寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

女子会再び

 




 手紙を出した翌日の朝。

 サヴァナ様とフローレンス様から手紙が届いた。

 内容はお茶会へのお誘いだった。

 もし疲れていないなら今日午後、フローレンス様のお家であるハーグリーヴス公爵家に来ないかというものだった。どうやらサヴァナ様とお茶をする予定だったので一緒にどうかということらしい。

 わたしはすぐに返事を書いて送った。

 もちろん内容は、喜んでお伺いします、というものだった。

 ライリーはお仕事のため朝から出仕している。

 一応ライリーにも手紙でハーグリーヴズ公爵家に出掛けることを告げておいた。

 早めに昼食を取り、外出の支度をして、頃合いの時間になるとユナを連れ、数名の護衛と共に馬車に乗った。

 走る馬車の中から王都の街並みを眺める。

 たった一月離れていただけなのに、王都の街並みが懐かしく感じてしまう。

 馬車は止まることなくハーグリーヴズ公爵家に到着した。

 馬車を降りると公爵家の執事が出迎えてくれた。



「ようこそお越しくださいました」

「こちらこそ、本日はフローレンス様にお招きいただき、誠に嬉しく思います」

「さあ、どうぞこちらへ。お嬢様が今か今かとお待ちしております」



 穏やかな執事の言葉に、わたしやサヴァナ様をそわそわしながら待つフローレンス様を想像して和む。

 やだ、おかわいらしい。

 そして案内されたのは応接室だった。

 執事が扉をノックし、そして扉を開けてくれる。

 それにお礼を述べてから中へ入る。

 すると席に座っていたフローレンス様が立ち上がり、こちらへ歩いてくると、そっと抱き締められた。



「シェルジュ国では大変でしたね。無事戻って来てくださって嬉しいわ」



 きっとフォルト様……いえ、ショーン殿下からあちらでの出来事を聞いたのでしょう。

 心配してくださったのね。

 そっと抱き締め返す。



「はい、わたしもまた何事もなくフローレンス様にお会いすることが出来て嬉しいです。本日はお招きくださり、ありがとうございます」



 そう言えばフローレンス様がニコリと笑った。

 そうして体を離すと席を勧められる。



「さあ、お座りになって。サヴァナ様が来たら色々と聞かせてちょうだいな。ショーン様から話を聞いて、ずっとエディス様からもお話を聞きたいと思っておりましたのよ」



 控えていた公爵家の侍女が紅茶を淹れてくれる。



「ええ、もちろん」



 紅茶を一杯いただいている間に、サヴァナ様も到着した。

 そして、やはりわたしの姿を見つけると近付いてきて抱き締められた。

 わたしは椅子に座っていたので、丁度サヴァナ様の豊満なお胸が顔に当たってちょっと苦しかったけれど、それ以上に言われた言葉が嬉しかった。



「ああ、良かった! ライリーから聞いて知っていたけれど、可愛い義妹が無事な姿を見て安心したわ!」



 まだ婚姻前だけど、義妹と呼んでいただけるなんて思っていなかったので嬉しい驚きだった。

 その後、すぐに解放されて、ぱたぱたと全身を確かめられる。

 そして怪我がないことに満足した様子でサヴァナ様は何度も頷いた。

 フローレンス様はその様子を見てクスクスと笑っていらした。

 サヴァナ様はその小さな笑いに場所を思い出したのか、照れ臭そうにフローレンス様に御挨拶をなさっていた。

 クラリス様にもお会いしたいけれど、王女殿下は今日は来られないことが最初から決まっていたそうだ。

 新しい紅茶を侍女が淹れ直してくれる。



「残念ね、クラリス様の御予定が合えば良かったのだけれど……」

「仕方ありませんわ。今日は王妃様と共に孤児院を訪問されていらっしゃるそうですから」



 まだ十二歳でいらっしゃるのに、もう御公務をされていて本当にクラリス様は素晴らしい方ね。

 ミーシャ様もきっとそう遠くない未来、クラリス様のように御公務に出られるのでしょう。



「それではエディスさん、シェルジュ国までの旅のお話と、あちらでのお話を聞かせてくださいませ」

「そうよ、もしかしたら続編が書けるかもしれないわ」

「まあ、そうなったら友の会の皆さんも喜ぶでしょう。何せウィンターズ様とエディス様のお話は今一番人気ですものね」



 二人の目がキラリと光る。

 それすら懐かしい気持ちになった。

 そう、こうやってお二人に、時にはクラリス様も含めた三人に話をねだられてお喋りに花が咲く。

 この楽しい時間がわたしも大好きなのだ。



「では旅を始めたところからお話させていただきますね」



 キラキラと輝く二対の瞳に見つめられながら、わたしはこの一月にあった出来事を話していくのだった。







* * * * *








 あまり詳しく話せない部分もあったけれど、この一月の出来事を話し終える。

 お二人が夢中になって聞いてくださるのでわたしもつい話に熱が入ってしまった。

 喉を潤すために紅茶を飲む。



「近くにいるのになかなか触れ合えない。でも心はお互いに向いていて、自然と互いを見て、意識してしまう。触れ合いたいと願ってしまう……」



 サヴァナ様が何か思いついたのかガリガリと凄い速さで手元の本に何やら書き込んでいる。

 その横でフローレンス様が頬に手を当てて言う。



「一緒にいられる時間があまりに短いのは嫌ね」

「そうですね、少し寂しかったです。でもだからこそ一緒にいられる時間を大事にすることが出来ましたし、離れている分、お互いのことを考えてしまいました。その度に『ああ、わたしはこんなにライリーが好きなのね』と思いましたわ」

「まあ! 愛の再確認ね! それって離れているからこそお互いに焦がれていたということかしら?」

「ええ、わたしはそうでした」



 そう答えればフローレンス様が頬を染めて「何となく分かりますわ」と呟いた。



「私もショーン様がお忙しいことが多くて、近くにいるのになかなかお会い出来ないとついショーン様のことばかり考えてしまいますの。そうすると、こう、胸がギューッと苦しくなって、切なくて、次にお会いする時は凄く嬉しくなりますわね」

「ええ、そうなのです。時間に制約があるからこそ、会える時間を大切にしたいと思いますし、喜びも大きいのです」

「なるほど、それは良いネタだわ」



 フローレンス様とわたしの会話を聞いて、サヴァナ様の手元が更に速度を上げて文字を綴る。

 小説を書かれている時にもこのような感じなのかしら?

 勢いというか、ある種の迫力があって、声をかけづらい。

 この勢いだとあの本もあっという間に書けそうね。

 そうなったらわたしとライリーを題材にした小説も続編が出るのでしょう。



「あ、そうでしたわ。本を一冊購入したいのですが、わたしとライリーを題材とした『黄金の腕に抱かれて』はまだ残っておりますか?」

「ええ、確かまだあったはずよ」

「シェルジュ国の第一王女殿下にお贈りしたいのです。今回の旅で仲良くなりまして、あの方は絵本のような恋愛物語がお好きなようなので是非ヴァローナの小説を読んでいただきたいのです」

「では後で一冊ライリーの屋敷に送るわ」

「よろしくお願いします」



 そしてこの会話の間もサヴァナ様は本に書き込み続けている。

 フローレンス様は笑って「こうなると誰も止められないのよ」とおっしゃっていた。

 時折ぶつぶつと何か呟いてはいるけれど、本当に書く手が止まらないのが凄い。



「シェルジュ国の第一王女殿下といえば、確か今年十歳になられた方でしたわよね? エルミーシャ様でしたかしら?」



 ミーシャ様は殆ど宮から出たことがないそうなのに、フローレンス様は知っていらっしゃるようだ。



「ええ、そのお方です」

「年齢もお二方とも近いですし、恋愛話がお好きならばクラリス様ともお話が合うでしょう」

「わたしも今回クラリス様にお手紙を書いたので聞いてみました。もしお許しがいただけるのであればエルミーシャ様にクラリス様のことをお話してみようと思っております」

「それに今回贈る本を気に入っていただければ、ヴァローナの本が他国へ進出する良い機会となりそうですわね」



 嬉しそうにフローレンス様が微笑む。

 友人を応援したいのか、御自分の好きなものだから広めたいのか。

 どちらにせよ本を贈ることが出来そうだ。



「エディス様、ライリーと触れ合えない時にどんな気持ちだったかもっと具体的に教えてちょうだい」



 サヴァナ様に言われてその時のことを思い出す。



「気持ち……。ええと、ちょっと寂しいような切ないような、姿が見えないと残念で、ライリーのことが気になるんです。目で追ってしまうというか。姿が見えるだけでも気持ちが明るくなって、目が合うと嬉しくて、休憩時間にライリーと話せる時間はとても楽しかったです」

「それは普段とは違うのかしら?」

「……そうですね、違うと思いますわ。普段はライリーが帰ってきて二人の時間があると分かっているから待ち遠しいと思えるのですけれど、旅の間はいつ二人の時間が取れるか分からないから、話したい、触れたいと思っても我慢することが多いのです」

「なるほど。二人でいる時間よりも、少し距離や障害があった方が恋は燃え上がるというやつね」



 うんうんと頷きながらサヴァナ様がガリガリと本に書き留めていく。

 サヴァナ様がおっしゃられるとおり、そういう部分はあったでしょう。



「ライリーもこちらのことを気にしてくれているのがずっと感じられて不安はありませんでした。その気持ちが嬉しかったんです。……きっと周りからしたら、わたしはライリーばかり見ている風に見えたでしょう」

「他の騎士や男性は全く気にならなかった?」

「ええ。騎士の方々にも気遣っていただきましたし、使節団の方ともお話しましたが、良い方々だとは思ったものの男性的な魅力は感じませんでしたわ」



 実は馬車の中にいた時も、時々ライリーが馬車の側に馬を寄せてこちらの様子を確認することがあり、その時についうっとりと眺めてしまったこともあった。

 ライリーも、ライリーの馬も雄々しくて、一人と一頭が走る姿はとても格好良かったのだ。

 わたしの中ではライリーは誰よりも優しくて、真面目で、格好良くて、でもちょっと寂しがり屋な可愛い人なのだ。



「エディス様は本当にライリーだけを見てくださって嬉しいわ。弟がこんなに愛されてると姉として安心しますわね」



 ニコリと笑顔を向けられて真顔で頷いてしまった。

 今の話を思い返して自分でも、わたしってライリーのことが大好きなのねと思ったのだ。



「ライリーは獅子の呪いを受けてから、いつもどこか自分に対して否定的だったのよね。でもエディス様と出会ってからは今の自分を以前よりももっと受け入れている感じがするわ。それって、やっぱりエディス様が毎日ライリーに愛の言葉を告げているおかげではないかと思うのよ」



 それは何となく感じていたわ。

 出会った当初はライリーは自分の外見をすごく否定していて、恐れられたり拒絶されたりすることを当たり前と諦めていたようなところがあった。

 そんな自分の外見を好きになれないというか、むしろ拒絶していたような気さえした。

 だからわたしはまずライリーの獅子の外見を褒めることを優先したのよね。

 性格も、初めて言葉を交わした時から好感が持てていたし、わたしの境遇を知って助けてくれようとした優しさや行動力もなんて素晴らしい人だろうと思った。

 周りは誰も助けてくれなかったのに、ライリーだけは躊躇わずに手を差し伸べてくれた。

 わたしはそれが純粋に嬉しかった。

 素敵な人だから落としたい。

 この人と結婚したい。

 そう思って突撃したけれど、婚約を結んで絶縁されたあの日、わたしを引き取ることを決めてくれたと知ったあの時に、多分わたしの方が落とされてしまったのね。



「わたしも、今のわたしがいるのはライリーのおかげです」

「お互いがお互いに良い影響を与えたからこそ現在がある。良い。良いわね。とっても素敵だわ!」



 また本へペンを走らせるサヴァナ様。

 勢いも凄いけれど、とても楽しそうだ。

 その後はフローレンス様とお喋りをしつつ、時折サヴァナ様の質問に答えながら、お茶会はあっという間に過ぎていった。

 そうして帰宅すると、夕食前にサヴァナ様から本が届いたのには驚いた。仕事がとても早い。

 本を持ってきた使用人に代金を持たせ、お礼のチップも持たせて帰らせた後、わたしはミーシャ様へ手紙を書いた。

 本と手紙を纏め、翌日それを送ってもらうことにした。

 ミーシャ様の反応が楽しみである。






 

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