寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
初めての旅(7)
* * * * *
「ワイバーンだ!」
後方より響いた声にライリーは顔を上げた。
同時に空を切る音を耳が拾う。
ザアッと頭上を影が通り抜けて行った。
「止まれ!!」
ライリーの声を合図に騎士達は馬の歩調を緩め、ほぼ同時に全体が動きを止める。
通り過ぎたはずのワイバーンが戻ってくる姿が見えたため、全員が戦闘態勢をとった。
近付いて来たワイバーンは濃い緑色、体長は人とそう変わりないほどで、全身は硬そうな皮膚に覆われている。前足はないが、鋭い鉤爪のある後ろ足の蹴りと尾の攻撃は強烈なので注意が必要だ。
それだけではない。
「おっと、他にもいるみたいだ」
後ろに乗るフォルトの言葉にライリーは頷く。
ワイバーン以外にも魔力の気配がした。
「それぞれ己の配置された馬車を守れ! ワイバーンは我々が相手をする!」
ライリーの言葉に呼応する声が響く。
そしてそれを皮切りに、茂みの中から銀色がいくつも飛び出して来た。シルバーウルフの群れだ。
だが騎士達も臆することなくそれへ剣を向け、対峙し、斬り伏せていく。
馬車の守りは問題なさそうだと判断したライリーは、レイスを乗せた騎士を引き連れてワイバーンに向き直る。
ワイバーンも狙いをライリー達に定めたようだ。
ライリー達は馬から降りる。
レイスと相乗りしていた騎士が周囲を警戒する。
「レイス、ライリーに跳躍の魔術を。僕が魔術で隙を作るから、ライリーはそこをついて攻撃して」
「分かりました」
「かしこまりました」
レイスとフォルトが詠唱を口にする。
剣を抜き、走り出したライリーの足に術式が絡み、一際強く発光した。
その瞬間ライリーの体がグッと低くなる。
ほぼ同時にフォルトがワイバーンへ手を翳す。
地面が抉れ、そこから鋭い槍の形をした土がワイバーンへ何本も放たれた。
ワイバーンはグルァアアッと叫ぶと、自身も風魔術を展開し、飛んで来た槍を吹き飛ばす。
それによりワイバーンの視界が土埃で悪くなった。
ライリーの曲げられた足に力が入り、地面を踏み締め、そしてバネのように大きな体躯が飛び上がった。
十数メートルはあろうかという距離がたった一度の跳躍で詰められる。
土埃の間から突如として現れたライリーにワイバーンが慌てて距離を置こうと翼を羽ばたかせた。
「はあっ!!」
ザクッ、と音がして、微かに血飛沫が上がる。
グギャアッとワイバーンの声に痛みが混じる。
「すみません、浅いです!」
剣を持ったまま宙で一回転したライリーは軽やかに地面に着地した。
片翼の半ばを切りつけられ、ワイバーンの体が小さく傾ぐ。
そこへフォルトが構わず風魔術を繰り出した。
だが同じく風魔術で土煙は吹き飛ばされる。
「さすがに同じ手は食わないか」
土煙を押し戻されたフォルトが口に混じった土をぺっと吐き捨てながらワイバーンを睨み付ける。
ワイバーン程度、本来のライリーならば一閃で殺せるのだが、シェルジュ国に着くまでは人並みの強さを偽らなければならない。
そうなると行動も制限されてしまう。
レイスが詠唱を行い、風魔術で生み出した矢を放つ。連続で計十二本がワイバーンへ向かった。
しかし風魔術を纏った翼で弾かれてしまった。
ライリーが再度跳躍し、翼を広げたワイバーンの背後を取る。
「せいっ!!」
ずぷりと剣がワイバーンの片翼を切り取った。
ギャオゥッと声を上げたワイバーンとライリーが地面へ落ちる。
ワイバーンはほぼ墜落するような格好であったが、ライリーは地面へ手足をついて着地すると一回転して跳ね起きた。
ライリーが着地した場所をワイバーンの尾が一拍おいて襲った。
跳ね起きた勢いのままライリーがまた跳躍する。
その剣がワイバーンの片目を切り裂いた。
「地に落ちればこちらのものです」
レイスが詠唱すると黒い影がワイバーンの体の下から伸びて、落ちた体を拘束する。
グルァアアッと怒りの咆哮を上げて起き上がろうとするが、拘束する影によって動けず、もがいている。
着地したライリーが振り向きざまに太い首へ剣を滑らせた。
ピッと首に線が入ったかと思うと、そこから血が吹き出し、首が落ちる。
剣についた血を払い、鞘へ納めると、ライリーは服を叩いて汚れを払った。
「毎回これも面倒臭いねえ」
レイスが展開していた魔術を解除する。
「仕方がありません」
「じゃあ僕の風魔術でさあ、出て来る魔獣を全部スパパパーッと切ってくのはどう?」
「前にうっかりそれで魔石まで破壊してしまったのをお忘れですか?」
「うっ……」
ワイバーンの体が黒い塵へ変わっていき、その中から核であっただろう魔石を取り出した。
二人の会話を聞いたライリーは苦笑した。
別の任務で魔獣を討伐した時のことだ。
一匹一匹は強くないものの、魔獣が大量発生したことがあり、その時にもこの二人とライリーは討伐へ赴いた。
だがあまりの数の多さにフォルトが痺れを切らし、彼の最も得意な風魔術による斬撃の嵐で魔獣を討伐したことがあった。
予定よりもずっと早く魔獣の討伐は終わったが、いくつかの魔石を破壊してしまい、結局フォルトはその時の報酬が得られなかった。
おまけに父である陛下からお叱りも受けたそうだ。
その日は珍しく、見て分かるほどに落ち込んでいたのでよく覚えている。
さすがにそれで反省したのか、以降、斬撃の嵐を使っている姿を見たことがない。
「フォルト様、魔石を」
「ああ、ありがと〜」
回収した魔石をライリーはフォルトへ渡す。
他の騎士達もシルバーウルフの群れを討伐し終えたのか、回収した魔石をレイスが回収しに行っている。
報告でも誰も怪我人は出なかった。
まあ、シルバーウルフならそうだろう。
エディスの乗った馬車も、荷馬車も、使節団の馬車も特に問題はない。
使節団の雇ったハンター達も腕利きらしく、シルバーウルフ程度は相手ではなかったようだ。
隊列に乱れもなく、馬へ跨る。
「いつ魔獣が出てくるとも限らない! 皆、次の街へ着くまで気を抜くな!!」
* * * * *
その日、街に着いたのは日が落ちる頃だった。
それまでに四度ほど魔獣と出くわしたが、ライリーやフォルト様、レイス様、騎士達が全て討伐された。
最初のワイバーン以外はレッドボアやスモールラットなどの弱い魔獣ばかりだったそうで、あまり時間がかからず、ほぼ予定通り本日は済んだらしい。
馬車を降りた際に、今日一日並走してくれていた騎士達に感謝と労いの言葉をかけた。
「皆様、今日は馬車を守ってくださり、ありがとうございました。おかげでわたしも侍女達も無事街へ到着することが出来ました」
感謝の意を込めてカーテシーを行うと、騎士達も丁寧に礼を取ってくれた。
「いえ、我々は任務を遂行しただけです」
「ですが守っていただいたのは事実ですもの。初めての旅が皆様のような素晴らしい騎士と一緒で、とても心強く、頼もしいですわ」
「こちらこそ隊長の婚約者殿の護衛を任されたことを光栄に思います」
何だかライリーの部下というのが分かるわ。
皆様、ライリー同様に誠実な騎士なのでしょう。
あまり長く彼らを引き留めるわけにはいかないので、わたしはもう一度軽く会釈をして、宿へ入らせてもらう。
今回の宿で取れた部屋は表の大通りに面して、馬車や馬を移動させたり、荷物を下ろしたりといった作業を行う騎士達やライリー様と、それを指示するフォルト様とレイス様が見えた。
午後はずっと馬で駆け、魔獣を討伐し、また駆けてを繰り返していたから疲れているだろうに、微塵もそういった様子が見られない。
皆様、体力があるのね。
わたしは馬車に乗っているだけなのに疲れていて、それが何だか申し訳なく感じてしまう。
まだ旅の半分も来てないのよね。
国境の街というだけあって、この街はかなり大きく、賑わっているのがよく分かる。
見えている大通りには人が沢山歩いている。
しかもよく見れば服装や肌、髪の色が様々で、他国の人々も大勢いるのだろう。
これからやっと国を出るのに、もう他国にいるような気持ちになってきたわ。
「明後日の朝、この街を出るのよね?」
「ええ。その後はヴィネラ山脈を越えるために一晩野宿を致しますから、そのためにここできちんと準備をしていかなければなりません」
荷物を持ってきたリタが教えてくれる。
山脈ということは山が連なっているのよね?
「一晩で越えられるかしら……」
今生では山越えなんてしたことがないけれど、前のわたしは山登りをしたことがあるらしく、頭の片隅で山越えって大変そうと呟きがあった。
しかしリタはニコリと笑う。
「そこは宮廷魔術師様の出番ですよ。今日みたいに馬車を浮かせてくださるので、きっと、あっという間に越えられます。魔術師様と騎士様がいるから野宿も安心ですよ」
「野宿……」
野宿って何をすればいいのかしら?
前のわたしの記憶が頭を過る。
キャンプと言えば薪集めとかバーベキューとか、あ、テントも張らなきゃいけないわ。
あら、でもこの世界にテントはあるの?
そういえば馬車でわたし達は寝泊まりすると言われたわね。ではテントはないのかもしれない。
お料理も今のわたしはしたことがない。
そもそも野宿の食事はどんなものか。
見張りもいるわよね。
「わたしに出来るのは薪集めと見張りくらいね……」
前のわたしはそれなりに料理が出来たみたいだけれど、この世界では聞いたことのない調味料をよく使っていた。
テントだって片手で数えるほどの記憶しかない。
リタがギョッとした顔で振り返った。
「エディス様は何かなさる必要はありません」
「でも……」
「ドレス姿で茂みに分け入るのは難しいでしょう。見張りも、慣れない者がするより、騎士や護衛の皆様にお任せした方がよろしいですよ」
「…………そうね」
ちょっと上がりかけていた気分が落ちる。
そうよね、慣れない者が手伝って逆に手間を増やしてしまうことってあるものね。
それにドレスを汚したり引っ掛けて解れたりしたら、洗ったり繕ったりするのはメイドや侍女の仕事になる。
シェルジュ国へ連れて来たのはリタとユナだけ。
余計な仕事を増やして二人に迷惑をかけてしまうのはわたしとしても不本意だわ。
小さく息を吐いて窓の外を見やる。
いつの間にかライリー達の姿はなくなっていた。
* * * * *
その日の夜、わたしは熱を出した。
熱と言っても普段よりも少し高いかしら、という程度だったのだけれど、夕食のエスコートの際に気付いたライリーによって部屋へ戻された。
だるくもないし、咳もなければ喉も痛くない。くしゃみもない。多分、慣れない旅で疲れただけだ。
すぐに街のお医者様が呼ばれ、診てもらったところ、やはり疲れからくるものだった。
「初めて旅をしたり新しい土地を訪れたりした人が、ふとしたことで気が緩んで熱を出すのはよくあることですよ。昼間、魔獣を討伐しながら街道を進んで来られたのですよね? この街に到着してホッとしたら溜まっていた疲れも一緒に出てしまったのかもしれませんね」
老齢のお医者様はそう朗らかにおっしゃられた。
そうして「もし熱がこれ以上あがるようなら飲んでください」と解熱薬を置いて帰っていった。
風邪じゃなくて良かったわ。
周りにうつしたら大変だもの。
でもこれはこれで良くないわね。
「御迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません……」
ベッドに横になるわたしの傍にライリーがいる。
診察の時は背を向けていたけれど、心配してずっと傍についていてくださった。
ライリーがわたしの手をそっと握る。
「いや、大事なくて良かった。元々今回の旅は少々強行軍だったんだ。あまり外出しないエディスにとってはキツい日程だろう」
大きな手はいつもならば温かいのに、今はわたしの方が少し高いのか熱を感じない。
心配そうに見つめられ、笑い返す。
「もっと体力をつけないといけませんわね」
「そうだ、二、三日体を休めた方が……」
「明日一日休めば良くなります。それにわたし一人のために日程を遅らせるのは難しいでしょう」
ライリーが言葉に詰まる。
国同士の取り決めたものだ。多少余裕を持たせたとしても、何日もここで休むわけにはいかない。
そのことをライリーも分かっているでしょう。
「大丈夫、馬車の中でも十分休めますわ」
手を握り、もう一度大丈夫と言う。
それでもライリーは傍を離れない。
お医者様から話を聞いたのか、フォルト様とレイス様がやって来た。
フォルト様は、起き上がって困ったように笑うわたしと手を離さないライリー見て、どこかホッとした表情を浮かべた。
「エディス嬢、体調はどうだい?」
「微熱があるだけで他は何ともございません」
「そっか。明後日の出立、大丈夫そう?」
「はい、予定通りに行ってくださいませ」
わたしの言葉にフォルト様は頷いた。
「分かった。それまでよく休むようにね」
「お気遣いありがとうございます」
そうしてフォルト様とレイス様は出て行った。
ライリーはまだわたしの手を握っている。
もう片方の手でライリーの頭を撫でる。
「本当にわたしは大丈夫ですわ」
黄金色の髪はやや硬質で、でも指触りが良く、形の丸い頭をなぞるように撫でていく。
年上の男性だと分かっていてもかわいい。
「……エディスがそう言うなら信じよう」
そう顔を上げた金色の瞳にはやっぱり心配が色濃く残っていたけれど、わたしの言葉を優先してくれたようだ。
感謝と謝罪の意味を込めてその頬へ口付けた。
* * * * *
「ワイバーンだ!」
後方より響いた声にライリーは顔を上げた。
同時に空を切る音を耳が拾う。
ザアッと頭上を影が通り抜けて行った。
「止まれ!!」
ライリーの声を合図に騎士達は馬の歩調を緩め、ほぼ同時に全体が動きを止める。
通り過ぎたはずのワイバーンが戻ってくる姿が見えたため、全員が戦闘態勢をとった。
近付いて来たワイバーンは濃い緑色、体長は人とそう変わりないほどで、全身は硬そうな皮膚に覆われている。前足はないが、鋭い鉤爪のある後ろ足の蹴りと尾の攻撃は強烈なので注意が必要だ。
それだけではない。
「おっと、他にもいるみたいだ」
後ろに乗るフォルトの言葉にライリーは頷く。
ワイバーン以外にも魔力の気配がした。
「それぞれ己の配置された馬車を守れ! ワイバーンは我々が相手をする!」
ライリーの言葉に呼応する声が響く。
そしてそれを皮切りに、茂みの中から銀色がいくつも飛び出して来た。シルバーウルフの群れだ。
だが騎士達も臆することなくそれへ剣を向け、対峙し、斬り伏せていく。
馬車の守りは問題なさそうだと判断したライリーは、レイスを乗せた騎士を引き連れてワイバーンに向き直る。
ワイバーンも狙いをライリー達に定めたようだ。
ライリー達は馬から降りる。
レイスと相乗りしていた騎士が周囲を警戒する。
「レイス、ライリーに跳躍の魔術を。僕が魔術で隙を作るから、ライリーはそこをついて攻撃して」
「分かりました」
「かしこまりました」
レイスとフォルトが詠唱を口にする。
剣を抜き、走り出したライリーの足に術式が絡み、一際強く発光した。
その瞬間ライリーの体がグッと低くなる。
ほぼ同時にフォルトがワイバーンへ手を翳す。
地面が抉れ、そこから鋭い槍の形をした土がワイバーンへ何本も放たれた。
ワイバーンはグルァアアッと叫ぶと、自身も風魔術を展開し、飛んで来た槍を吹き飛ばす。
それによりワイバーンの視界が土埃で悪くなった。
ライリーの曲げられた足に力が入り、地面を踏み締め、そしてバネのように大きな体躯が飛び上がった。
十数メートルはあろうかという距離がたった一度の跳躍で詰められる。
土埃の間から突如として現れたライリーにワイバーンが慌てて距離を置こうと翼を羽ばたかせた。
「はあっ!!」
ザクッ、と音がして、微かに血飛沫が上がる。
グギャアッとワイバーンの声に痛みが混じる。
「すみません、浅いです!」
剣を持ったまま宙で一回転したライリーは軽やかに地面に着地した。
片翼の半ばを切りつけられ、ワイバーンの体が小さく傾ぐ。
そこへフォルトが構わず風魔術を繰り出した。
だが同じく風魔術で土煙は吹き飛ばされる。
「さすがに同じ手は食わないか」
土煙を押し戻されたフォルトが口に混じった土をぺっと吐き捨てながらワイバーンを睨み付ける。
ワイバーン程度、本来のライリーならば一閃で殺せるのだが、シェルジュ国に着くまでは人並みの強さを偽らなければならない。
そうなると行動も制限されてしまう。
レイスが詠唱を行い、風魔術で生み出した矢を放つ。連続で計十二本がワイバーンへ向かった。
しかし風魔術を纏った翼で弾かれてしまった。
ライリーが再度跳躍し、翼を広げたワイバーンの背後を取る。
「せいっ!!」
ずぷりと剣がワイバーンの片翼を切り取った。
ギャオゥッと声を上げたワイバーンとライリーが地面へ落ちる。
ワイバーンはほぼ墜落するような格好であったが、ライリーは地面へ手足をついて着地すると一回転して跳ね起きた。
ライリーが着地した場所をワイバーンの尾が一拍おいて襲った。
跳ね起きた勢いのままライリーがまた跳躍する。
その剣がワイバーンの片目を切り裂いた。
「地に落ちればこちらのものです」
レイスが詠唱すると黒い影がワイバーンの体の下から伸びて、落ちた体を拘束する。
グルァアアッと怒りの咆哮を上げて起き上がろうとするが、拘束する影によって動けず、もがいている。
着地したライリーが振り向きざまに太い首へ剣を滑らせた。
ピッと首に線が入ったかと思うと、そこから血が吹き出し、首が落ちる。
剣についた血を払い、鞘へ納めると、ライリーは服を叩いて汚れを払った。
「毎回これも面倒臭いねえ」
レイスが展開していた魔術を解除する。
「仕方がありません」
「じゃあ僕の風魔術でさあ、出て来る魔獣を全部スパパパーッと切ってくのはどう?」
「前にうっかりそれで魔石まで破壊してしまったのをお忘れですか?」
「うっ……」
ワイバーンの体が黒い塵へ変わっていき、その中から核であっただろう魔石を取り出した。
二人の会話を聞いたライリーは苦笑した。
別の任務で魔獣を討伐した時のことだ。
一匹一匹は強くないものの、魔獣が大量発生したことがあり、その時にもこの二人とライリーは討伐へ赴いた。
だがあまりの数の多さにフォルトが痺れを切らし、彼の最も得意な風魔術による斬撃の嵐で魔獣を討伐したことがあった。
予定よりもずっと早く魔獣の討伐は終わったが、いくつかの魔石を破壊してしまい、結局フォルトはその時の報酬が得られなかった。
おまけに父である陛下からお叱りも受けたそうだ。
その日は珍しく、見て分かるほどに落ち込んでいたのでよく覚えている。
さすがにそれで反省したのか、以降、斬撃の嵐を使っている姿を見たことがない。
「フォルト様、魔石を」
「ああ、ありがと〜」
回収した魔石をライリーはフォルトへ渡す。
他の騎士達もシルバーウルフの群れを討伐し終えたのか、回収した魔石をレイスが回収しに行っている。
報告でも誰も怪我人は出なかった。
まあ、シルバーウルフならそうだろう。
エディスの乗った馬車も、荷馬車も、使節団の馬車も特に問題はない。
使節団の雇ったハンター達も腕利きらしく、シルバーウルフ程度は相手ではなかったようだ。
隊列に乱れもなく、馬へ跨る。
「いつ魔獣が出てくるとも限らない! 皆、次の街へ着くまで気を抜くな!!」
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その日、街に着いたのは日が落ちる頃だった。
それまでに四度ほど魔獣と出くわしたが、ライリーやフォルト様、レイス様、騎士達が全て討伐された。
最初のワイバーン以外はレッドボアやスモールラットなどの弱い魔獣ばかりだったそうで、あまり時間がかからず、ほぼ予定通り本日は済んだらしい。
馬車を降りた際に、今日一日並走してくれていた騎士達に感謝と労いの言葉をかけた。
「皆様、今日は馬車を守ってくださり、ありがとうございました。おかげでわたしも侍女達も無事街へ到着することが出来ました」
感謝の意を込めてカーテシーを行うと、騎士達も丁寧に礼を取ってくれた。
「いえ、我々は任務を遂行しただけです」
「ですが守っていただいたのは事実ですもの。初めての旅が皆様のような素晴らしい騎士と一緒で、とても心強く、頼もしいですわ」
「こちらこそ隊長の婚約者殿の護衛を任されたことを光栄に思います」
何だかライリーの部下というのが分かるわ。
皆様、ライリー同様に誠実な騎士なのでしょう。
あまり長く彼らを引き留めるわけにはいかないので、わたしはもう一度軽く会釈をして、宿へ入らせてもらう。
今回の宿で取れた部屋は表の大通りに面して、馬車や馬を移動させたり、荷物を下ろしたりといった作業を行う騎士達やライリー様と、それを指示するフォルト様とレイス様が見えた。
午後はずっと馬で駆け、魔獣を討伐し、また駆けてを繰り返していたから疲れているだろうに、微塵もそういった様子が見られない。
皆様、体力があるのね。
わたしは馬車に乗っているだけなのに疲れていて、それが何だか申し訳なく感じてしまう。
まだ旅の半分も来てないのよね。
国境の街というだけあって、この街はかなり大きく、賑わっているのがよく分かる。
見えている大通りには人が沢山歩いている。
しかもよく見れば服装や肌、髪の色が様々で、他国の人々も大勢いるのだろう。
これからやっと国を出るのに、もう他国にいるような気持ちになってきたわ。
「明後日の朝、この街を出るのよね?」
「ええ。その後はヴィネラ山脈を越えるために一晩野宿を致しますから、そのためにここできちんと準備をしていかなければなりません」
荷物を持ってきたリタが教えてくれる。
山脈ということは山が連なっているのよね?
「一晩で越えられるかしら……」
今生では山越えなんてしたことがないけれど、前のわたしは山登りをしたことがあるらしく、頭の片隅で山越えって大変そうと呟きがあった。
しかしリタはニコリと笑う。
「そこは宮廷魔術師様の出番ですよ。今日みたいに馬車を浮かせてくださるので、きっと、あっという間に越えられます。魔術師様と騎士様がいるから野宿も安心ですよ」
「野宿……」
野宿って何をすればいいのかしら?
前のわたしの記憶が頭を過る。
キャンプと言えば薪集めとかバーベキューとか、あ、テントも張らなきゃいけないわ。
あら、でもこの世界にテントはあるの?
そういえば馬車でわたし達は寝泊まりすると言われたわね。ではテントはないのかもしれない。
お料理も今のわたしはしたことがない。
そもそも野宿の食事はどんなものか。
見張りもいるわよね。
「わたしに出来るのは薪集めと見張りくらいね……」
前のわたしはそれなりに料理が出来たみたいだけれど、この世界では聞いたことのない調味料をよく使っていた。
テントだって片手で数えるほどの記憶しかない。
リタがギョッとした顔で振り返った。
「エディス様は何かなさる必要はありません」
「でも……」
「ドレス姿で茂みに分け入るのは難しいでしょう。見張りも、慣れない者がするより、騎士や護衛の皆様にお任せした方がよろしいですよ」
「…………そうね」
ちょっと上がりかけていた気分が落ちる。
そうよね、慣れない者が手伝って逆に手間を増やしてしまうことってあるものね。
それにドレスを汚したり引っ掛けて解れたりしたら、洗ったり繕ったりするのはメイドや侍女の仕事になる。
シェルジュ国へ連れて来たのはリタとユナだけ。
余計な仕事を増やして二人に迷惑をかけてしまうのはわたしとしても不本意だわ。
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すぐに街のお医者様が呼ばれ、診てもらったところ、やはり疲れからくるものだった。
「初めて旅をしたり新しい土地を訪れたりした人が、ふとしたことで気が緩んで熱を出すのはよくあることですよ。昼間、魔獣を討伐しながら街道を進んで来られたのですよね? この街に到着してホッとしたら溜まっていた疲れも一緒に出てしまったのかもしれませんね」
老齢のお医者様はそう朗らかにおっしゃられた。
そうして「もし熱がこれ以上あがるようなら飲んでください」と解熱薬を置いて帰っていった。
風邪じゃなくて良かったわ。
周りにうつしたら大変だもの。
でもこれはこれで良くないわね。
「御迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません……」
ベッドに横になるわたしの傍にライリーがいる。
診察の時は背を向けていたけれど、心配してずっと傍についていてくださった。
ライリーがわたしの手をそっと握る。
「いや、大事なくて良かった。元々今回の旅は少々強行軍だったんだ。あまり外出しないエディスにとってはキツい日程だろう」
大きな手はいつもならば温かいのに、今はわたしの方が少し高いのか熱を感じない。
心配そうに見つめられ、笑い返す。
「もっと体力をつけないといけませんわね」
「そうだ、二、三日体を休めた方が……」
「明日一日休めば良くなります。それにわたし一人のために日程を遅らせるのは難しいでしょう」
ライリーが言葉に詰まる。
国同士の取り決めたものだ。多少余裕を持たせたとしても、何日もここで休むわけにはいかない。
そのことをライリーも分かっているでしょう。
「大丈夫、馬車の中でも十分休めますわ」
手を握り、もう一度大丈夫と言う。
それでもライリーは傍を離れない。
お医者様から話を聞いたのか、フォルト様とレイス様がやって来た。
フォルト様は、起き上がって困ったように笑うわたしと手を離さないライリー見て、どこかホッとした表情を浮かべた。
「エディス嬢、体調はどうだい?」
「微熱があるだけで他は何ともございません」
「そっか。明後日の出立、大丈夫そう?」
「はい、予定通りに行ってくださいませ」
わたしの言葉にフォルト様は頷いた。
「分かった。それまでよく休むようにね」
「お気遣いありがとうございます」
そうしてフォルト様とレイス様は出て行った。
ライリーはまだわたしの手を握っている。
もう片方の手でライリーの頭を撫でる。
「本当にわたしは大丈夫ですわ」
黄金色の髪はやや硬質で、でも指触りが良く、形の丸い頭をなぞるように撫でていく。
年上の男性だと分かっていてもかわいい。
「……エディスがそう言うなら信じよう」
そう顔を上げた金色の瞳にはやっぱり心配が色濃く残っていたけれど、わたしの言葉を優先してくれたようだ。
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