寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
結婚式準備(5)
結婚式まで一月を切った。
今日は、結婚式当日の流れを確認するためにライリーとわたしは会場となる教会に足を運んでいた。
一緒にリタとユナ、護衛も数人ついてきた。
わたし達の練習のために、わざわざ今日一日、教会を貸し切りにしてくれたそうだ。
王族や高位貴族などが結婚式で使用する教会なだけあって、控えの間も広々として、それでいて華美な装飾はないものの、美しい彫刻のおかげで地味さは全くない。
リタやユナに手伝ってもらいドレスを着替える。
当日のドレスではないけれど、当日着る型に近いドレスを着る。これはドレスを作ったお店で貸し出ししている借り物だ。
基本的に結婚式に着るドレスの型は決まっているため、同じ型の練習用のドレスが用意されているそうだ。
確かに注文したウェディングドレスと形がよく似ている。
ただ今着ているのは淡い水色だ。
コルセットを締めて、スカートを穿き、上着を着て、手袋をする。
髪を整えたら最後にヴェールをかぶる。
視界を淡い水色のヴェールに覆われたが、隙間から意外とよく見える。
最後にドレスに合わせた靴を履かせてもらう。
大きな姿見で確認すれば、まさにウェディングドレスであった。
それでもこのドレスは型だけが同じであって、刺繍やフリル、レースなどは最低限なので、重さはこちらの方が軽い。
リタに裾を持ってもらい、ユナに控え室の扉を開けてもらう。
そこからユナに手を引かれながら教会の礼拝堂へ向かう。当日は礼拝堂の入り口までお母様が手を引いてくれることになっている。
ライリーの方は、ライリーのお父上が礼拝堂まで付き添うことになっている。
この世界の結婚式では控え室から礼拝堂までは親族が付添い人となり、娘であれば母親が、息子であれば父親が付き添う。
お母様がわたしの歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
「今日は練習なのに……。ダメね。何だか泣きそうになってしまうわ」
歩きながらお母様が苦笑する。
それにわたしも思わず笑みが浮かぶ。
「お母様、涙は当日まで取っておいてくださいね」
「ええ、もちろんよ。でも嬉しさ半分、寂しさ半分だわ。せっかく可愛い娘が出来たと思ったら、あっという間に嫁いでしまうなんて……」
「ライリー様の妻になっても、わたしはお母様とお父様の娘であることに変わりありませんわ」
微かに震えているお母様の手をしっかりと握り返すと、お母様も泣きそうな表情のまま微笑んだ。
例えわたしがライリーと結婚してウィンターズ騎士爵夫人になったとしても、ベントリー伯爵家との繋がりが途切れるわけではない。
ライリーの妻であると同時にベントリー伯爵家の娘である。
お母様が「そうね」と頷いた。
「嫁いでも、あなたは私達の可愛い娘に違いはないわ」
礼拝堂の出入り口に到着すると、獅子の姿のライリーが先にそこにいた。
その側にはライリーのお父上がいる。
結婚式を人の姿で出るか、獅子の姿で出るか、二人で話し合い、そして獅子の姿でライリーは出ることを決めた。
英雄獅子ライリー=ウィンターズ。
その名は国内外に知れ渡っている。
だからこそ、人の姿よりも獅子の姿で結婚式を行う方が良いと思ったのだ。
それにライリーが「獅子の姿こそが今の俺だから」と獅子の姿を選んだ。
でも本当はわたしが獅子の姿の方が好きだと知っているから、あえてそちらを選んでくれたのではないかと思う。
そのために婚礼衣装も獅子の姿に合わせたデザインに少しばかり変更してあるらしい。
今日は近衛騎士の制服で来ている。
ライリーが振り返り。私を見て、ハッと息を詰めた。
わたしとお母様は殊更ゆっくりとライリーとお父上に近付いて行く。
よく見るとライリーの毛並みが僅かに膨らんでいた。
「ライリー」
名前を呼ぶと、我に返った様子で金色の瞳が瞬き、そしてそっと左腕が差し出される。
わたしはお母様の手を離れ、ライリーの腕にそっと右手を添える。
触れた腕が緊張に強張っているのが分かった。
「ライリー、緊張しているの?」
見上げれば、小さく頷かれた。
「ああ、失敗したらと思うと、少し……」
わたしより大柄なのにわたしよりも緊張してる。
普通は、嫁ぐ側の方が緊張するものじゃないかしら。
でもそんなところも可愛くて好きよ。
「大丈夫。今日は練習よ。本番で失敗しないためにこれからやるんだから、今日は失敗しても良いのよ」
添えた手でライリーの腕を少しだけ撫でる。
「それに本番で失敗してもいいの。結婚式の主役はわたし達なんだから、他の人なんて気にする必要はないわ。大切なのはわたし達の結婚を神様に宣誓することでしょう?」
「……そうだな、招待客は俺達の結婚の証人になるだけだ」
深呼吸を一つしたライリーが小さく唸った。
それが笑いだと知っているので、わたしは安心した。笑えるということは多少は緊張も解けたのだろう。
扉の左右に立つ教会付きの聖騎士二名に目線で問いかけられ、ライリーと共に頷き返す。
すると聖騎士達が両開きの扉を内側へ開けた。
白を基調とした礼拝堂はとても広く、奥行きがあり、数段上がった祭壇の向こうには美しいステンドグラスが並ぶ。
そこから差し込む光が白い室内に反射して、礼拝堂全体が光に包まれているようだった。
ライリーと共に入り口に立つ。
一度立ち止まった。
そして最初に受けた説明を思い出す。
まずは右足から一歩前に出る。
そこで立ち止まる。
次に左足から一歩前に出る。
そこでまた立ち止まる。
視線は正面に向けたまま、けれど、ライリーがわたしの動きに集中していることが感じ取れた。
ライリーがわたしの歩調に合わせてくれている。
だからわたしもライリーの動きに集中する。
礼拝堂の中ではリタは裾を持たない。
そのリタは礼拝堂の入り口の壁の脇にユナと共に控え、二人揃ってジッとこちらを見つめている気配がした。
祭壇までの長い道のりを二人で一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
祭壇には老齢の司祭様が佇んでいる。
当日は教会の最高位にいらっしゃる聖下自らが、わたし達の宣誓の証人となり、祝福をくださるそうだ。
本来、聖下が立ち会うのは王族か王族に近しい公爵家の結婚式だけなので、今回は異例だろう。
聞くところによると聖下の立ち会いは国王陛下が申し入れてくださったらしい。
国の重要人物の式だからと聖下も快く応じてくださったとのことで、感謝してもし切れない。
陛下と聖下がこの結婚を認めたということだ。
時間をかけて祭壇の手前の階段まで進む。
その間、わたしとライリーの衣装の擦れると足音だけが静かに響いた。
そして階段を一段一段と上がって行く。
階段は必ず右足から上がる。
祭壇の前へ立つと、老齢の司祭様が労わるようにわたし達に微笑んだ。
その柔らかな笑みにライリーもわたしも思わずホッとした。
獅子のライリーを前にしても恐れずに微笑んだ司祭様に、その肯定的な表情に安堵した。
教会の者に怯えられるのは避けたかった。
もし怯えられて、それが知れ渡れば、英雄が教会から拒絶されたと受け取られてしまう可能性もある。
もちろん、そういうことがないように恐らく陛下が打診の際に前以てライリーの容姿を伝えただろう。
目の前にいる司祭様はその点を考慮して選ばれて、この場に来てくださったのかもしれない。
そう理解すると司祭様へ感謝と親しみが湧く。
微笑み返せば司祭様の笑みが深まった。
そして司祭様が口を開く。
「当日はここで聖下が聖句を述べられます。お二人は招待された皆様と共に聖下のお言葉をお聞きください」
その説明に二人で「はい」と返事をする。
そして司祭様がにっこりと口角を引き上げた。
「当日、私はおりませんので、今日は私よりお二人に聖句を説かせていただきます」
そう言い、司祭様が持っていた本を開いた。
「愛とは寛容で慈悲深いものです。愛は、妬まず、高ぶらず、誇るものではありません。見苦しい振る舞いをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人の悪事を数え立ててはいけません。不義を喜ばず、人とともに真理を喜びなさい。すべてをこらえ、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え忍びなさい。さすれば愛は決して絶えることはありません」
穏やかな司祭様の声が響く。
わたしもライリーも司祭様の言葉に耳を傾けた。
「この後、誓いの言葉を聖下が宣誓されます。まずは夫となるウィンターズ様が問われますので、それに「誓います」とお答えください」
「はい」
「次に妻となるベントリー伯爵令嬢に問われますので、同様に「誓います」とお答えください」
「はい」
それぞれ説明を受けて頷いた。
「そして聖下が招待された皆様に異議がないか問い、何もなければ祝福が授けられます。お二方は礼を取ってください」
司祭様が片手を上げたのでライリーとわたしは礼を取った。
司祭様はわたし達にそっとその手を翳す。
「主よ、この二人に良き加護があらんことを」
静かに手が下されたことで、わたし達は揃って礼を解き、背筋を伸ばす。
司祭様が目尻を下げてわたし達を見る。
「ここで互いの額に宣誓の口付けを交わしてください。恥ずかしければするふりでも構いません」
わたし達はまた頷き、向き合う。
「口付けを終えると聖下よりお言葉があり、皆様が祝福の意をこめて拍手をくださいますので、お二方は振り返って皆様に感謝の意をこめて礼を取ってください」
言われたように振り返り、礼を取る。
司祭様とお母様、ライリーのお父上、リタとユナが拍手をしてくれた。
「最後は一歩ずつ階段を降り、ゆっくりと元来た道を戻ってください。別の司祭が控えておりますので、その後は司祭の後ろについて夫婦の控え室へ一度下がっていただきます。それから招待された皆様がお帰りになられますので、お二方はそのご挨拶に」
「分かりました」
「はい」
ライリーとわたしが頷くと司祭様が本を閉じた。
「以上がお式の流れとなりますが、何か分からないことはございましたか?」
互いに顔を見合わせ、首を振る。
「いいえ、ありません」
「丁寧に御説明いただいて、大変分かりやすかったです」
「そうですか、それは良うございました」
嬉しそうに、ほっほっと司祭様が笑う。
「では最初からもう一度行ってみましょうか」
司祭様の言葉に頷き、ライリーと共に礼拝堂の入り口へ戻る。
そして、もう一度最初からわたし達はお式の練習をした。
一度行ったからか、二度目は一度目よりも緊張がなく、少しだけ余裕をもって行うことが出来たと思う。
入場の歩調も互いに合わせられたし、ドレスの裾もさばけるようになったし、靴のヒールの高さにも慣れてきて、真っ直ぐ前を向いたままでも足元に不安はない。
それから一連の流れを行い、礼を取り、拍手の中を入り口へ戻る。
「大丈夫そうね」
私の言葉にライリーも頷く。
「ああ、これなら失敗しないと思う」
互いに確認し合っていれば、祭壇から下りた司祭様がこちらへ歩いて来る。
お歳を召したとは思えないほど真っ直ぐに伸びた背筋と迷いのない足取りでわたし達のところへ来て、問い掛けられる。
「どうやらお二方共、お式の流れを覚えられたようですね」
にこにこと笑いながら聞かれたので、わたし達も笑みが浮かぶ。
「はい、ありがとうございます」
「練習にお付き合いしてくださり、ありがとうございました」
それに司祭様の穏やかな雰囲気のおかげで、和やかな空気の中で練習出来て、緊張が大分なくなった。
そして二度も練習したが特に何か失敗することもなく済んだため、自信がついた。
これならきっと本番でも大丈夫ね。
わたし達の考えていることが分かったのか司祭様が目を細めて笑った。
「お二方であればきっと問題なくお式を済ませられますよ」
練習お疲れさまでした、と声をかけられて、慌てて司祭様に頭を下げる。
「お忙しい中、本日はわたし達の結婚式の練習にお付き合いくださり、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ光栄な役を任せていただき感謝しております」
穏やかに返されて顔を上げれば、やはり司祭様は微笑んでいた。
「慣れないことをしてお疲れでしょう。練習も滞りなく済み、今日の予定は終わりました。お茶を用意させますので、控え室で少し休んでからお屋敷へ戻られるとよろしいでしょう」
司祭様の気遣いに甘えさせてもらうことにした。
「ありがとうございます」
「お言葉に甘えて少し休ませていただきます」
わたしとライリーが言うと司祭様は満足そうに頷いた。
「あなた方の結婚が善きものとなりますように」
司祭様はわたし達のために、その場で短く祈りを捧げてから、ゆっくりとした足取りで礼拝堂を後にされた。
わたし達も着替えるためにそれぞれの控え室へ戻る。
ああ、本当にライリーと結婚するのね。わたし。
今まではどこか夢見心地だった気分がふっと現実味を帯びたものに変わる。
借り物とは言え、ドレスを脱いでしまうのが少し残念だった。
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