夢で出逢う - meet in a dream -

LikuHa

第5章 第108話 彩る


突然香織が真顔で質問する。

菜都は再び口につけたペットボトルを飲まずに下げて蓋をした。

キョトンとした顔をして答える。

「別れてないよ。・・・いや、別れてるわ!」

「どっちよ?」

「別れてる!!」

「なんで?」

「えっと・・・なんでだっけ?」

少し笑いを含めた発言に、香織は冷ややかな視線を送る。

そもそも別れていた事実を一瞬忘れていた自分に、菜都は笑ってしまっていただけだったのだ。

「ばか?それとも私に言いたくないだけ?」

「・・・いや?」

菜都の様子をみると、嘘をついているようにも見えなかった。

どうやら本気で言っているようだ。

一方の菜都は、別れ話をした時の会話や、いきさつを思い返す。

「えーっと・・・美癒に菜都の身体を返すため・・・?」

なんとなく記憶にあるフレーズをボソッと呟いた。

「え、なんて言った?」

意味の分からない言葉に、香織は聞き返す。

だが菜都の頭はそれどころでは無かった。


美癒って誰?
  ーーー私が美癒だった?

身体を返す?
  ーーーついさっき身体を返すため会いに来てくれたっけ?

この記憶はナニ・・・?
  ーーー前回は思い出すのに時間がかかったけど、今回はもう思い出せたの?

菜都の記憶が・・・美癒の記憶が・・・どんどん流れ込む。

思い出にどんどん色がついて鮮やかになる。


「琉緒だ・・・。」

考え込んで返事すらしていなかった菜都が、琉緒の名前を呟く。

「はい?」

「琉緒・・・。」

「琉偉じゃなくて?・・・琉緒ってお兄さんじゃん?」

なにもない真正面の一点をジッと見つめていた菜都は、隣に座る香織の方へゆっくり顔を向けていく。

「ごめん、香織。今から私が言う話、信じてくれる?」

無表情で言う菜都の態度を見て、香織は鳥肌が立った。

「え?え?なに??」

「思い出したの。やっぱり香織と会うの久しぶりだ。1年ぶり?」

「ちょっと待って、なんなの?」

「私は菜都だったんだけど、水上バイクの事故で美癒になって、また菜都として戻ってきたの。昨日戻ったばかりで、戻りたてホヤホヤ。」

やはり無表情・・・いや、真面目な顔をしているだけだ。

「いやいや、説明が下手にも程があるって。全く意味分からないんだけど。」

「だから!最近の私は私じゃなかったの。」

「だから!何で?」

話していても拉致があかない、話が進まない。

そんな時、階段を駆け上がってくる騒がしい足音が聞こえた。

「菜都!!」

「あ~・・・もう帰らせるんだから来なくて良いのに。」

琉緒と琉偉だった。

本物の・・・琉緒だった。

香織は2人の方へと駆けていく。

「まだいたんだな。心配したんだ・・・来て良かった。」

「ちょっと今は込み合ってマース。菜都が日本語を話してくれないから苦戦してるの。」

「は?」

香織の言葉に、琉緒と琉偉の視線は菜都へと向けられる。

琉偉がゆっくりと近付いてきて、「よっこいしょー!」と大袈裟に言いながら隣に腰掛けた。

その様子を見て、香織は
「まったく・・・”込み合ってる”って言ったじゃないの。まあいいわ、菜都と琉偉を2人にしてあげましょう。」
と言いながら、香織は兄の腕を引っ張り階段を下りていった。

香織が空気を読んで2人きりにしてくれたのだと、琉偉は気付いていた。

「昨日のことは全部兄貴から聞いた。俺と近藤には嘘の待ち合わせ時間を言ったこと、怒ってるからな。だけど風邪引いてるって聞いたから・・・とりあえず今日は許す。次は絶対に俺も行くからな。」

琉偉は菜都の頭をポンポンッと優しく叩いた。

(琉偉が話しかけてるのは・・・私じゃないね・・・。)

・・・どうやら琉緒と琉偉は、入れ替わりに失敗したのだと思っているようだ。

2人が想い合っているのは分かってた。

自分が再び菜都に戻れるとは思っていなかったから、琉偉に”菜都をお願い”とまで言い残したのに。

自分のせいで結ばれなかった2人を思うと、罪悪感で身体が固まって動かなくなった。

目の前にはずっと会いたかった琉緒がいるのに、自分が菜都の身体に戻ったと知られるのが急に怖くなった。


「ん?やっぱ調子悪いんだなー。」

何も話さない菜都の顔を覗き込む。

菜都は、フイッと顔を反対側に背けた。

その様子を見て、琉偉は眉をピクっと動かす。

「・・・美癒か?」

琉偉の低い声に、菜都は目を見開いた。

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