寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした
結末【本編完】
あの舞踏会から一ヶ月が経った。
あれからわたしの周りは静かなもので、特に大きな問題もなく、日々を穏やかに過ごしていた。
英雄の婚約者と縁を作ろうとやってくる手紙はちょっと鬱陶しいけれど、これも婚約者としての務めと思えば頑張れる。
今日はお仕事がお休みのライリー様と共に登城していた。向かう先は第二王子殿下の宮だ。
あれから、あの人達がどうなったのか。その事の顛末を教えてくれるというので聞きに来たのだ。
ちなみにオールドカースル伯爵家は第二王子殿下とベントリー伯爵家からの正式な抗議を受け、リチャードは伯爵家から籍を抹消されたそうだ。
オールドカースル家は伯爵位を返上して子爵位に自ら格下げし、領地の一部を売ったお金を慰謝料としてベントリー伯爵家へ納めた。
ベントリー夫妻にお金の使い道をどうするか聞かれたが、もう関わりたくないので「お好きに使ってください」と言ったところ、ベントリー家が運営に携わっている孤児院や貧民街への配給などに充てられることとなった。
殿下の宮に着くとすぐさま部屋に通される。
「やあ、エディス嬢、一月ぶりだね」
相変わらず飄々とした殿下は片手を上げて、気楽に挨拶をする。
「はい、ご無沙汰してしまい申し訳ありません」
「いやいや、本来は一番に君に話をしなくちゃいけなかったのに待たせてごめんね? とりあえず二人とも座ってよ」
「失礼します」
「失礼致します」
わたしの言葉に殿下は緩く首を振り、ソファーを勧めてくれた。
ライリー様と一緒にそこへ腰掛ける。
「さて、じゃあ彼らがどうなったか説明するね。先に言っておくけれど、彼らは自分の行いが自分に返ってきただけで、エディス嬢は何も責任を感じる必要はないからね?」
その気遣う言葉にわたしは頷き返した。
そうして殿下はアリンガム子爵家とオールドカースル伯爵家について細かく説明をしてくださった。
アリンガム子爵は王家を貶める噂の共犯と、法で定められた『血の判別』の儀式結果の詐称・贈賄の罪で毒杯をあおることとなった。血を偽ることは重罪だ。
それでも妻に騙されていたという点と本人が反省している点を加味されて貴族のまま死を迎える栄誉は残してもらえたようだ。
既に刑は執行され、亡くなっている。
最期は静かなものだったそうだ。
愛していた妻に裏切られ、娘は実子でなく、本来の実子のわたしには絶縁され、もはや生きる気力を失っていたそうだ。
自ら進んで毒杯をあおったという。
その後、爵位の剥奪、財産は全て王家が召し上げることとなった。
夫人は子爵との婚姻が無効とされた。
貴族である子爵を騙して血筋を乗っ取ろうとした罪、王家を貶める噂の共犯という罪で、夫人は非公開の処刑。こちらも速やかに刑に処されたそうだ。
彼女は最後まで助命を乞うていたらしい。
生まれてくる子を自分だけでは育てられなかったのだと、だから仕方なかったのだと、反省の一切ない様子で喚き続けたそうだ。
そしてフィリスだが、王家を貶める噂を流した張本人であること、英雄の婚約者を貶めることで英雄の名を汚そうとしたこと、格上のベントリー伯爵家を貶める噂を流したこと、最後に貴族と偽りオールドカースル伯爵家を騙したことでこちらは公開処刑となった。
ただし妊娠中の子に罪はないので、出産までは北の修道院で過ごし、その後は王都に戻されての処刑が決められたそうだ。
母親の処刑と自身の処刑の件は伝えられていない。
逃げ出したり、子を殺したりさせないためだ。
フィリスにとってはかなりつらい罰だろう。
その愛らしい外見で社交界ではそれなりに人気で、貴族としての暮らしに慣れ、蝶よ花よと甘やかされていたフィリスが修道院の厳しい暮らしに耐えられるか微妙なものである。
修道院へ連れて行かれるまでフィリスはリチャードが助け出してくれると信じていたそうだ。
その点では憐れなものである。
「あとエディス嬢のことも時々口にしていたらしい。どうやら君が妹である自分を放っておかない、自分をここから出して姉は自分に間違いを認めて謝罪すべきだと思ったようだ」
あの自信はどこからくるんだろうね、と殿下が心底不思議そうに首を傾げた。
血の繋がりがないことが分かったのにいまだに姉妹という存在しない立場に固執しているらしい。
しかも何故わたしが謝罪しなければならないのか。
あの子の思考は意味が分からない。
そしてあの子が生んだ子は出自を伏せられた上で、修道院に併設された孤児院で生きることとなる。厳しい北の大地での暮らしを思うと子供が少し可哀想ではあった。
オールドカースル家は生まれてくる子の引き取りを拒否したそうだ。認知もしないだろう。
アリンガム子爵家も存在しないので、生まれてきても子供は貴族籍を持つことはない。
フィリスとわたしに血の繋がりがあったならば、もしかしたらわたしが引き取るという選択肢もあっただろうが、血の繋がりはないためそこまでする必要も義務もないだろう。
子爵家の財産は領地や屋敷も含めて、全て王家のものとなった。
「それらはどうなるのですか?」
「財産は国の予算に入るけれど、使い道はまだ決まってないね。領地は王家直轄領となる。屋敷は多分すぐに商業ギルドに下げ渡されるんじゃないかな? 王家を貶めた家の領地や屋敷は貴族にとっては縁起が悪いから欲しがる人はいないし。そのうち豪商なり何なりが買い取ると思う」
「そうですか……」
子爵家の本邸については殆ど記憶にないからどうでもいいが、別邸の方は長く暮らしていた場所なので、そこが残ることが少し嬉しい。
子爵から金を受け取って『血の判別』を行ったことにした魔術師は隷属の首輪をはめられることになった。
貴重な魔術師を処刑には出来ず、隷属の首輪にて自由を奪い、重罪人として扱われているそうだ。罪人なので牢暮らしだし働いても俸給はない。
何年か働かせたら隷属の首輪は外されるそうだ。
だが一度犯罪者となった以上は周囲からの対応は冷たいものとなるだろう。
次にオールドカースル伯爵家だ。
噂に関与していなかったため、そちらで罪に問われることはなかった。
だが格上のベントリー伯爵家の令嬢に迫り、暴力を振るおうとしたこと、それに対して王族へ虚偽の申告をしたこと、英雄の婚約者という重要人物を害そうとしたことでリチャードは罪に問われた。
先も言ったがベントリー伯爵家と王家から正式な抗議文を送られたオールドカースル伯爵家は、まずリチャード=オールドカースルを廃した。絶縁し、貴族籍から抜けたことでリチャードは平民に落とされた。切り捨てられたのだ。
そうしてオールドカースル家は自ら伯爵位を返上し、王家へ反逆の意思がないことを示し、更に現当主が当主の座を次代の長男へ引き継ぎ、自領にて隠居することを決めたそうだ。
ベントリー伯爵家へ対しては、自領の一部を他貴族へ売り払い、その全額を慰謝料として支払った。
それでも足りず、家財も大分売り払ったという。
社交界でも爪弾きにされ、子爵となった新当主はかなり苦労しているらしいが、そちらもわたしにはもう関係のない話だ。
ちなみにリチャードはオールドカースル家の自領にて日々労働させられている。ベントリー伯爵家に支払った慰謝料はリチャードの借金という扱いになっており、その額は平民が一生働いても返せないそうだ。
そのリチャードはごねて、あまり働かないので、借金の返済は更に遅れているらしい。
……まあ、あの人はそういう方だものね。
全く反省の色がないのは言うまでもない。
最後に、フィリスと共に噂を広めていた令嬢達。
彼女達の大半は実家によって修道院へ入れられたそうだ。王家から睨まれた娘は政略にも使えないので、早々に見限ったのだろう。
「こんなものかな。何か質問はある?」
「いいえ、ございません。元とは言えど身内の不始末をお任せしてしまい、御迷惑をおかけいたしました」
「どういたしまして〜」
もう子爵家ともオールドカースル家とも関わることはない。煩わされることもない。
……不思議なものね。
血を分けた父が毒杯をあおり死んだと聞いても何とも感じなかった。それどころか清々した気分である。
わたしって酷い女なのかしら。
そんなことを考えているとライリー様に抱き寄せられた。
「殿下がおっしゃった通り、彼らの結果は彼ら自身が招いたものだ。君が責任を感じることも、自分を責める必要もない」
わたしの大好きな鬣に顔を埋めて頷き返す。
「……はい」
そうね、あの人達はもうわたしとは無関係。
わたしの家族はベントリー伯爵家の三人よ。
それから横にいる婚約者のライリー様。
「もう大丈夫ですわ」
ライリー様に寄りかかると抱き締めてくれた。
エディス=アリンガムは婚約破棄された。
婚約者を妹に寝取られた憐れな令嬢。
でも愛すべき人を見つけた。
その人は国の英雄だった。
令嬢は恋をした。
そして英雄を愛すると決めた。
そうしてエディス=ベントリーとなった。
愛する英雄の鼻先にキスを贈る。
「ライリー様、愛しております」
寝取られた令嬢は英雄を愛でることにしたのだ。
でもきっと、英雄も令嬢を愛でてくれる。
「私もあなたを、その、愛してる」
照れ屋な英雄はやっぱりかわいい人だった。
寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした(完)
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