話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

シェルジュ国(1)

 




 翌日、わたし達はシーランの街を出発した。

 同時にシェルジュ国へ入国し、いくつかの村や街を経由して、王都へはシーランから四日かかった。

 その間は魔獣や盗賊に襲われることもなく、穏やかで平和な旅だった。

 街や村ではわたし達は大人数で少々目立ったが、貴族の旅だと説明すれば納得された。

 ハンターや傭兵のふりをする騎士達は何だかのびのびとしていて、普段は騎士らしく気を張っていたのだなあとちょっとした発見もあった。

 傭兵のふりをするライリーもいつもより粗雑な感じがして、少しドキリとしたのは秘密ね。

 王都へ着いたのは昼過ぎ頃で、入るために門で二時間ほど並んだ。さすがに王都だけあって入る前から人が多い。

 王都の中も人が多く、馬車はゆったりと大通りを通って進んでいった。

 既に使節団は王都に到着しているはずだ。

 わたし達は宿を取り、王城へ手紙を送ると、そこで一晩泊まることになった。

 明日からは皆、騎士に戻る。

 夕食を宿の自室で摂った後、明日の服装についてリタ達と話していると、部屋の扉が叩かれた。

 ユナが来客を確認する。



「フォルト様、レイス様、旦那様がいらっしゃいましたが、どうなさいますか?」

「……お通しして」



 手で軽く髪とドレスを整えて言う。

 ユナが三人を部屋へ招き入れた。



「遅い時間にすまない」



 入室したライリーに開口一番謝られたので、わたしは首を振って大丈夫だと伝える。



「いいえ、ライリーならいつでも大歓迎ですわ」



 ソファーから立ち上がって、歩み寄り、その頬へ小さく口付けた。

 するとライリーが嬉しそうに目を細めて同じように頬に口付けが返される。



「本当仲が良いねえ」



 お邪魔するよ、とライリーの後ろからフォルト様とレイス様が入ってくる。

 リタとユナが紅茶の用意をする。

 座る場所が足りないため、フォルト様にソファーを譲り、わたしとライリーはベッドへ腰かける。

 レイス様は「この方が楽ですので」とソファーの後ろに佇んでいる。



「それで、どのような御用件でしょう?」



 リタ達の淹れてくれた紅茶を飲み、問う。



「明日についてちょっとね。朝食後、服装を戻したら登城する。そうして国王陛下へ謁見する前にエディス嬢はライリーの姿を獅子にして、謁見、その後は王城でお世話になる。ここまでは知ってるよね?」

「はい、そのように伺っております」



 賢者ワイズマンの件が片付くまでは王城に逗留し、それが済めばマスグレイヴ王国へ帰還する。

 そしてわたしは安全のためにも王城から、もっと言えば、あてがわれた部屋から極力出るべきではないだろう。

 わたしはリタとユナ、二人の護衛と留守番だ。



「僕達は速やかに事に当たると思う。早ければ明日、遅くとも明後日には出る。その間はエディス嬢は気を付けてほしい。もしかしたら王城の中にまで賢者の手の者がいる可能性もあるし、忍び込んでくるかもしれない」

「分かりました」



 フォルト様の言葉にライリーがわたしを抱き寄せた。

 どこか心配そうな気配を感じ、ライリーを見上げれば、とろけそうな金色の瞳と視線が絡む。

 そんなに心配しないでと気持ちを込めながら膝に手を置けば、金色の瞳が僅かに揺れ、一度瞬いた。

 強い光を宿したそれに微笑み返す。



「僕達の一番の弱点はエディス嬢だ。……僕が渡した魔術具はつけて来てるよね?」

「ええ、つけております」



 と、言いますか、外れないですよね。

 フォルト様がうんと頷いた。



「それなら誘拐とかの方面では心配いらないかな。一応、出される食べ物も侍女に毒味をしてもらって」



 思わずリタとユナを見遣った。



「毒味、ですか……」

「その魔術具は魔法や物理攻撃は防げるけど、毒までは防げない。もしエディス嬢が毒を盛られて、賢者しか解毒薬を持っていない状況になったら、さすがのライリーも手も足も出ないからね」



 リタとユナが同意するように頷いている。

 でも二人に毒味をさせて、もし毒が入っていたら、それはつまり、どちらかが死ぬかもしれないということだ。

 しかし二人は笑っていた。



「私共はエディス様の侍女となる際にそのようなことも考慮した上で選ばれております。そして私共も覚悟して侍女の仕事をお受けしております」

「でも私もリタさんも身体は頑丈なので大丈夫です。少量の毒くらいへっちゃらですよ」



 リタとユナは気負った様子もなく言った。

 ライリーを見上げれば、頷かれる。



「英雄の婚約者もしくは妻は色々な方面から狙われる可能性が高い。だから侍女には護衛だけでなく毒味も行える者を選出している」

「……そうでしたのね」



 二人共わたしにとても良くしてくれる。

 それなのに命まで懸けていただなんて。

 わたしはリタとユナに頭を下げる。



「リタ、ユナ、ありがとう。きっと、今までも気付かないところで二人に沢山助けてもらっていたのでしょう。……本当は毒味なんてやめてほしいし、二人を危険に晒すなんて想像するだけでとても怖い……」



 どちらかがいない生活なんて想像も出来ない。

 それくらい、わたしにとって二人は大切で、大好きで、何というか、年の離れた姉のように感じている。

 考えただけで手が震えてしまう。



「私達は鼻が利くので毒が入っていたら口にする前に分かります! エディス様が心配されるようなことはまずありません!」



 ユナが身を乗り出すように言う。

 横でリタが小さく息を吐き、そして頷いた。



「失礼ながら、エディス様よりは毒に詳しい自信がございます。もしエディス様の気付かない毒が入っておりましても、私共であれば分かります」

「ですから御心配なさらないでください!」



 二人の言葉に頷くことも出来ないわたしの肩をライリーが抱き寄せた。

 フォルト様がわたしへ言う。



「エディス嬢には少々酷な話かもしれないけどね、君は我が国の重要な人物の一人になったんだ。その点を理解してほしい」

「っ、はい……。……リタ、ユナ、申し訳ないけれど、よろしくお願いします……」



 二人はにこやかに返事をする。

 それを見て胸が痛んだ。

 頭で理解するのと心が納得するのは違うのね。

 フォルト様に言われてしまえば、二人に毒味をやめるようにはもう言えない。



「さて、それともう一つ。賢者の件が終わったら、僕達は出来る限り早く国へ戻るつもりだから、いつでも帰れるようにしておいて」

「そんなに急ぐ理由をお聞きしても?」

「英雄の不在が大々的に広がる前に帰りたいのと、シェルジュ国が英雄を引き留めようとする可能性があるから、ややこしくなる前に離れたい」



 英雄ライリーを引き留める?

 小首を傾げればフォルトが苦笑した。



「英雄というのはどの国でも欲しがられるものなんだ。武力があって困る国はない」



 それって、ライリーの強さ目当てってこと?

 確かに強い騎士や傭兵がいるというのは国にとって大きな利益になるでしょう。

 一騎当千とまではいかずとも、明らかに手強い者がいれば、戦争になっても相手国から攻め込まれ難くなるかもしれない。

 その点で言えば英雄ライリーは、なるほど、自国に引き込みたいと思うだろう。

 そしてマスグレイヴ国は絶対に手放さない。



「そういうことで、ライリーも色々と勧誘があるかもしれないけど頑張って」



 ライリーが渋い顔をする。

 ……色々な勧誘?

 他国の者を引き入れようとするなら、何を餌に引き込もうとするか。

 まずは地位。それから金銭。領地とかもね。

 そしてそれらを一番容易く得られる方法。

 …………それは婚姻だ。



「絶対、公爵家や王族の姫を推してくる。エディス嬢が伯爵家の娘だから、それ以上の爵位の家の娘を出してくるだろうね」

「私は爵位目当てでエディスと結婚するわけではありません」

「分かってるよ。ベントリー伯爵家には後継者がいる。だからこそ、それを引き合いに出すはずさ」



 フォルト様が肩を竦めながら紅茶を飲む。

 わたしとライリーは顔を見合わせた。

 ライリーは地位にあまり固執しない。

 領地も自分の手に余るから要らないと言って憚らないし、爵位も、英雄という地位だけで十分だと思っているようだし、マスグレイヴ国での立場に不満はなさそうに見える。

 当の本人も困ったように眉を寄せていた。



「ライリーの性格を向こうが把握しているなら、そういったことはないと思う。だけど僕が知る限りシェルジュ国大使はライリーと関わることがなかった」

婚約者エディスがいるのに他の女性をあてがわれても……」

「そうだよねえ。正直、僕だったら婚約者の方を狙うよ。婚約者に贅沢三昧させて、婚約者の方から英雄に『この国に住みたい』と言わせて、婚約者共々懐柔して囲い込む。一度裏切った祖国にはもう戻れなくなるからね」



 それはそれで随分と性格の悪い方法だ。

 わたしだけでなくライリーも微妙な顔をしたが、レイス様は「人は一度贅沢をすると忘れられなくなりますからね」と頷いている。

 でも、わたしもそういう可能性もあるのね。

 気を付けましょう。



「まあ、とにかく気を抜かないようにね」



 フォルト様の言葉に深く頷いたのだった。





* * * * *






 翌日、朝食を摂った後。

 わたしは登城するに相応しいドレスに着替え、ライリー達も騎士服に着替えた。

 ただし一般騎士の青い服ではなく、彼らの本来の服装である白い近衛の騎士服だった。

 フォルト様とレイス様も宮廷魔術師のローブを身に纏っている。

 荷物は既に馬車に運び込んでいた。

 そのため、着替えを済ませるとわたし達はすぐさま王城へ向かうことになった。

 大きな門を越えて、広い前庭を馬車が進むと城が見えた。

 シェルジュ王国の城は、城というよりかは宮殿といったもので、高さはあまりないがとても広そうである。

 真っ白な宮殿は金と翡翠で飾られている。

 ……ちょっと目に痛いわね。

 マスグレイヴ国の城はどちらかと言えば、堅牢なイメージのもので、外観はこちらほど華やかさはない。

 内装も豪奢というほどではない。

 あちらは実用的な中に落ち着いた品がある。

 馬車が宮殿前で停まると最初にリタが降りて足元を確認し、次にフォルト様とレイス様が馬車から降り、最後に横から出てきたライリーの手を借りてわたしが降りる。

 騎士団の中で侍女を伴った貴族の令嬢は目立つ。

 それでも背筋を伸ばし、ライリーのエスコートを受けつつ、宮殿の中へ入っていく。



「ようこそお越しくださいました」



 大勢の使用人がわたし達を出迎える。

 そうして、リタやユナなどの使用人や騎士達は先に部屋へ通されるようだ。

 フォルト様、レイス様、ライリー、わたし、そして数名の騎士はこのまま謁見するそうだ。

 もちろん、いきなり謁見というわけではなく、一旦控えの間で休憩を取ってかららしい。

 ちなみに宮殿の内装は煌びやかだった。

 真っ白な壁は金や翡翠だけでなく繊細な彫刻があちらこちらに施され、柔らかなベージュ色の大理石の床には真っ赤な絨毯が敷かれているが、端は金糸が輝き、壁には絵画が、至る所には壺や石像などが飾られている。

 なるほど、宝石がよく採れる国なのだとよく分かる。

 これほど沢山の宝石を建物に使用出来るというのは凄いことだわ。

 美しい内装に圧倒されてしまう。

 使用人に案内されて控えの間に通される。

 そこも豪奢だった。

 ソファーに座ったわたし達の目の前のテーブルに紅茶や菓子、軽食などが所狭しと列べられ、メイド達が静々と下がっていった。



「羨ましいくらい豪奢だねぇ」



 フォルト様の声に同意してしまう。

 惜しげもなく使用されている宝石は一体いくらになることか想像もつかない。



「僕、他国の王城って初めて来たけど、こんなに煌びやかだとは思わなかったよ。うちの国では宝石を採れる鉱山は少ないしなあ」



 確かに王城はある程度華やかさや煌びやかさは必要だし、マスグレイヴ国の王城も美しい。

 だがシェルジュ国は宮殿自体が一つの美術品のようで、訪れる者を圧倒する美しさがあった。

 これほどの経済力があると思うと、なかなか敵には回したくない国ね。



「さあ、今のうちに」



 フォルト様に促された。

 横にいるライリーを見れば、視線が合う。

 こちらへ体を向けるとライリーは目を閉じた。

 ……すごくドキドキするわ。

 ライリーの顔に自分の顔を寄せ、ちょっと首を伸ばし、触れるだけの口付けを交わす。

 パチリと光の弾ける音がした。

 目を開ければ久しぶりに見る獅子の姿があった。

 思わずその首に抱き着いてしまった。

 ライリーも何も言わずに抱き返してくれる。

 これからシェルジュ国の国王陛下と謁見する。

 緊張というより不安が大きい。

 ライリーが大きな獅子の手でそっとわたしの背中を撫で、もふもふの口元が、そっと頬に口付ける。

 ……ああ、懐かしいもふもふ。

 それにライリーの匂いがする。

 それだけで不安が引いていった。

 もう一度ギュッと抱き着いて、体を離す。

 フォルト様やレイス様は表情を変えておらず、騎士の方達はそれとなく顔を背けていた。



「これだけ仲良いところを見たら諦めそうだけどね」



 そうなってくれたら嬉しいわね。

 ライリーと顔を見合って苦笑する。

 それから三十分ほど休んでいるとこの国の騎士らしき人がやって来た。

 どうやら呼びに来たようで、わたし達はその人について部屋を出た。

 赤い騎士服は袖や裾、マントなどが白く、金糸で更に白い部分が縁取られており、ライリーが着ているマスグレイヴ国の近衛騎士の制服とは赤と白の部分を反転させたような感じである。

 かなり地位が高いのか胸元には勲章らしきものが沢山付いていた。

 ライリーや騎士達が着ている自国の近衛騎士の服は胸元に勲章をつけることはない。

 マントを留めている肩部分の飾りにそれをつける部分があり、勲章は四角く色と模様が違うだけで、動きを阻害しないし、色も暖色で統一されていて綺麗なのだ。

 まあ、言われないと勲章に気付き難いという欠点はある。

 だが騎士ならば勲章の位置を知っているので、肩の部分を真っ先に確認すれば、大体どのくらいの地位にいるかが分かるらしい。

 ちなみにライリーの肩は複数の勲章によって淡い琥珀色から深紅まで綺麗なグラデーションが出来上がっている。
 

 

「寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く