそうにわたし達を見つめていた。
その視線がちょっと恥ずかしいけれど、好意的なものだからか全く不快さはない。
温かく見守ってくれているようだ。
でもやはり照れ臭くて、二人して少し顔が赤くなってしまった。
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