寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
本来の姿で
一時的にではあるものの、ライリー様が人の姿に戻れるようになった翌日。
第二王子殿下から許可をいただき、前日のうちにウィンターズ男爵家にライリー様は手紙を送った。
すると驚くほどの早さで返事が届いた。
今回ライリー様が第二王子殿下に施していただいた魔術とその効果について書いたそうで、返ってきた手紙には時間があるならば翌日是非来て欲しいと書かれていたらしい。
生憎とその日はライリー様は仕事があり、一度帰宅されてから、わたしと一緒にウィンターズ男爵家に向かうこととなった。
わたしも外出用のドレスに着替えてライリー様を待ち、帰ってきたライリー様はわたしを連れて馬車に乗り込むと即座に生家へ走らせた。
「エディス、すまないがキスを……」
申し訳なさそうに言われてわたしは微笑んだ。
「謝らないでください」
ちゅ、と黒い鼻先にキスを贈る。
するとパチチッと光が弾け、一瞬眩しくなる。
そして光が収まると昨日と同じ人の姿が現れた。ライリー様は目元に落ちてきた前髪を後ろへ撫で付ける。
「……何だか落ち着かないな」
「ふふっ、五年間も獅子の姿で過ごされていたのですから、違いに戸惑われるのも仕方ありませんわ」
「そうだな。だが嫌な気分じゃない」
ありがとう、と言いながら擦り寄られる。
感触を楽しむように、大きく筋張った手がわたしの髪を何度も撫でて梳いていく。
普段はわたしがライリー様の鬣を撫でているけれど、今はその逆だ。
時折、皮膚の硬くなった指が僅かに首を掠める。
腰を抱き寄せられ、こめかみの上辺りにキスされたのが分かった。吐息が耳に当たったのだ。
……恥ずかしい。
わたし、自分が押していくのは平気なのに、押し返されると弱いのかもしれないわ。
ライリー様は到着するまでわたしの髪の感触を飽きずに楽しんでいた。
馬車が止まり、扉が開いたのでライリー様が先に降りた。外から歓声が聞こえてくる。
差し出されたライリー様の手に自分を手を重ねて降りると、ライリー様のお父上とお母上、それから二人の男性と一人の女性が立っていた。
全員が感極まった様子でライリー様を見ている。
特に御両親は今にも抱き着かんばかりである。
「ライリー様、わたしのことよりも、先に御家族にお姿を見せて差し上げてくださいな」
そう言えばライリー様は嬉しそうに目を細めると頷き、一旦わたしの手を離して家族へ振り返った。
「ただ今戻りました」
ライリー様の言葉にお父上が勢いよく息子に抱き着き、お母上もそっと、反対側から抱き締めた。
「ライリー! ああ、我が息子よ!!」
「もう一度あなたの姿を見られる日が来るなんて……!」
御両親は泣いていた。
そうよね、獅子の呪いを受けて以降はずっと獅子の姿だったのだもの。五年間ぶりに我が子の顔を見られて嬉しいわよね。
「以前よりも顔付きが鋭くなったな」
「なんか、ちょっと獅子の面影あるよなぁ」
「男前が上がって良かったじゃないの」
男性二人と女性がからりと笑って言う。
前回来た時に家族の肖像画に一緒に描かれていた人達だ。男性二人はライリー様のお兄様、女性はお姉様ね。
それにライリー様が「だろう?」と子供みたいにニッと笑って見せ、家族で笑い合う。
思わずもらい泣きしてしまいそうになった。
邪魔をしないよう黙っていれば、ふとお兄様方の一人と目が合った。
背の高く、体格も良いウィンターズ男爵家の男性陣の中で一番細身だ。色素も明るい金髪に淡い金茶の瞳は猫目で、長い髪を後頭部で一つに纏めている。ちょっと軽薄そうな顔立ちだ。
「おお、やっとお目にかかれた。初めまして、ウィンターズ男爵家の次男サディアス=ウィンターズだ」
軽く手を上げてされた挨拶にわたしも返す。
「初めまして、ベントリー伯爵家の長女エディス=ベントリーと申します」
「へえ? 怒らねえんだ?」
「婚約者の御家族ですもの。いずれ義理のお兄様になられる方に気安く接していただけて嬉しいですわ」
からかう風に問い返されて、ニコリと笑う。
ライリー様の御家族なら、未来の家族でもある。年上の兄弟がいないので義理でも兄や姉が出来るのは嬉しい。
実はライリー様の御兄弟の方々にお会い出来るのをずっと楽しみにしていたの。
お兄様ーー……サディアス様がニヤと笑った。
「ふーん? なるほどなぁ」
「サディアス、やめろ」
ニヤニヤしながら横にいたもう一人のお兄様の肩をサディアス様が容赦なく叩き、叩かれた方は若干嫌そうにその手を払った。
そうしてもう一人のお兄様とお姉様が背筋を伸ばし、礼を取った。
「弟が申し訳ありません。改めて初めまして、ウィンターズ男爵家の長男ヘイデン=ウィンターズといいます。遅くなりましたがライリーとの婚約おめでとうございます」
「この間振りですわね、エディス様。私はサディアスの双子の妹ですの」
「そうなのですね。ベントリー伯爵家の長女エディス=ベントリーと申します。こちらこそ、ライリー様のお兄様方にお会い出来てとても嬉しいですわ」
わたしもカーテシーで返す。
ヘイデン様はお父様似で結構武骨な方ね。濃い金色の髪に同色の瞳で、ライリー様よりも僅かに背が高くて体格もがっしりしている。強面だ。
改めてサヴァナ様を見る。長身だけど細身で、お母様似。髪は柔らかな金で、瞳は金茶で猫目だ。双子というだけあって確かにサディアス様とよく似ている。
わたしは長身だという自覚があるけれど、ウィンターズ男爵家に来ると長身であることを忘れてしまいそうになる。
「ああ、エディス嬢、申し訳ありません」
「喜びのあまりつい……無作法を致しました」
ライリー様から御両親が慌てて離れる。
「いえ、お気になさらないでください。五年ぶりに家族の姿を見られたのですもの、当然ですわ」
正直、忘れられても仕方ないくらいだ。
御両親はホッとした様子で姿勢を正す。
「よろしければ中へどうぞ。この魔術はエディス様が考え出したとお聞きしています。是非、その時の様子をお聞かせください」
お父上に言われて困ってしまう。
お屋敷の中へ招かれつつ、返事をする。
「お恥ずかしながら、わたしは魔術に詳しくありません。今回の魔術も素人の意見をショーン殿下が上手に纏めて、魔術式に組み上げてくださったのですわ」
居間へ通される。
ぼそりと「また家族で肖像画を描かねば……」という呟きが聞こえてきたので、そのうちライリー様は人の姿で呼ばれるだろう。
ソファーに座ると横にはライリー様。
「だがそれがあったから出来たんだ。エディスはもっと誇ってもいいんだぞ? 欲しいものがあるなら何でも買ったっていいくらいだ」
「あら、では今度お出かけしましょう? 近くに美味しいケーキを食べられるお店があるってユナが教えてくれたのよ」
「そうか、じゃあ次の休みに行こう」
ライリー様に抱き寄せられたところで、こほんと咳払いがする。
あら、ついいつも通りに返事をしてしまったわ。
お父上とお母上は平然としていらしてるけれど、ヘイデン様は明後日の方向を見ていて、サディアス様は笑いを噛み殺しており、サヴァナ様は楽しそうにニコニコしてる。
ライリー様の御家族の前でイチャイチャするなんて恥ずかしいことをしてしまいましたわね。
「ライリー、婚約者殿と仲が良いのはいいことだが人目を気にしろ。……目のやり場に困る」
「何言ってんだよ、兄貴だって普段は義姉さんに対してデレデレしてるだろーが」
「な、し、していない!」
「しておりますわね」
ヘイデン様がサディアス様とサヴァナ様に言われて押し黙った。
あらあら、御兄弟で仲良しで大変よろしいですわね。わたしにもあんな風に気安く接していただきたいものだわ。
テーブルの上へ紅茶や軽食、お菓子などが使用人の手によって並べられていく。
勧められて紅茶を飲む。
ウィンターズ男爵家ではあまり紅茶に何かを入れないのか、全員ストレートで飲んでいる。
この紅茶はストレートが美味しいものね。
前回来た時も同じ紅茶だったので、家族でお好きな紅茶なのかしら? 全員好みが似てるって素敵だわ。
「それで、手紙で聞いたがどのくらいその姿でいられるんだ?」
お父上の問いにライリー様が答える。
「一応、私の魔力がある限りは持続します」
「では今後もずっとその姿で過ごせるのか?」
「いえ、殿下より『出来る限り獅子の姿でいて欲しい』と言われております」
「そうか。……そうだな、英雄ライリー=ウィンターズの呪いが解けたと広まれば色々と問題も出るから仕方がないか……」
御両親は残念そうにしていた。
呪いが解けたわけではないからね。
それに国のためと言われれば、責任感の強いライリー様は拒否しないもの。
そういう真面目なところも素敵だけれど。
「ライリー自身の魔力を使っているということは、ライリーが魔術をかけたのか?」
「いやいや、魔力があってもこいつ魔術は下手くそだったろ。かけたのはショーン殿下じゃねえの?」
「あら、そうなの?」
お兄様達とお姉様の問いにライリー様が頷く。
「ああ、ショーン様がかけてくださった。エディスが『俺の魔力を使用すればいい』と言ってくれたんだ」
全員の視線が向けられて、思わず笑って誤魔化した。ライリー様ったらさっきからわたしがって言ってばかりだわ。
自慢されてるのは気のせいではないわよね?
サディアス様がうんうんと頷く。
「言われてみりゃあそうだよな。呪いのおかげで魔力も馬鹿みたいにあるんだろ? それで魔術も使えてたら敵なしなのにさあ」
「俺も努力はしてみたが、元々適性がないんだ」
今度はサディアス様が残念そうに眉を寄せた。
「身体強化も魔術の一つですわよね?」
そういえばと聞けばライリー様が苦笑する。
「あれはほぼ無意識に使っているというか、獅子の体が反射的に行っているというか。感覚でやってるだけなんだ」
「あら、でしたら他の魔術も感覚で出来ませんの?」
「それはさすがにな。こう見えてあまり頭が良くないから、魔術式の組み立てや法則を覚え切れないんだ」
数学の計算式を全て覚えるようなものかしら?
いえ、それだけでないでしょうね。
魔術師と言っても専門にしているものがあるそうですし、それによって学ぶものも多岐に渡りそう。
魔術師って学者肌なのね、きっと。
「それで、どうやって姿を変えるの? いきなり変わらないように何か条件があるんでしょう?」
サヴァナ様が興味津々に聞いてくる。
それにわたしは固まってしまった。
言って良いものかしら……?
だがライリー様は平然と暴露してしまう。
「ああ、エディスとのキスが発動と終了の条件になっている」
「まあ、キスで? 愛する人のキスで呪いが解けるなんて物語みたいで素敵ね」
「実際は解けているわけではないが」
きゃあ、と小さく喜色の混じった声を上げたサヴァナ様がキラキラと輝く瞳で見つめてくる。
言葉はなかったけれど「やってみせて」と言われている気がする。
婚約者の御家族の前でするのは恥ずかしいわ。
それなのにライリー様の手が伸びてきて、わたしの頬に触れて顔を向かせると、チュッと唇にキスをされる。
パチパチっと光が弾けて一瞬眩しくなり、光が収まったそこには見慣れた獅子の姿があった。
「こうなる」
「ああ、本当に物語のようだわ……」
サヴァナ様がうっとりをわたし達を見る。
ヘイデン様はちょっと顔が赤い。
お父上とお母上は微笑ましそうに、サディアス様はちょっと呆れたような顔で、こちらを見ている。
あああ、恥ずかしい! こんな見られているのに! 御家族の前でキスなんて!! と言いますか、ライリー様ったら躊躇いなくするんですもの!! 嫌がる暇もありませんでしたわ!! まあ全く嫌じゃないんですけれど!!!
グルグルと鼻先が頬に擦り寄せられる。
もう、何でそんなに御機嫌なんですの?
わたしは恥ずかしくて居心地が悪いというのに。
……でも、拒絶出来ないのは惚れた弱みね。
鬣に触れて、顎を掻くように撫でれば、またグルルと機嫌の良さそうな唸り声が聞こえてくる。
「その条件は二人で決めたの? それともライリーがそうお願いしたの? あ、まさかエディス様が?」
興奮した様子で尋ねられてライリーが首を振る。
「ショーン様がお決めになったものだ」
「そうなの。さすがショーン殿下ですわね。英雄は愛する人の口付けで本来の姿に戻る、なんて女性の心をくすぐる条件になさるとは素晴らしいわ」
ほう、と感嘆の息を零すサヴァナ様は大人だけれど、まるで恋する乙女のように頬を染めている。
こっそりライリー様が「サヴァナ姉上は昔から恋愛小説やそういった話が大好きなんだ」と教えてくださった。
ああ、そういうことね。
わたし達って側から見たら、心は優しいが恐ろしい容姿の英雄と、そんな英雄の外見を恐れず寄り添う御令嬢の大恋愛的な感じだものね。
ごめんなさい、サヴァナ様。
実際は獣人大好きなわたしがグイグイ押しに押してライリー様に結婚を迫ったのであって、恋愛小説みたいに段々と惹かれ合って〜みたいな風ではないのよねぇ。
もちろん、一緒に暮らしていく中で外見だけでなく性格も知って、更にライリー様を好きになりましたが、最初からわたしがガツガツいっていたんです。
その辺りは黙っておいた方がいいのかしら。
前に来た時にも色々聞かれたけれど。
その後、今度は人間の姿に戻るところが見たいとお願いされて、でも獅子のライリー様からは出来ないので、わたしの方からキスすることとなった。
それにサヴァナ様が更に興奮して、しばらくの間は解放してもらえなかった。
けれど、そのおかげでウィンターズ男爵家の皆様とはかなり打ち解けられたので結果としては良かったと思うわ。
帰り際に「またお話しましょうね」というサヴァナ様のお誘いにわたしは迷わず頷き返した。
「サヴァナ姉上と話すのも良いが、俺を忘れないで欲しい」
帰りの馬車の中でそう言って抱き締めてくるライリー様についニコニコと笑みが浮かぶ。
お姉様に嫉妬しちゃうなんてかわいい。
慰めるために、わたしはその頬にキスをした。
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