寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

帰国

 




 あれから五日後。

 ついにわたし達は帰国することになった。

 公爵令嬢、エリュシアナ様は早々に身の回りの整理を行うと自領にある修道院へ向かったそうだ。

 御両親の公爵夫妻は贖罪のつもりか最後までエリュシアナ様の世話を焼こうとしたそうだが、それを断り、自領へ行ったらしい。

 聞くところによると、あの美しい青年従者も彼女についていったとか。

 修道院には入れないでしょうけど、併設された孤児院の下働きか何かになるのだろうか。

 あの二人には主従以上の絆があるのかもね。

 準備の整った馬車を見ながらふとそう思った。



「それでは帰るとしようか」



 フォルト様の緩い声に全員が頷いた。



「この度は御協力ありがとうございました」



 そう声をかけたのは新しく宰相に就任した男性だった。

 でもその後ろには元宰相もいた。



「これからも互いに協力し合えたらと思っております。また、我が国へお越しください」

「機会がありましたら」



 どことなく元宰相とフォルト様の笑みが黒い。

 そして元宰相がはははと笑う。



「道中無事でありますように。そしてマスグレイヴ王国の繁栄を遠くからではありますがお祈り申し上げます」

「ありがとうございます。シェルジュ王国も、そしてあなた方も息災であることを我々も遠くからではありますがお祈り申し上げます」



 そうして先に馬車に乗り込み、フォルト様とライリーと、レイス、そしてリタが乗ると、扉が閉まり、馬車が動き出す。

 ミーシャ様は見送りは許されなかったらしい。

 その代わりに今朝届いた手紙には残念な気持ちと旅の安全の祈願、帰国したら手紙を書いて欲しいなど沢山の言葉が綴られていて、わたしは温かい気持ちになった。

 あっという間に王城の敷地を出て、馬車は騎士達を伴い、街の中を抜けていく。

 すると街の人々が道の端に集まっている。



「魔獣を討伐してくれてありがとう!」

「これで安心して森に行けるよ!」

「旅の安全を願っています!」



 そう色々な人々に声をかけられる。

 騎士団は賢者ワイズマンを壊滅させた後も、王都周辺の強い魔獣を討伐していたので、民達も知っていたらしい。

 それに騎士達も小さく笑みを浮かべている。



「すごいですね……」

「ハンター達では討伐の難しい魔獣も狩ったからな」

「おかげで良い魔石が手に入ったよ〜」



 わたしの言葉にライリーとフォルト様が言う。

 討伐して得た魔石は討伐した者のものだ。

 つまり、騎士団で討伐した魔獣の魔石はマスグレイヴ王国のものとなる。

 それに報奨金も受け取ったそうだ。

 色々あったが、やはり離れるとなるとどこか寂しく感じられるのだから不思議ね。

 止まることなくわたし達は王都を出た。

 また旅の始まりである。






* * * * *







 そうしてわたし達はマスグレイヴ王国へ帰ってきた。

 帰路ではフォルト様がまた馬車に魔術をかけてくださったおかげで、行きよりも早く戻ることが出来た。

 帰りの旅の間に、新しく加わったヒューイとイリーナとは随分仲良くなれた。

 ヒューイはライリーのように体に魔獣の要素を持つ男の子で、明るく活発的ないい子だった。わたしが外見を怖がらなかったからか旅の間もよく話しかけてくれたので、楽しかった。

 イリーナはどうやらライリーのことを苦手というか、何というか、顔を合わせることを少し気まずく思っているらしい。気の強そうな女性だがやや不器用で、優しい人だった。

 この二人はまるで姉弟のようなやり取りをよくしていて、それはわたしにとってとても癒されるもので、見ていてとても和んだ。

 それから騎士団に見たこともない大柄の男性が一人増えていた。

 どうも、その人は行きの旅の途中、ヴィネラ山脈でわたし達を襲った賊の頭領だったらしい。

 何でそんな人物がと疑問になったものの、フォルト様の直属の部下になったそうで、よくレイス様とライリーと話している姿が見かけられた。

 顔立ちは厳ついが子供には優しいようでヒューイに付き合って遊んであげているとこも何度か見た。

 まあ、遊ぶというか鍛錬というか、とにかくなかなかに強い男性であることは確かだった。

 そんな心強い三人が増えたこともあって、道中で魔獣が現れてもすぐに討伐されてしまった。

 おかげで道中は穏やかなものだった。

 約一ヶ月ぶりにマスグレイヴ王国へ帰ったわたし達は、フォルト様とレイス様、ライリーは王城に向かい、わたしは一足先にお屋敷に帰ることとなった。

 お屋敷に帰ると使用人達だけでなくお母様が出迎えてくれた。



「おかえりなさい、エディス。疲れたでしょう?」



 ライリーが先んじて手紙を送ってくれて、それでお母様はわたし達が帰る日を知って、訪れてくれたそうだ。

 お母様にギュッと抱き締められる。



「ただいま戻りました、お母様。お式の準備をお任せしてしまい、申し訳ありません」

「いいのよ。それに招待状は行く前にあなた達が書いてくれていたから、私も準備を手伝うことが出来たのよ」



 旅に出る前に急いで招待客のリストを作り、それに合わせて招待状も書いたので、お母様はそれを送ってくれたり、出席する人数を元にお式の準備を色々と進めてくれていたようだ。

 招待客の席の位置、料理や花の手配、使用人の確保など非常に助かる。

 最初、わたしとライリーが考えていたお式を話したら地味過ぎると怒られたものだ。

 英雄の結婚なのだから、王族ほどではないにしろ、それなりに華やかにしなければならないのだと怒られた。



「でも帰ってきてくれて良かったわ。そろそろドレスの合わせをしたいと言われていたのよ」

「そうなのですか? もう?」

「うふふ、英雄の婚約者のドレスよ? お針子達もお店も優先してくれたんでしょうね」



 早くドレスは見たいけれど、今日は疲れているし、旅の汚れもあるから後日ね。

 お母様から体を離す。

 汚れを落としていらっしゃいと言われ、お言葉に甘えて入浴させてもらう。

 リタは荷物の片付けをして、ユナとメイドが数人がかりでわたしを磨いていく。

 お母様も待っていらっしゃるからと言っても「これからはお式に向けて日々磨いていかなければ」と返されてしまうとなかなか断れなかった。

 やはりお式の時までにはもっと綺麗になりたい。

 ライリーが見惚れるくらい美しくなりたい。

 そしてピカピカに磨かれて戻ったわたしを見て、お母様は満足そうに頷いた。



「美容に良いお茶を取り寄せたから、今日からはそれを出してもらうようにしたわ。それに毎日しっかり磨いてもらうのよ? 食事も食べすぎたりしないようにね」

「ええ、気を付けます」

「ドレスの合わせは三日後と五日後ならどちらがいいかしら?」

「三日後で大丈夫ですわ。早く見てみたいです」



 結婚式のドレスはライリーとわたし、そしてお母様とデザイナーとで話し合って決めた。

 逆にライリーの衣装はウィンターズ男爵家のお義母様とデザイナーとで決めたのである。

 あれは楽しい時間だった。

 基本的な型があるため、そこにアレンジを加えるのだけれど、特に女性のドレスはそれぞれ違う。

 男性はある程度決まっているが、女性のドレスは色も特に決まりがない。

 そのためわたしは白を注文した。

 白はデビュタント以外で着ることはない色だけれど、わたしの記憶の中で、結婚式は白じゃなければという思いが大きかった。

 ただ真っ白だと良くないので、以前着たドレスのように、白地に金糸のレースを重ねて、白だけど遠目に見るとほんのり黄色に見えるものにした。

 それに金糸は華やかなので祝いの場に着るには良いと言われ、白地に金糸のレースや刺繍をたっぷり使い、所々に宝石もあしらった豪奢なドレスに仕上がりそうだ。

 そうしてお母様はお針子達にわたし達が戻ってきたことを伝えるからと帰っていった。

 それを見送れば、今度は入れ替わるようにライリーが帰ってくる。



「おかえりなさいませ」

「ただいま。ベントリー伯爵夫人は?」

「丁度帰られたところですわ」



 そうか、式の準備を手伝ってもらったことへの礼を伝えたかった。

 ライリーがそう残念そうに言う。



「三日後にドレスを合わせるために来るそうです」

「ううむ、休みが合わないな……。仕方ない、手紙でお伝えするよ。土産もあるし。でも次に会った時にはきちんと言いたいな」

「そうですわね」



 抱き寄せられて口付ける。

 パチリと光が弾けてライリーの姿が人のものになった。

 おまけとばかりに頬へ口付けられ、くすぐったくて思わず小さく笑ってしまった。

 お屋敷に帰ってきてホッとした。

 わたしにとってはもうここが帰る場所だ。



「着替えてくる」

「食堂でお待ちしておりますわ」



 ライリーを見送り、先に食堂へ向かう。

 席についてのんびり待っていれば、私服に着替えたライリーが食堂へ入ってくる。

 席につき、二人で食事を摂る。

 こうして二人だけでゆっくりと食べるのも久しぶりな感じがして、帰ってきたという実感があった。



「エディス、手が止まってるが何か苦手なものでもあったか?」



 ライリーに問われて小さく首を振る。



「いいえ、お料理を食べたら『やっと帰ってきたのだなあ』と実感が湧きまして……」

「そうだな、長くここを離れていたから、俺も何だかホッとした」

「やはり我が家が一番ということでしょうか?」

「ああ、我が家が一番だ。帰ればエディスがいるしな。君が待っていてくれると思うと帰るのが待ち遠しくなる」



 思わず赤くなった頬を押さえると、ライリーがくつくつと笑う声がした。

 当初は奥手だったはずのライリーも、最近は随分と言葉や態度で愛情を表現してくれて嬉しいけれど、照れてしまう。

 自分から押す分には恥ずかしくないのに……。

 食事を終えて居間へ移動する。

 こうしてエスコートしてもらってお屋敷の中を移動するのも久しぶりね。

 居間の大きなソファーに二人並んで腰掛ける。



「そうだ、エルミーシャ殿下に手紙を書くなら何か
一緒に添えて贈るといい」



 ライリーの提案に嬉しくなる。



「そうですわね、お友達ですもの。何がいいかしら」

「食べ物はやめておくべきだろうな」



 確かに食べ物は王女殿下に贈るにはよろしくない。

 届くまで時間がかかるからものによっては傷むし、王族なので口に入るものはあまり贈るべきではないだろう。

 それよりも別のものが良さそうだ。

 …………あ。



「本を贈ることにしますわ」



 ライリーが首を傾げた。



「本?」

「ええ、後でサヴァナ様にお手紙を書いて確認しないと。きっと喜ばれるはずです」

「……ああ、確かにそうかもしれない」



 サヴァナ様の名前を出すとピンときたらしい。

 苦笑混じりにライリーが頷いた。

 若干方向性は違うかもしれないが、物語の恋愛が好きならばヴァローナの小説は多分気にいるだろう。

 そうなればヴァローナの小説は他国にも広まるかもしれない。

 わたし達の小説はともかく、他の小説をお借りして読ませていただいたけれど、とても面白かった。

 殆どが実際にあった出来事を基にしているせいか、読み始めると続きが気になってしまって、つい最後まで読み進めてしまうのだ。

 女性騎士と男性騎士の物語が好きだったわ。

 元々あまり気に入らなくて、会う度につい突っかかってしまう女性騎士と、それに飄々とした態度で付き合う男性騎士。二人はいつも喧嘩ばかりしていたけれど、女性騎士が政略結婚することになると、突然男性騎士が求婚してくるの。そして女性騎士もいつの間にか相手を好きになっていて求婚を受ける。婚約期間が全くないまま二人は結婚し、結婚後も二人は変わらず喧嘩をして、でも仲直りをする度に、愛を確かめ合う。そんなお話だ。

 実はライリー様の二番目のお兄様であるサディアス様とその奥様のお話らしい。

 ちなみにライリー様に聞いたところ、サディアス様は奥様との喧嘩を楽しんでいらっしゃるそうで、時々頬に真っ赤な手形がついたまま出仕することがあるそうだ。



「一応聞くが、どういう小説を贈るつもりだ?」

「ええっと、とりあえずわたし達を題材にしたものにしようかと思っております。ミーシャ様はわたし達のお話を熱心に聞かれておりましたので」

「そうか……」



 ライリーもわたしも、わたし達を題材にした小説を読んだことがある。

 サヴァナ様がプレゼントしてくださったのだ。

 一緒に最後まで読んだけれど、実際のわたし達よりも仲睦まじくて、二人で恥ずかしさに悶えた記憶はまだ新しい。

 それを言ったらサヴァナ様に「あなた達、いつもそんな感じですわよ?」と返されて驚いたものだ。



「お嫌でしたら他のものにしますが……」

「いや、大丈夫だ。エルミーシャ殿下にはそれを贈って差し上げた方が喜びそうだ」



 後ほどサヴァナ様に手紙を書こう。

 ミーシャ様へは、本が手に入ってから書いた方が良さそうね。

 恐らくサヴァナ様に言えば手に入るでしょうけれど、もし本の在庫がなければ、先に書いたものは無意味になってしまう。

 あ、でもクラリス様やフローレンス様、お父様やアーヴにもお屋敷に戻ったことを御連絡しなければいけないわね。

 国を離れていたし、クラリス様やフローレンス様にお会いしたいわ。



「それと、エリュシアナ様にお手紙を書いてもよろしいでしょうか?」



 ライリーの目元がふっと和む。



「ああ、約束していたな」



 それに頷く。

 もう二度と顔を合わせることはないだろう。

 でも、手紙のやり取りは自由だと思う。

 それにわたしは彼女がその後どのように過ごしているか、気になっていた。

 王都を離れた彼女が日々を穏やかに過ごせていますようにと願う。



「ライリーと出会ってからは色んな方々に手紙を書くことが増えて、お返事を書くのが毎回嬉しいし、とっても楽しいわ」

「君が幸せそうで俺も嬉しいよ」



 ちゅ、と頬に口付けられる。

 お返しにライリーの頬へ口付けを返しながら、わたしも思う。

 わたしの幸せはあなたが傍にいてくれることね。

 嬉しそうに細められた金色の瞳に微笑んだ。





 

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