才媛は一日にして成らず
(28)採用試験の裏側
そろそろ三人が公爵邸から戻る頃かと、正門を出て歩き出したローダスだったが、朝の再現状態となっているのを見て無意識に溜め息を吐いた。
「……お前達、どれくらい前からここに立っているんだよ」
「朝にも言ったが、ローダスが遅いんだ」
「私、採用試験と面接がどうなったのか気になって気になって、一日中落ち着かなかったのに!」
「だが、俺達がここで気を揉んだって、仕方がないだろう?」
ローダスは冷静に正論を口にしたが、シレイアの心情としてはそれで割り切れるものではなかった。
「もうぅぅっ! ローダスったら、本当に薄情なんだからっ!!」
「いや、俺だってそれなりに三人の事を心配していたが」
「『それなりに』ですってぇぇぇっ!! それが薄情だっていうのよっ!!」
「そうは言ってもだな……。おい、誰か助けてくれよ」
不安と心配が高じた挙句のやりきれない怒りを、シレイアはローダスにぶつけた。その攻撃をまともに喰らってしまったローダスは、困り顔で周囲に助けを求める。しかし昔からの友人達の反応は、実に素っ気ないものだった。
「それはちょっと勘弁してくれ」
「痴話喧嘩に巻き込まれるのはご免だ」
「お前の方が若干悪いと思う。自力で頑張れ」
「ちょっと待って! 痴話喧嘩って何よ!?」
「あ、馬車が戻って来たぞ!!」
「本当!?」
幸いなことに本格的に二人が揉め始める前に、道の向こうから朝に見たのと同じ馬車がやって来るのをジャンが認めた。反射的に上がった声にシレイアも反応し、ひとまず休戦しておとなしく馬車の到着を待つ。
「皆さん、お疲れさまでした」
「あ、はい。ええと……」
「お世話になりました」
「ありがとうございます」
朝と同様、率先して降りたレスターが三人に声をかけ、降車を促す。対する三人は、どこか強張った表情でゆっくりとした動作で順番に降りてきた。無条件に喜んでいるようには見えない三人の様子に、シレイア達は不安になりながら顔を見合わせ、レスターに視線を向ける。
「……あの、レスター?」
最悪の結果を予想しつつ、シレイアは慎重に声をかけてみた。しかしレスターは満面の笑顔でそれに応じる。
「三人とも、卒業後に公爵家での雇用が決まった。住居も公爵邸内の使用人棟を使用する手配を整えるから、最低限必要な荷物だけ持ち込んでくれたらよい。引っ越しの手配もこちらでする。諸々については、既に三人に説明済みだから安心してくれ」
それを耳にした途端、ローダス達が歓喜の叫びを上げる。
「本当か!?」
「三人とも、やったな!」
「おめでとう!」
「本当に良かった!」
そこでダニエラがシレイアに向かって駆け寄り、勢い良く抱きつきながら泣き叫んだ。
「シ、シレイアぁぁぁっ! 良かった! 王都で職に就けるなんて! 本当に諦めかけてたのに!」
どうやら硬い表情だったのは、今の今まで自分の幸運が信じられなかったのと実感が湧かなかったせいだったらしく、改めてレスターの話を聞いたのとシレイア達の顔を見たことで安堵し、緊張が振り切れたらしかった。それはハワードとウォルターも同様だったらしく、堰を切ったように嬉し涙を流しながら口々に言い出す。
「お、俺もだよっ! 送り出してくれた、故郷の皆に合わせる顔がないって、絶望してたのに」
「ナジェーク様が、『後援していたご領主には、角が立たないようにこちらから説明をしておくから』とまで仰ってくださって」
「官吏にはなれなかったけど、それと遜色ないお給金で、勤務条件も破格遇でこれ以上は望めないくらいの好条件だし」
「俺っ、これからナジェーク様とシェーグレン公爵家に、全力で仕えるぞ!」
「俺もだ。拾ってくれた恩を、絶対に仕事でお返しするんだ!」
「ええ、頑張りましょうね!!」
力強く決意表明するダニエラ達を見て、周囲に安堵の笑みが満ちた。
「三人とも、本当に良かったな」
「もう自分の事のように嬉しいぞ」
「俺もだ。ほっとした」
それから問われるまま、試験や面接の様子を興奮冷めやらぬ様子で語るダニエラ達を眺めながら、シレイアは考え込んだ。そしてローダスの隣に移動し、彼にだけ聞こえる声量で囁く。
「……ねえ、ローダス。ちょっと考えてみたんだけど」
「何を?」
「ナジェーク様がわざわざ官吏登用試験に落ちた人間を採用してきたのは、早めに引き抜いて王家に悪印象を持たれたくないのも理由としてはあると思うけど、試験に落ちて将来が真っ暗でどん底状態の学生を救う事で、その人達の自分や公爵家に対する忠誠心が爆上がりするのを狙ったりしていないかしら?」
それを聞いたローダスは、心底嫌そうな表情になりながら言葉を返した。
「気になるなら、本人に面と向かって尋ねてみたらどうだ? もうすぐ官吏として出仕するし、王宮でばったり出くわす可能性だってあるだろう」
「そんな怖い事、とても面と向かって聞けないわよ!」
「俺だって無理だな。そもそも、そんな事を聞いても意味無いだろう。ナジェーク様の底知れなさを再認識するだけだ」
「怖っ! 怖すぎるし、容赦がなさすぎる! さすがはあのコーネリア様の弟で、エセリア様の兄なだけあるわ」
「今の台詞、もの凄く今更感があるんだが……」
一人戦慄しているシレイアを見て、ローダスが溜め息を吐いた。すると二人がそんな事を話している間に、他の者は纏まって正門への移動を開始していた。
「おい、ローダス、シレイア。寮に戻るぞ」
「なに話し込んでるんだよ。置いていくぞ」
「あ、ちょっと待ってよ」
「今行く」
促された二人は慌てて友人達の後を追いかけ、採用試験の裏側についての話は有耶無耶のうちに終わった。
「……お前達、どれくらい前からここに立っているんだよ」
「朝にも言ったが、ローダスが遅いんだ」
「私、採用試験と面接がどうなったのか気になって気になって、一日中落ち着かなかったのに!」
「だが、俺達がここで気を揉んだって、仕方がないだろう?」
ローダスは冷静に正論を口にしたが、シレイアの心情としてはそれで割り切れるものではなかった。
「もうぅぅっ! ローダスったら、本当に薄情なんだからっ!!」
「いや、俺だってそれなりに三人の事を心配していたが」
「『それなりに』ですってぇぇぇっ!! それが薄情だっていうのよっ!!」
「そうは言ってもだな……。おい、誰か助けてくれよ」
不安と心配が高じた挙句のやりきれない怒りを、シレイアはローダスにぶつけた。その攻撃をまともに喰らってしまったローダスは、困り顔で周囲に助けを求める。しかし昔からの友人達の反応は、実に素っ気ないものだった。
「それはちょっと勘弁してくれ」
「痴話喧嘩に巻き込まれるのはご免だ」
「お前の方が若干悪いと思う。自力で頑張れ」
「ちょっと待って! 痴話喧嘩って何よ!?」
「あ、馬車が戻って来たぞ!!」
「本当!?」
幸いなことに本格的に二人が揉め始める前に、道の向こうから朝に見たのと同じ馬車がやって来るのをジャンが認めた。反射的に上がった声にシレイアも反応し、ひとまず休戦しておとなしく馬車の到着を待つ。
「皆さん、お疲れさまでした」
「あ、はい。ええと……」
「お世話になりました」
「ありがとうございます」
朝と同様、率先して降りたレスターが三人に声をかけ、降車を促す。対する三人は、どこか強張った表情でゆっくりとした動作で順番に降りてきた。無条件に喜んでいるようには見えない三人の様子に、シレイア達は不安になりながら顔を見合わせ、レスターに視線を向ける。
「……あの、レスター?」
最悪の結果を予想しつつ、シレイアは慎重に声をかけてみた。しかしレスターは満面の笑顔でそれに応じる。
「三人とも、卒業後に公爵家での雇用が決まった。住居も公爵邸内の使用人棟を使用する手配を整えるから、最低限必要な荷物だけ持ち込んでくれたらよい。引っ越しの手配もこちらでする。諸々については、既に三人に説明済みだから安心してくれ」
それを耳にした途端、ローダス達が歓喜の叫びを上げる。
「本当か!?」
「三人とも、やったな!」
「おめでとう!」
「本当に良かった!」
そこでダニエラがシレイアに向かって駆け寄り、勢い良く抱きつきながら泣き叫んだ。
「シ、シレイアぁぁぁっ! 良かった! 王都で職に就けるなんて! 本当に諦めかけてたのに!」
どうやら硬い表情だったのは、今の今まで自分の幸運が信じられなかったのと実感が湧かなかったせいだったらしく、改めてレスターの話を聞いたのとシレイア達の顔を見たことで安堵し、緊張が振り切れたらしかった。それはハワードとウォルターも同様だったらしく、堰を切ったように嬉し涙を流しながら口々に言い出す。
「お、俺もだよっ! 送り出してくれた、故郷の皆に合わせる顔がないって、絶望してたのに」
「ナジェーク様が、『後援していたご領主には、角が立たないようにこちらから説明をしておくから』とまで仰ってくださって」
「官吏にはなれなかったけど、それと遜色ないお給金で、勤務条件も破格遇でこれ以上は望めないくらいの好条件だし」
「俺っ、これからナジェーク様とシェーグレン公爵家に、全力で仕えるぞ!」
「俺もだ。拾ってくれた恩を、絶対に仕事でお返しするんだ!」
「ええ、頑張りましょうね!!」
力強く決意表明するダニエラ達を見て、周囲に安堵の笑みが満ちた。
「三人とも、本当に良かったな」
「もう自分の事のように嬉しいぞ」
「俺もだ。ほっとした」
それから問われるまま、試験や面接の様子を興奮冷めやらぬ様子で語るダニエラ達を眺めながら、シレイアは考え込んだ。そしてローダスの隣に移動し、彼にだけ聞こえる声量で囁く。
「……ねえ、ローダス。ちょっと考えてみたんだけど」
「何を?」
「ナジェーク様がわざわざ官吏登用試験に落ちた人間を採用してきたのは、早めに引き抜いて王家に悪印象を持たれたくないのも理由としてはあると思うけど、試験に落ちて将来が真っ暗でどん底状態の学生を救う事で、その人達の自分や公爵家に対する忠誠心が爆上がりするのを狙ったりしていないかしら?」
それを聞いたローダスは、心底嫌そうな表情になりながら言葉を返した。
「気になるなら、本人に面と向かって尋ねてみたらどうだ? もうすぐ官吏として出仕するし、王宮でばったり出くわす可能性だってあるだろう」
「そんな怖い事、とても面と向かって聞けないわよ!」
「俺だって無理だな。そもそも、そんな事を聞いても意味無いだろう。ナジェーク様の底知れなさを再認識するだけだ」
「怖っ! 怖すぎるし、容赦がなさすぎる! さすがはあのコーネリア様の弟で、エセリア様の兄なだけあるわ」
「今の台詞、もの凄く今更感があるんだが……」
一人戦慄しているシレイアを見て、ローダスが溜め息を吐いた。すると二人がそんな事を話している間に、他の者は纏まって正門への移動を開始していた。
「おい、ローダス、シレイア。寮に戻るぞ」
「なに話し込んでるんだよ。置いていくぞ」
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