夢で出逢う - meet in a dream -

LikuHa

第1章 第11話 紫苑


「えっ近藤君!?なんで!?」

後輩の近藤君が息を切らせながら立っていた。

近藤君は鋭い目つきでおじさんを睨みつけたあと、菜都の左腕を見ておじさんの手を引き離す。

そして今にも泣いてしまいそうな菜都の瞳に気付いて一瞬驚いた表情を見せたが、咄嗟に抱き起す。

「土田先輩、大丈夫?」

菜都は俯いたまま返事ができなかった。

近藤君は菜都の長い髪をかきあげて頬に右手を添える。

微かに震えている、と分かった瞬間
彼の頭の中の何かがプツッと音を鳴らして切れた。

「おいオッサン!!そこの交番から警察が来るからな!!!」

低くてドスの利いた声。

菜都はこの時、近藤君が本気で怒る姿を初めて見た。

いつも可愛く、笑顔で駆け寄ってきてくれる近藤君。

そんな彼がキレていた。


おじさんは真っ青になり、怯えた顔して慌てて階段を上っていく。

近藤君はおじさんを追わなかった。

おじさんの足音が聞こえなくなると、菜都を段差に座らせた。

近藤君も隣に座って菜都の肩を支える。

「えっと、そこで羽田先輩(香織)に会って・・・。このマンションの階段は公園から丸見えだからすぐ分かったんだけど、もっと早く来れたら良かった。
あ、羽田先輩は交番に走ってますよ。だから安心して。」

絶望から救われ、菜都は涙が止まらなかった。

自分の取り柄である運動神経の良さを過信していた。

何かあっても簡単に逃げ切れるものだと信じて疑わなかった。

男の人の力がこんなに強いと思わなかったから、本当に怖かったのだ。

近藤君にお礼を言いたいのに何も言葉が出せなかったし、
早くこのマンションから離れたいのに、震える足のせいで自分で立ち上がることも出来ない。

それでも溢れそうな涙を止めることができたのは、近藤君が隣で支えてくれていたから。

「落ち着くまで一緒に待つから無理しなくていいよ。俺がいるから大丈夫・・・守るから。」

何度も心強い言葉をかけてくれ、まるでヒーローだった。

言葉を口にできない菜都は、心の中で何度も御礼を言った。

何度も、何度もーーー。


・・・この事件以来、菜都は公園には近付けなくなり、
学校の駐輪場をたまり場に変えたのだった。


***


美癒は思わず拳をぎゅっと握る。

「ね!菜都が可哀想!!琉緒も腹が立つでしょ!?」

思い出すと興奮が収まらない。

「菜都の誘拐未遂に飽き足らず、色んな人に詐欺まがいなことを繰り返してるみたいだな。」

美癒以外の報告書もあり、複数の案件が記されていた。

つい最近も自転車に乗っていたおばさんに、当てられてもないのに当たったと言って治療費を請求していたようだ。

そして今現在はーーー

「バック駐車しようとしている車に近付くみたい・・・当たり屋だ。
それなら打ちどころが悪かった事にしてサヨナラしよう!」

「それだとこの車の運転手が気の毒だ。
そもそも実習では大した罰を与えられないだろ。・・・とりあえず頭上に鳥の糞でも落としてやれ。」

実習で与えることができる罰は、この程度が現実だった。

まるで子供の悪戯程度だ。

「えー!それだけで済ませるのは納得いかない!」

「うーん、確かにもう少し何かしてやりたいよな。このおじさんの家族構成は?」

「奥さんは出て行って1人ぼっちだね。それで息子が県外に住んでて絶縁状態・・・って書いてるけど・・・何だろこれ?息子の看視任務の情報が全く無い。こんな人初めて。」

美癒は報告書をめくるが情報は見当たらなかった。

「家族を動かすのは難しそうだ。
息子のことは報告書が漏れてるだけだろ、気にするな。
このおじさんの足元にサッカーボールを用意しよう。腰が弱いみたいだから単独事故で転ばせて当面の間は大人しくしてもらうんだ。」

「・・・それだけじゃ怒りがおさまらない!だって本当に怖かったんだよ!?もっと大きい罰を与えたいくらい。・・・看視学習で見てたから菜都の気持ち分かるの。だから余計に許せない。」

”それは美癒が菜都だった時、実際に体験した出来事だから恐怖と怒りを覚えているのだろう”と、琉緒は怒りの原因が分かっていたが、口に出すことはできなかった。

「でも俺等の実習ではこれくらいが妥当だぜ?次回は実習ではなく、きちんとした遂行任務の人に任されるはずだから我慢しろ。」

「・・・じゃあ鳥の糞を大量追加で。」

「ははは、慎先生に承認取ってくる。」

「よろしくー。」     

その後承認が下りて
変なおじさんに鳥の糞を落とし、驚いた所で誤ってボールに躓き・・・その後の出来事は予想外の偶然だが、ボールが他人の車に当たって修理代を弁償する形になった。

大してボールに触れてないのに、すごい勢いで車に飛んで行ったから
変なおじさんの困った顔ときたら本当におかしなものだった。

だが、美癒にとっては満足いくはずもなく
(これで許されると思うなよ~!これに懲りて自分の行いを悔い改めろ!)
と思っていた。


***


「琉緒帰ろう。今日はどこか寄ってく?」

「異界の山に行ってみるか?ジンから許可は取ってる。昨日の事を思い出すかも。」

入れ替わりの記憶は思い出して欲しくないが、
”美癒としての昨日の記憶”を取り戻す手伝いはしたいと思っていた。

「んー・・・何だろう・・・今は異界の山に近付くのが怖いっていうか。まだ混乱してるのかも。とにかく今は行きたくない。」

「怖い・・・か。異界の山での実習も近々あるけど大丈夫か?」

「どうだろう・・・。」

美癒の表情が曇ったのを見て、琉緒は話を終わらせた。

「さ、帰るぞ。」

そう言い、2人で歩きながら帰っていく。

「私ね、昨日ベッドで目が覚めた時から違和感あるんだ。
例えばね、琉緒のことを昔から知ってるのに、実際に話すのは初めてみたいな感覚。
自分の部屋も学校も・・・全てが新鮮っていうか。おかしいよね、疲れてるのかなー。」

「頭悪いんだから無理に考えるな。」

「え?頭悪い?ヒドい!!」

「フッ。でも何か思い出したら俺に一番に言え。」

「当たり前じゃん!琉緒のことを一番に頼りにしてるもん。」

「・・・ジンなんかに頼るなよ。」

琉緒がボソっと呟いた。

「え?何て???ジン様?」

「何でもない。」

「なになに気になるよー!」

この時、2人の姿をジンは遠くから見ていたが、美癒も琉緒も全く気付かなかった。

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