才媛は一日にして成らず
(21)茶番の後始末
官吏登用試験、クレランス学園の定期試験も終了し、大きな行事としては卒業記念式典を残すだけになった時期。様々な人間の色々な思惑を孕んだ、卒業記念茶話会当日を迎えた。
放課後、扮装をせず素顔のままアリステアを尾行したシレイアとローダスは、茶話会会場に最も近い階段を上がり切った廊下の陰に潜んだ。同じ階段の踊場で待機しているアリステアの様子を、注意深く観察するためである。
しかし肝心のアリステアは、時折階下を通り過ぎていく生徒達を眺めているだけで一向に動かず、二人は段々困惑してきた。
「なあ……、彼女さっきから、階段の踊場でブツブツ呟きながら突っ立って、何をしていると思う?」
「私に聞かないでよ。この階段を通る人が、例外なく胡散臭い目で彼女を見てるけど、ここに居る私達も同じ目で見られているのよ?」
「……それを言うなよ。何も見なかった事にして、帰りたくなる」
二人がそんな会話しながらをうんざりしていると、事態が動いた。
「きゃあぁあっ!」
「え、何!?」
「どうした!?」
二人で話していて一瞬目を離した瞬間に轟き渡った悲鳴に、シレイアとローダスは本気で狼狽しながら階段を見下ろした。しかし立っていた場所から少し転げ落ちたと思われるアリステアが勢いよく立ち上がり、突然の出来事に驚き足を止めて彼女を見上げていた男子生徒に罵声を浴びせるのを見て、呆気に取られる。
「ちょっと! 何をじろじろ見てるのよ! 見せ物じゃないのよ? さっさと行きなさいったら!」
「……何なんだ? 前々から、少しおかしい女だとは思っていたが」
一方的に文句を言われた彼は、呆れ気味に呟きながらその場を歩き去った。その一部始終を目撃してしたローダスは、困惑も露わに傍らのシレイアに懇願する。
「……シレイア、頼む。さっきのあれは何だったのか、分かるなら解説してくれ」
それを受けて、シレイアは心底嫌そうに推測を述べた。
「解説するのも馬鹿馬鹿しいけど……、自分で階段を転げ落ちておきながら『誰かに突き落とされた』とでも言うつもりじゃないかしら?」
「……殿下に?」
「他の誰によ?」
ここで軽く睨まれてしまったローダスは、うんざりしながら言葉を継いだ。
「そして、エセリア様らしき人影を見たとでも言うつもりか?」
「この廊下の少し先で、今まさに茶話会が進行中ですものね」
「なぁ……、もう本当に帰って良いか?」
「私だって帰りたいのを我慢してるんだから、最後まで付き合いなさいよ! どうなったのか一応確認して、エセリア様に報告しないといけないでしょうが」
シレイアがローダスを叱りつけ、そのまま監視が続行された。それから少し時間が経過し、アリステアが何かに気がついたように慌てて身を屈めたと思ったら、踊り場のすぐ下の階段に横たわりつつ悲鳴を上げる。
「きゃあぁぁっ!」
「……………」
一連の動作を密かに見下ろしていた二人は、彼女を冷め切った目で見下ろした。しかし階段下の廊下を歩いて悲鳴に気がついたらしいグラディクトが、血相を変えて階段を駆け上がって来る。
「何だ? ……アリステア、どうした!?」
「あ……、グラディクト様、いたた……」
「大丈夫か? 一体何事だ。足を踏み外したのか?」
グラディクトは、階段に倒れているアリステアに手を貸しながら尋ねた。すると彼女は、シレイアとローダスが予想していた通りの口から出まかせを口にする。
「違います。階段を下りようとしたら、後ろから誰かに突き飛ばされて……。そのまま転がり落ちてしまったんです」
「何だと!? 下手すると命に関わるだろうが! そんな事を誰がした!」
「はっきりとは見ませんでしたが……、エセリア様のようなストレートで、ハーフアップのプラチナブロンドの人だったと……」
「やっぱりあの女か、許せん! だがあれを責める前に、アリステアの方が大事だ。怪我は? あれだけの悲鳴を上げたのだから、無傷と言うわけは無いだろう?」
「え? ええと……、はい。足を捻挫してしまったかと。痛くて、歩けそうにありません」
「よし、すぐに医務室に連れて行ってやる! 安心しろ」
憤慨して叫んだグラディクトが、アリステアを横抱きにしてその場から足早に立ち去る。その一部始終を目撃したシレイアとローダスは、あまりにも見え透いた嘘を吐くアリステアと、それを真に受けるグラディクトに心底呆れながら囁き合った。
「……なぁ、シレイア。階段に突っ伏して倒れていたなら、背後から突き飛ばした相手の姿を見るのって、どう考えても無理じゃないか?」
「それ以前に、踊場から一段しか降りていない所で倒れていて、何をどう怪我するって言うのよ。馬鹿馬鹿しい」
「あの状況で、それを鵜呑みにするってどうなんだ?」
「そもそも、あんなしょぼすぎる自作自演で、周囲を誤魔化せると本気で思っている辺りが、相当おめでたいわね」
「一応、何をする気だったのかは見届けたし、もう見張っていなくても良いよな?」
「そうね。全く、くだらない事で時間を浪費したわ」
そこで二人は用は済んだとばかりに、雑談をしながら寮に向かって歩き出した。しかしその講義棟を出て隣接する講義棟に移った所で、シレイアが足を止める。
「シレイア? どうかしたのか?」
急に足を止めた彼女を不審に思い、ローダスが声をかけた。するとシレイアが彼に顔を向ける。
「さっき殿下が『医務室に連れて行ってやる』とか言っていたじゃない? でもどう考えても彼女が怪我をしている筈がないし、そんな健康体しか思えない人間を治療しろと言われたら、医務官はどう反応すると思う?」
真顔での問いかけに、ローダスも虚を衝かれたような表情になってから考え込んだ。
「それは……、やっぱり無傷ですとか言うんじゃないか?」
「それであの殿下が納得すると思う? それに嘘がばれないように、彼女が喚き立てたりするんじゃないかしら?」
「……医務室に出向いて、様子を窺ってきた方が良いな」
「そうしましょう」
意見が一致した二人は即座に反転し、医務室に向かって移動を開始した。そして医務室のドアの前に立った二人は、注意深く室内の様子に耳を傾ける。すると内容は分からないものの、微かに問題の二人の声が聞こえてたため、シレイアとローダスは一番近い廊下の曲がり角に身を潜め、二人が中から出てくるのを待つことにした。
幸いなことに二人が身を隠した直後、憤慨しているグラディクトと安堵した様子のアリステアが、連れ立って医務室から出てくる。
「全く! とんだ藪医者だ! この学園は王族も所属するのに、あんな怠慢な医者が勤務しているなど許しがたい!」
「グラディクト様、そんなに怒らないでください。ちゃんと処置して貰いましたし、すぐに良くなりますから」
「そうでなかったら困る。エセリアの奴、自身が卒業してアリステアに直接嫌がらせできなくなると思って、いよいよなりふり構わなくなってきたな!」
「でもグラディクト様。突き飛ばされた時にチラッと見ただけですから、本当にエセリア様だったかどうか分かりません。滅多なことは口にしないでください。私は本当に大丈夫ですから」
本当は無傷だったこともあり、あまり大げさにしたくないらしいアリステアが、怒りを露わにしているグラディクトを宥める。すると彼は怒りを鎮め、神妙な面持ちで彼女に詫びた。
「すまないな、アリステア。本当なら君専属の護衛の一人や二人、つけるべきなのに。側付きは役に立たない無能者ばかりだし、エセリアの息がかかっている可能性もあって使えない。歯がゆいばかりだ」
それを聞いたアリステアが、明るく彼を鼓舞する。
「グラディクト様、ここは我慢のしどころですよ! 建国記念式典でエセリア様の悪行を世間に知らしめると決めたじゃありませんか! それに今日の事だって、卒業記念茶話会にエセリア様が出席しているんですから、誰か証言してくれます! これまでもそうだったじゃありませんか!」
「そうだな。正義は我にあり! 神は誠実な信徒には慈悲と恩恵を与えてくれるのだ! エセリアの奴が、大きな顔をしていられるのも今のうちだ!」
見当違いな事を声高に語りつつ、機嫌よく歩き去って行く二人の背中を、シレイアとローダスは無言で見送った。その姿が完全に見えなくなってから、シレイアが吐き捨てるように告げる。
「はっ! あんたみたいな物事の道理も分からないような奴が、神様について語るなんて片腹痛いわ」
「腹が立つのはもっともだが、俺は平然と嘘を吐ける彼女の方が不気味に思えてきたぞ……」
「取り敢えず、医務室に行って様子を窺ってきましょう」
若干気が重くなったシレイアとローダスだったが、当初の予定通り医務室に向かってドアを叩いた。
放課後、扮装をせず素顔のままアリステアを尾行したシレイアとローダスは、茶話会会場に最も近い階段を上がり切った廊下の陰に潜んだ。同じ階段の踊場で待機しているアリステアの様子を、注意深く観察するためである。
しかし肝心のアリステアは、時折階下を通り過ぎていく生徒達を眺めているだけで一向に動かず、二人は段々困惑してきた。
「なあ……、彼女さっきから、階段の踊場でブツブツ呟きながら突っ立って、何をしていると思う?」
「私に聞かないでよ。この階段を通る人が、例外なく胡散臭い目で彼女を見てるけど、ここに居る私達も同じ目で見られているのよ?」
「……それを言うなよ。何も見なかった事にして、帰りたくなる」
二人がそんな会話しながらをうんざりしていると、事態が動いた。
「きゃあぁあっ!」
「え、何!?」
「どうした!?」
二人で話していて一瞬目を離した瞬間に轟き渡った悲鳴に、シレイアとローダスは本気で狼狽しながら階段を見下ろした。しかし立っていた場所から少し転げ落ちたと思われるアリステアが勢いよく立ち上がり、突然の出来事に驚き足を止めて彼女を見上げていた男子生徒に罵声を浴びせるのを見て、呆気に取られる。
「ちょっと! 何をじろじろ見てるのよ! 見せ物じゃないのよ? さっさと行きなさいったら!」
「……何なんだ? 前々から、少しおかしい女だとは思っていたが」
一方的に文句を言われた彼は、呆れ気味に呟きながらその場を歩き去った。その一部始終を目撃してしたローダスは、困惑も露わに傍らのシレイアに懇願する。
「……シレイア、頼む。さっきのあれは何だったのか、分かるなら解説してくれ」
それを受けて、シレイアは心底嫌そうに推測を述べた。
「解説するのも馬鹿馬鹿しいけど……、自分で階段を転げ落ちておきながら『誰かに突き落とされた』とでも言うつもりじゃないかしら?」
「……殿下に?」
「他の誰によ?」
ここで軽く睨まれてしまったローダスは、うんざりしながら言葉を継いだ。
「そして、エセリア様らしき人影を見たとでも言うつもりか?」
「この廊下の少し先で、今まさに茶話会が進行中ですものね」
「なぁ……、もう本当に帰って良いか?」
「私だって帰りたいのを我慢してるんだから、最後まで付き合いなさいよ! どうなったのか一応確認して、エセリア様に報告しないといけないでしょうが」
シレイアがローダスを叱りつけ、そのまま監視が続行された。それから少し時間が経過し、アリステアが何かに気がついたように慌てて身を屈めたと思ったら、踊り場のすぐ下の階段に横たわりつつ悲鳴を上げる。
「きゃあぁぁっ!」
「……………」
一連の動作を密かに見下ろしていた二人は、彼女を冷め切った目で見下ろした。しかし階段下の廊下を歩いて悲鳴に気がついたらしいグラディクトが、血相を変えて階段を駆け上がって来る。
「何だ? ……アリステア、どうした!?」
「あ……、グラディクト様、いたた……」
「大丈夫か? 一体何事だ。足を踏み外したのか?」
グラディクトは、階段に倒れているアリステアに手を貸しながら尋ねた。すると彼女は、シレイアとローダスが予想していた通りの口から出まかせを口にする。
「違います。階段を下りようとしたら、後ろから誰かに突き飛ばされて……。そのまま転がり落ちてしまったんです」
「何だと!? 下手すると命に関わるだろうが! そんな事を誰がした!」
「はっきりとは見ませんでしたが……、エセリア様のようなストレートで、ハーフアップのプラチナブロンドの人だったと……」
「やっぱりあの女か、許せん! だがあれを責める前に、アリステアの方が大事だ。怪我は? あれだけの悲鳴を上げたのだから、無傷と言うわけは無いだろう?」
「え? ええと……、はい。足を捻挫してしまったかと。痛くて、歩けそうにありません」
「よし、すぐに医務室に連れて行ってやる! 安心しろ」
憤慨して叫んだグラディクトが、アリステアを横抱きにしてその場から足早に立ち去る。その一部始終を目撃したシレイアとローダスは、あまりにも見え透いた嘘を吐くアリステアと、それを真に受けるグラディクトに心底呆れながら囁き合った。
「……なぁ、シレイア。階段に突っ伏して倒れていたなら、背後から突き飛ばした相手の姿を見るのって、どう考えても無理じゃないか?」
「それ以前に、踊場から一段しか降りていない所で倒れていて、何をどう怪我するって言うのよ。馬鹿馬鹿しい」
「あの状況で、それを鵜呑みにするってどうなんだ?」
「そもそも、あんなしょぼすぎる自作自演で、周囲を誤魔化せると本気で思っている辺りが、相当おめでたいわね」
「一応、何をする気だったのかは見届けたし、もう見張っていなくても良いよな?」
「そうね。全く、くだらない事で時間を浪費したわ」
そこで二人は用は済んだとばかりに、雑談をしながら寮に向かって歩き出した。しかしその講義棟を出て隣接する講義棟に移った所で、シレイアが足を止める。
「シレイア? どうかしたのか?」
急に足を止めた彼女を不審に思い、ローダスが声をかけた。するとシレイアが彼に顔を向ける。
「さっき殿下が『医務室に連れて行ってやる』とか言っていたじゃない? でもどう考えても彼女が怪我をしている筈がないし、そんな健康体しか思えない人間を治療しろと言われたら、医務官はどう反応すると思う?」
真顔での問いかけに、ローダスも虚を衝かれたような表情になってから考え込んだ。
「それは……、やっぱり無傷ですとか言うんじゃないか?」
「それであの殿下が納得すると思う? それに嘘がばれないように、彼女が喚き立てたりするんじゃないかしら?」
「……医務室に出向いて、様子を窺ってきた方が良いな」
「そうしましょう」
意見が一致した二人は即座に反転し、医務室に向かって移動を開始した。そして医務室のドアの前に立った二人は、注意深く室内の様子に耳を傾ける。すると内容は分からないものの、微かに問題の二人の声が聞こえてたため、シレイアとローダスは一番近い廊下の曲がり角に身を潜め、二人が中から出てくるのを待つことにした。
幸いなことに二人が身を隠した直後、憤慨しているグラディクトと安堵した様子のアリステアが、連れ立って医務室から出てくる。
「全く! とんだ藪医者だ! この学園は王族も所属するのに、あんな怠慢な医者が勤務しているなど許しがたい!」
「グラディクト様、そんなに怒らないでください。ちゃんと処置して貰いましたし、すぐに良くなりますから」
「そうでなかったら困る。エセリアの奴、自身が卒業してアリステアに直接嫌がらせできなくなると思って、いよいよなりふり構わなくなってきたな!」
「でもグラディクト様。突き飛ばされた時にチラッと見ただけですから、本当にエセリア様だったかどうか分かりません。滅多なことは口にしないでください。私は本当に大丈夫ですから」
本当は無傷だったこともあり、あまり大げさにしたくないらしいアリステアが、怒りを露わにしているグラディクトを宥める。すると彼は怒りを鎮め、神妙な面持ちで彼女に詫びた。
「すまないな、アリステア。本当なら君専属の護衛の一人や二人、つけるべきなのに。側付きは役に立たない無能者ばかりだし、エセリアの息がかかっている可能性もあって使えない。歯がゆいばかりだ」
それを聞いたアリステアが、明るく彼を鼓舞する。
「グラディクト様、ここは我慢のしどころですよ! 建国記念式典でエセリア様の悪行を世間に知らしめると決めたじゃありませんか! それに今日の事だって、卒業記念茶話会にエセリア様が出席しているんですから、誰か証言してくれます! これまでもそうだったじゃありませんか!」
「そうだな。正義は我にあり! 神は誠実な信徒には慈悲と恩恵を与えてくれるのだ! エセリアの奴が、大きな顔をしていられるのも今のうちだ!」
見当違いな事を声高に語りつつ、機嫌よく歩き去って行く二人の背中を、シレイアとローダスは無言で見送った。その姿が完全に見えなくなってから、シレイアが吐き捨てるように告げる。
「はっ! あんたみたいな物事の道理も分からないような奴が、神様について語るなんて片腹痛いわ」
「腹が立つのはもっともだが、俺は平然と嘘を吐ける彼女の方が不気味に思えてきたぞ……」
「取り敢えず、医務室に行って様子を窺ってきましょう」
若干気が重くなったシレイアとローダスだったが、当初の予定通り医務室に向かってドアを叩いた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
111
-
-
37
-
-
6
-
-
32
-
-
267
-
-
145
-
-
361
-
-
27026
-
-
516
コメント