才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(5)辛辣な評価

 降って湧いたオリエンテーション構想で振り回される生徒を最小限にするため、剣術大会の準備を前倒しする事に決めたエセリアの指示に従い、サビーネとシレイアはその日のうちに実行委員会の紫蘭会メンバーに声をかけ、急遽寮の談話室に集まって参加者リストの確認と整理を進めた。

「これで現時点での、剣術大会への各係参加希望のリストはできたわね」
 手元のリストを確認しながら安堵の表情でサビーネが頷き、シレイアも笑顔で応じる。

「早めに一回目の希望を取っておいて良かったわね。まだ三割程の生徒が希望を出していないけど」
「去年も、初回で全員分は出揃っていなかったもの。二回目、三回目で初めて希望を出したり、今後所属の係を変えたり掛け持ちする人もいたし」
「取り敢えず中心になって纏めてもらう人は、初回からきちんと希望を出しているこのリストの中の人からになるし。誰にお願いするか決めておかないと」
「そうなると例年通り、責任者の条件としては貴族科上級学年所属の方が一番波風が立たないから、その中から人格的に問題が無い方にお願いしましょう。その補佐と言うか、副責任者に平民の方がついて貰えればなお良いわね」
 さくさくと話を進めていたサビーネだったが、ここで微妙に皮肉げな口調になった。それを察したシレイアが、不思議そうに尋ねる。

「サビーネ? なんだか妙に含みのある口調だったような気がしたのだけど、どうかしたの?」
「それがね……。この人が今日、『会場設営係の責任者には、由緒ある家系の私が相応しい』と、恥ずかしげもなく自薦してきたのよ」
 明らかに苦笑いの表情になったサビーネが、リストの中のある名前を指し示しながら告げた。そこにあった「ヘレイス・ヴァン・アクセーズ」の名前を確認したシレイアは、戸惑いながら問い返す。

「取り敢えずコメントは避けて、実務的な事を確認させてもらうわ。このヘレイスとう人は名前からして貴族だし、教養科の時も同じクラスではないから実際の所が分からないの。責任者を任せても大丈夫な人なの?」
 その問いにサビーネが答える前に、周囲から次々と否定の声が上がる。

「無理です。冗談じゃありません」
「あの人、椅子も運びませんよ」
「どうせ責任者だと言って、威張り散らしたいだけです」
「人望がなさすぎて周囲から持ち上げられたりしていないから、脚光を浴びたいだけですね」
「確かに血筋は立派だけど、それだけなのよね。家の勢いも一時と比べると相当傾いているし、メリットがないから相手にする人も殆どいないわ」
 皆の意見をさっくりと纏めたサビーネの言葉に、シレイアは思わず肩を竦めた。

「人格的に問題があるわけね……。辛辣な評価だけど、手腕と人望が備わっていないのに自ら名乗り出るなんて、残念過ぎるわ」
「こんな勘違いな人は無視して、どんどん責任者の候補を決めていくわよ。明日以降、皆で分担して各係の責任者を務めて貰うのをお願いして、了承して貰いましょう」
 サビーネが話を元に戻すと、皆が真剣にリストの名前を凝視しながら口々に意見を述べる。

「そうなると……、刺繡係はやはりセレディア様ですよね。補佐役はヨランダさんで」
「そうですよね。それでさっきの会場設営係ですが、ヘレイス様を抑える必要があるのを考えると、やはりガイール様にお願いした方が良いのではありませんか?」
「賛成です。ガイール様でしたら家格も人望も能力も、ヘレイス様より上回っていますわ」
「そうね。面倒な役回りをお願いする事になるかもしれないけど」
「でも案外、責任者を任されないと分かったら、ヘレイス様は会場設営係に登録してもサボって活動に出て来ないか、配属希望事態を取り消すのではない? そうなったら、楽で良いのだけど」
「確かに。去年までも殆どの生徒が剣術大会で何らかの係に所属していたけど、所属しても実際の活動には加わらなかった人がいたし、ごく少数の人は何処にも所属していなかったものね」
 誰かがふと漏らした台詞に、全員が反応して不愉快そうに顔を見合わせる。

「そう言えば、ほら。あの方……」
「ああ、アリステア・ヴァン・ミンティアさんね」
「今年も、まだ希望は出されていないわね」
「きっと今年もグラディクト殿下にくっついて、何もせずにいるのでしょうよ」
「それで良いのではない? 今更どこかの係に配属希望を出されても、周囲に溶け込めるとは思わないわ」
「寧ろ、協調の空気を壊しそうですもの。エセリア様が提唱された、生徒間の協調性を高めるという大会開催の主旨にも反するわ」
「皆さん、言いたいことは色々あると思いますが、彼女の話題はそのくらいで。今回の大会にも関係のない事だと思いますから」
 控え目にシレイアが注意を促すと、それ以上話を蒸し返すような人間はその場に存在しなかった。

「申し訳ありません」
「話が逸れてしまいましたね」
「それでは今年の接待係の責任者は、レオノーラ様で決まりですね。家格、人望、実行力を兼ね備えておられますから」
「私もそう思っていました。皆もそれで良いかしら」
 サビーネが意見を求めると、周囲が揃って頷く。

「異議ありません」
「サビーネさんの判断に従います」
「それではガイール様同様、私からレオノーラ様に責任者の打診をして了承を取っておきますね」
 上級貴族の令息令嬢との交渉であれば、同様に上級貴族である伯爵令嬢で実行委員会の中心メンバーであるサビーネが行うのが妥当であり、異論を唱える者はいなかった。

(レオノーラ様も同じクラスになった事はないし、派閥の関係もあってエセリア様とは微妙に距離感があって、お話しした事もないのよね。でもエセリア様から彼女と仲が悪いとは聞いた事がないし、どういう人なのかしら?)
 名前だけは知っており、すれ違ったりして顔を見知ってはいるがこれまで全く交流のなかった人物について、シレイアはこの時初めて好奇心をそそられた。


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