女魔王の儚い救世主

英雄譚

第1話 「僕の救世主」



「……助けて」

 炎の中。
 人の焼ける臭いがした。
 それは先ほどまで生きてたであろう命。
 人の悲鳴が聴こえた。
 それは先ほど生きてたであろう人間。
 耳を澄ませば、何を叫んでいるのかが分かった。
 僕の名前だ、僕の名前を叫んでいる。

 助けろ、と何度も。
 自分らの死を拒絶するように、何度も。
 身体中に火傷を負い、それらの痛みを必死に我慢するのがやっとな僕には、どうしようもできなかった。
 死にたくないのは誰しも同じだ。
 僕もその一人だ。
 誰を助ける余裕や気力もなく、声の主を置き去りにして僕は進み続けた。

 ここは、まさに地獄だ。
 見渡せば瓦礫や死体しか転がっていない。
 生きている人間といったら、何処に向かっているのかも分からず彷徨い続けている僕ぐらいだ。
 先ほどまで皆生きていたのに、この惨劇一つだけで全て消えた、孤独になった。
 すすり泣きながら助けを求める。

「おい」

 後ろから声がして、すぐさま振り返る。
 僕以外にも生き残りがいたという安堵、なによりも助かるかもしれないという期待があったからだ。
 しかし、期待に満ちた表情が歪むのにはそんな時間はかからなかった。
 僕を呼び止めたのが、この惨劇を起こした奴等の仲間の一人だったからだ。
 鎧を纏った騎士の男。

「なんだよ、まだ生き残りがいるじゃねぇか。それも、こんなちっこい餓鬼が」

 男は剣を鞘から抜き、振り上げた。
 その動作だけで理解した。
 この男は相手が子供であろうと躊躇わず殺せると。
 じゃなければ、こんな地獄起きていなかった。
 絶望で顔を歪ませ、泣きながら後ずさる。

『まだ死にたくない』

 言葉にしようとしても口元が震えて、上手く声を発することができなかった。
 それをいいことに男は命をいとも容易く、刈り取ることのできる鋭利な刃に力を込めて、

「お前に恨みは無ぇが、×××を侮辱した罪を償え」

 振り下ろした。
 その瞬間、確実に自分の死を悟った。
 何も成し得ることができず、愛を知ることなく死ぬ。
 覚悟とはとても言い難い表情で、迫りくる剣を凝視した。

 その刹那だった。
 男の胸に風穴が空いた。
 背後からの攻撃によるものだった。

「……人の子よ、生き残りはお主だけか?」

 目の前に現れたのは赤いドレスを纏った女性だった。
 頭には二本の角を生やしており、彼女が人間ではないことがすぐに分かった。

「安心せい、お主に危害を加えるつもりは微塵もない。寧ろ、助けにきたのだ」
「助けに……?」

 女性は地面に膝をつけ目線を合わせてくれた。
 僕を怖がらせないように微笑み、手を差し出してきた。
 こんな優しい表情をむけられたのは××以来だ。
 僕は泣きながら女性の手をとり、大きく頷く。

「……助けて、死にたくない」
「安心せい、魔族を束ねる王の玉座に誓って、お主を守ることを約束しよう」

 女性も頷き言った。
 魔族を束ねる王の玉座……。
 子供の僕でも、その意味を理解することができた。

「……魔王?」

 尋ねてみるも女性は答えなかった。
 どこかを向いており神妙な表情をしていた。
 その横顔すら、とても美しかった。
 世界のどんなものでも敵わないほどだ。
 子供ながら、僕は彼女の魅力に惹かれていた。

 怖いかって訊かれたら僕は首をふって否定するだろう。
 何故ならこの瞬間、僕は魔王に一目惚れをしていたからだ———







 十年後。
 最前線にある王国は魔王軍の侵攻を抑えるため、どの国よりも防衛態勢を厳重にしなければならなかった。
 王国の名前はリグレル。
 軍事力、経済、技術、どれをとってもトップの国だと言っても過言ではないだろう。
 全人類の戦力が最大に注がれているのだから当然といえば当然だ。
 しかし欠点も多々あり、一番に挙げられるのは内政問題だ。魔王との対抗には莫大な資金が必要なためか、国民の負担はかなり大きいものとなっていた。
 同時に、意見や方針の異なる貴族がおり、対魔王軍組織に協力する者やそうでない者がいるせいで衝突することがあまりに多く珍しいものではなくなっていた。
 怒り心頭に発した国民の声に耳を傾けない国王にも無論、問題があり今のところ解決策はない。
 それだけではない、王国の西方には魔族の領域との境界線があり、万が一超えてしまったら、そこは人族が忌み嫌う魔族の世界である。
 普通、越えようと思う人間はいないのだ。
 ある人物を除いては———



「今までお世話になりました。皆さん元気で」

 リグレル王国の辺境の町に、孤児院があった。
 孤児院の子供達と職員達が先月、十五歳になったばかりの青年を見送っていた。
 青年の名前はリオン。
 今まで世話になった職員達に頭を下げて、一緒に育った子供達に手を振ってから彼は己の道を行くために旅を開始するのだった。 

 目的はただ一つ———幼い頃、故郷を失った自分を救ってくれた魔王に自分の気持ちを伝えることだ。
 美しく端麗な彼女の横顔を忘れることが出来ず十年もの月日が経過。
 十五歳になった今でも現在進行形で魔王に恋をしていた。

「目指すは魔王国首都アルゼン!」

 足を踏み入れる人族がまず居ない、リグレル王国の防衛線より先の土地へとリオンは指を差し、高らかに叫ぶのだった。






「ならん、帰れ」

 王の間、玉座に座る魔王アイビーが愛の告白を受けた後に返したのは酷な返事だった。
 周囲にいる魔族たち全員が呆れていた。
 高嶺の花という言葉を知らないのか、それかただの愚かな馬鹿なのか。

 幼い頃、救った人の子が成長して喜んでいたのも束の間、冷たい空気が王の間に流れ込むのだった。
 誰しもが認める美貌の魔王様にフラれたのだ。

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