「お前女と話したことないだろ?」 と馬鹿にされたので、勢いで出会った美女に告白したが、なんと彼女は冒険者ランクSSでした
2話
あれから僕は狼狽して、逃げるように
ギルドを去った。
完全にSSランクという化け物を前に
して、恐れてしまったのだ。
紫音さんは失望しただろうか。
いや、何てことはない。
きっと僕なんて忘れられてる。
「おい! そっち行ったぞ!」
突如、ナッツが叫んだ。
僕はようやく今が任務中であることを自覚した。
それは鋭い爪を露にして、凄まじい速度で
迫ってくる。
「......捕まえた」
先に断っておくが、この任務内容は逃げた猫の捕獲である。
Dランクで構成されたこのパーティーに
モンスターの討伐は受託できない。
せいぜい、清掃かこんなかんじの雑用が
ほとんどだった。
それから任務を終え、ギルドで安い報酬を受け取った僕らは、いつものように
食堂で腹を満たしていた。
「で、何でぼーっとしてたんだよ。
まだ昨日のこと根に持ってんのか?」
カツ丼を軽く平らげたナッツがそう訊ねた。
「持ってないよ。ちょっと考えごとをしてたんだ」
ナッツは口は悪いが良き友人だ。
僕みたいなどうしようもない奴でもパーティーに勧誘してくれた。
こうして一緒に食事をし、話をするのも彼ぐらいだろう。
彼もまた同じDランクだが、落ちこぼれの僕とは違う。
ナッツが冒険者をやってるのは、ただの趣味であり、本業は肉屋だ。
だから、ランクに拘る必要もない。
「ふーん、そうかよ。じゃああの後
どうだったんだ? 女と話したのか?」
それに胸が痛くなった。
紫音さんから逃げてしまった罪悪感に。
「ははは......無理に決まってるだろ。
あの後家に帰ったさ」
苦笑いを浮かべて、視線を逸らす。
「やっぱな。そうだと思ったぜ。
なぁ? 仮面?」
そう水を向けられても、仮面を被ったその
人物は口を噤んだまま。
それに呆れてはぁとナッツはため息をついた。
この仮面と僕、そしてナッツの三人でパーティーは構成されている。
しかし、僕とナッツはこの人物の名前も顔も知らない。声も聞いたことがない。
だから、僕らは「仮面」と呼んでいる。
僕とナッツでDランクの冒険者を募集したとき、パーティーに加入申請をしてきた
のがこの仮面さんだった。
最初は無反応に手こずったものの、任務はしっかりこなすし、時間も守る。そして、それなりに身体能力が高い。
むしろ、僕らはこの仮面さんに頼りきりだった。
「そういえば聞いたかよ、オビ」
「え、何が?」
「この街に今、SSランクの冒険者が
来てるって」
それに箸を握っていた右手が制止した。
心拍数が高くなる。
「......な、な、何だよそれ。
SSランクってあれでしょ? 
都市伝説でしょ?」
「いいや。俺の友人が何人も目撃したらしい。俺らが昨日、ギルドで報酬を受け取った後に、来たらしいぜ」
「......へー......」
「しかもな? そのSSランクの冒険者に
無謀にも話しかけた奴がいたらしいんだよ」
脂汗が顔に滲み始める。
「へ、へぇ」
「それでどうなったと思う?」
「さ、さぁ?」
「なんとその話しかけた奴が急にその冒険者に告白したんだと」
ああああああああああああっ!!
胸中で発狂が止まらなかった。
「そのSSランクの冒険者はめちゃくちゃ
美人だったらしいが、
流石に馬鹿だよなぁ。
その美人な冒険者もだが、
馬鹿な奴の顔も見てみたいぜ」
今、貴方の隣にいるんですけどね。
となると、もうこの街中に知れ渡っているだろう。
死にたい。昨日の自分を殺しにいきたい。
他の目も気にせず、あんな大きな声で
告白したアホな己を。
「どうしたんだ、オビ。顔色が悪いぞ?」
「い、いや大丈夫だよ。そ、それより
もう僕帰るね......」
街の喧騒に気がついたのは、
そう言い残して
食堂を出たときだった。
人が一つの方向に流れている。
何事かと後を追えば、
大通りに人垣ができていた。
人の合間を縫って、中の様子を窺う。
「で、ワタシをここに呼んだ理由を
聞いてもいいかしら?」
僕はあっと声を漏らした。
この人の群れの視線を集めていたのは
紫音さんだった。
「突然、お呼び出しして申し訳ない」
正対するは、この街で最も巨大なクラン、
ブルーイーグルのクラン長、
ディスペルだった。
ランクはS。この街で知らぬ者はいない
腕利きの剣士だった。
「私は貴方に決闘を申し込みたい!」
それに群衆は沸き立つ。
その剣術の才能から、若くしてクランの長まで登りついた彼に敵なし。
彼は求めていたのだ。
自分を超えるものを。
自分を見定める好機を。
街一番の冒険者とSSランクの冒険者が戦うとなって、更に人が押し寄せる。
街中が期待した。視線を寄せた。
彼らの決闘を。
しかし、
「遠慮しとくわ?」
紫音はあっさりと断った。
ディスペルは呆気に取られる。
まさか、最強と歌われたSSランクの冒険者が逃げるのか。
いや、違う。
自分は相手として見られていないのだ。
屈辱だった。大衆の前で自分は弱者だと、強者から宣告されたに等しい。
ディスペルはこんな屈辱を受けたのは初めてだった。
「ま、待ってくれ! 私など貴方の足元に及ばぬと言いたいのか!?」
それに紫音は背を向けて、
「ワタシは人と戦うために、
冒険者になったわけじゃない。
ただそれだけよ。アナタがどうとか、
そんなことは思ってないわ」
ディスペルは強く剣を握りしめ、
歯噛みした。
つまり、お前など興味はないという
ことではないか。
「戦えよ!」
「逃げるのか!」
辺りから、立ち去ろうとする紫音へ
群衆から罵声が飛び交う。
いつの間にか、通り道が塞がれていた。
冒険者達だった。
それもブルーイーグルのバッチを
付けている。
クラン長がこんな恥をかくのが
許せないのだ。
戦え! 戦え!
不意に訪れたSSランクという異質な冒険者に、住民の期待は膨らみ、その好奇心は
止まることなかった。
紫音はゆっくりとそしてつまらなさそうに
ため息を漏らした。
紫音は翻った。
それにディスペルは喜びを露にする。
群衆が再び沸いた。
「感謝する。貴方の力、
とくと味あわせてもらう!
では、いざ!」
ディスペルは重心を低くし、抜刀した。
刹那、斬撃が紫音に飛んだ。
彼女は避けなかった。
避けたら後ろの住民が怪我をするのが
分かっていたのだろう。
呆れた顔で紫音はその斬撃を受け止めた。
傷は一つもついていない。
だが、ディスペルは攻撃を止めなかった。
一瞬で間合いを詰め、横薙に、
その瞬間、オビは明らかに
紫音の変化を見て取った。
表情も体勢も何も変わっていない。
ただ、雰囲気が一変した。
死ぬ。
それをディスペルは察知したのだろう。
素早く後退した。
しかし、いつの間にかその雰囲気は引っ込んでいた。
気のせい? 
いや、紫音は嫌がっているのだ。
その雰囲気が出てしまうことを。
本当の自分が露になってしまうことを。
「どうしたんですか? いいんですよ、
少し本気を出しても。
被害なら心配しないでください。
周りには私の仲間がいます。
いつでも防御の結界を張れる準備は
できています。ですから、
思う存分、力を」
ディスペルはまた間合いを詰めた。
オビはそのとき分かった。
彼女は苦しんでいる。
こんな決闘はしたくないと。
我知らず、オビは走り出していた。
こんな只中に自分が割り込めば、
どうなるか分かっていた。
それでも、紫音の見せたあの悲しげで詰まらなそうな表情に、居ても立っても居られなかった。
人々が突如割って入ってきた
青年に驚く。
そして、それは悲鳴に変わった。
不運にも、止めにかかったオビは、
ディスペルの強烈な上段の前に
入ってしまった。
オビの眼から火が出たのは
その後直ぐだった。
知らない天井を視界に認めた直後、
医者がこちらの顔を覗いた。
「起きたかね? 青年」
「......ここは?」
「病院だよ。君は何でも決闘してる
二人の間に入ってしまったらしい
じゃないか。ダメだよ? いくら中の様子が気になるからって。危ないから」
そうだ。僕はあの時決闘を止めようと、
無理矢理中に入ったんだ。
「相手があのディスペルだったから
助かったものの。いやはや、
君を視界に入れた直後で剣の速度を
緩めたとわ」
「あ、あの......その後どうなったんですか?」
「怪我人が出てしまったということで、
決闘は取り止め」
「そ、そうですか。よかった」
ほっと安堵のため息を漏らす。
「そういえば、君を運んできた者から
言伝だ。ありがとうだと」
「……ありがとう?」
それに僕ははっとした。
もしかして......
体調が回復した僕は直ぐにギルドへ
向かった。
しかし、あの場所に紫音さんはいなかった。
代わりに、神聖な決闘を邪魔した僕に、
ギルド中から白い目が向けられた。
後日、何度もギルドへ通うも、
紫音さんの姿はなかった。
あの件でこの街を出て行ったと噂する者も
いる。
元々あの人は旅人。この街に立ち寄ったのはただの気紛れ。
対して、一生僕はこの街で
暮らすしかない。
もう会うことはないだろう。
それが辛かった。初恋の相手だったのに。
謝りたい。逃げてしまったことを。
そんな後悔の只中で、不運な出来事が
もう一つ起こった。
「じゃあ元気でやれよ」
ナッツがパーティーを抜けた。
肉屋を営んでいた父が体を崩して、
本格的に店を継がなければいけなくなった。
唯一の友であり、助け合える仲間が
僕の前からいなくなった。
これで、本当に僕は一人に、
「......仮面さんは抜けないの?」
仮面さんは反応を示さなかった。
「このままじゃ僕と二人で任務をしていく
ことになるけど、いいの?」
それに、こくっと仮面さんは頷いた。
これにより、僕は二人で任務を
こなすことになったのだ。
そんなある日のことである。
サイレンと共に街中にアナウンスが
鳴り響いた。
『全冒険者の諸君! 至急ギルドに集合せよ! これは非常任務である!
繰り返す──』
僕が生まれている間にこの音だけは聞きたくなかった。
非常任務。
これはどんな冒険者にも参加が義務付けられた強制任務であり、任務内容は二つ。
戦争。または街を滅ぼすほどの
驚異が迫ったときである。
「終わった......」
任務内容をまだ聞いていないのに、僕は
そう弱音を吐いた。
間違いなく自分は死ぬ。
Dランクの自分が生き残れるはずがない。
隣では、仮面さんがじーっと待機していた。
「仮面さんは怖くないの?」
それに仮面さんはかぶりを振った。
「強いんだね......僕は怖くて仕方ないよ」
そう言うと、僕より少し背丈の大きい
仮面さんは僕の頭を撫でる。
それに思わず驚いてしまった。
ナッツがいなくなって1ヶ月。
二人で色々な任務を達成してきたお陰で絆が深まったのか。
それにしても、二人きりになってから、
やけに仮面さんは僕に反応を示すようになった。気のせいだろうか。
そうこうしているうちに、パーティーの
振り分けが始まった。
元々パーティーに所属していた者はそのまま。ソロ、または僕達みたいな三人未満のパーティーは強制的に
三人以上のパーティー
を組まされる。
「では、そこの仮面を被った君はこっちの
パーティーへ」
当然だろう。
Dランク二人のパーティーに誰も
入りたがらない。
であれば、僕と仮面さんを引き剥がすのは
至極真っ当な考え。
しかし、仮面さんはそれにかぶりを振った。
「じゃあ君でいい、こっちのパーティーに」
「は、はい」
直後、仮面さんは僕の服を掴んだ。
拒否する。
そう言っているのだろう。
「あ、あのね仮面さん。まずいよ。
早くパーティーを決めないといけないのに」
しかし、一向に受け入れようとしない。
ギルドの係員がそれに呆れて
いたときだった。
ギルドがざわつき始めた。
入ってきたその者を見て。
僕は開いた口が塞がらなかった。
「う、嘘......」
僕が目にしているのは、もう会えないと
思っていた紫音さんだった。
彼女は周囲の動揺を全く意に介さず、
堂々とギルド係員へと、
「ワタシはどこのパーティーへ参加すれば
いいのかしら?」
「え、えっと......じゃ、じゃあここの二人のパーティーに入ってもらえますか?」
仮面さんが最後まで駄々をこねてくれたおかげだろう。
まだパーティーが決まっていなかった
僕らの元に最強の冒険者が歩み寄る。
「......し、紫音さん」
「あら? お久しぶりね」
こちらに気がついた紫音さんは
そう声をかけてくれた。
嬉しくて死にそうだった。
天に召されそうだった。
心臓の動悸が収まらない。
紫音さんを視界に入れるだけで、体中が
熱くなった。
「お、お、お、お久しぶりです。
きょ、今日はどうかよ、よ、
よろしくお願いし」
何か白い光が視界の隅で輝いた。
僕はそれが刃物だと認識するのに
少し時間がかかった。
抜かれた刀身が一直線に
紫音さんの首元に迫る。
すんでのところでそれは
止まった。
その刃物を向けた者へ、
僕はゆっくりと視線を移す。
「......仮面さん?」
ギルドを去った。
完全にSSランクという化け物を前に
して、恐れてしまったのだ。
紫音さんは失望しただろうか。
いや、何てことはない。
きっと僕なんて忘れられてる。
「おい! そっち行ったぞ!」
突如、ナッツが叫んだ。
僕はようやく今が任務中であることを自覚した。
それは鋭い爪を露にして、凄まじい速度で
迫ってくる。
「......捕まえた」
先に断っておくが、この任務内容は逃げた猫の捕獲である。
Dランクで構成されたこのパーティーに
モンスターの討伐は受託できない。
せいぜい、清掃かこんなかんじの雑用が
ほとんどだった。
それから任務を終え、ギルドで安い報酬を受け取った僕らは、いつものように
食堂で腹を満たしていた。
「で、何でぼーっとしてたんだよ。
まだ昨日のこと根に持ってんのか?」
カツ丼を軽く平らげたナッツがそう訊ねた。
「持ってないよ。ちょっと考えごとをしてたんだ」
ナッツは口は悪いが良き友人だ。
僕みたいなどうしようもない奴でもパーティーに勧誘してくれた。
こうして一緒に食事をし、話をするのも彼ぐらいだろう。
彼もまた同じDランクだが、落ちこぼれの僕とは違う。
ナッツが冒険者をやってるのは、ただの趣味であり、本業は肉屋だ。
だから、ランクに拘る必要もない。
「ふーん、そうかよ。じゃああの後
どうだったんだ? 女と話したのか?」
それに胸が痛くなった。
紫音さんから逃げてしまった罪悪感に。
「ははは......無理に決まってるだろ。
あの後家に帰ったさ」
苦笑いを浮かべて、視線を逸らす。
「やっぱな。そうだと思ったぜ。
なぁ? 仮面?」
そう水を向けられても、仮面を被ったその
人物は口を噤んだまま。
それに呆れてはぁとナッツはため息をついた。
この仮面と僕、そしてナッツの三人でパーティーは構成されている。
しかし、僕とナッツはこの人物の名前も顔も知らない。声も聞いたことがない。
だから、僕らは「仮面」と呼んでいる。
僕とナッツでDランクの冒険者を募集したとき、パーティーに加入申請をしてきた
のがこの仮面さんだった。
最初は無反応に手こずったものの、任務はしっかりこなすし、時間も守る。そして、それなりに身体能力が高い。
むしろ、僕らはこの仮面さんに頼りきりだった。
「そういえば聞いたかよ、オビ」
「え、何が?」
「この街に今、SSランクの冒険者が
来てるって」
それに箸を握っていた右手が制止した。
心拍数が高くなる。
「......な、な、何だよそれ。
SSランクってあれでしょ? 
都市伝説でしょ?」
「いいや。俺の友人が何人も目撃したらしい。俺らが昨日、ギルドで報酬を受け取った後に、来たらしいぜ」
「......へー......」
「しかもな? そのSSランクの冒険者に
無謀にも話しかけた奴がいたらしいんだよ」
脂汗が顔に滲み始める。
「へ、へぇ」
「それでどうなったと思う?」
「さ、さぁ?」
「なんとその話しかけた奴が急にその冒険者に告白したんだと」
ああああああああああああっ!!
胸中で発狂が止まらなかった。
「そのSSランクの冒険者はめちゃくちゃ
美人だったらしいが、
流石に馬鹿だよなぁ。
その美人な冒険者もだが、
馬鹿な奴の顔も見てみたいぜ」
今、貴方の隣にいるんですけどね。
となると、もうこの街中に知れ渡っているだろう。
死にたい。昨日の自分を殺しにいきたい。
他の目も気にせず、あんな大きな声で
告白したアホな己を。
「どうしたんだ、オビ。顔色が悪いぞ?」
「い、いや大丈夫だよ。そ、それより
もう僕帰るね......」
街の喧騒に気がついたのは、
そう言い残して
食堂を出たときだった。
人が一つの方向に流れている。
何事かと後を追えば、
大通りに人垣ができていた。
人の合間を縫って、中の様子を窺う。
「で、ワタシをここに呼んだ理由を
聞いてもいいかしら?」
僕はあっと声を漏らした。
この人の群れの視線を集めていたのは
紫音さんだった。
「突然、お呼び出しして申し訳ない」
正対するは、この街で最も巨大なクラン、
ブルーイーグルのクラン長、
ディスペルだった。
ランクはS。この街で知らぬ者はいない
腕利きの剣士だった。
「私は貴方に決闘を申し込みたい!」
それに群衆は沸き立つ。
その剣術の才能から、若くしてクランの長まで登りついた彼に敵なし。
彼は求めていたのだ。
自分を超えるものを。
自分を見定める好機を。
街一番の冒険者とSSランクの冒険者が戦うとなって、更に人が押し寄せる。
街中が期待した。視線を寄せた。
彼らの決闘を。
しかし、
「遠慮しとくわ?」
紫音はあっさりと断った。
ディスペルは呆気に取られる。
まさか、最強と歌われたSSランクの冒険者が逃げるのか。
いや、違う。
自分は相手として見られていないのだ。
屈辱だった。大衆の前で自分は弱者だと、強者から宣告されたに等しい。
ディスペルはこんな屈辱を受けたのは初めてだった。
「ま、待ってくれ! 私など貴方の足元に及ばぬと言いたいのか!?」
それに紫音は背を向けて、
「ワタシは人と戦うために、
冒険者になったわけじゃない。
ただそれだけよ。アナタがどうとか、
そんなことは思ってないわ」
ディスペルは強く剣を握りしめ、
歯噛みした。
つまり、お前など興味はないという
ことではないか。
「戦えよ!」
「逃げるのか!」
辺りから、立ち去ろうとする紫音へ
群衆から罵声が飛び交う。
いつの間にか、通り道が塞がれていた。
冒険者達だった。
それもブルーイーグルのバッチを
付けている。
クラン長がこんな恥をかくのが
許せないのだ。
戦え! 戦え!
不意に訪れたSSランクという異質な冒険者に、住民の期待は膨らみ、その好奇心は
止まることなかった。
紫音はゆっくりとそしてつまらなさそうに
ため息を漏らした。
紫音は翻った。
それにディスペルは喜びを露にする。
群衆が再び沸いた。
「感謝する。貴方の力、
とくと味あわせてもらう!
では、いざ!」
ディスペルは重心を低くし、抜刀した。
刹那、斬撃が紫音に飛んだ。
彼女は避けなかった。
避けたら後ろの住民が怪我をするのが
分かっていたのだろう。
呆れた顔で紫音はその斬撃を受け止めた。
傷は一つもついていない。
だが、ディスペルは攻撃を止めなかった。
一瞬で間合いを詰め、横薙に、
その瞬間、オビは明らかに
紫音の変化を見て取った。
表情も体勢も何も変わっていない。
ただ、雰囲気が一変した。
死ぬ。
それをディスペルは察知したのだろう。
素早く後退した。
しかし、いつの間にかその雰囲気は引っ込んでいた。
気のせい? 
いや、紫音は嫌がっているのだ。
その雰囲気が出てしまうことを。
本当の自分が露になってしまうことを。
「どうしたんですか? いいんですよ、
少し本気を出しても。
被害なら心配しないでください。
周りには私の仲間がいます。
いつでも防御の結界を張れる準備は
できています。ですから、
思う存分、力を」
ディスペルはまた間合いを詰めた。
オビはそのとき分かった。
彼女は苦しんでいる。
こんな決闘はしたくないと。
我知らず、オビは走り出していた。
こんな只中に自分が割り込めば、
どうなるか分かっていた。
それでも、紫音の見せたあの悲しげで詰まらなそうな表情に、居ても立っても居られなかった。
人々が突如割って入ってきた
青年に驚く。
そして、それは悲鳴に変わった。
不運にも、止めにかかったオビは、
ディスペルの強烈な上段の前に
入ってしまった。
オビの眼から火が出たのは
その後直ぐだった。
知らない天井を視界に認めた直後、
医者がこちらの顔を覗いた。
「起きたかね? 青年」
「......ここは?」
「病院だよ。君は何でも決闘してる
二人の間に入ってしまったらしい
じゃないか。ダメだよ? いくら中の様子が気になるからって。危ないから」
そうだ。僕はあの時決闘を止めようと、
無理矢理中に入ったんだ。
「相手があのディスペルだったから
助かったものの。いやはや、
君を視界に入れた直後で剣の速度を
緩めたとわ」
「あ、あの......その後どうなったんですか?」
「怪我人が出てしまったということで、
決闘は取り止め」
「そ、そうですか。よかった」
ほっと安堵のため息を漏らす。
「そういえば、君を運んできた者から
言伝だ。ありがとうだと」
「……ありがとう?」
それに僕ははっとした。
もしかして......
体調が回復した僕は直ぐにギルドへ
向かった。
しかし、あの場所に紫音さんはいなかった。
代わりに、神聖な決闘を邪魔した僕に、
ギルド中から白い目が向けられた。
後日、何度もギルドへ通うも、
紫音さんの姿はなかった。
あの件でこの街を出て行ったと噂する者も
いる。
元々あの人は旅人。この街に立ち寄ったのはただの気紛れ。
対して、一生僕はこの街で
暮らすしかない。
もう会うことはないだろう。
それが辛かった。初恋の相手だったのに。
謝りたい。逃げてしまったことを。
そんな後悔の只中で、不運な出来事が
もう一つ起こった。
「じゃあ元気でやれよ」
ナッツがパーティーを抜けた。
肉屋を営んでいた父が体を崩して、
本格的に店を継がなければいけなくなった。
唯一の友であり、助け合える仲間が
僕の前からいなくなった。
これで、本当に僕は一人に、
「......仮面さんは抜けないの?」
仮面さんは反応を示さなかった。
「このままじゃ僕と二人で任務をしていく
ことになるけど、いいの?」
それに、こくっと仮面さんは頷いた。
これにより、僕は二人で任務を
こなすことになったのだ。
そんなある日のことである。
サイレンと共に街中にアナウンスが
鳴り響いた。
『全冒険者の諸君! 至急ギルドに集合せよ! これは非常任務である!
繰り返す──』
僕が生まれている間にこの音だけは聞きたくなかった。
非常任務。
これはどんな冒険者にも参加が義務付けられた強制任務であり、任務内容は二つ。
戦争。または街を滅ぼすほどの
驚異が迫ったときである。
「終わった......」
任務内容をまだ聞いていないのに、僕は
そう弱音を吐いた。
間違いなく自分は死ぬ。
Dランクの自分が生き残れるはずがない。
隣では、仮面さんがじーっと待機していた。
「仮面さんは怖くないの?」
それに仮面さんはかぶりを振った。
「強いんだね......僕は怖くて仕方ないよ」
そう言うと、僕より少し背丈の大きい
仮面さんは僕の頭を撫でる。
それに思わず驚いてしまった。
ナッツがいなくなって1ヶ月。
二人で色々な任務を達成してきたお陰で絆が深まったのか。
それにしても、二人きりになってから、
やけに仮面さんは僕に反応を示すようになった。気のせいだろうか。
そうこうしているうちに、パーティーの
振り分けが始まった。
元々パーティーに所属していた者はそのまま。ソロ、または僕達みたいな三人未満のパーティーは強制的に
三人以上のパーティー
を組まされる。
「では、そこの仮面を被った君はこっちの
パーティーへ」
当然だろう。
Dランク二人のパーティーに誰も
入りたがらない。
であれば、僕と仮面さんを引き剥がすのは
至極真っ当な考え。
しかし、仮面さんはそれにかぶりを振った。
「じゃあ君でいい、こっちのパーティーに」
「は、はい」
直後、仮面さんは僕の服を掴んだ。
拒否する。
そう言っているのだろう。
「あ、あのね仮面さん。まずいよ。
早くパーティーを決めないといけないのに」
しかし、一向に受け入れようとしない。
ギルドの係員がそれに呆れて
いたときだった。
ギルドがざわつき始めた。
入ってきたその者を見て。
僕は開いた口が塞がらなかった。
「う、嘘......」
僕が目にしているのは、もう会えないと
思っていた紫音さんだった。
彼女は周囲の動揺を全く意に介さず、
堂々とギルド係員へと、
「ワタシはどこのパーティーへ参加すれば
いいのかしら?」
「え、えっと......じゃ、じゃあここの二人のパーティーに入ってもらえますか?」
仮面さんが最後まで駄々をこねてくれたおかげだろう。
まだパーティーが決まっていなかった
僕らの元に最強の冒険者が歩み寄る。
「......し、紫音さん」
「あら? お久しぶりね」
こちらに気がついた紫音さんは
そう声をかけてくれた。
嬉しくて死にそうだった。
天に召されそうだった。
心臓の動悸が収まらない。
紫音さんを視界に入れるだけで、体中が
熱くなった。
「お、お、お、お久しぶりです。
きょ、今日はどうかよ、よ、
よろしくお願いし」
何か白い光が視界の隅で輝いた。
僕はそれが刃物だと認識するのに
少し時間がかかった。
抜かれた刀身が一直線に
紫音さんの首元に迫る。
すんでのところでそれは
止まった。
その刃物を向けた者へ、
僕はゆっくりと視線を移す。
「......仮面さん?」
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