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寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

賢者(3)

 




 ライリー達が出掛けた後。

 エディスは自室で静かに過ごしていた。

 廊下にはマスグレイヴ国の騎士達が立ってくれているし、室内にはシーリスとクウェント達もいる。

 だが、しばらくすると外から扉が叩かれた。

 リタが対応し、眉を寄せて戻ってくる。



「宰相閣下と使節団のアルブレド様がエディス様とお話をしたいそうです」

「アルブレド様はともかく宰相様が?」

「お茶の支度もさせているのでよろしければ是非、とのことだそうですが……」



 アルブレド様は一度話ししたけれど、宰相の方は昨日の夕食時に挨拶を交わした程度である。

 それにライリー達がいないタイミングというのも少々怪しい。

 でも残念ながら断る理由もない。

 立場的に、わたしはお客様だけれど、地位で言えばあちらの方が上だ。



「行くので準備をお願いしてもいい?」

「かしこまりました」



 リタが使いの者に待つよう告げる。

 そうしてエディスはドレスをもう少し華美なものへ着替え、髪を整え、化粧を直して身支度を整える。

 部屋を出れば使いの者が立ち上がって出迎える。

 しかし三十分以上待たされた使いの男性はどことなく不機嫌そうというか、苛立った様子が見受けられた。



「お待たせして申し訳ありません」

「いえ」



 わたしの言葉に短い返事をして、使いの男性は案内をするために部屋を出た。

 リタとシーリス、騎士を二人連れてついて行く。

 チラと一度こちらを振り向いた使いの男性が僅かに眉を寄せたものの、黙って歩き続ける。

 広い廊下を右へ左へ階段を上がる。

 ……随分と歩いたけれどまだかしら?

 ついには外へと出てしまった。



「まだ着かないのかしら?」



 わたしの問いに男性が答える。



「お二方は庭園にてお待ちしております」

「そう……」



 まあ、男性二人が相手なのだから、外から見える場所というのはありがたいのだけれど。

 そういう場所であればあらぬ疑いをかけられることもない。

 庭園へと続く道を進み、バラのアーチを潜る。

 視界がアーチと低木の壁で遮られた瞬間、バチィンと何かの弾かれる音が響き渡った。

 わたしの周りに金色の膜が出来ている。

 即座にリタがわたしを抱き寄せ、シーリスが前に、騎士達が後ろに立つと剣を抜いた。

 使いの男性が舌打ちを零す。



「ちっ、魔術具か!」



 そして胸元から小さなナイフを取り出すと投げつけられたが、それは膜によって弾かれる。

 アーチや低木の陰から使用人の姿をした男達が数人、姿を現した。



「大人しく我々と来てもらおう」



 使いの男性の言葉に笑う。

 素直についていくわけがないでしょう。



「お断りしますわ。こんな無粋なお誘いをされても嬉しくありませんもの」

「……やれ」



 わたしの言葉に苛立ちを募らせたらしい。

 平坦な声であったが、眉を顰めた表情は明らかに不機嫌なものだ。

 ジリジリと男達が間合いを詰めてくる。

 シーリスも騎士達も剣を構えて油断なく見据えている。

 男の一人が動き出した。

 剣を振り上げるとシーリスへ切りかかる。

 だがシーリスがその剣を左へいなし、男の体勢が崩れたところに蹴りを叩き込む。

 蹴り出された男が別の男にぶつかった。

 そしてシーリスはその男達へ手を翳す。



「バースト!」



 シーリスの言葉に呼応するように男達が後方へ吹き飛んだ。

 後ろから襲いかかってきた男達には二人の騎士が応戦している。

 わたしとリタは金色の膜の中でジッとするしかない。下手に動けば護衛達の邪魔にもなるし、護衛対象が混乱して逃げ出すと護衛達はきちんと守れないのだと聞いていた。

 それにショーン殿下の魔術具は信頼出来る。

 この膜がある限り、わたし達は害されない。

 すぐ目の前で行われる切り合いは恐ろしいが、リタの体温がわたしの気を落ち着けてくれる。

 見たところシーリス達の方が優勢のようだ。

 それに焦ったのか男の一人が何かを取り出した。

 指を噛み、何やらそれに指を擦りつけている。



「下がれ!」



 使いの男性の声に他の者達が一斉に後退する。

 そして何かがこちらへ投げつけられた。

 ……あれは宝石? いえ、魔石だわ!!

 不気味な赤黒い光は見覚えがあった。



「活性化した魔石よ!!」

「っ!! 魔獣が来るぞ!!」



 わたしが指差せばシーリスが声を上げる。

 騎士達の表情が変わった。

 リタが頭上へ手を掲げる。

 その口から詠唱が流れ、手の平から火球が飛んでいき、上空で大きな音と火を飛び散らせながら爆ぜた。

 遠くで騒めきが聞こえ、使いの男性達は顔を見合わせると低木の向こうに逃げていった。

 そして放られた魔石が地面を一度跳ね、二度目に地面へ落ちると赤黒い光が一気に膨らみ、形を成した。



「ベアウルフ……」



 赤黒い光の中から生まれた魔獣にシーリスが呟く。

 その表情は苦虫を噛み潰したようだった。

 魔獣は黒に近い深紅の毛並みを持った大柄な狼だった。爪も牙も鋭く、大きく、がっしりとした体躯は確かにクマと見間違えてもおかしくないほどである。

 ベアウルフは目の前にいるわたし達を見た。

 グルルル、と唸り、跳躍する。

 シーリスが剣を構え、襲いかかるベアウルフに対峙する。

 その巨体からは想像もつかない素早さで駆けてきたベアウルフがシーリスに噛み付こうとし、それをシーリスは剣で受け止める。

 ベアウルフは全長が三メートル近くあり、シーリスがジリジリと押されている。

 今にもその剣は折れてしまいそうだ。

 剣に噛み付くベアウルフを横から騎士の一人が切りつけたが、硬い毛並みに邪魔されて、殆ど傷を負わせられなかった。

 しかもそれに気付いたベアウルフが長い尾を振り回したものだから、騎士は後退するしかない。

 リタが詠唱を口にし、シーリスの体が淡く光る。

 すると、それまで力負けしていたシーリスが、ぐぐっとベアウルフの押しを押さえ込んだ。

 騒めきが近付いて来る。



「魔獣だ!」

「ベアウルフが出たぞ!!」



 王城を守護する騎士達が気付いたようだ。

 その声を皮切りに人の気配が集まってくる。



「エディス様、お下がりください!」



 シーリスの指示に頷いた。

 これだけ騎士達がいれば先ほどの者達が戻ってきても迂闊に手は出せないだろう。



「ええ、あなた達も気を付けて!」



 リタとともに下がりながら言えば、シーリスと騎士二人が「はい!」と返事をする。

 そして集まってきた他の騎士達も合流した。

 他にもわたし達を守るように騎士達が周りを固め、後方から二人の人影がやってきた。



「ベントリー伯爵令嬢、大丈夫ですか?」



 一人は使節団のアルブレド様。

 そしてもう一人は宰相だった。



「お怪我はないようですな。いや、何より」



 けれどリタが警戒するようにわたしの前に立つ。

 わたしも二人の言葉を素直に受け取れなかった。

 警戒するわたし達にアルブレド様と宰相は視線を合わせ、そして小さく頭を下げた。



「申し訳ない。あなたを囮として使わせていただきました。王城に賢者ワイズマンの手の者が入り込んでいたのは気付いていたのです」

「ノイマン殿は何も悪くない。これは私が言い出した案ですよ。ベントリー伯爵令嬢に何も知らせず、囮にしようと。……令嬢には恐ろしい思いをさせて申し訳なかった」

「先ほどあなたを襲った者達は捕らえました」



 周囲に聞こえない程度の小声ではあったが、二人の言葉にわたしはなるほどと思った。

 わたしを餌におびき出したのか。

 ライリー達の弱点はわたしだもの。

 それに他国から来た令嬢が、王城で攫われたとなれば国同士の問題になる。

 そうなればシェルジュ国は令嬢を取り戻すために賢者の言うことを聞くしかない。

 それを阻止するには、わたしを攫いに来る者達を捕縛し、計画を止める必要があった。



「何故教えてくださらなかったのですか」



 そうすれば少しは覚悟が出来た。

 宰相が初めて申し訳なさそうな顔をした。



「話していたらあなたは今よりもっと警戒したはずだ。それでは向こうにこちらの考えがバレてしまう」

「敵を欺くならまずは味方から、と?」

「うむ……」



 歯切れ悪く宰相は曖昧に頷いた。

 確かに話を聞かされたらわたしは使いの男性について行かなかったかもしれない。

 他国の者であるわたしが協力しない可能性もある。

 ……それにしたって酷い話だ。

 歓声が聞こえ、振り返ればシーリスがベアウルフの口に剣を突き刺しているところであった。

 少々怪我はあるが、シーリスも騎士達も無事のようでホッと胸を撫で下ろす。

 そして顔を戻してアルブレド様と宰相を見る。



「事情は分かりました。この件はフォルト様とライリー様にも後ほど御説明してくださいませ。どうなさるかはお二人にお任せいたします」

「はい、分かりました」

「そのようにいたしましょう」



 多分、ライリーは凄く怒るでしょうね。

 わたしも正直に言ってあまり良い気分ではない。

 わたしだけでなく、リタやシーリス、騎士達も危険に晒すことになったのだ。

 でもここでこの二人を罵倒したところで良いことなど何一つない。

 フォルト様に対応を任せたほうがいいだろう。

 わたしはカーテシーを行うとお二方から離れ、シーリスと騎士達の下へ戻る。



「皆さん、大丈夫ですか?」



 魔獣から剣を引き抜いたシーリスが振り向く。



「エディス様。ええ、この通り」



 他二人の騎士も笑みを見せた。



「こんな魔獣、我々の敵ではありません」

「隊長のしごきの方がずっときついですからね」

「まあ」



 冗談も口に出来るなら大丈夫だろう。

 魔獣のことはシェルジュ国の騎士達に任せて、わたし達は部屋へ戻ることにした。

 ユナとクウェントが出迎え、シーリス達の手当てをしてもらいながら、わたしは事情を説明した。

 するとユナが烈火のごとく怒り、それこそ部屋を飛び出していきそうな勢いだったのを、シーリスが押し留めてくれた。



「何ですかそれ! お客様を囮にするなんてありえません! 最低です!!」



 ユナの怒る姿を見ているうちに、わたしの中にあった不愉快な気持ちは和らいでいった。

 こうしてわたしのために怒ってくれる人がいるというのは幸せなことだ。



「ユナ、怒ってくれてありがとう。シーリス達も守ってくれてありがとう。あなた達のおかげでわたしは無事だったわ」



 シーリスや騎士達がにこりと笑う。



「それが我々の役目ですから」



 そう言った彼らは自信に満ち溢れていた。

 彼ら無事で本当に良かった。

 そのように思っていると廊下の方から騒がしい足音が聞こえてきて、部屋の前で止まったのが分かった。

 全員が扉を注視する中、ノックが響く。

 急かすような音にユナが出た。

 そしてすぐに扉を開けた。



「エディス!」



 黄金色の毛並みが視界に飛び込んできて、思わずわたしはソファーから立ち上がっていた。



「ライリー!」



 真っ白な騎士服へ勢いよく抱き付いても大柄な体躯はビクともせず、わたしを受け止めてくれる。

 背中に回された太い腕の感触に、体の力が抜ける。

 今になって恐怖が足元から這い上がってきて、抱き着いたまま泣いてしまった。

 そのまま寄りかかったわたしをライリーはしっかりと抱きかかえ、顔を寄せた。

 頭や頬、首下などに鼻先が寄せられる。

 わたしは泣きながらそれを甘んじて受けた。



「無事のようだな。……良かった」



 わたしが怪我をしていないことを確認すると、ライリーも肩の力を抜いた。

 そうしてわたしを抱き上げるとソファーへ座る。

 膝の上へ下ろされて、横向きに座った。



「……もう、賢者の方はよろしいのですか?」



 ハンカチで涙を拭われ、少し落ち着く。



「ああ、あちらは終わらせてきた。それよりも何があった? シーリス達の装備が少し傷付いている」

「それなんですが……」



 ライリーの膝の上に抱えられたまま話をする。

 宰相とアルブレド様の名を出されて呼ばれたこと。

 使いの者について行ったら庭園に出たこと。

 実はその使いの者が賢者の手の者だったこと。

 襲われ、活性化した魔石を使用されたこと。

 魔獣はシーリス達が倒し、わたし達を襲った者達は捕まったらしいこと。

 どうやら宰相とアルブレド様がわたしを囮に使ったこと。

 それらを話し終えるとライリーの毛並みが怒りに逆立っていた。



「囮だと? しかもすぐに助けに入らなかった? そのようなことを考えるとは……」



 グルルル、と唸り声をライリーはあげる。



「後ほど宰相様とアルブレド様から御説明があると思います。どうなさるかはフォルト様と御相談ください」



 ライリーの目が細められる。



「君はいいのか」

「不愉快に感じましたし、怖かったですが、わたしが言うよりもフォルト様やライリー様から抗議していただいた方が恐らく効果的ですもの」

「そうか。……分かった、フォルト殿ときちんと話し合い、それ相応の対応をしよう」



 頬に鼻ごと口先を押し当てられる。

 わたしはライリーの首に腕を回して抱き着いた。

 ライリーは黙ってしばらくの間、わたしの好きにさせてくれたので、遠慮なく抱き締めさせてもらう。

 久しぶりに思い切りライリーのモフモフを堪能したことで、精神的な疲労も和らいだ気がする。

 後でユナとリタにお化粧を直してもらい、その日は宰相からの食事の誘いを断り、ライリーと共にわたしの部屋で食事を摂った。

 早くマスグレイヴ王国へ帰りたいわ。





 

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