見上げる月夜の照らす者
26.第弐拾陸話 十二支・辰。
「おい、坊主が困っているではないか」
「あ、辰川さん」
俺を脇に抱え物凄いスピードで屋根を飛び、軽く数キロ離れている診療所まで数秒で到着した時は驚いた。名を辰川さんと言うらしい。
容姿は短髪黒髪で顔は布で覆われている為ご尊顔は拝めなかった。布には猛獣の牙のような絵が描かれていて何より驚いたのは青年かと思っていたが少年のようなその姿。
(え、俺この子に抱えられてたの!?)
「わしはこれでも数百年生きとる。少年の姿じゃがわしの方がずっと年上なんじゃぞ!?」
「初めまして、真季波凪です」
「礼儀正しい子じゃな、響也とは大違いぞ。わしの名は辰川轟。気楽に辰川さんと呼びなさい」
「はい」
「ちなみに辰川さんは十二支の辰ですよ!」
「十二支はそう簡単に自分が十二支の出である事を話てはならぬのに、まさか忘れた訳では…無いよな…?」
「もういいでしょ?数百年生きる人間なんていないんだからすぐバレるよ〜」
「あ、そっか」
確かに言われてみればそうだ。数百年生きる人間なんていない。いたらそれは人間ではなく怪異または妖怪の、人では無い者たちだ。
「「え…?」」
二人が一斉にこっちを向く。まさか気づいてなかったの?と言わんばかりに…
「響也…お前…」
(覚えておれよ…)
「まあいいでしょ?はは…」
(まさか気づいてないなんて思わないでしょ…てか最初に墓穴掘ったの辰川さんでしょ!?)
両者心でやり取りをする。それに気づかない凪。
「まあ、さっきの話の続きね、?分からない事はぬらりひょんの保有してる能力。これは未知数。なんせ一度操った妖怪の能力を全て使える“隷属服従”だからね。確認できたのが“アラクネーの糸を操る能力”“鴉天狗の鴉を操る能力”“小玉鼠の自身を爆発させる能力”“自身の体の完全コピーを作る能力”“影から物を取り出す能力”の5つかな」
まだまだあると思っていいよ。そう自信満々に話す彼に違和感を覚える。
「あの…巳、響也さんは見てきたかのように言いますけどなんで知ってるんですか…?」
「僕は“千里眼”持ちだからだよ。ちなみに沙霧も“千里眼”を持っていた。僕と違うのは沙霧は未来、僕は過去を視れるという所かな」
だから占いのような助言をくれたのか…未来を見ていたから出来たこと。でも…
俺の疑問を承知のように響也さんは続ける。
「未来を視れると言っても万能では無いし、いつでも視れる訳じゃない。でも知っているという事はそれの対策が出来るはずなんだ。でもそれができなかったという事はそれ程の脅威だという事」
「…」
今の俺ではぬらりひょんを倒せない。仇も打てないなんて…
「沙霧の事で君が自分を責める必要はない。沙霧が一人で立ち向かったのは君達を守る為。沙霧の能力上一人で戦わなきゃいけないしね」
『後悔の、無いように』巳津さんが口にしたその言葉を再度思い出す。
「もう、後悔はしたくない」
「なら提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「はい」
「君には妖怪側の十二支を再度こちら側に引き入れてほしい。ぬらりひょんとの戦いは避けられないからね、戦力は多い方がいい」
「でも、妖怪側に居る人を引き入れて大丈夫ですか?」
裏切られる事を心配する。
「それは君の努力次第だよ〜♪」
「響也、お前…」
(あ、この人ダメだ…)と瞬時に理解する。後で腕を組んでいる辰川さんも頭を抱える。
「辰川さん達はどうするんですか?」
「わしらはぬらりひょんについて調査じゃな。ぬらりひょんがまだ隠し球を持っているのは明白、少しでも分からねばな。さ、遅くにいきなり連れ出して悪かったな」
「送ろう」そう言いまた脇に抱えられる。
「あの、もうちょっと違う持ち方ありませんかねー!!!」
物凄いスピードで家に強制送還される。
「じゃあ、わしは響也の所に戻る。凪も気をつけるのだぞ?ぬらりひょんは冷酷で残忍な奴じゃ。今後どのような事が起きるのか予想ができん」
ではな、そう言い瞬きの間に視界から消えた。
深く、深く深呼吸をし、気持ちの整理をつける。涙は流した。後は行動するだけだ。決意を胸に自室の扉を開け放つ。
凪を送り届けた後の夜の診療所にて2人は話す。
「響也、お前まだ伝えるべき事があったのではないか?」
「ん?んー、あったけどそれは今言うべき事じゃないよ」
(十二支の亥は行方不明。寅、卯は音信不通。なんて言える訳ないよ)
卯が音信不通なのはいつもの事として寅と連絡が途絶えたのは妙だ。何が目的なのか探らなければならない。
「焦っておるな」
「…全然、辰川さん心配しすぎだよ〜」
(その間が物語っておるだろ…)
「さて、詮索と行きますか〜」
夜の街を照らす月、静かな風が吹き抜ける。それは嵐の間の静けさと酷似していた。
血濡れた黒鬼の“暴食”の的は誰に…?
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