寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
結婚式準備(2)
シェルジュ国へ行く前にお式の日取りは決めた。
場所も王都で最も大きな教会に決めた。
そちらの飾り付けに関しては、教会側がやってくださるそうなのでお任せすることした。
お式の後の披露宴はお屋敷で、ライリーとわたしの親族や関係者だけのものに決めた。
招待する人々も決めて、リストを作り、招待状も書いて送った。
旅の間にお母様がオーウェルと共に返信を確認して、お式の後の集まりで出す料理を決めたり材料を調達する手筈を整えたり、足りない料理人や使用人の手配、内装のために使うお花の注文なども話し合ってしてくれていた。
今日はライリーとわたしとで、内装の最終的な決定をすることになっている。
しかし二人揃って頭を悩ませた。
その後の集まりはお式よりも人数は半分以下になるけれど、代わりに訪れる人々は皆、自国の王族や高位貴族ばかりである。
地味だったり控えめだったりするのはダメだ。
オーウェルやお母様とも相談することにしたのだけれど、この二人は「華やかにしましょう」と色々と内装や料理なんかを豪華にしたがる。
ただ、あまりにも豪華にするので、いくら英雄とは言えど地位を考えると少々派手過ぎるとなり、なかなか話が纏まらない。
「お花やリボンだけでは地味ですわね……」
「しかし宝石を散りばめるのは些か下品でしょう」
「調度品を増やすというのは?」
「それもやり過ぎると下品にならないかしら?」
お母様、オーウェル、ライリー、わたしの四人で顔を突き合わせて考える。
派手になり過ぎず、それでいて美しく、華やかなもの……。
あ、ガラスや宝石を頭上に吊るすのは?
……ダメね、ガラスばかりだと安っぽいし、宝石ばかりだと成金っぽいし、混ぜると輝きの違いが浮き出てしまう。
リボンやフリルをこれ以上増やすと、今度は子供の誕生日パーティーみたいになってしまうのよね。
調度品を増やせば華やかさは出るけれど、今回限りというのを考えると沢山買っても後で困るでしょう。出来るのは絵画を増やすことくらいかしら。
そう、何か華やかなものを飾ればいいのよ。
「レースや刺繍を飾るのはどうでしょう?」
「どうやって?」
わたしの提案にお母様が聞き返す。
「テーブルクロスの垂れる部分に刺繍を入れたり、レースを椅子にカバーのようにかけたり、刺繍やレースに合わせてカーテンの柄を合わせるんです。壁にはタペストリーを飾って、統一感を出せばおかしくありませんよね?」
「それだと少々華やかさに欠けませんか?」
「ではカーテンの留め具やタペストリーの縁などに金糸や銀糸、宝石をあしらって所々華やかにするのはダメかしら? お花も沢山あるから大量に飾るよりも少し輝かせた方が品がありませんか?」
お母様とオーウェルが考える。
料理や食器、楽団だと用意出来るものは用意した。
貴族は見栄も大事だけれど、立場に見合わない豪奢なものを用意すれば、それはそれで顰蹙を買う。
それならばわたし達に出来る限りの豪華さで、でも立場的に問題ないものを増やせばいい。
レースも刺繍もお針子に頼めば結構な額になるけれど、良い糸や布を使えば華やかで安っぽくもない。
「そうね、飾り立てるばかりが品ではないもの。レースや刺繍でも十分華やかさは足りるでしょう」
すぐにお針子達に連絡するわ、とお母様が言う。
オーウェルはすぐに招待客の人数を告げ、四人で実際に使う広間に向かう。
そこで内装の配置を決め、レースや刺繍、タペストリーなどがどのくらい必要なのか数を計算すると、お母様は帰られた。
すぐにお針子達に連絡を入れてくれるそうだ。
わたし達もいつも衣装を買っているお店に手紙を送って連絡を取った。
結婚式の準備を始めてから毎日が忙しい。
あれも決めて、これも決めて、ドレスを確かめて、お式のために毎日リタやユナに磨かれて。
夕食後にライリーと過ごす時間は変わらずにあるけれど、一日が驚くほど早く過ぎていく。
でもその時間の流れが嫌いじゃなくて。
毎日忙しいけれど、とても楽しいのだ。
お店に手紙を送ってから夕食を摂り、居間でライリーと一緒にソファーに腰掛ける。
「今日も慌ただしい一日だったな」
ほう、とライリーが小さく息を吐く。
それにわたしも頷く。
「ええ、本当に。毎日忙しいわ。でもライリーはお仕事もしているでしょう? きちんと休めてる?」
横に座るライリーの顔を覗き込む。
今は人の姿だから、獅子の時よりも顔色が分かりやすい。
「ああ、大丈夫だ。休めてるよ」
「良かった……」
昼間は騎士のお仕事をして、休日や帰宅後に結婚式の準備をして、こうしてわたしと話す時間も設けて、この後には普段の家での仕事もしているという。
本当にきちんと休めているか心配になる。
でも顔色も悪くないし、肌艶も綺麗だわ。
ライリーの頬に触れると獅子の時と同じように、擦り寄ってくる。
ライリーの腕が腰に回り、抱き締められた。
「それに忙しいが、この忙しさが嬉しいんだ。エディスと結婚するという実感が湧く」 
その言葉にクスと笑ってしまう。
「今まで実感がなかったの?」
「ああ、少しだけ。君と出会ってからのことは本当は夢で、現実の俺は婚約者もいない寂しい男なのではないかと考える時がある」
「そんなことありませんわ。これが現実ですもの」
ライリーの頬に口付けをする。
そうするとやや顰められていた眉が下がり、ライリーが嬉しそうに目元を和ませた。
それを言ったらわたしだってそうだわ。
あの夜会でライリーを見つけた瞬間から、わたしも実は夢を見ていて、本当のわたしは婚約破棄をされて一人寂しくアリンガム子爵家のあの別邸で眠っているのではないかと思う時がある。
でもこうして、ライリーと触れ合っていると、今が現実なのだとその体温が教えてくれる。
「これが夢だったとしても、それなら、また一からやり直しますわ。ライリーに出会って「結婚してください」って迫るの。絶対に逃がさないわ」
「はは、それは心強いな」
「だから心配しなくても大丈夫。……わたし達、幸せになってもいいのよ」
ライリーに抱き着けば、ギュッと抱き返される。
ライリーが「ああ、そうだな」と言った。
その声は少しだけ震えているような気がした。
* * * * *
仕事を終えたライリーは馬車に乗っていた。
いつもならば真っ直ぐに屋敷へ帰るのだが、ここ数日は寄り道をしている。
エディスはそれを知らないだろう。
馬車が止まったので馬車を降りる。
裏手の出入り口から中へ入ると、慣れた様子で出迎えられた。
「ようこそお越しくださいました、ウィンターズ様。さあ、どうぞこちらへ」
この店の従業員に案内されて応接室へ向かう。
そこには既に店の主人が待っていた。
「ようこそいらっしゃいませ」
椅子を勧められて腰掛ける。
テーブルの上には美しい宝石達が並べられていた。
この店は宝石を使った宝飾品を専門に扱う店で、宝石だけの販売もしている。
ライリーはここ数日、何度もこの店に通った。
それは全て、結婚式に使用する結婚指輪を手に入れるためである。
今までいくつもネックレスやピアス、指輪など贈ってきたけれど、結婚指輪となれば更に気合いが入る。
「連日邪魔をして申し訳ない」
「いえいえ、邪魔だなんてとんでもございません。ウィンターズ様の結婚式に必要な指輪を、我が店で購入していただけるのはとても名誉なことです。よろこんでお手伝いさせていただきますよ」
これまでエディスに贈ったものは全てここで買った。
派手過ぎず、上品で、女性が喜びそうな繊細な造りのものが多く、ライリーも気に入っている。
昨日の今日でもう仕入れてきたのか、テーブルの上に並べられたものはどれも初めて目にするものばかりだった。
何日もライリーは結婚指輪にする宝石を決めあぐねていた。
結婚指輪は同じものを二つ用意する。
しかしライリーは出来れば結婚指輪も互いの瞳の色のものにしたかった。
そうなると紫色の宝石と黄色の宝石が必要となるが、指輪一つに大粒の宝石を二つもはめるのは品がない。
何か良い宝石はないかと、店の主人に相談をしたのがきっかけであった。
テーブルの上の宝石はどれも文句なく美しい。
だが、これだと言えるものがなかった。
ライリーの様子を見ていた店の主人が、従業員に小さな箱を持って来させた。
「ウィンターズ様、こちらをご覧ください」
店の主人がライリーの目の前で箱を開ける。
そこには不思議な宝石が収められていた。
大粒の長方形の宝石が二つ。片方は上半分が紫色で、下半分が黄色だった。もう一つは逆に上半分が黄色で、下半分は紫色である。
それを目にした瞬間、これだと思った。
エディスとライリーの瞳の色で、それらが隣り合って存在する一つの宝石。
「なんて素晴らしい宝石なんだ……」
あまり宝飾品に興味のないライリーでも、思わず見入ってしまうほど美しい。
「こちらはアメトリンという宝石になります。紫色のアメジストと黄色のシトリンという二種類の宝石が一つになっている大変希少な宝石です。お二人の瞳の色に合わせたものをおっしゃられておりましたので、知り合いの店を全て回って、この二つをようやく見つけることが出来ました」
「まさにこのような宝石を探していた」
まるで奇跡のような宝石だと思った。
エディスとの出会いのような運命を感じた。
これこそが相応しい。
「やはりそうでしたか。少々値は張りますが、いかがでしょうか?」
提示された額は確かに結婚指輪の相場に比べると高めだが、それでもこれがいいと思った。
「ああ、勿論購入させていただこう。これで結婚指輪を作ってもらえるだろうか?」
この機会を逃したら、奇跡のようなこの宝石はもう手に入らないかもしれない。
ライリーが即決すると店主が嬉しそうに笑う。
「かしこまりました。ではこちらのデザイン表をご覧ください」
次に見せられたのは指輪のデザイン表だった。
そうして店主が宝石の色と形に合わせたデザインの辺りを開いて見せた。
「アメトリンは金や銀、そして小粒のダイアモンドなどが指輪の装飾として合います」
差し出された表を受け取って眺める。
どれも繊細で美しい型ばかりである。
その中でもライリーが特に良いと感じたのは、金と銀の両方を使ったものか、金に極小のダイアモンドをあしらったものだった。
瞳の色の宝石に、互いの髪色の台座というのはやり過ぎかもしれないが、ライリーの目には魅力的に映った。
いくつかの候補を決める。
「これとこれ、それからこれの、この三つの内から決めたいんだが、どれも魅力的に見えてしまって……」
困った様子で表を眺めるライリーに、店主は台座の説明をしてくれた。
一つ目の指輪は金の台座に極小のダイアモンドが数粒あしらわれたものだ。ダイアモンドは宝石の左右に配置され、金色の台座と宝石をそっと際立たせてくれるそうだ。
二つ目の指輪は銀の台座に、宝石が中央にあり、その左右に伸びた輪の上下に小さな宝石をあしらうものだった。例えば上に琥珀かシトリンを、下に濃い色合いのアメジストを配置すれば更に華やかになるという。
そして三つ目の指輪は金と銀で植物を模したものが宝石を縁取るものだ。何でもこの植物には「永遠の愛」という意味があるそうだ。宝石はアメトリンのみとなるが、金と銀の植物は華やかだろう。
三つの説明を聞き、ライリーは決めた。
「これにする」
それは三つ目の指輪だった。
中央にアメトリンを配置し、その周りを金と銀の植物が縁取るものだ。輪の部分も金と銀が絡みついたように見える美しいデザインである。
二人の瞳の色をしたアメトリンを「永遠の愛」という意味を持つ植物で囲った指輪は、きっとエディスにも似合うだろう。
派手過ぎず、地味過ぎず、品がある。
大切な日に贈るものだからこそ、きちんと意味を持つものを贈りたかった。
「かしこまりました。出来上がりましたら、ご連絡致しますので、その時はご確認のためにもう一度お越しください」
「ああ、次はエディスも連れてくる」
「お待ちしております」
主人と握手を交わし、店を出る。
裏手に停めていた馬車に乗り込み、今度こそ屋敷への帰路に着く。
出来上がったらエディスを連れて来よう。
そして指輪の意味も知ってもらいたい。
彼女はきっと喜んでくれるだろう。
あの大輪の花のような笑顔で「嬉しい」と言ってくれるだろう。
想像するだけでライリーの心は満たされる。
ああ、エディスを抱き締めたい。
彼女の顔が早く見たい。
馬車に揺られながら、ライリーは愛しい婚約者の姿を脳裏に浮かべてふっと微笑んだ。
* * * * *
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