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寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

ヴィネラ山脈(4)

 


「魔術師も生け捕りに?」



 ライリーの問いにフォルトは頷いた。



「うん、一応ね。用がなくなれば消せばいいよ」



 言いながら、戻ったフォルトは気絶している魔術師の一人を蹴り起こした。

 突然の痛みに呻きながら魔術師が目を覚ます。

 辺りを見回し、自分が捕まってしまったことに気付いた魔術師が顔を青くする。

 辺りには騎士達に討たれた仲間が転がっているのだから、その反応は真っ当なものだった。



「起きた? ちょーっと質問があるんだけど」



 フォルトを見て「ひぃっ?!」と悲鳴を上げて、後退り、後ろにあった仲間の死体に更に体を震わせる。

 魔術師は詠唱を口にしたが、何も起こらなかった。



「ああ、無理無理、魔力殆どないでしょ? そんな状態では魔術は発動できないよ〜」

「残念ながら貴方の魔力は私がいただきました」



 レイスの闇魔術は特殊なものが多い。

 魔術師達を捕らえている影もそうだが、その影に触れた者の魔力を奪い取ることが出来るらしい。

 されたことはないが、気持ちの良いものではないだろう。

 魔術師の体から力が抜ける。

 どうにもならないと理解したようだ。



「君達『賢者』って知ってる?」



 フォルトの質問に魔術師は頷いた。



「あ、ああ、知ってる……。あんたらを殺すよう依頼してきたのがそうだ。あいつらはよく俺達にこういう依頼をする」

「へえ、そうなんだ」



 フォルトが気絶しているもう一人の魔術師の上に座り込み、その魔術師が苦しそうに顔を顰めたが、フォルトは気にしなかった。

 手の中で小さな斬撃を起こして遊ぶフォルトに魔術師の目が釘付けになっている。

 あの斬撃を向けられたらと恐怖しているのが手に取るように分かった。



「じゃあ奴らとはそれなりに信頼関係があるんだね」



 その言葉に魔術師が何か希望を見出したのか、身を乗り出すと、必死に声を上げた。



「そ、そうだ! もしあいつらと何か取引をしたいっていうなら仲介出来る! あ、も、もしあいつらの拠点が知りたいなら案内してもいい!!」

「うーん、取引はしないけど、拠点の位置は知りたいかなあ」



 魔術師の表情が明るくなる。

 フォルトがニコと笑った。



「でも案内は要らない」

「え……」

「君の頭に直接訊くからね」



 立ち上がったフォルトは魔術師に歩み寄り、その頭を掴んだ。

 魔術師は咄嗟に逃げようとしたけれど、レイスの操る影がその体を固定した。

 フォルトの口から小さな詠唱が聞こえる。

 術式が浮かび上がった瞬間、魔術師の男が白眼を剥き、絶叫しかけたが、レイスの影が即座に口を塞いだためくぐもった呻き声が漏れるだけだった。

 時間にして数秒のことである。

 フォルトが魔術師の頭から手を離す。



「……うん、影が調べた賢者の拠点と一致する」



 魔術師はぐったりと地面へ倒れ込んだ。

 念のためにとフォルトはもう一人の魔術師の記憶も探ったが、間違いはないようだった。

 そして魔術師達はハンター崩れで、賢者の内情は知らず、活性化した魔石の扱い方なども知らないらしいことも分かった。

 もう必要はない。



「レイス、残りは好きにしていいよ」

「かしこまりました」



 フォルトの言葉にレイスが頷いた。

 同時に影の中に魔術師達が沈んでいく。

 何度か見たことのある光景だが、彼らがどうなるのかライリーは知らないし、興味もなかった。

 どうせ生かされる可能性の方が低いのだ。



「ライリー、そいつ連れて来て」

「はい」



 影で捕縛された大柄の男を引きずっていく。

 フォルトの前まで持ってきて、放ると、地面に倒れ込んだ衝撃で男が目を覚ました。



「ぐっ……?!」



 動けないことに気付き、男が顔を上げる。



「やあ、こんばんは。残念だけどお仲間さんはもういないよ。みんな死んだ」



 辺りに充満する血の臭いと転がっている死体に、男はチッと舌打ちを零す。

 それでもフォルトを睨み上げた。



「そうかよ。で、何で俺だけ生かした?」



 男は意外にも冷静だった。



「君には仕事をお願いしたくてね」

「オネガイ? 脅しの間違いだろ」

「そうとも言うかなあ」



 フォルトの言葉に自嘲する男だったが、自身を捕縛する影を破れないことが分かっているのか暴れはしない。



「君には『依頼は完了した』と依頼主に報告してもらいたいんだ。何度も狙われるのは鬱陶しいからね」



 男が返す。



「はっ、嫌なこった。どうせそれが済んだら俺も消されるんだろ? 後に死ぬか先に死ぬかの違いしかないなら、お前らに従う意味はねえな」



 思ったよりも潔い返答にフォルトが笑う。

 面白いものを見つけた子供みたいな表情だった。



「そうじゃないなら従うと?」

「……何考えてやがる?」



 うっそりと笑うフォルトに男が若干引いた。



「さっきの戦いを見てたんだけど、君、なかなか強いよねえ。何でハンターを辞めちゃったの?」



 その問いに男はぐっと一瞬言葉に詰まったが、小さく息を吐くと諦めた風に口を開いた。



「くだらねえことでお貴族様の怒りを買っちまったんだよ。それで依頼がなくなった。魔獣を狩っても、お貴族様に目をつけられるのに怯えて誰も買い取っちゃくれねえ」

「それで賊に?」

「まあ、そうだな」



 男の顔をまじまじと見たフォルトが頷く。



「君さ、僕に仕える気はない?」



 男が目を丸くした。

 また主人の悪い癖が出た、とライリーは思った。

 レイスがひっそりと溜め息を零す。



「正気か? 俺はお前らを殺そうとしたんだぞ?」



 もっともな言葉だった。

 それにフォルトがおどけて言う。



「僕らも君の仲間を殺したけどね」

「それに関して恨みはねえよ。殺そうとしてんだ、殺されたって文句なんか言えるか」

「いいねいいね、そういう所は好感が持てる」



 機嫌が良さそうにフォルトが頷く。

 男はまるで幽霊でも見たような顔で、ライリーへ振り返った。



「おい、こいつ頭がおかしいんじゃねえか?」

「元からこういう方だ」



 ライリーの言葉に変なものを飲み込んだみたいに、なんとも言えない様子で男はフォルトを見た。

 まあ、そう感じるのは仕方がない。

 自分を襲った者を気に入り、それどころか仕えないかと勧誘するなど、普通ならばしない。

 しかしフォルトはそういう部分があった。



「僕に仕えるなら騎士になってもらうけどね」

「こんな荒くれ者が騎士になんてなれねえだろ」

「僕の騎士には元ハンターや元暗殺者がいるよ〜」



 男の問う視線にライリーは頷き返す。

 実際、主人に仕えている騎士達は元の経歴が様々であった。元ハンター、元暗殺者、元傭兵、元旅芸人。貴族出身の騎士もいるが平民出身の騎士もいて、基本的に経歴は問わない。

 大切なのは実力と忠誠心、そして主人が気にいるかどうかだ。

 男はしばし考えた後に溜め息をまた零す。



「断ったら殺すんだろ?」

「そうだねえ」



 フォルトがのんびり頷く。

 男はしっかりと顔を上げた。



「分かった、あんたに仕える。……そうすれば、こっちの男とまた剣を交えられそうだしな」



 それにフォルトが笑った。



「僕に仕えるって言ってもライリーの部下になるわけだから、君のその望みは叶えられるよ」



 男が満足そうに笑った。

 レイスが男に近付き、治癒魔術をかける。

 それから巻きつけていた影を外した。

 男は服の袖で顔の血を拭ったが、すぐには立ち上がらなかった。



「で、俺はどうすりゃいいんですかい?」

「騎士を三人ほどハンター崩れのふりをさせるから、彼らを連れて行って、賢者に『マスグレイヴ国の騎士は国へ戻った』と報告してほしいんだ」

「その報告を終えたら合流する?」



 フォルトは首を振った。



「いや、すぐには戻らないで。時が来たらこちらから合流するから、それまでは騎士達と一緒に上手く向こうと行動を共にしてて」

「狙いは賢者か」

「そういうこと。ちなみに僕だけどね……」



 フォルトが男の耳元でこそこそと話すと、男の顔色が悪くなった。

 目を丸くしてフォルトを見やる。



「俺ぁ殺されても本当に文句は言えねぇなあ」



 フォルトの正体を知った男が苦笑する。

 ライリーもそれには内心で頷いた。

 何せ一国の王子を襲ったのだから、本来ならば殺されて当たり前なのだ。

 それが気に入ったからと王子本人が言ったために殺されずに済んだ。



「ちゃんと仕事をこなせれば騎士にもなれるし、きちんと今回分も報酬は支払うよ」

「そりゃあ豪気だ」



 忠誠心はなさそうだが、裏社会でひっそりと生きる賢者に雇われ続けるのと、一国の王子の騎士になるのとでは後者の方が断然良いに決まっている。

 しかも断れば王子を襲った犯罪者として扱われる。

 断る理由もないだろう。

 ライリーとしては少々この男は信用ならないが、戦力面で言えば、かなり向上する。

 それに久しぶりに出会った骨のある者だ。

 騎士団の中で鍛えれば更に強くなるかもしれない。

 男を既に選出していた騎士達と会わせ、いくつか打ち合わせた後に解放する。

 男の名前はルドというそうだ。

 ルド達は先に馬でシェルジュ国へ行き、任務完了の報告をする。

 こちらは使節団とは別々に入国する予定だ。

 先に使節団のみが入国し、王都へ戻る。

 その一日か二日後に騎士団が入国し、騎士と分からないような格好で王都まで向かう。

 王城へ向かう直前に着替え、騎士団として入るつもりである。

 レイスが影を操り襲撃者の死体を一ヶ所へ集めると、フォルトが土魔術で地面に大きな穴を掘り、そこへ死体を落として埋めて隠す。

 地面に広がる血の跡も土魔術で覆う。

 血の臭いは風魔術で吹き飛ばした。



「こんなものかな?」



 襲撃される前と同じ静けさが戻っていた。

 ライリーも、これなら翌朝エディスが馬車から出てきても気付かないだろうと安堵した。






* * * * *






 翌朝、目を覚ますと馬車の中はわたしだけだった。

 クッションから起き上がり、カーテンを少し上げると、やや離れた場所でリタとユナが他の騎士達と朝食の準備をしている姿が見えた。

 振り向いたユナと目が合う。

 ユナはリタに声をかけるとすぐにこちらへ来た。

 窓から離れればノックがあり、そっと扉が開けられる。



「おはようございます、エディス様」

「おはよう、ユナ」

「お支度をお手伝いいたします」



 ユナは一度外へ出て、戻ってくると濡らした布を持ってきた。

 渡されたそれは温かく、顔を拭うとさっぱりした。

 それからユナが新しいドレスを持って来てくれたので着替えて、髪を梳いてもらい、控えめに化粧をして身支度を整える。

 馬車から降りればライリーが近寄って来た。



「おはよう、エディス」

「おはよう、ライリー」



 互いに頬に口付けを送り合う。

 それからリタや騎士達にも挨拶をする。

 ライリーが椅子代わりの丸太までエスコートしてくれて、わたしはそこで待つことにした。

 見回してみたがフォルト様がいない。

 レイス様は朝食の支度を手伝っている。

 ライリーがわたしの横へ座った。



「昨夜はよく眠れたか?」

「ええ、ぐっすり。ライリーは見張りがあったでしょう? 眠くないかしら? 大丈夫なの?」

「ああ、それなりに眠れたよ」



 抱き寄せられたので顔を覗き込む。

 ……顔色は悪くなさそうね。

 ちゅ、と額に口付けられる。



「今日は夕方前には次の街に着く予定だ。そこがシェルジュ国とヴィランズ国との国境になる」

「もうヴィランズ国は終わりですのね」

「まあ、ここは端の方だしな」



 地図を思い出す。

 ヴィネラ山脈はマスグレイヴ国とシェルジュ国のあいだにあり、そのヴィネラ山脈部分はヴィランズ国の領土で両国の隙間に細長く突き出して存在する。

 ヴィランズ国の最も端の方なのだ。

 そしてここを越えればもうシェルジュ国である。



「……あら?」



 ふと周りを見て気が付いた。

 騎士達が、青い騎士服を身に纏っていない。

 それぞれが違った格好をしており、防具や帯びている剣もバラバラで統一感がない。



「騎士服は着ないのですか?」



 もうシェルジュ国に入るというのに。



「ああ、ここから先は王城近くまで騎士であることは隠して行くことになった。使節団ともここから先は別々だ。表向きは貴族の御令嬢であるエディスの護衛のハンター達という体でいるので、すまないが、そのように振る舞ってもらえるか?」

「分かりましたわ。でも人数が多過ぎません?」

「数人は先にもう出ているから、さほど怪しまれることはないだろう」



 どのような理由かは知らないが、そうしてほしいと言われれば否やはない。

 わたしは今まで通り過ごしていれば良い。

 それに使節団と別々になる方が気楽である。

 使節団の方は既に出発したそうだ。

 こちらはゆっくり街へ向かい、一日間をあけて、シェルジュ国へ入ることになるらしい。

 リタが合間に淹れてくれた紅茶を飲みながら話を聞いていると、フォルト様がやって来た。



「ふぁ……、おはよ〜」



 欠伸をしながらふらふらと丸太へ座る。

 適当に手櫛で直したのか髪が乱れていて、フォルト様に気付いたレイス様がやって来ると整え出した。

 手早く髪を梳いて一つに纏めて後ろで括る。

 それが終わるとレイス様は一度離れ、紅茶を用意して、戻って来てフォルト様へ渡す。

 フォルト様はそれを受け取ると一気に飲んだ。



「ん〜、ああ、やっと目が覚めた」



 フォルト様が起き出して来て、朝食が始まった。

 今朝は珍しくフォルト様もよく食べていた。





 

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