才媛は一日にして成らず
(19)レオノーラの洞察
「ああ、良かった! 間に合いましたね!」
「え?」
「何事?」
木箱を抱えて突然現れた三人組に、講堂内にいた者達は訝しげな目を向けた。その視線をものともせず三人は休憩スペースに足を向け、一つだけクロスがかけられていないテーブルに到達する。三人が目配せしてそのテーブルに持参した木箱を置くと、ミランが目の前のレオノーラに向かって恭しく頭を下げて挨拶した。
「お騒がせして、申し訳ありません。接待係責任者のレオノーラ様ですね? 私はミラン・ワーレスと申します。以後、お見知り置きを」
その自己紹介で、目の前の彼がワーレス商会会頭の息子だと理解した彼女は、冷静に言葉を返した。
「初めまして、ミランさん。私に何かご用ですか?」
「レオノーラ様にと申しますか、接待係の皆様にお見せしたい物がございまして、持参致しました。こちらです、どうぞ」
そう言いながら木箱の蓋を開け、中から布に包まれた物を取り出したミランは、更にその布を取り去って中身をレオノーラに見えるように差し出した。それを一目見た彼女が、正確にその価値を判別する。
「まあ! まさか、ジュールデルのティーセット!? しかもこんな高級品、一体どうされたのです!?」
「私が在籍している関係で、ワーレス商会会頭である父が、この学園に折に触れ金銭や物品を寄付しております。先日『二年前、剣術大会開催時に寄付したクロスやティーセットが汚れたり破損しているかもしれない。そろそろ新しい物を届けさせよう』と言っていたのですが、店の方で手違いがあって先程漸く届いたのです。遅れて申し訳ありませんが、今からでも使って頂けないかと思って、慌てて運んできました」
その説明の間に、ミランと一緒に木箱を運んで来たローダスとシレイアが、次々と中身を取り出してテーブルに並べ始めた。すると接待係は勿論、離れた所からも小物係の生徒がやって来て、揃って歓喜と感嘆の声を上げる。
「凄い、なんて薄くて軽いの!」
「それに、この繊細な模様!」
「洗練されていて、素敵なデザインよね……」
「我が家でも、このレベルの物は置いていないわ」
「王宮で、公式行事に使用されるレベルよ……。こんな超高級品を、学内行事で使っても宜しいの?」
テーブルを囲んでいた一人が控え目に尋ねたが、ミランはそれに笑顔で答えた。
「ええ、勿論です。後は礼儀作法の時間にでも、活用して頂きますから。『将来有望な若者に、本物に触れる機会を数多く作って差し上げたい』と言うのが、父の願いなのです」
それを聞いたレオノーラは、感じ入ったように頷く。
「本当にあなたのお父上の尊いお志には、頭が下がります。あなたからお父様に、お礼を申し上げて下さい」
「畏まりました」
「それでは皆様、良い物をご提供頂きましたので、急ですが茶器をこちらに差し替えて頂けますか?」
「勿論ですわ!」
「このテーブルクロスも、手触りが良くて一級品ですもの。急いで全て取り替えましょう!」
レオノーラの指示に周囲は即座に頷き、嬉々として動き出した。つい先程まで講堂内に満ちていた嫌悪や不満の重い空気が一掃され、活気溢れる状態になったのを確認して、シレイアは密かに胸を撫で下ろす。
(良かった……。騒ぎにはなったけど、結果的にアリステアは早々にお役御免になったし、彼女の粗相も超高級茶器の出現でこれ以上話題にならないわよね。さすがはエセリア様。そしてワーレス商会会頭の、エセリア様への心酔度が凄いわね。私も負けていないつもりだけど)
シレイアがそんな事をしみじみと考えていると、ここで唐突に背後から声がかけられた。
「失礼します。確か、シレイア・カルバムさんですね? 少しお話ししてもよろしいかしら?」
その声が誰のものであるかシレイアに分からない筈がなく、慌てて振り向きながら応じる。
「え? は、はい! 勿論です! レオノーラ様、何かご用でしょうか? それに、どうして私の名前をご存じなのでしょうか?」
「同じクラスになった事はありませんが、エセリア様の側で良くお見かけしていますし、成績発表で常に上位に位置している才媛の顔と名前を存じております」
「光栄です。それで、何かお話がおありですか?」
不思議に思いながらシレイアは話の続きを促した。するとレオノーラが、含み笑いで告げる。
「いえ、大した事ではないのですが……、実に絶妙なタイミングだったと思いまして。どなたの指示だったのかと……」
「申し訳ありません、何の事でしょうか?」
申し訳なさそうな表情を装いつつ、シレイアは堂々としらばっくれた。しかしレオノーラは気分を害した風情は見せず、寧ろどこか楽しそうに話を続ける。
「殿下もあの方も、今日は随分と運に見放されておいでですこと。短気を起こさずに少しお待ちになっていれば、新しい立派なテーブルクロスが届きましたのに」
「あの二人に深謀遠慮を求めるのは、少々酷かと」
「あら……。シレイアさんは先程まで講堂にいらっしゃらなかったのに、一つだけテーブルクロスがかかっていない理由や、お二人が短気を起こしたのをご存知のようですね?」
(確かに目端が利くタイプだわ。エセリア様同様、これが能力と矜持を兼ね備えた、本物の上級貴族のお嬢様といったところかしら)
笑いを堪える表情になったレオノーラを見て、シレイアは密かに尊敬の念を覚えつつ、再度とぼけながら問い返す。
「……ああ、そういえば確かに、そこのテーブルだけクロスがかかっていませんでしたね。それに今年はアリステア・ヴァン・ミンティアさんが接待係に所属していると風の噂で聞きましたが、どうしてこの場にいらっしゃらないのですか?」
「彼女には彼女の事情がありまして。お察し下さい」
「了解しました」
(なんだかすごく清々した顔つきね。余程彼女を持て余していたみたいだわ)
これまでよほど腹に据えかねる事があったのだろうと推察したシレイアは、本心から彼女に同情した。すると全てのセッテイングが終わったらしく、小物係の一人が報告してくる。
「レオノーラ様、全ての交換が終わりました。いつでも再開できます」
「ご苦労様です。皆さんをお待たせしてしまいましたし、活動を再開いたしましょう。シレイアさん、それでは失礼いたします」
「はい、お邪魔致しました」
(レオノーラ様には、この準備がエセリア様の指示だって分かったみたい。でもそれを公にするつもりはないみたいだし、色々な意味でさすがだわ)
接待係の邪魔にならないようシレイアはすかさずその場を離れ、再び和やかな空気が流れ始めた数多くのテーブルを見回しながら、安堵の溜め息を吐いていた。
「え?」
「何事?」
木箱を抱えて突然現れた三人組に、講堂内にいた者達は訝しげな目を向けた。その視線をものともせず三人は休憩スペースに足を向け、一つだけクロスがかけられていないテーブルに到達する。三人が目配せしてそのテーブルに持参した木箱を置くと、ミランが目の前のレオノーラに向かって恭しく頭を下げて挨拶した。
「お騒がせして、申し訳ありません。接待係責任者のレオノーラ様ですね? 私はミラン・ワーレスと申します。以後、お見知り置きを」
その自己紹介で、目の前の彼がワーレス商会会頭の息子だと理解した彼女は、冷静に言葉を返した。
「初めまして、ミランさん。私に何かご用ですか?」
「レオノーラ様にと申しますか、接待係の皆様にお見せしたい物がございまして、持参致しました。こちらです、どうぞ」
そう言いながら木箱の蓋を開け、中から布に包まれた物を取り出したミランは、更にその布を取り去って中身をレオノーラに見えるように差し出した。それを一目見た彼女が、正確にその価値を判別する。
「まあ! まさか、ジュールデルのティーセット!? しかもこんな高級品、一体どうされたのです!?」
「私が在籍している関係で、ワーレス商会会頭である父が、この学園に折に触れ金銭や物品を寄付しております。先日『二年前、剣術大会開催時に寄付したクロスやティーセットが汚れたり破損しているかもしれない。そろそろ新しい物を届けさせよう』と言っていたのですが、店の方で手違いがあって先程漸く届いたのです。遅れて申し訳ありませんが、今からでも使って頂けないかと思って、慌てて運んできました」
その説明の間に、ミランと一緒に木箱を運んで来たローダスとシレイアが、次々と中身を取り出してテーブルに並べ始めた。すると接待係は勿論、離れた所からも小物係の生徒がやって来て、揃って歓喜と感嘆の声を上げる。
「凄い、なんて薄くて軽いの!」
「それに、この繊細な模様!」
「洗練されていて、素敵なデザインよね……」
「我が家でも、このレベルの物は置いていないわ」
「王宮で、公式行事に使用されるレベルよ……。こんな超高級品を、学内行事で使っても宜しいの?」
テーブルを囲んでいた一人が控え目に尋ねたが、ミランはそれに笑顔で答えた。
「ええ、勿論です。後は礼儀作法の時間にでも、活用して頂きますから。『将来有望な若者に、本物に触れる機会を数多く作って差し上げたい』と言うのが、父の願いなのです」
それを聞いたレオノーラは、感じ入ったように頷く。
「本当にあなたのお父上の尊いお志には、頭が下がります。あなたからお父様に、お礼を申し上げて下さい」
「畏まりました」
「それでは皆様、良い物をご提供頂きましたので、急ですが茶器をこちらに差し替えて頂けますか?」
「勿論ですわ!」
「このテーブルクロスも、手触りが良くて一級品ですもの。急いで全て取り替えましょう!」
レオノーラの指示に周囲は即座に頷き、嬉々として動き出した。つい先程まで講堂内に満ちていた嫌悪や不満の重い空気が一掃され、活気溢れる状態になったのを確認して、シレイアは密かに胸を撫で下ろす。
(良かった……。騒ぎにはなったけど、結果的にアリステアは早々にお役御免になったし、彼女の粗相も超高級茶器の出現でこれ以上話題にならないわよね。さすがはエセリア様。そしてワーレス商会会頭の、エセリア様への心酔度が凄いわね。私も負けていないつもりだけど)
シレイアがそんな事をしみじみと考えていると、ここで唐突に背後から声がかけられた。
「失礼します。確か、シレイア・カルバムさんですね? 少しお話ししてもよろしいかしら?」
その声が誰のものであるかシレイアに分からない筈がなく、慌てて振り向きながら応じる。
「え? は、はい! 勿論です! レオノーラ様、何かご用でしょうか? それに、どうして私の名前をご存じなのでしょうか?」
「同じクラスになった事はありませんが、エセリア様の側で良くお見かけしていますし、成績発表で常に上位に位置している才媛の顔と名前を存じております」
「光栄です。それで、何かお話がおありですか?」
不思議に思いながらシレイアは話の続きを促した。するとレオノーラが、含み笑いで告げる。
「いえ、大した事ではないのですが……、実に絶妙なタイミングだったと思いまして。どなたの指示だったのかと……」
「申し訳ありません、何の事でしょうか?」
申し訳なさそうな表情を装いつつ、シレイアは堂々としらばっくれた。しかしレオノーラは気分を害した風情は見せず、寧ろどこか楽しそうに話を続ける。
「殿下もあの方も、今日は随分と運に見放されておいでですこと。短気を起こさずに少しお待ちになっていれば、新しい立派なテーブルクロスが届きましたのに」
「あの二人に深謀遠慮を求めるのは、少々酷かと」
「あら……。シレイアさんは先程まで講堂にいらっしゃらなかったのに、一つだけテーブルクロスがかかっていない理由や、お二人が短気を起こしたのをご存知のようですね?」
(確かに目端が利くタイプだわ。エセリア様同様、これが能力と矜持を兼ね備えた、本物の上級貴族のお嬢様といったところかしら)
笑いを堪える表情になったレオノーラを見て、シレイアは密かに尊敬の念を覚えつつ、再度とぼけながら問い返す。
「……ああ、そういえば確かに、そこのテーブルだけクロスがかかっていませんでしたね。それに今年はアリステア・ヴァン・ミンティアさんが接待係に所属していると風の噂で聞きましたが、どうしてこの場にいらっしゃらないのですか?」
「彼女には彼女の事情がありまして。お察し下さい」
「了解しました」
(なんだかすごく清々した顔つきね。余程彼女を持て余していたみたいだわ)
これまでよほど腹に据えかねる事があったのだろうと推察したシレイアは、本心から彼女に同情した。すると全てのセッテイングが終わったらしく、小物係の一人が報告してくる。
「レオノーラ様、全ての交換が終わりました。いつでも再開できます」
「ご苦労様です。皆さんをお待たせしてしまいましたし、活動を再開いたしましょう。シレイアさん、それでは失礼いたします」
「はい、お邪魔致しました」
(レオノーラ様には、この準備がエセリア様の指示だって分かったみたい。でもそれを公にするつもりはないみたいだし、色々な意味でさすがだわ)
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