見上げる月夜の照らす者

八つの蜜

30.第参拾話 奪われた力


診療所は本来忙しく無い事が望ましいのだが今回はそうも言ってられない状況であった。

午谷穂波:容体
肋骨4箇所の骨折、左足首に呪いの反応あり。
意識あり。

寅尾とらおしろ:容体
肋骨下方6箇所の骨折、筋肉、胃、一部の内臓にダメージ。
1番ひどい症状だがピンピンしている。

戌乖光:容体
肋骨下方4箇所の骨折、一部の内臓にダメージ、頭部5cmの裂傷。
意識あり。

あらかたの処置を済ませ医療ベット横の椅子に腰掛ける。

(僕は十二支を仲間にしてほしいと言っただけなのに、まさか怪我人を連れてくるとは思わないじゃん。まあでも結果的には仲間にしてるのかな?)

「とりあえず、どうしてこうなったのか聞かせてくれない?」

「はい…」

午谷穂波、陸上部のエースにして十二支の馬の能力を受け継いだ流麗な女性。彼女がどうして寅尾と戦っていたのか…

「寅尾さんは意識が無い状態であの黒鬼に操られていました」

暗い夜の森の山道をいつものように走った。それは日課で怪我をしてもしていなくても私は走っていただろう。その山道で黒鬼と遭遇した。

「妖怪ッ!!」

『ん?あぁ、ちょうどいいやこいつを弱らしてくれねぇか?』

「白さん!?」

「グルルルルルッ…」

十二支化した寅尾さんに意志は感じられず、でも怪我をさせる訳にもいかず、襲い掛かる虎の猛攻をただひたすらに受け流す、あるいは避ける行動をとっていた。あの言葉を言われるまでは…

『お前足を怪我してるんだろう?』

(…ッ!?足を庇いながら戦いすぎた?)

黒鬼は私を指差す。すると私の左足に黒いモヤのようなもので隠れたかと思えばそれは霧散し消えた。黒鬼の次の言葉は私を寅尾さんと戦わせるには十分な理由だった。

『お前の足に呪いをかけた。その呪いはオレの命令に従わなければ発動する。お前は一生走れない体になるだろうなァ?さぁ、この虎と戦え!』

走れなくなる。他の何よりも優先して、他の何もかもを犠牲にして走ってきた。走れなくなった私を家族はどう思うだろうか…役立たず、一族の恥、そんな事を言われる。気が気ではなかった。もしかしたらあの子にも幻滅されるかもしれない。私の走る姿がカッコいいと言ってくれたあの子に…

直後、私は寅尾さんを蹴り飛ばしていた。戦闘は森の中に入り、両者激しい攻防にて、時間は夜から昼間になっていた。

最後に空中に舞った寅尾さんの腹部に“豪脚”を放ち戦闘は終了する。
私は寅尾さんを蹴り飛ばすまで記憶が曖昧だった。光の顔を見て思う、あぁ、私は今醜い顔をしているのだろうと。

「そこから後の話は真季波こうはい君に聞いている?」

「大まかにね。でも本人から直接話を聞けて良かったんじゃない?」

その言葉の後に響也さんはカーテンを開け放つ。カーテンに隠れて見えていなかったが、そこには真季波、鳥居、戌乖、猿飛、寅尾の姿があった。

「ほなちゃん、うちを助けてくれてありがとうなんよ〜」

「御礼を言われるような事は一切していない。私は自身の目的のために白さんに怪我を負わせてしまった…」

「んーうちは昔から頑丈やけん大丈夫なんよ?それよりほなちゃんが走る姿が見れんくなる方がうちは嫌なんよ?」

「白さん…」

「よし、それじゃみんな帰った帰った。2人はごゆっくり〜」

そう言い響也は真季波、鳥居、猿飛、寅尾を連れ部屋から出て行く。残ったのは午谷、戌乖の2人となる。そして少しの静寂の後、午谷が話し出す。

「幻滅したでしょ?」

私は自分と白さんを秤にかけて自分を選んだ。所詮自分が大事な臆病者。光に幻滅されても仕方がない…仕方がないけど…

「幻滅なんてしないですよ」

相手の顔なんて見れなかった。怖かったのだ。でもその一言を言われ顔を見る。光は真っ直ぐに私を見つめていた。

「言ったじゃないですか“何があっても、前を見据えて走る姿が”って。先輩がまた間違いそうになったら俺が走る方向を変えます」

少しまなこが霞むが後輩の前だ。そうプライドが邪魔をする。

「キザだな。でも悪い気はしない、ありがと」

そう言い頭をわしゃわしゃと撫でる。

「先輩!やめ、やめてくださいよ!」

「すまんすまん」

ほんとにもう、すぐ人の頭撫でるんだからそうアヒル口で言う彼を見て笑みが溢れる。私の心にもう先のような不安は一切無かった。

扉がノックされ入ってきたのは響也さん。

「彼らは家に帰したよ。それで傷の程度の話をしたいんだけど…」

響也はチラッと光を見る。それに気づいた光は部屋を出ようとするが穂波は光も同席でと言う事で話を進める。

「君の左足首の呪いについてね。結論から言うとその呪いをかけた術者は生きてるね」

「!?」

驚く光をよそに、穂波は平然としていた。

「分かっていたって感じだね」

「薄々は…」

「じゃあ!俺と凌が倒した奴は何だったんだ!?」

「憶測だけど、君たちが対峙した黒鬼は“分身”で本体は別に居るって感じかな…」

「でも、あれはちゃんと実体があった。斬ったのは俺だから分かる。それでも分身なのか!?」

「“分身”よりも“分裂”に近いのかもしれない。戦闘能力は本体に近いか、本体よりも少し衰えているのかもね…」

「なんでそんな事が分かるんだよ!!」

胸ぐらを掴む彼を静止させながら話す。

「落ち着いてくれ、さっきも話したが結論、君たちが倒した黒鬼は生きているだ」

「だからなんでそれが分かるんだよって聞いてんだよ!」

「光落ち着いて、話を聞こう」

穂波が一言そう口にすると彼は大人しく胸ぐらを掴んでいた手を離す。

「まず呪術が解けてない以上、かけた術者本人が死んでいないのは明白。そして、君たちが倒した黒鬼も本物と同じような肉質であった。なら答えは自ずと出てくる。それでも憶測に過ぎないけどね」

「すみません…頭に血が上ってたみたいです」

「行動が速いことは良いことだけど、少し考えて行動しないと、守れる者も守れなくなるよ」

落ち着くこと。そう言い彼は丸椅子に腰掛ける。

「君たちが見た影のように黒い鬼、黒鬼は恐らく、姉さんを喰った鬼だ」

「!?」

「沙霧さんを…?」

「それが分かったのは普通鬼は圧倒的パワーが有る代わりに他の妖怪よりも再生能力が極めて低いはずなんだ。再生能力が尋常じゃなかったのは姉さんの影響だ」

“千里眼”で見たからこれは確定。

「食べた物の力を自分のものにする力、これは十二支の猪の固有能力だ」

「華ちゃんも…」

「奪われた…」

「でも君たちが無事で良かった。ぬらりひょんが何を考えているのか、それは想像もできないが、彼が十二支達を狙っているのは明白。出来るだけ一人で行動しないように」

僕たちは悲しみにくれている時間は無い。これ以上、犠牲者が出ないように歩みを止めてはいけない。

2人を家に送り届けた後、診療所で1人窓から空を眺める。

(妙だ、辰川さんからの定期連絡が途切れた…)

嫌な予感は加速する…

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