夢で出逢う - meet in a dream -

LikuHa

第5章 第105話 彩る


異界の山にある綺麗な川。

美癒は、背中を向けて座っている菜都のもとへとゆっくり近づいていく。

静かに歩いても砂利の音が響いていた。

背後の存在には絶対に気付いているはずなのに、振り向く素振りを見せない菜都。

美癒は後ろから菜都を優しく抱きしめた。

「菜都、なにしてるの?私が元に戻してあげるから大丈夫だからね。」

美癒と菜都、2人がお互いを認識して触れ合うのは初めてだった。

優しい口調で話す美癒は、”姉らしさ”を意識したのかもしれない。

”お互い生まれることができていたら”と常々思ってしまう。

「菜都?」

何も反応がない菜都を心配して再び呼びかける、が相変わらず返事はない。

(もしかして、前に琉偉たちがされているように動きを止められてるの?)

疑問に思った美癒は、抱きしめる腕を離して菜都の顔を覗き込んだ。

ーーー彼女は瞬きもしていたし、涙も流していた。

美癒は慌てて菜都の正面に回り、再び強く抱きしめる。

「菜都!?大丈夫、大丈夫だからね!」

片手で背中をトントンと叩き、もう片方の手では頭を優しく撫でた。

だが菜都は美癒の胸を押し返して、身体を離した。

強く拒絶しているかのように。

「私のことを”菜都”って呼ばないでよ。」

やっと話してくれた菜都の言い方は、とても冷たかった。

「え?だって・・・。」

戸惑いながら”あなたは菜都でしょ”そう言いたかったが、涙を流しながら自分を睨んでくる菜都を見ると言葉が詰まった。

「私は”美癒”。だからあなたは美癒じゃない!”菜都”でしょ?」

「え、確かにそうだったけど、それは過去形で・・・今は元に戻ったから私が”美癒”で・・・。」

(あれ?美癒とか菜都とか言ってたら意味わからなくなってきた!)

美癒は自分で言いながら少し混戦していた。

どっちも自分だったから余計に。

「元に戻ったんじゃないよ、今がおかしいの!!」

睨んでいた瞳から再び大粒の涙が溢れ出す。

口調も最初とは違い、子供が駄々をこねるような言い方だった。

最初は彼女が無理して冷たく当たったのだと気付く。


「うーんっと・・・実は私、今の状況がよく分からないの。とにかく菜・・・あなたの魂を元に戻そうと思って無我夢中で駆け付けたんだけど・・・。」

「必要ないわ、あなたに菜都の身体を返しにきたんだもの。」

それを聞いてギョッと目を見開いた。

「えええぇ!?どうやって来たの?まさか・・・?」

「菜都が溺れたあの川で入水自殺(未遂)しようとしたのよ。でも菜都の身体は無事・・・気を失ってるだけだから安心して。」

同じ日本語を話しているはずなのに、理解するまでに時間がかかった。

戸惑って目をパチパチさせている美癒のことを気にせず、菜都は続けた。

「川の中に入っていくと神様の声がした。最初は神様だなんて気付かなかったけどね、身体は無事なまま私の魂をここに連れて来てくれたわ。私の”したいこと”を手伝ってくれようとしてる。」

「か、神様が!?」

「そうよ、神様も私が行動するのをずっと待ってたのかもしれない。」

「そんな・・・でも菜都の身体はもともとあなたのものだから!」

「ふふ・・・そうね、菜都として生まれることを望んだ私の意に反して入れ替わり、”美癒”になった。でも本当はあなたに入れ替わりの提案をされて嬉しかったのも事実。
美癒として長生きできるって心の中では少し期待してた、ごめんなさい。
まあ予想外に生まれることはできなかったけどさ、私は美癒として楽しく幸せに過ごしてたの。生まれなかったからって可哀そうじゃないわ、生まれなくたって私の人生は続いてたもの。」

「それは・・・本心じゃないよね?私のために言ってくれてるだけだよね・・・?」

「本心よ、私の願いは”美癒に戻りたい、美癒の名前を返して欲しい”。
あのねぇ・・・そんなに申し訳なさそうな顔しないでくれる?
もし仮に私が予定通り”菜都”として生まれていたら、それこそ予定通り既に命を落としてたと思う。とっくにあの世へ行ってるはず。
でも、あなたが”菜都”だから・・・あなたが”菜都”として生まれたからこそ、生き延びてる、怪我で済んでる。だからこれはあなたの人生よ。」

確かに生まれる前に見た菜都の運命だと、既に命を落としていたはずだ。

だからそれ以降の人生は運命が変わって作り上げられたものである。

「だ、だめだよそんなの・・・私にだってそれは間違ってるって分かる。私が菜都の人生を奪ってしまったんだから!!」

「全く・・・相変わらず頑固ね。お父さんそっくり。
私の口から言いたくなかったけど、みんなあなたを待ってるから。神様だって手伝ってくれた、家族だって・・・琉偉と近藤君だって。・・・それに琉緒だって、私と一緒に川まで来てくれたんだからね!」

菜都は自分が消えていなくなるというのに、みんなが協力してくれたことに感謝していた。

普通だったら少しくらいは嫌な気持ちになるだろうに。

「る・・・お?」

美癒は琉緒の名前に反応した。

琉緒が待ってくれている。

欲を出してはいけないと思う反面、琉緒に会えるかもしれないと心の深い深い奥底で期待してしまっている。


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