才媛は一日にして成らず
(27)些細な懸念
学年末の長期休暇に入った直後。ローダスがシレイアを訪ねて来た。特に約束などはなかったものの何か話があるのだろうと、シレイアはローダスを客間に通してお茶を出す。
「学年末休暇に入ったのは良いけど、休みの直前に予想外の展開だったわね。殿下の側付き達が、あんな風に不満を表明するなんて」
まずシレイアが話の口火を切ると、ローダスが真顔で頷く。
「あいつらの気持ちも、分からないではないがな。散々尻拭いさせられている上、自分達の意見を聞かずに贔屓しているアリステアのせいで、水面下でどんどん殿下の評判が悪化しているんだから」
「それが最終的には、自分達のせいにされかねないものね。本当にご殊勝様だわ」
「気の毒がっている風には見えないが」
「だってあの連中、殿下と同じで、明らかに平民を見下しているんだもの」
「確かにな」
シレイアは肩を竦め、全く同情していない風情で言い放った。それに反論するつもりは無かったローダスは、苦笑いで応じる。
「でもあと一年も経たずに、官吏登用試験なのよね。その試験対策も、エセリア様の婚約に向けての工作活動も、万事抜かりなく進めないと」
ここでシレイアが話題を変え、ローダスも真剣な面持ちで同意した。
「そうだな。希望の部局に配属されるかどうかは、登用試験の成績順に希望が通る筈だ。外交局は人気の部署だし、今まで以上に気合を入れないと駄目だな」
「あら、私が希望する民政局は人気薄だと聞くけど、手加減するつもりは無いわよ?」
「当たり前だ。それにシレイアが俺より上位になるなら、少なくても俺より先に通る一人分の希望は、外交局でなくなる。頑張ってくれ」
「そういう考え方もあるのね」
そこでお互いに楽しげに笑い合ってから、シレイアは思い出したように口にした。
「そういえば……。エセリア様は、長期休暇ごとに総主教会に出向いているわよね。例の貸金業務の、個人で最大の資金提供者だから」
「そうだな。貸出状況や金利の報告を受けたり寄付の手続きをしに、定期的に出向いていると聞いたな。それがどうかしたのか?」
「その担当がケリー大司教様だから、その機会に可能であればアリステアに関して探りを入れてみると言っていたのよ。あの改竄成績表のとんでもなさに呆れて、その内容を報告するのをすっかり忘れていたのを、今、思い出したわ」
その指摘に、ローダスのそれについてすっかり失念していたのを思い出す。
「そういえば、俺も報告していなかった。その直後に、例の側付き三人組がアリステアを脅迫しようとした件で、そっちの方に気を取られていて。まあでも、表には出ない代物だし、新学期が始まってからエセリア様に伝えても良いんじゃないか?」
「それもそうよね。不快な話題を、わざわざ手紙に書いて送るなんてしない方が良いわね。せっかくの長期休暇中なんだし」
そこで今度は、ローダスが訪問の目的について語り出す。
「ところで、今度の国教会創設二百周年記念式典に参加するんだろう?」
「そっちもでしょう? 建前では『国教会聖職者の家族も参加可能』と言われても、大司教の家族に拒否権なんかあるわけないじゃない。総大司教の家族なら尚更よね」
「退屈なだけだが、義理は果たさないとな」
「そうね。国教会のおかげで、私達は何不自由なく生活しているんだし」
「ただ、式典の前後で、少し絡まれるかもしれないから覚悟しておいた方が良いな」
いきなりそんな事を言われたシレイアは、怪訝な顔で問い返した。
「え? 絡まれるって、何が?」
「レナード兄さんから聞いたんだが、俺とお前が定期試験で学年一、二位を独占しているのが、総主教会内で広まっているらしい」
「どうしてそんな事が、総主教会内で噂になっているのよ!? まさかお父さん達が、自慢げに吹聴しているわけではないわよね!?」
本気で驚いたシレイアは、思わず父親たちを疑う発言をしてしまった。それをローダスが窘める。
「父さんとノランおじさんが、そんな事をするわけないだろう。総主教会の聖職者の中に、官吏登用を目指してクレランス学園に入学した身内がいる者が、何人もいる筈だ。その生徒が、貼りだされた成績優秀者のリストに俺達の名前を見つけて、それを家で報告したって流れだろうな」
その推測を聞いたシレイアは、深い溜め息を吐いた。
「迂闊だったわ……。そういう可能性もあったのね。でも去年はそういった話は聞かなかったし、そうなると情報源は、今年入学した教養科所属の総主教会関係者の子弟……。どうしてくれようかしら。それで? 絡まれるってことは、女のくせに官吏志望なんて生意気だとか、女のくせに男より良い成績を取るなんて許しがたいとか、カルバム大司教の躾がなっていないとか、そういう難癖をつけてくる馬鹿がいそうなの?」
うんざりした様子で愚痴を零してから、シレイアは懸念される内容をとげとげしい口調で挙げてみた。それを聞いて、今度はローダスが溜め息を吐く。
「まあ、そこまで露骨に突っかかってきたり、面と向かって嫌味をぶつけるほどの馬鹿はいないとは思うが、シレイアが真正面から言い返すと騒ぎが大きくなる可能性があるからな。当日はなるべく、俺と一緒にいるようにしろ。おじさんは幹部席、おばさんは夫人会主催者席だから、お前だけ家族関係者席で、そこで絡まれる可能性が高い。ウィルス兄さんにもフォローを頼んである」
そこまで聞いたシレイアは、申し訳なく思った。
「ウィルス兄さんにまで面倒をかけるのは不本意だけど、お父さんの立場を悪くするわけにはいかないわよね。何か事が起こったら穏便に済ませられるように、私からもお願いしておくわ」
「ウィルス兄さんは気にしてないから。『現職官吏がどれだけ口が立つのかを、この際シレイアに披露しよう』とか言っていたし」
おかしそうにローダスが口にした内容を聞いて、シレイアは思わず笑いを誘われた。
「是非、見てみたいわ。ウィルス兄さんは官吏就任後、勤務は順調みたいね」
「ああ。家では結構愚痴を零しているが、仕事が嫌だとか辞めたいとかは一度も口にしていないな」
「何よりじゃない。今度顔を合わせた時に、ゆっくり勤務内容とか聞いてみたいな」
「それなら長期休暇中に、ウィルス兄さんの休みに合わせて家に来ないか?」
「忙しい兄さんのお邪魔になったら申し訳ないけど、時間に余裕があったら久しぶりに会いたいわ」
「それならウィルス兄さんに伝えておくよ。記念式典では話し込むなんてできないだろうし」
「それはそうよね」
そこでとんとん拍子に話がまとまり、二人は笑顔で話を終えることができた。
「学年末休暇に入ったのは良いけど、休みの直前に予想外の展開だったわね。殿下の側付き達が、あんな風に不満を表明するなんて」
まずシレイアが話の口火を切ると、ローダスが真顔で頷く。
「あいつらの気持ちも、分からないではないがな。散々尻拭いさせられている上、自分達の意見を聞かずに贔屓しているアリステアのせいで、水面下でどんどん殿下の評判が悪化しているんだから」
「それが最終的には、自分達のせいにされかねないものね。本当にご殊勝様だわ」
「気の毒がっている風には見えないが」
「だってあの連中、殿下と同じで、明らかに平民を見下しているんだもの」
「確かにな」
シレイアは肩を竦め、全く同情していない風情で言い放った。それに反論するつもりは無かったローダスは、苦笑いで応じる。
「でもあと一年も経たずに、官吏登用試験なのよね。その試験対策も、エセリア様の婚約に向けての工作活動も、万事抜かりなく進めないと」
ここでシレイアが話題を変え、ローダスも真剣な面持ちで同意した。
「そうだな。希望の部局に配属されるかどうかは、登用試験の成績順に希望が通る筈だ。外交局は人気の部署だし、今まで以上に気合を入れないと駄目だな」
「あら、私が希望する民政局は人気薄だと聞くけど、手加減するつもりは無いわよ?」
「当たり前だ。それにシレイアが俺より上位になるなら、少なくても俺より先に通る一人分の希望は、外交局でなくなる。頑張ってくれ」
「そういう考え方もあるのね」
そこでお互いに楽しげに笑い合ってから、シレイアは思い出したように口にした。
「そういえば……。エセリア様は、長期休暇ごとに総主教会に出向いているわよね。例の貸金業務の、個人で最大の資金提供者だから」
「そうだな。貸出状況や金利の報告を受けたり寄付の手続きをしに、定期的に出向いていると聞いたな。それがどうかしたのか?」
「その担当がケリー大司教様だから、その機会に可能であればアリステアに関して探りを入れてみると言っていたのよ。あの改竄成績表のとんでもなさに呆れて、その内容を報告するのをすっかり忘れていたのを、今、思い出したわ」
その指摘に、ローダスのそれについてすっかり失念していたのを思い出す。
「そういえば、俺も報告していなかった。その直後に、例の側付き三人組がアリステアを脅迫しようとした件で、そっちの方に気を取られていて。まあでも、表には出ない代物だし、新学期が始まってからエセリア様に伝えても良いんじゃないか?」
「それもそうよね。不快な話題を、わざわざ手紙に書いて送るなんてしない方が良いわね。せっかくの長期休暇中なんだし」
そこで今度は、ローダスが訪問の目的について語り出す。
「ところで、今度の国教会創設二百周年記念式典に参加するんだろう?」
「そっちもでしょう? 建前では『国教会聖職者の家族も参加可能』と言われても、大司教の家族に拒否権なんかあるわけないじゃない。総大司教の家族なら尚更よね」
「退屈なだけだが、義理は果たさないとな」
「そうね。国教会のおかげで、私達は何不自由なく生活しているんだし」
「ただ、式典の前後で、少し絡まれるかもしれないから覚悟しておいた方が良いな」
いきなりそんな事を言われたシレイアは、怪訝な顔で問い返した。
「え? 絡まれるって、何が?」
「レナード兄さんから聞いたんだが、俺とお前が定期試験で学年一、二位を独占しているのが、総主教会内で広まっているらしい」
「どうしてそんな事が、総主教会内で噂になっているのよ!? まさかお父さん達が、自慢げに吹聴しているわけではないわよね!?」
本気で驚いたシレイアは、思わず父親たちを疑う発言をしてしまった。それをローダスが窘める。
「父さんとノランおじさんが、そんな事をするわけないだろう。総主教会の聖職者の中に、官吏登用を目指してクレランス学園に入学した身内がいる者が、何人もいる筈だ。その生徒が、貼りだされた成績優秀者のリストに俺達の名前を見つけて、それを家で報告したって流れだろうな」
その推測を聞いたシレイアは、深い溜め息を吐いた。
「迂闊だったわ……。そういう可能性もあったのね。でも去年はそういった話は聞かなかったし、そうなると情報源は、今年入学した教養科所属の総主教会関係者の子弟……。どうしてくれようかしら。それで? 絡まれるってことは、女のくせに官吏志望なんて生意気だとか、女のくせに男より良い成績を取るなんて許しがたいとか、カルバム大司教の躾がなっていないとか、そういう難癖をつけてくる馬鹿がいそうなの?」
うんざりした様子で愚痴を零してから、シレイアは懸念される内容をとげとげしい口調で挙げてみた。それを聞いて、今度はローダスが溜め息を吐く。
「まあ、そこまで露骨に突っかかってきたり、面と向かって嫌味をぶつけるほどの馬鹿はいないとは思うが、シレイアが真正面から言い返すと騒ぎが大きくなる可能性があるからな。当日はなるべく、俺と一緒にいるようにしろ。おじさんは幹部席、おばさんは夫人会主催者席だから、お前だけ家族関係者席で、そこで絡まれる可能性が高い。ウィルス兄さんにもフォローを頼んである」
そこまで聞いたシレイアは、申し訳なく思った。
「ウィルス兄さんにまで面倒をかけるのは不本意だけど、お父さんの立場を悪くするわけにはいかないわよね。何か事が起こったら穏便に済ませられるように、私からもお願いしておくわ」
「ウィルス兄さんは気にしてないから。『現職官吏がどれだけ口が立つのかを、この際シレイアに披露しよう』とか言っていたし」
おかしそうにローダスが口にした内容を聞いて、シレイアは思わず笑いを誘われた。
「是非、見てみたいわ。ウィルス兄さんは官吏就任後、勤務は順調みたいね」
「ああ。家では結構愚痴を零しているが、仕事が嫌だとか辞めたいとかは一度も口にしていないな」
「何よりじゃない。今度顔を合わせた時に、ゆっくり勤務内容とか聞いてみたいな」
「それなら長期休暇中に、ウィルス兄さんの休みに合わせて家に来ないか?」
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