才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(23)合格発表

 既に定期試験も終わり、専ら教養関係の授業をこなすだけの日々に少々うんざりしていたシレイアだったが、その日、待ちに待った知らせが届いた。

「今日は最後に、王宮から届いた官吏登用試験結果を渡す。これから名前を呼ぶので、受け取ったら宛名と内包されている通知書類が確かに自分の物であるか、確認するように。もし異なっている場合、直ちに申し出ること。分かったね? それでは、アレク・ロデイルス」
「はっ、はいっ!!」
(確かにそろそろ結果が発表されるだろうとは思っていたけど、凄く緊張する。あ、でも、寮の部屋に戻ってから中身を開封すれば良いのかしら?)
 予想はしていたものの、彼女は幾分動揺しながら自分の名前が呼ばれるのを待った。教室内は一瞬ざわついたものの、すぐに静まり返る。その沈黙と緊張が満ちていく中、シレイアは周囲の様子を窺った。
 
(やっぱりすぐに中を見たいわよね。ここで確認していこう)
 既に通知を受け取った生徒が、自分の席に戻るなり慎重に封書を開封し、中身を確認して無言のまま喜色満面になっているのを確認したシレイアは、安堵しながら自分の名前が呼ばれるのを待った。

「シレイア・カルバム」
「はい!」
(うわ、ドキドキする。試験の手ごたえは十分だったけど、最後の最後までどうなるか分からないもの。油断できないわ)
 緊張が最高潮に高まる中、シレイアはなんとか平静を装って教授から封書を受け取った。駆け戻りたいのを堪えながら自席に戻り、慎重にそれを開封する。そして内封されていた書類を広げたシレイアは、歓喜のあまり叫び出したいのを必死に堪えた。

(合格だわ!! しかも、念願通り民政局に配置してもらえる! 嬉しい!! 神様、ありがとうございます!! 頑張ります!!)
 教授からの通知の配布は続いていたため、シレイアはぞの妨げにならないよう無言を保った。そして封書を手渡し終えた教授が、全員に向かって冷静に告げる。

「それでは、今日の授業はこれまで。あまり遅くまで騒がずに引き上げなさい。他人の迷惑にならないようにな」
 それでその日の授業は全て終了となり、教授がドアを開閉して廊下に出て行った瞬間、教室全体から歓喜の叫びが湧き起こった。

「やった――っ!! 受かったぞ!!」
「良かった! もうだめかと思ってた!」
「受かったのは嬉しいが、外交局は無理だったか……」
「希望通り内務局に入れた。頑張るぞ!」
 教室内のあちこちで特に親しい者達で固まり、喜びの声を上げる。シレイアの席にはローダスが駆け寄り、真っ先に声をかけてきた。

「シレイア。勿論受かったとは思うが、どこに配置だった?」
 その問いかけに、シレイアは余裕の笑みで答える。

「勿論、民政局に決まっているわよ。そっちこそ受かったとは思うけど、私の同僚になるわけ?」
「馬鹿言うな、外交局配置に決まってる」
「それなら頑張りましょうね」
「ああ、お互いにな」
 そんな風にシレイア達が互いの健闘を称え合っていると、ジャン、ギャレット、エリムの三人が自然に集まって来た。

「やっぱり二人は安定してるよな。無事に希望部署に配置されたか」
「ああ。お前達はどうなんだ?」
「俺が内務局、エリムが財務局、ギャレットが法務局で、全員第一希望に配属だ」
「皆、おめでとう!」
「本当に良かったぞ。これで今度の同窓会で肩身の狭い思いをせずに済む」
「胸を張って出席できるよな」
 そこで五人が次の休みに設定されている修学場の同窓会について会話していると、いきなり至近距離で憤怒の声が上がった。

「ふざけんな!! どうして女が受かって、俺が落ちるんだよ!?」
「おい、止めろガーディ!」
「気持ちは分かるが!」
 五人が声のした方に視線を向けると、いつの間にか同級生が一人近寄っており、両側から腕を抑えられているのが目に入った。彼の叫びと同時に教室内が静まり返り、ローダス達がガーディを眺めながら囁き合う。

「……なんだ?」
「ガーディは落ちたらしいな」
「だが、あいつと同じ官吏として働きたくないから、俺的には良かったが」
「それ、本人に面と向かって言うなよ?」
「あ、おい、シレイア!」
 そんな事を彼らがコソコソと言い合っている間に、シレイアは素早く彼らの間をすり抜けて前に出た。

「ガーディ。何か私に言いたい事でもあるの?」
「はっ、女のくせに偉そうにほざくな!」
「はっ、男のくせにみっともないわね!」
「何だと!?」
「ガーディ、止めろって!」
「シレイアも下がってろ!!」
 罵倒してきたガーディに面と向かってシレイアが言い返したことで、その場は一層険悪な空気になった。そしてガーディの叫びが続く。

「女なんか官吏になったって、すぐに結婚して辞めてまともな仕事なんかできやしないじゃないか!! それなのに官吏登用試験なんか受けるから、男の俺が落とされたんだぞ!! 俺が落ちたのは、女のくせにしゃしゃり出たお前のせいだ!!」
 誰が聞いても言いがかりか八つ当たりにしか聞こえない台詞を聞いたシレイアは、呆気に取られた。そして思わず反論するのも論破するのも忘れて、しみじみとした口調で呟く。

「あ~、なんかものすごくデジャブ~。本当に懐かしいわね~」
 どう考えてもこの場に相応しくない表情と口調のシレイアを不思議に思い、ローダスが声をかける。

「は? シレイア、お前何を言ってるんだ?」
「皆に言ってなかったけど、私、六年前、修学場で給費生の発表があった直後、レスターに絡まれたことがあったのよ。『お前のせいで、俺が給費生になれなかったんだ』って。白昼堂々、人が行き交う街路のど真ん中で」
 真顔でのシレイアの告白を聞き、ローダス達は一様に驚いた表情になった。

「え? そんな事があったのか?」
「全然知らなかったぞ」
「その直後、レスターがシェーグレン公爵邸での奉公が決まって修学場を辞めたから、私も特に言及しなかったんだけどね」
「それでその時、どうしたんだ?」
「その場にたまたま居合わせた、シェーグレン公爵家ご令嬢のコーネリア様がレスターに言い聞かせて、その場を収めてくださったの。その時のご縁で、レスターの就職が決まったようなものなのよ」
 その説明を聞いたレスター達は、揃って納得した面持ちになった。

「そんな縁で、雇用が決まったとは夢にも思わなかったぞ」
「確かに、あの頃のレスターだったらやりかねないな」
「ああ。変にプライドだけ高くて、勘違いが激しい奴だったし」
「何かにつけて、他人を見下して根拠のない優越感に浸る感じで、鼻持ちならなかったな」
「だが修学場を終えてから同窓会で再開した時、レスターの奴、別人と思うくらいに変貌してたよな」
「ああ、あれには俺も度肝を抜かれた。風貌は同じだが、性格がガラッと変わっていて」
「落ち着いたというか、何事にも慎重に考える思慮深さが備わったというか」
「それでね、今のガーディの様子が当時のレスターとそっくりだな~と思って、ちょっと懐かしくなっちゃったってわけ」
 シレイアの台詞を聞いた四人は、改めてガーディに目を向けた。そして揃って怒りを通り越して、憐れみの視線を彼に向ける。

「あぁ~、その気持ち分かる」
「確かに、ガキだよな」
「というか、十二のガキと同レベルって……」
「もはや気の毒としか思えないな」
 四人の好き勝手な感想を聞いたガーディは、この間無視されていた事も相まって激高した。

「おっ、お前ら! 女に尻尾降って、好き放題言いやがって!! 全員纏めてぶっ飛ばしてやる!!」
「おい、止めろってば!」
「誰か教授を呼んで来い!!」
 さすがに傍観できないと周囲が騒ぎ出す中、甲高い静止の声が教室内に響き渡った。


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