寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
ウルグ=ネルシェイク
* * * * *
ウルグ=ネルシェイクは元騎士であった。
ガルフレンジア皇国の皇族に仕え、守護する誉れ高い近衛騎士の一員で、伯爵家の出身で、婚約者もいた。
当時はまだ生まれて一年足らずの第四皇子の近衛という立場ではあったが、不満はなかった。
順風満帆な人生を送っていた。
侯爵家の娘を妻にすれば自身の地位も上がり、いずれは皇帝か皇妃の近衛にまで上り詰めるのが夢であった。
実際、何事もなければそうなっただろう。
だが九年前、それは終わりを告げた。
シェルジュ王国、ウィランズ王国、アルステッド連合国の三国がガルフレンジア皇国に宣戦布告したのである。
理由は皇国に非があった。
ガルフレンジア皇国は秘密裏に近海の海賊達と取り引きを行なっていた。周辺国に向かう貿易船を襲わせ、そこから奪った金品を皇国へ横流しさせ、皇国がそれを周辺国へ売っていたのだ。
当時、皇国は周辺国と和平を結んでいた。
それを平然と裏切ったのである。
周辺国が怒らないわけがなかった。
そしてその事実は自国民に告げられることはなかった。
ウルグがそれを知ったのも、皇族に仕える近衛騎士という身分故で、そうでなければ知ることはなかっただろう。
九年前に始まった戦争は、三年続いた。
周辺国はまるで真綿でじわじわと首を絞めるかのごとく、皇国をゆっくりと蝕んでいった。
長く続く戦争により国民は疲弊し、周辺国との貿易が絶たれたことで食糧事情が困窮し、精神的にも国庫の事情的にも苦しい状況が続いた。
やがて他国の兵は皇都に到達し、三国の協力により、皇都はあっという間に陥落してしまった。
そして皇族のいる城へも兵が押し寄せた。
その時に城にいたのは皇帝と皇妃、そして第三皇子と第四皇子、側妃が二人であった。
武に優れた第二皇子は戦争が始まってすぐに戦地へ赴き、そして二度と帰ってくることはなかった。
皇太子である第一皇子は皇帝へ降伏するよう進言した。民を守るために首を差し出すしかないと。そして皇太子は反逆罪で牢へ入れられ、自害された。
第三皇子は幼いながらに頭が良かったが、そのせいか、この戦争には勝てないと自室に引きこもったきり出てくることはなかった。
そして城が攻め込まれた日、ウルグは皇妃より第四皇子を託された。
まだ一歳そこらの皇子は周辺国へのお披露目もされておらず、その容姿は知られていないため、逃げた先で生き延びられる可能性があったからだ。
皇族しか知らぬ秘密の通路を使い、ウルグは幼い王子と乳母、数名の近衛騎士を連れて皇都を脱出した。
それでも追っ手は振り切れなかった。
自身だけでなく他の騎士達や皇子を庇った乳母も怪我を負い、そのままでは死を待つだけであった。
ウルグは皇子の髪と衣類を使い、追っ手を引きつけ、そして皇子が死んだように見せかけた。
その間に乳母は皇子と共に逃げた。
追っ手は引いたが、騎士は半数近くを失い、周辺国に逃げることも出来ず、ウルグ達は通りかかる旅人や商人を襲い、賊として何とか生きながらえた。
騎士としての誇りはその時に砕け散った。
それでもどこかで皇子が生きている。
もしかしたら、いつの日にかガルフレンジア皇国はもう一度立ち上がれるかもしれない。
皇帝に即位した皇子の側に仕えられるかもしれない。
ウルグはその夢を捨て切れなかった。
シェルジュ国とウィランズ国の国境に身を潜めつつ、三国に侵入しては村や貴族を襲い、皇国出身者を集め、集団を大きくしていった。
ヒューイはその際に引き入れた子供だった。
家族を殺され、奴隷として売り飛ばされ、酷い扱いを受け、三国の人間に深い恨みを持っていた。
ウルグはヒューイに真実を伝えることはなかった。
伝えたところで、皇族や皇族に仕えた近衛騎士達に怒りをぶつけられては困ると考えたのだ。
そうして賊として生きた。
だが二年前、ついにウルグは皇子を見つけた。
残念なことに乳母は皇子を庇った時に受けた傷が原因で亡くなっていたが、代わりにローブを着たガイズと名乗る男が側に控えていた。
皇子は皇帝の面影が残る顔立ちに育っていた。
戦争の記憶のせいか、感情の起伏の少ない子供になっていたが、堂々とした姿は皇族らしいものであった。
「ああ、殿下、よくぞ御無事で……」
膝をつき、涙を滲ませたウルグに皇子は言った。
「あの時は僕を救い出してくれてありがとう。お前達の働きのおかげで僕はこうして生きている。そして、これから皇国の再建のために動きたいと思っている。僕に、皇族にまた仕えてはくれないだろうか?」
八つの少年にしては老齢な響きがあった。
きっと、これまで色々と苦労なさったのだろう。
ウルグはその場で皇子に剣を捧げた。
「この身この命を殿下のため、皇国のために捧げます。どうぞお好きにお使いください」
「苦労をかけるが、これからも頼む」
そのようなやり取りをしてウルグは皇子の下に入った。
皇子はローブの男と共に賢者という組織を既に立ち上げており、そこへウルグ達は吸収された。
賢者はあの戦争に参加した三国や協力した他の国々に恨みを持つ者達で構成された組織である。
頂点を皇子とし、側仕えのローブの男ガイズと近衛騎士だったウルグ、そして頭角を現しつつあった少年ヒューイ、ウィランズ国の没落した元貴族令嬢で魔術師でもあるイリーナが幹部であった。
ガイズは皇国出身でもなく、皇子への忠誠心も薄そうではあったが、それでも仕えているというのであれば構わなかった。
何より皇子がガイズを重用していた。
反対して皇子の心象を悪くしたくはなかった。
それにガイズは魔術師であり、魔石に関する知識が豊富だった。
魔獣から魔石が採れることは誰もが知っている知識であったが、魔石に自然の魔力が溜まると魔獣に変化することはウルグは知らなかった。
魔獣になる前、活性化する前の魔石。
それを集め、特殊な術式を施すと、状態を固定出来る。術式に解除の条件を指定しておけば、好きな時に好きな場所で魔獣を生み出せるようになる。
それを三国にばら撒けばどうなるか。
ヒューイはそれを最高の復讐だと喜んだ。
そしてその魔石を売ることで、賢者は潤沢な資金を手に入れることが出来、来たる日に向けて武器や防具などを買い溜めすることも出来る。
だが魔獣に転化する寸前の魔石は危険だ。
何より原石の魔石は宝石のような輝きはあまりなく、見つけ難い。
そのため、集めるには魔力を感知出来る魔術師の存在が必要不可欠である。
そうは言っても魔術師を引き入れるのは難しい。
どうするべきか悩み、そこで、ガイズが一つの提案を出した。
魔石を体に取り込むことで、魔獣の能力を手に入れる。
つまり、魔獣の能力を体に入れることで魔力を感知出来る人間を生み出す方法であった。
それは魔獣へ転化する魔石を飲み込み、ガイズが飲み込んだ者に魔力調和の術式をかけるというものだった。
魔力調和とは、本来であれば魔力が枯渇した魔術師に他の魔術師が魔力を分け与え、魔力同士が反発しないように調える魔術なのだそうだ。
それを転用すれば恐らく出来るだろう。
その話を聞いて、ウルグとヒューイは迷うことなくそれを身に受けることを選んだ。
ヒューイは単純に力が欲しかった。
ウルグは力を得ると共に皇子の手助けのために尽力したかった。
そしてガイズから渡された魔石を二人は飲んだ。
ヒューイは全身が硬い鱗のようなもので覆われ、魔力を得ることが出来た。
ウルグはクマのような外見になったが、魔力は微々たるもので、魔術を扱えるほどではなかった。
それでも魔石を集めることは出来た。
全てが上手くいってると思っていた。
マスグレイヴ王国からの騎士団も、追い返したという報告を受けていた。
だが、それは現れた。
突然感じた複数の強い魔力。
離れていても気圧される気配。
そして部下達を薙ぎ倒し、やって来たのは自分達のように魔獣の要素を持った男だった。
けれども自分達よりも圧倒的な強さがあった。
互いに魔獣の力を取り込んでいるからか、その獅子の姿をした男の強さが尋常ではないと理解出来た。
それでも負けるわけにはいかない。
ここで引くわけにはいかない。
ウルグは微かに感じる恐怖を抑え込み、獅子の男へ向かっていった。
しかし結果は惨敗だった。
こちらは本気で戦ったというのに、相手の男は半分も力を出したかどうかという手応えである。
薄れゆく意識の中、ウルグは敗北を味わった。
そして次に目を覚ますと牢の中にいた。
そして牢の外には憎いシェルジュ国の騎士がいた。
捕まったのだ。
他の者は? ガイズやヒューイは?
そして彼のお方は無事なのか?
起き上がると首と手首に重みがかかる。
首に触れようと上げた手が人間のものに戻っていることにまずは驚いた。
ガイズの話では体から魔石を排出しない限り、元に戻ることはないはずであった。
まさか気絶している間に取り出されたのか?
しかし、首に触れると硬い感触がする。
これは魔術師に使われる魔術具である。
魔力を吸い取る魔術具だ。
ならばまだ体内に魔石はあるのか。
呆然としていると足音がした。
顔を上げれば、シェルジュ国の騎士団長と、見覚えのない男が二人、そして獅子の男が牢の前で立ち止まった。
「やあやあ、御機嫌いかがかな?」
飄々とした声でくすんだ金髪の男が言う。
こんな状況で機嫌が良いはずもなし。
ふざけた調子の男をウルグは睨み上げた。
「あらら、だんまりか。まあ、いいけどね」
くすんだ金髪の男が屈み込んだ。
「君達は捕縛された。そして、これから尋問が行われ、最終的には処刑される」
「……そんなことは承知している」
「そっか〜」
それは失礼、と男の口元が弧を描く。
その表情に何故かぞっとする。
「俺は何も喋らん」
例えウルグが拷問の末に死んだとしても、皇子さえ生きていれば、また皇国は立ち上がれる。
ヒューイは皇子の居場所を知らない。
ガイズと自分が話さなければ良いのだ。
だが男は立ち上がるとからりと笑った。
「まあ、尋問するか拷問するかはこの国にお任せするよ。でも、もし答えてくれなくても僕がいるから」
「……どう言う意味だ」
「君が喋らなくても、君の記憶を僕は直接見ることが出来る。だから好きなだけ黙っているといいよ。僕は勝手に見るけどね」
男の笑みが残忍なものへと変わる。
似た笑みを見たことがあった。
ガイズがウルグ達に魔石を飲ませる前に実験だと、シェルジュ国の奴隷達に術式を施していない魔石を飲み込ませた時、魔力調和の術式をかけなかった時、似たような笑みを浮かべて奴隷達を眺めていた。
あの時の奴隷達は皆、悲惨な死を遂げた。
ある者は体内を魔獣に食い破られて死んだ。
ある者は魔力が反発し、全身から血を噴き出して死んだ。
ある者は中途半端に魔獣と融合してしまい、苦痛とおぞましさに自ら死を選んだ。
ガイズはそれらをただ眺めていた。
そしてウルグ達に安全な方法を施した。
けれども目の前の男は味方ではない。
どのような残忍な行いをされるか。
ウルグは震えそうになる体を、歯を食いしばって抑え込み、男を睨み返す。
「本当にそのような魔術があるのですか?」
騎士団長が男へ問う。
「ありますよ。お教えすることは出来ませんが」
「そうですか……」
騎士団長が少しばかり残念そうにする。
そしてくすんだ金髪の男は首を竦め、どこかおどけた口調で言う。
「でも最終手段と考えてください。この魔術はあまり繰り返し行うと対象、つまりこの男の精神に支障をきたす恐れがありますので」
「分かりました。出来うる限り、こちらで口を割らせるようにします」
「ええ、その方が良いでしょう」
くすんだ金髪の男と騎士団長のやり取りを聴きながら、食いしばった歯に力を込める。
拷問を受けても喋らないつもりではある。
騎士としての誇りはもうなくなってしまったが、それでも尊きお方への忠誠心はまだあるはずだ。
……拷問など受けたことはない。
想像は出来るが、それがどれほどの苦痛なのか想像すると心が揺れてしまいそうになる。
負けるな。俺はウルグ=ネルシェイクだ。
あのお方を助け、そして仕える、ガルフレンジア皇国の近衛騎士隊長である。
拷問などに屈するものか。
「必要になったらお呼びください。いつでも御協力いたしますよ」
そう言った男の笑みに、ウルグはブルリと体を震わせた。
これから己がどうなるのか。
皇国の誉れ高い騎士など、もうそこにはいない。
いるのは、亡国の夢に取り憑かれ、いくつかの国を敵に回した哀れな男だけであった。
* * * * *
ウルグ=ネルシェイクは元騎士であった。
ガルフレンジア皇国の皇族に仕え、守護する誉れ高い近衛騎士の一員で、伯爵家の出身で、婚約者もいた。
当時はまだ生まれて一年足らずの第四皇子の近衛という立場ではあったが、不満はなかった。
順風満帆な人生を送っていた。
侯爵家の娘を妻にすれば自身の地位も上がり、いずれは皇帝か皇妃の近衛にまで上り詰めるのが夢であった。
実際、何事もなければそうなっただろう。
だが九年前、それは終わりを告げた。
シェルジュ王国、ウィランズ王国、アルステッド連合国の三国がガルフレンジア皇国に宣戦布告したのである。
理由は皇国に非があった。
ガルフレンジア皇国は秘密裏に近海の海賊達と取り引きを行なっていた。周辺国に向かう貿易船を襲わせ、そこから奪った金品を皇国へ横流しさせ、皇国がそれを周辺国へ売っていたのだ。
当時、皇国は周辺国と和平を結んでいた。
それを平然と裏切ったのである。
周辺国が怒らないわけがなかった。
そしてその事実は自国民に告げられることはなかった。
ウルグがそれを知ったのも、皇族に仕える近衛騎士という身分故で、そうでなければ知ることはなかっただろう。
九年前に始まった戦争は、三年続いた。
周辺国はまるで真綿でじわじわと首を絞めるかのごとく、皇国をゆっくりと蝕んでいった。
長く続く戦争により国民は疲弊し、周辺国との貿易が絶たれたことで食糧事情が困窮し、精神的にも国庫の事情的にも苦しい状況が続いた。
やがて他国の兵は皇都に到達し、三国の協力により、皇都はあっという間に陥落してしまった。
そして皇族のいる城へも兵が押し寄せた。
その時に城にいたのは皇帝と皇妃、そして第三皇子と第四皇子、側妃が二人であった。
武に優れた第二皇子は戦争が始まってすぐに戦地へ赴き、そして二度と帰ってくることはなかった。
皇太子である第一皇子は皇帝へ降伏するよう進言した。民を守るために首を差し出すしかないと。そして皇太子は反逆罪で牢へ入れられ、自害された。
第三皇子は幼いながらに頭が良かったが、そのせいか、この戦争には勝てないと自室に引きこもったきり出てくることはなかった。
そして城が攻め込まれた日、ウルグは皇妃より第四皇子を託された。
まだ一歳そこらの皇子は周辺国へのお披露目もされておらず、その容姿は知られていないため、逃げた先で生き延びられる可能性があったからだ。
皇族しか知らぬ秘密の通路を使い、ウルグは幼い王子と乳母、数名の近衛騎士を連れて皇都を脱出した。
それでも追っ手は振り切れなかった。
自身だけでなく他の騎士達や皇子を庇った乳母も怪我を負い、そのままでは死を待つだけであった。
ウルグは皇子の髪と衣類を使い、追っ手を引きつけ、そして皇子が死んだように見せかけた。
その間に乳母は皇子と共に逃げた。
追っ手は引いたが、騎士は半数近くを失い、周辺国に逃げることも出来ず、ウルグ達は通りかかる旅人や商人を襲い、賊として何とか生きながらえた。
騎士としての誇りはその時に砕け散った。
それでもどこかで皇子が生きている。
もしかしたら、いつの日にかガルフレンジア皇国はもう一度立ち上がれるかもしれない。
皇帝に即位した皇子の側に仕えられるかもしれない。
ウルグはその夢を捨て切れなかった。
シェルジュ国とウィランズ国の国境に身を潜めつつ、三国に侵入しては村や貴族を襲い、皇国出身者を集め、集団を大きくしていった。
ヒューイはその際に引き入れた子供だった。
家族を殺され、奴隷として売り飛ばされ、酷い扱いを受け、三国の人間に深い恨みを持っていた。
ウルグはヒューイに真実を伝えることはなかった。
伝えたところで、皇族や皇族に仕えた近衛騎士達に怒りをぶつけられては困ると考えたのだ。
そうして賊として生きた。
だが二年前、ついにウルグは皇子を見つけた。
残念なことに乳母は皇子を庇った時に受けた傷が原因で亡くなっていたが、代わりにローブを着たガイズと名乗る男が側に控えていた。
皇子は皇帝の面影が残る顔立ちに育っていた。
戦争の記憶のせいか、感情の起伏の少ない子供になっていたが、堂々とした姿は皇族らしいものであった。
「ああ、殿下、よくぞ御無事で……」
膝をつき、涙を滲ませたウルグに皇子は言った。
「あの時は僕を救い出してくれてありがとう。お前達の働きのおかげで僕はこうして生きている。そして、これから皇国の再建のために動きたいと思っている。僕に、皇族にまた仕えてはくれないだろうか?」
八つの少年にしては老齢な響きがあった。
きっと、これまで色々と苦労なさったのだろう。
ウルグはその場で皇子に剣を捧げた。
「この身この命を殿下のため、皇国のために捧げます。どうぞお好きにお使いください」
「苦労をかけるが、これからも頼む」
そのようなやり取りをしてウルグは皇子の下に入った。
皇子はローブの男と共に賢者という組織を既に立ち上げており、そこへウルグ達は吸収された。
賢者はあの戦争に参加した三国や協力した他の国々に恨みを持つ者達で構成された組織である。
頂点を皇子とし、側仕えのローブの男ガイズと近衛騎士だったウルグ、そして頭角を現しつつあった少年ヒューイ、ウィランズ国の没落した元貴族令嬢で魔術師でもあるイリーナが幹部であった。
ガイズは皇国出身でもなく、皇子への忠誠心も薄そうではあったが、それでも仕えているというのであれば構わなかった。
何より皇子がガイズを重用していた。
反対して皇子の心象を悪くしたくはなかった。
それにガイズは魔術師であり、魔石に関する知識が豊富だった。
魔獣から魔石が採れることは誰もが知っている知識であったが、魔石に自然の魔力が溜まると魔獣に変化することはウルグは知らなかった。
魔獣になる前、活性化する前の魔石。
それを集め、特殊な術式を施すと、状態を固定出来る。術式に解除の条件を指定しておけば、好きな時に好きな場所で魔獣を生み出せるようになる。
それを三国にばら撒けばどうなるか。
ヒューイはそれを最高の復讐だと喜んだ。
そしてその魔石を売ることで、賢者は潤沢な資金を手に入れることが出来、来たる日に向けて武器や防具などを買い溜めすることも出来る。
だが魔獣に転化する寸前の魔石は危険だ。
何より原石の魔石は宝石のような輝きはあまりなく、見つけ難い。
そのため、集めるには魔力を感知出来る魔術師の存在が必要不可欠である。
そうは言っても魔術師を引き入れるのは難しい。
どうするべきか悩み、そこで、ガイズが一つの提案を出した。
魔石を体に取り込むことで、魔獣の能力を手に入れる。
つまり、魔獣の能力を体に入れることで魔力を感知出来る人間を生み出す方法であった。
それは魔獣へ転化する魔石を飲み込み、ガイズが飲み込んだ者に魔力調和の術式をかけるというものだった。
魔力調和とは、本来であれば魔力が枯渇した魔術師に他の魔術師が魔力を分け与え、魔力同士が反発しないように調える魔術なのだそうだ。
それを転用すれば恐らく出来るだろう。
その話を聞いて、ウルグとヒューイは迷うことなくそれを身に受けることを選んだ。
ヒューイは単純に力が欲しかった。
ウルグは力を得ると共に皇子の手助けのために尽力したかった。
そしてガイズから渡された魔石を二人は飲んだ。
ヒューイは全身が硬い鱗のようなもので覆われ、魔力を得ることが出来た。
ウルグはクマのような外見になったが、魔力は微々たるもので、魔術を扱えるほどではなかった。
それでも魔石を集めることは出来た。
全てが上手くいってると思っていた。
マスグレイヴ王国からの騎士団も、追い返したという報告を受けていた。
だが、それは現れた。
突然感じた複数の強い魔力。
離れていても気圧される気配。
そして部下達を薙ぎ倒し、やって来たのは自分達のように魔獣の要素を持った男だった。
けれども自分達よりも圧倒的な強さがあった。
互いに魔獣の力を取り込んでいるからか、その獅子の姿をした男の強さが尋常ではないと理解出来た。
それでも負けるわけにはいかない。
ここで引くわけにはいかない。
ウルグは微かに感じる恐怖を抑え込み、獅子の男へ向かっていった。
しかし結果は惨敗だった。
こちらは本気で戦ったというのに、相手の男は半分も力を出したかどうかという手応えである。
薄れゆく意識の中、ウルグは敗北を味わった。
そして次に目を覚ますと牢の中にいた。
そして牢の外には憎いシェルジュ国の騎士がいた。
捕まったのだ。
他の者は? ガイズやヒューイは?
そして彼のお方は無事なのか?
起き上がると首と手首に重みがかかる。
首に触れようと上げた手が人間のものに戻っていることにまずは驚いた。
ガイズの話では体から魔石を排出しない限り、元に戻ることはないはずであった。
まさか気絶している間に取り出されたのか?
しかし、首に触れると硬い感触がする。
これは魔術師に使われる魔術具である。
魔力を吸い取る魔術具だ。
ならばまだ体内に魔石はあるのか。
呆然としていると足音がした。
顔を上げれば、シェルジュ国の騎士団長と、見覚えのない男が二人、そして獅子の男が牢の前で立ち止まった。
「やあやあ、御機嫌いかがかな?」
飄々とした声でくすんだ金髪の男が言う。
こんな状況で機嫌が良いはずもなし。
ふざけた調子の男をウルグは睨み上げた。
「あらら、だんまりか。まあ、いいけどね」
くすんだ金髪の男が屈み込んだ。
「君達は捕縛された。そして、これから尋問が行われ、最終的には処刑される」
「……そんなことは承知している」
「そっか〜」
それは失礼、と男の口元が弧を描く。
その表情に何故かぞっとする。
「俺は何も喋らん」
例えウルグが拷問の末に死んだとしても、皇子さえ生きていれば、また皇国は立ち上がれる。
ヒューイは皇子の居場所を知らない。
ガイズと自分が話さなければ良いのだ。
だが男は立ち上がるとからりと笑った。
「まあ、尋問するか拷問するかはこの国にお任せするよ。でも、もし答えてくれなくても僕がいるから」
「……どう言う意味だ」
「君が喋らなくても、君の記憶を僕は直接見ることが出来る。だから好きなだけ黙っているといいよ。僕は勝手に見るけどね」
男の笑みが残忍なものへと変わる。
似た笑みを見たことがあった。
ガイズがウルグ達に魔石を飲ませる前に実験だと、シェルジュ国の奴隷達に術式を施していない魔石を飲み込ませた時、魔力調和の術式をかけなかった時、似たような笑みを浮かべて奴隷達を眺めていた。
あの時の奴隷達は皆、悲惨な死を遂げた。
ある者は体内を魔獣に食い破られて死んだ。
ある者は魔力が反発し、全身から血を噴き出して死んだ。
ある者は中途半端に魔獣と融合してしまい、苦痛とおぞましさに自ら死を選んだ。
ガイズはそれらをただ眺めていた。
そしてウルグ達に安全な方法を施した。
けれども目の前の男は味方ではない。
どのような残忍な行いをされるか。
ウルグは震えそうになる体を、歯を食いしばって抑え込み、男を睨み返す。
「本当にそのような魔術があるのですか?」
騎士団長が男へ問う。
「ありますよ。お教えすることは出来ませんが」
「そうですか……」
騎士団長が少しばかり残念そうにする。
そしてくすんだ金髪の男は首を竦め、どこかおどけた口調で言う。
「でも最終手段と考えてください。この魔術はあまり繰り返し行うと対象、つまりこの男の精神に支障をきたす恐れがありますので」
「分かりました。出来うる限り、こちらで口を割らせるようにします」
「ええ、その方が良いでしょう」
くすんだ金髪の男と騎士団長のやり取りを聴きながら、食いしばった歯に力を込める。
拷問を受けても喋らないつもりではある。
騎士としての誇りはもうなくなってしまったが、それでも尊きお方への忠誠心はまだあるはずだ。
……拷問など受けたことはない。
想像は出来るが、それがどれほどの苦痛なのか想像すると心が揺れてしまいそうになる。
負けるな。俺はウルグ=ネルシェイクだ。
あのお方を助け、そして仕える、ガルフレンジア皇国の近衛騎士隊長である。
拷問などに屈するものか。
「必要になったらお呼びください。いつでも御協力いたしますよ」
そう言った男の笑みに、ウルグはブルリと体を震わせた。
これから己がどうなるのか。
皇国の誉れ高い騎士など、もうそこにはいない。
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