寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
結婚式準備(3)
今日もお屋敷にはデザイナーとお針子達がいた。
前回はウェディングドレスで、今回はその後の集まりに着るドレスの調整である。
こちらはお母様と話し合ってわたしの瞳と同じ淡い紫色のものに決めた。
応接室に飾られたドレスは当然だがウェディングドレスに比べれば地味だ。
それでも普段着るドレスよりかは華やかだ。
菫色のドレスは首元まで詰まったタイプで、代わりに袖は殆どなく、白いレースの手袋が二の腕の中ほどまである。首元から腰にかけて、刺繍で作った白い花とビーズが縫い付けられており、ふんわりと広がるスカートは白に近い薄紫の生地の上から菫色のレースが重ねられている。そこにも白い花がいくつかあった。
ウェディングドレスは美しさや儚さを強調するとしたら、こちらのドレスは可憐さが強調されるものだった。
「エディス、早く着て見せてくれ」
隣に座っていたライリーが急かす。
今日はお母様ではなく、お仕事がお休みのライリーが一緒にドレスの確認をしてくれたのだ。
ドレスを見てわたしが着る姿を想像したらしい。
どこか甘えたように言われて立ち上がる。
「分かったわ」
目隠し用に張られた布の中で着替える。
リタとお針子に手伝ってもらい、今着ているドレスを脱ぎ、新しいドレスを着せてもらう。
……あら、意外とこのドレス軽いわね。
少し乱れた髪も整えてもらう。
そうして目隠しの布から出ると、待っていたライリーが思わずといった様子でソファーから立ち上がった。
まじまじと見つめられると照れてしまう。
「……まるで妖精のようだ」
近寄ったライリーがそっとわたしの頬に触れる。
「可憐で、美しく、目を離したらどこかに逃げて行ってしまいそうだ」
「わたしは逃げませんわ」
そう返せば、そわそわとライリーが落ち着かない様子を見せた。
多分抱き寄せたいのね。
でもそうするとドレスに皺がついてしまうから、我慢しようとしてるのかしら。
わたしの方から歩み寄り、ライリーに抱き着く。
「ずっとあなたのお側にいさせてくださいね」
そうすると、ドレスを気遣ってかそっと抱き締め返される。
返事は「ああ」と短かったが、それだけで十分だ。
デザイナーに申し訳なさそうに声をかけられて互いに体を離したが、お針子達がドレスの調整をしている間も、ライリーはジッとわたしを見つめていた。
その熱心な視線に微笑めばライリーはハッと我に返ったような表情をし、少し気恥ずかしそうに視線を逸らす。
でも気になるのかチラチラとこちらを窺っている。
ふふ、見たいなら見ればいいのに。
確かに相手を凝視したりジロジロ見たりするのは失礼に当たるけれど、わたし達は婚約者なのだから構わないのに。そういうところもかわいい。
「いかがでしょう? どこか気になる場所や変更したい点はございますか?」
ライリーが顔をこちらへ戻す。
「ドレスの裾にも手袋と同じレースか刺繍を入れられないか? 足元が少し地味な気がする」
鏡で全身を確認する。
言われてみれば、足元の方はあまり手が入れられていない。
その代わりにドレスと同色の靴には白い光沢のある糸で刺繍がされているけれど、あまり見える部分ではないので、外から見ると足元は控えめだ。
「ではレースをつけてみましょう」
そう言って、持って来ていたらしい白いレースの帯が裾に仮で取り付けられる。
袖や裾、襟のレースは付け外しの出来るものが多く、どうやら手袋と同じレースの裾や袖、襟の部分も作ってあったようだ。
わたし以外の全員が一歩離れてわたしを見る。
「さっきより華やかさが増したな」
ライリーが嬉しそうに言う。
デザイナーが他のレースも手に取る。
「裾にレースを入れるのでしたら肩の部分もフリルよりレースの方が良さそうですね」
肩のフリルの上からレースが当てられる。
レースにすると上品さが増した。
わたしは身長が高いから可愛らしいフリルを沢山使うよりも、大人びたレースの方がやっぱり合う。
「ああ、たった一度しか着ないなんて勿体ないな……」
ウェディングドレスもこのドレスも、身に纏うのは結婚式の日のみだ。
例え再婚するとなっても同じドレスを着ることはないのだ。
ライリーの残念そうな言葉に苦笑した。
「ウェディングドレスは難しいけれど、このドレスは時々で良ければ着ましょうか?」
「いいのか?」
「ええ、ライリー様が見たいとおっしゃられるのであればいつでもお見せ致しますわ」
あえて御令嬢らしい言い方をすれば、ライリーが小さく吹き出した。
ああ、美形の笑顔って強力ね。
デザイナーやお針子達の頬が少し赤い。
ライリーは歩み寄って来ると、わたしの顎に手を添えて、ちょっと顔が上げられる。頬にチュッと口付けが落とされた。
「結婚後の楽しみが一つ増えたな」
目尻を下げてライリーは笑う。
「欲のない楽しみですわね」
「そうか? ドレスを着替えるのは大変だろう? エディスにとっては面倒だろうが」
「ライリー様が喜んでくれるなら構いません」
「……君は俺を甘やかす天才だな」
今度は瞼に口付けられた。
何度も口付けるので、デザイナーやお針子達はさっきとは別の意味で顔を赤くしている。
このままだと終わらないと判断したのかデザイナーがコホンと大きく咳払いをしたことで、ライリーは名残惜しそうに顔を離した。
こういう時は恥ずかしがらないのよね。
最初は恥ずかしがっていたけれど、わたしがずっと押せ押せしていたおかげか、最近はもうイチャイチャしていて照れることが大分減った。
「ではドレスの裾と袖にレースをつけさせていただきます」
「ええ、よろしくお願いします」
「大変だろうがよろしく頼む」
今は婚礼衣装も頼んでいるから、お針子達も忙しいだろう。
だがデザイナーもお針子達も笑顔だった。
「お二人の婚礼衣装を任されることは、私達にとってはとても名誉あることです。衣装の作製には店の者全員、全力で当たらせていただきます」
その言葉を聞いて安心した。
この人達に任せれば、きっと当日までに素晴らしい衣装を縫い上げてくれるだろうという確信が持てるくらい、自信に満ちあふれた姿だった。
デザイナーとお針子達はドレスや道具を素早く片付けると、すぐにドレスの手直しをすると告げて帰って行った。
ちなみにライリーは結婚式の後の集まりでは近衛騎士の制服を着ることになっている。
いつもの格好で少し残念なような、でも格好良い制服が見られるから嬉しいような、複雑な心境だ。
近衛騎士の制服は毎日見てるけれど見飽きることがないのよね。
制服のあのピシッとした感じが堪らない。
「改めて考えると招待客の顔触れって豪華よね」
二人で居間で休憩も兼ねてお茶をしながら、思わずそう漏らしてしまう。
お式には王族の方々を含め、この国の貴族の半分近くが出席することになった。
出席しない貴族達は領地を離れられない人々で、出席しない代わりに少しずつお祝いの品と手紙が届き始めている。
最近はそれに対するお礼の手紙を書いたり、返礼品を送ったりと忙しない。
そしてお式の後も我が家にはショーン殿下とクラリス様と王族が二人もいらっしゃる。
それにライリーの部下の方々や、国の中枢の方々も来られるのだから、結婚式の後と言っても気は抜けない。
「これでも出来る限り人数は減らしたんだが、騎士爵位の家が開くパーティーにしては豪華過ぎる顔触れだろうな」
「英雄の結婚式ですものね」
ちなみに結婚式の招待客には他国の大使も多い。
特に隣国の大使は全て出席が決まっていた。
英雄の結婚式ということで、恐らくだが、教会の外にも人々が一目見に押し寄せるのではないかと懸念されており、その日は特別に教会周辺の警護を王城の騎士達が務めることになっている。
王族や他国の大使も出席するため、警備はきちんとなされるだろう。
「俺としては身内のみの小さな式が良かったんだが……」
「わたしもです」
つい二人して小さく息を吐いてしまう。
そんなことは許されないと分かっているが、身内だけのささやかな結婚式を挙げて、あまり肩肘の張らない和やかな雰囲気で祝いたかった。
「でもライリーがいればそれでいいわ。お式が大きくても、小さくても、ライリーと夫婦になれるなら頑張るわ」
「俺も君と夫婦になるためならどんなに苦労しても構わない。だが早く式の日が来てほしいとも思う」
「わたしも毎日指折り数えて式の日を待ってるわ」
「エディスもそうか」
お互いに顔を見合わせて笑みこぼれる。
結婚式の準備中の今は忙しくて大変だ。
この忙しさも幸せだけれど、結婚した後、夫婦になれることがずっと待ち遠しく感じるのだ。
きっと結婚後はもっと幸せなのだろう。
だから寝る前に毎日「あと何日でお式だわ」と考えて、たまに「まだこんなに日があるのね」と残念がってみたり、逆に「もうこれだけしかないのね」とお式の準備に抜けがないか不安になったりしている。
それでもふとした時に幸せだなと思うの。
愛したいと思った人と婚約して、愛する人と両想いになれて、愛する人と共に結婚式の準備をする。
人生において結婚とは通過点である。
けれども同時に一つの区切りでもある。
……そして新しい始まりの場面でもある。
「結婚したら、ライリーの鬣を梳かすのはわたしの仕事にしてね」
「あれは本気だったのか」
以前、ライリーの鬣を梳きたいと言ったことがあった。
それをライリーも覚えていたらしい。
あの鬣をブラシで梳かすのはわたしの夢よ。
「あら、わたしはいつだって本気よ?」
もらったライリーそっくりのヌイグルミだって毎日丁寧にブラッシングしている。
あれをする度に「いつかは本物も……」と思っていたのだ。
そのためにオーウェルにこっそり新しいブラシを買っておいてもらえるようお願いもした。
そして新しいブラシは結婚後に使うために大事に仕舞ってあり、寝室が一緒になったら持っていくつもりであった。
「かなり面倒だぞ?」
ライリーが笑い混じりに言う。
「面倒なんかじゃないわ。旦那様の大切な毛並みだもの。むしろ喜んでやるわ」
「……」
「ライリー?」
急に押し黙ったライリーに顔を上げれば、ライリーは顔を横に向けて、口元をその大きな手で覆っている。
どうしたのかと思ったが、よくよく見ると耳が赤い。
え、どこかに照れるところはあったかしら。
目を瞬かせているとライリーが手の平越しにモゴモゴと喋る。
「エディス、その、呼び方が……」
「呼び方?」
先ほどの自分の言葉を思い出す。
……あっ、もしかして……。
「……旦那様?」
そう呼びかけるとライリーが頷いた。
「その呼び方はちょっと、色々とまずい」
「どうして? 結婚したらそう呼んだ方がいいでしょう?」
「それはそうだが……。自制が効かなくなりそうだから、結婚後も名前で呼んでほしい」
ギュッと抱き寄せられて、首筋に熱い吐息が当たったことでライリーの言いたいことが分かって、頬が熱くなる。
それって、つまり、そういうこと?
まさか呼び方一つでそんなに違うなんて思わなかった。
だって結婚したら夫のことを旦那様と呼ぶのは普通のことじゃない。
でもライリーがそう言うなら、そうした方がいいのでしょうね。
「分かったわ。旦那様と呼べないのはかなり残念だけど、これからもライリーって呼ぶわ」
「そうしてくれ、未来の奥さん」
どこかホッとした声音に、やはり旦那様呼びは特別な時だけにしようと決める。
…………奥さんって良い響きね。
思わずへにゃりと破顔してしまう。
確かにこれは色々とまずいわ。
嬉し過ぎて平静を保てなくなってしまう。
やっぱり普段は名前呼びでいいわね。
照れ臭さと嬉しさで落ち着かないもの。
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