「お前女と話したことないだろ?」 と馬鹿にされたので、勢いで出会った美女に告白したが、なんと彼女は冒険者ランクSSでした

I.G

4話

紫音さんの力は僕らの想像を
遥かに凌駕した。
何体ものアイスドラゴンの
群れに飛び込み、それを一蹴して
しまった。
住民は歓喜に震え、冒険者は
彼女を崇拝した。

一方、非常任務が幕を閉じた後、
僕の体に異変が起きた。
何とこれまで持ち上げられなかった
剣を持ち上げられるようになったのだ。
それだけじゃない。
跳躍、俊敏さ、防御力、攻撃力。
全てのステータスが上昇していた。
これも紫音さんの強化魔法で
アイスドラゴンを倒したおかげだろう。
僕はあの件で途轍もない経験値を
得たのだ。

そしてもう一つ、変わったことがある。

「オビ様! そっちに行ったぞ!」

ルンの言葉に僕は構える。
一瞬の隙も見逃さないように、
しかと迫り来る大トカゲのモンスター
を視界に入れた。

「っ!」

僕が振り抜いた一刀はそれの
息の根を止めた。

あれから、僕はモンスターを
殺せるようになった。
これを喜んでいいのか正直分からない。
けれど、確かに成長した。
一歩、僕の憧れた冒険者へと
近づいたのだ。
これも紫音さんのおかげだ。

討伐任務を無事に終え、
報酬を受け取った僕とルンは
人目につかない路地裏で買った
パンを食べていた。
その場所を選んだのは、
ルンの顔を見られないように。

ルンは新しく新調した仮面を外し、
クリームの入ったパンを頬張る。

考えてみれば、ナッツと共に
食事をしていた時、ルンは一度も
仮面を外したことがなかった。

「んー!! うまいなっ! オビ様!」

ほっぺにクリームを付けたまま、
ルンは目を輝かせる。

「僕のことオビ様って言うの止めてよ」

「どうしてだ? オビ様は
ルンにとって命の恩人だ。
だから、様をつけるのは当然だ」

聞いたところによると、ルンは
僕に助けられたあの日から、
この街に紛れ込んで僕のことを
監視していたらしい。
いや、監視というのは語弊がある。
話しかけるタイミングを
窺っていたのだろう。
そして、僕らがパーティーの
メンバーを募ったとき、
真っ先に名乗り出たのだ。

幸いにも、冒険者には簡単になれる。
ただ、名前と年齢、性別を記入して
登録すればいい。
だから、エルフであることが露見せずに
ルンは冒険者になれたのだろう。

「ねぇ、ルン」

「ん? どうしたんだ?」

「ルンはどうしてDランクなの?」

討伐任務をこなすようになって
気づいた。
ルンはめちゃくちゃ強い。
下手したらA、いやSもいくかも
しれない。
そう思ってしまうほど、ルンの
身体能力、魔力、双剣捌きが
尋常ではないのだ。

「ルンは受けなかった。最初の
適正テストとやつを」

「え? どうして」

「ルンはオビ様のパーティーに
入れればそれでよかったからだ」

無垢な笑みを向けて、再び
パンを頬張る。

「なんでそこまで僕に固執するの?
君を助けたから?」

「それもある。けど、
もう一つ理由がある」

「それは何?」

「オビ様の目が、ルンをいじめてきた
奴等と違う目をしていたからだ」

「......目?」

ルンはそう言うが、僕の目は黒くて
至って普通である。

「そうだ。だから、ルンは
オビ様の側を離れない。
助けてもらったからには、
恩返しもしたい」

「......恩返し......いいよ。
そういうのがしてほしくて、
僕は君を助けたわけじゃないから」

突如、ルンは僕に顔を近づける。
心臓の音が聞こえてきそうなくらいに、
体を寄せて。

「な、何?」

「オビ様はルンといるのが嫌なのか?」

そんな不安そうな顔をされては、

「そうじゃないよ」

と、答えるしかない。

「なら、いいではないか!
ルンは一生側にいるぞ」

にっと白い歯をルンは見せる。

「ねぇ、ルン。
一つ気になってることが
あるんだけど聞いてもいい?」

「いいぞ! なんでも聞いてくれ」

「僕が君を捕らえる任務を受けたとき、
依頼主は君の討伐も許可したんだ。
それは君が主人から何かを
盗んだからって聞いたんだけど、
一体何を盗んだの?」

そう訊ねると、ルンは視線を逸らした。

「あ、言いたくなかったら別に」

「帰り方」

ぽつりとルンは漏らした。

「エルフの森への帰り方」

「......あるの?」

「うん。確かに聞いた。
奴隷売買をしてる奴等は
エルフを欲しがってる。
繁殖じゃ追い付かないから。
だから、ルン達の祖先がどうやって
この世界に来たのかを調べて、
それを突き止めたんだ」

「それをルンは知ったの?」

「うん。主人と売人が話してるのを
盗み聞きした。そしたら、
それがばれて、主人はルンを
殺そうとした。だから、逃げた」

「そうだったんだ。大変だったね」

そう声をかけると、ルンが
体が震え出した。

「ルン? 大丈夫?」

大丈夫ではなかった。
ルンは泣いていた。
大きく見えても、ルンはまだ14才。

「ルンは......ルンは......帰りたい......
一度でいいから、ルンの仲間が
たくさんいる場所に行ってみたい」

「行けるよ。きっと絶対行ける。
僕も手伝うから」

こんな弱い自分が助けになるはずない。
それが分かってても、
僕はそう言葉をかけることしか
できなかった。

ルンはかぶりを振った。

「そんなに難しいの?」

「......言えない。オビ様を
巻き込みたくない」

「ルン......」

悔しかった。
これまで多くの冒険者から
蔑まれ、嘲笑されてきた。
でも、それ以上に仲間一人救えない
弱い自分が情けなくて、悲しかった。

僕は力強くルンの両肩を掴んだ。

涙で赤くなったルンの目が
僕の目と交じ合う。

「じゃあもし、もしも
僕がルンよりも強くなって、
誰よりも強くなって、
頼れる男になったら、
その時は話して。
必ず君を故郷に連れて
行ってみせるから」

誓ったんだ。
僕は変わる。
弱い自分から強くなってみせるって。

「やっぱり......ルンはオビ様に
ついてきてよかった」

ルンは力なく笑みを浮かべる。

僕は決めた。

この弱々しい笑顔を本当の
笑顔に変えてみせると。




それから、泣き止んだルンと共に
僕らはギルドへと足を運んだ。

午後の任務は何にしようかと
ルンと話し合っていると、
大々的に掲示板に貼られた一枚の紙に
目が止まった。

「......え!?」

僕は自分の目を疑った。

まさか、そんなはずは......

その紙にはこう記されてあった。

『あのSSランク冒険者の紫音が
パーティーメンバーを募集!?』

あの自由気ままで、基本は
一人でいるあの人が、まさか
仲間を募集するなんて。

僕だけじゃない。この文字を見た
誰もが目を疑っていた。
そして、

「お、俺......この募集に申請してみるよ」

隣の冒険者がそう言う。

「は!? 止めとけって。
お前なんかがなれるわけないだろ!
見てみろ。ここに応募者が多かった
場合は、全員で何らかの試験を
行うって。きっと決闘かなんかだぜ。
で、生き残った奴等だけが、
あの御方のパーティーメンバーに
なれるんだ」

「で、でもよ......もしも
その試験に合格したら、俺は」

そうなれば、SSランク冒険者の
パーティーメンバーとして、
この街、いや世界中で一目置かれる
存在になるだろう。
それだけ名誉あることなのだ。

加えて、この前の非常任務で誰もが
紫音さんの強さを目にした。
今やこの街の冒険者にとって、
彼女はもう神に近い存在。
皆が彼女のパーティーメンバーに
なりたいだろう。

「聞いた話じゃ、あのディスペルさん
も応募したらしいぜ」

「それに貴族のアリス様もらしい」

「何!? どちらもSランクの
冒険者じゃねぇか! これはその
試験とやらが楽しみだな」

背筋が凍る。

無理だ。

その名だたる強者の前に僕は
震えてしまった。

「オビ様も受けるのか?」

と、隣でルンにそう言われ、

「え!? い、いや僕は......僕には」

無理だよ。

そう諦めようとした背後で、

「はぁ......やっぱりこんな
大事になってるわね」

張本人である紫音さんが
呆れた声を漏らしていた。

「し、紫音さん!?」

僕と同様、周りにいた連中が
あっと驚いた声を上げる。

「あら、ごきげんよう」

そんな僕らを意に介さず、
いつものように平然と挨拶を口にした。

「紫音さんこれ本当なの?」

「......まぁ、パーティーメンバー
を募集したのは本当ね」

「どうして? 紫音さん強いし、
一人でも十分だと思うけど」

「パーティーを組んだ方が
色々とお得なのよ。受けられる任務も
増えるしね。それに、少しの間、
ここに逗留するつもりだから、
それならパーティーを
組んでおきましょって」

紫音さんの言う通り、ソロよりも
パーティーを組んだ方が何かと
お得になる。
僕が最初パーティーに入ろうと奮闘した
のもそれが理由だ。

パーティーは最低3人の冒険者が
いなければならない。
つまり、今の僕らは
パーティーではなく、
ソロの任務を二人でこなしているのだ。

「だから、試験をして
強い冒険者を募ろうとしたのか」

「まさか。ワタシはとりあえず、
人数を確保しようと思っただけよ。
それを受付に相談したら、
何故かこんなに大事に
なってしまったの」

まあ確かに、SSランクの冒険者が
パーティーを探しているとなっては、
これを利用すれば、
ギルド側としてもいい集客効果になると
考えたのだろう。

「まあ、こんな大事になってしまえば、
今さら取り消すこともできないわね」

「じゃ、じゃあ本当に試験をするの?」

「ええ、それもいいんじゃないかしら。
もしかして、アナタもう応募したの?」

「......い、いや......まさか......僕なんか
無理だよ」

「あら、意外ね。てっきり
アナタは応募してくると
思ってたけど」

「え?」

「だって、アナタ、ワタシのことが
好きって言ってたじゃない」

その言葉に僕の心は動いた。

そうだ。そうだよ。僕は好きなんだ。
もう逃げないって宣言したんだ。

その思考は、みるみるうちに
暴走していく。

これは二度目の過ちだった。

調子に乗った馬鹿な僕は、

何がSランクだ! 恋の前にそんなの
敵じゃない!

そう結論に至って、応募用紙を
一枚手に取った。

それに自分の名前を記入して、窓口に
提出した。

自慢げに僕は紫音さんの元へと
戻る。

「クスクス......本当にそれで
いいのね?」

紫音さんはくすぐったそうに笑う。

「いいよ。絶対勝ち残ってみせる」

「随分な自信ね。まぁせいぜい
頑張りなさいな。ワタシとしては、
誰がメンバーになろうと構わないけど。
だから、アナタを特別応援したりしない」

「うん、わかってる。
これは僕のわがままだよ」

そう言い終えた僕ははっとした。
これでは、ルンを裏切って
しまうことになる。

「ル、ルン!」

振り返ると、そこにルンの
姿はなかった。

パーティーを抜けないと
約束したのに。

僕に呆れていなくなって
しまったのだろうか。

「オビ様」

しかし、僕の予想は外れた。
いつの間にか彼女は隣にいた。

一枚の応募用紙を持って。

「ルンはどこまでもついていくぞ」

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