才媛は一日にして成らず
(26)揃ってタチが悪すぎる
剣術大会が終わると、ほどなく学年末の定期試験が行われ、シレイアはその間は試験に集中した。しかしその後、試験結果が公表され、各人に成績表が配布された日。シレイアはモナの姿で、重い足を引きずるように歩いていた。
「はあ……。行きたくない……」
「そんなに嫌なら、俺一人で行くか?」
「行くわよ! どんなとんでもない成績を見せられても、動揺しないように決意してきたんだから!」
隣を歩くアシュレイの姿であるローダスが、呆れ気味に声をかけてきた。それにシレイアは、むきになって言い返す。対するローダスも、浮かない顔で最悪の予想を口にした。
「本当にな……。音楽祭や絵画展の開催で、アリステアは放課後をほとんどその準備に費やしてきたし、殿下がまともに勉強を教えている気配がないし。授業がなかった剣術大会の期間中も、復習とか苦手分野の克服とか眼中になくて、ダラダラ過ごしていただけだものな……」
「成績に不安がある人達の中には、あの期間を有効利用していた人も多かったのに。本当に考えなしなんだから!」
シレイアは腹立たしげに吐き捨てながら歩いていたが、さすがにグラディクト達の前に出る前には、平常心を取り戻していた。
「失礼します」
「お邪魔いたします」
ノックに続いて、挨拶をしながら室内に足を踏み入れると、グラディクトとアリステアが笑顔で出迎える。
「ああ、アシュレイとモナか。入っていいぞ」
「お二人とも、久しぶりですね」
「申し訳ありません。流石に試験期間中は、そちらに集中しておかないとまずいもので」
「お恥ずかしいですが精一杯頑張って、なんとか平均程度の成績を保てました」
学年で一、二を争う成績を修めているなど微塵も感じさせず、二人は恐縮気味に述べた。するとアリステアが、満面の笑みで褒め称えてくる。
「平均が取れるんだから、それだけでも凄いですよ! だって学年平均は、官吏科の人達の成績も入るんですから。十分じゃないですか!」
そこでローダスが、それとなく水を向けてみる。
「ありがとうございます。アリステア様は前期の定期試験では入学直後ということで成績が振るいませんでしたが、この間殿下から直々にご指導を受けて、さぞかし向上されたのではと推察いたします」
「ああ、その通りだ。アリステア、二人に成績表を見せてやれ」
「はい、グラディクト様」
(え? そんな馬鹿な ︎  あれでどうして成績が上がっているのよ ︎)
(嘘だろ ︎ 実は彼女が遅咲きの天才だったとか ︎ いや、そんな筈は!)
打てば響くようにグラディクトが頷きながら応えたことで、予想外過ぎる展開に二人は内心で激しく動揺した。思いを声に出さないまま二人が顔を見合わせていると、アリステアが自分の名前が書かれた成績表を差し出してくる。
「どうぞ、見てください」
「ありがとうございます」
「拝見します」
ローダスが受け取ったそれを、シレイア横から覗き込んで驚愕した。
(これは ︎ 何、この前期とは桁違いの点数 ︎ まさかこのバカボン王子、教授達に賄賂を贈って、事前に答案の答えを入手させていたわけではないでしょうね ︎)
どう考えてもありえない好成績に、シレイアはとんでもない考えを脳裏に思い描いた。すると無言のまま成績表に目を落としていたローダスが、控え目に確認を入れる。
「あの……、殿下。各人の成績表を確認した印の、学園長と学年主幹教授のサインの筆跡が通常とは異なるように思われます。もしかしてこれは、前期同様事務係官に融通させた成績用紙を用いた物なのですか?」
その指摘に、シレイアは慌てて問題のサインを凝視した。
(え? 不覚! 成績の内容に気を取られて、そんな重大な事に気が付かなかったなんて! 確かにお二人の物とは、似ても似つかない汚い筆跡だわ! 既に改竄した成績表を配布当日のうちに準備済みだなんて、どこまで性根が腐っているのよ ︎)
唖然とした次の瞬間、シレイアは激しい怒りに駆られた。しかし彼女のそんな内心など知る由もないグラディクトは、罪悪感など微塵も感じ取れない笑顔で言い放つ。
「アシュレイは流石に目敏いな。その通りだ。アリステアは来年、官吏科に進級することになっているのだが、本来の成績表を見せたりしたら疑われてしまうからな」
「はあ……、なるほど。それで学年順位が15位と……。確かにこの順位なら、確実に官吏科に進級が決まる成績ですね……」
事ここに至って、さすがにローダスの笑顔が強張った。しかしアリステアの能天気な発言が、それに追い打ちをかける。
「そうですよね! それでグラディクト様が、それに相応しい点数も書き込んでくれたんです。どれくらいの点を取ればそれくらいの順位になれるかなんて全然分かりませんでしたから、とても助かりました!」
「あ、あはは……、それはようございましたね……」
(全然良くないわよ ︎ 本当に、この二人は何を考えているの ︎)
なんとか笑顔を保っているローダスの横で、シレイアは憤慨していた。それでも罵声を浴びせたい気持ちをなんとか押さえ込み、正論を述べてみる。
「あの……、何もわざわざ官吏科進級を装うために、無理に高得点を装わなくても良いのではありませんか? 後見人の方が安心できる程度の成績を書き込んでおけば、済む話ではないかと思うのですが……」
それを聞いたグラディクトは、もっともらしく言い聞かせてくる。
「モナの言い分にも一理あるが、アリステアが実家であるミンティア子爵家から援助を受けられないどころか迫害されているのを、彼女の後見人が大変心配していてな。彼女が官吏として独り立ちするのを、切望しているのだ。そうであれば、まず官吏科に進級すると思わせておけば、安心するだろう」
「そう言われましても実際に官吏科を卒業せず、官吏登用試験にも受からなかったら、どうしても真実が露見します。そうなったらその後見人の方に、不義理を働くことになりませんか? せめて官吏科進級の話は、しないでおいた方が宜しいのではないでしょうか……」
シレイアは食い下がって、問題点を指摘してみせた。しかしそれくらいで考えを改めるような殊勝な心を、問題の二人は持ち合わせてはいなかった。
「それは問題ない。優秀な成績を修めていたが王太子の婚約者になるのが決定し、官吏就任への心を残しつつも泣く泣く就官を諦めるといえば、その後見人も納得するだろう」
「そして盛大に、祝福してくれる筈ですから!」
(何をドヤ顔で妄想語ってんのよ、この色々底なしコンビがっ ︎)
(これは何を言っても駄目な部類だ。説得するのは時間と労力の無駄だ……)
ドヤ顔で語るグラディクトに、勝ち誇った顔で断言してくるアリステア。この二人を見てシレイアは内心で義憤に駆られ、ローダスは完全に匙を投げた。
「それでは……、一応の確認なのですが、本来の成績表は今回もその後見人の方にはお見せにならないと……」
「そうですよ。だって、こんな物を見せられませんから」
「…………」
(何、この数字……。どうやったら、こんな点数が取れるの?)
アリステアが少々恥ずかしそうに差し出してきた物を、シレイアは反射的に受け取った。それに視線を向けて、思わず無言になる。そこでローダスが、鋭く囁いてきた。
「……シレイア、破くなよ」
自分にだけ聞こえる程度の警告で、シレイアは我に返った。そしてアリステアに成績表を返しながら、グラディクトにいつもの表情で頷いてみせる。
「大変失礼致しました。確かに、殿下とアリステア様のおっしゃる通りです。このような物を、後見人の方にはとてもお見せできませんね。ご心配をおかけするのが確実です」
「ああ、分かれば良い」
「殿下が何に対しても気が回る方で、良かったです」
シレイアはそれから二人と他愛もない会話を幾つか済ませてから、礼儀正しく断りを入れてその場を離れた。そして廊下を歩きながら、ローダスに感謝の言葉を告げる。
「さっきはありがとう、ローダス。あそこで声をかけてくれなかったら、本当にあなたの手にあった偽の成績表もろとも、破り捨てていたわ」
「あれは俺も、肝を冷やしたぞ。隣で見ていたら、一瞬凄い形相になっていたからな。すぐに冷静になってくれて良かった」
「それにしても……、自分の行いを顧みる気は皆無よね」
「今回の事ではっきりしたな。あの二人が、底抜けの馬鹿だってことも。さて、これからどうしたものか……」
あまりに問題のありすぎる二人を、今後どう表面化させずに乗り切っていくのかを考えて、シレイアとローダスは本気で頭を抱える羽目になった。
「はあ……。行きたくない……」
「そんなに嫌なら、俺一人で行くか?」
「行くわよ! どんなとんでもない成績を見せられても、動揺しないように決意してきたんだから!」
隣を歩くアシュレイの姿であるローダスが、呆れ気味に声をかけてきた。それにシレイアは、むきになって言い返す。対するローダスも、浮かない顔で最悪の予想を口にした。
「本当にな……。音楽祭や絵画展の開催で、アリステアは放課後をほとんどその準備に費やしてきたし、殿下がまともに勉強を教えている気配がないし。授業がなかった剣術大会の期間中も、復習とか苦手分野の克服とか眼中になくて、ダラダラ過ごしていただけだものな……」
「成績に不安がある人達の中には、あの期間を有効利用していた人も多かったのに。本当に考えなしなんだから!」
シレイアは腹立たしげに吐き捨てながら歩いていたが、さすがにグラディクト達の前に出る前には、平常心を取り戻していた。
「失礼します」
「お邪魔いたします」
ノックに続いて、挨拶をしながら室内に足を踏み入れると、グラディクトとアリステアが笑顔で出迎える。
「ああ、アシュレイとモナか。入っていいぞ」
「お二人とも、久しぶりですね」
「申し訳ありません。流石に試験期間中は、そちらに集中しておかないとまずいもので」
「お恥ずかしいですが精一杯頑張って、なんとか平均程度の成績を保てました」
学年で一、二を争う成績を修めているなど微塵も感じさせず、二人は恐縮気味に述べた。するとアリステアが、満面の笑みで褒め称えてくる。
「平均が取れるんだから、それだけでも凄いですよ! だって学年平均は、官吏科の人達の成績も入るんですから。十分じゃないですか!」
そこでローダスが、それとなく水を向けてみる。
「ありがとうございます。アリステア様は前期の定期試験では入学直後ということで成績が振るいませんでしたが、この間殿下から直々にご指導を受けて、さぞかし向上されたのではと推察いたします」
「ああ、その通りだ。アリステア、二人に成績表を見せてやれ」
「はい、グラディクト様」
(え? そんな馬鹿な ︎  あれでどうして成績が上がっているのよ ︎)
(嘘だろ ︎ 実は彼女が遅咲きの天才だったとか ︎ いや、そんな筈は!)
打てば響くようにグラディクトが頷きながら応えたことで、予想外過ぎる展開に二人は内心で激しく動揺した。思いを声に出さないまま二人が顔を見合わせていると、アリステアが自分の名前が書かれた成績表を差し出してくる。
「どうぞ、見てください」
「ありがとうございます」
「拝見します」
ローダスが受け取ったそれを、シレイア横から覗き込んで驚愕した。
(これは ︎ 何、この前期とは桁違いの点数 ︎ まさかこのバカボン王子、教授達に賄賂を贈って、事前に答案の答えを入手させていたわけではないでしょうね ︎)
どう考えてもありえない好成績に、シレイアはとんでもない考えを脳裏に思い描いた。すると無言のまま成績表に目を落としていたローダスが、控え目に確認を入れる。
「あの……、殿下。各人の成績表を確認した印の、学園長と学年主幹教授のサインの筆跡が通常とは異なるように思われます。もしかしてこれは、前期同様事務係官に融通させた成績用紙を用いた物なのですか?」
その指摘に、シレイアは慌てて問題のサインを凝視した。
(え? 不覚! 成績の内容に気を取られて、そんな重大な事に気が付かなかったなんて! 確かにお二人の物とは、似ても似つかない汚い筆跡だわ! 既に改竄した成績表を配布当日のうちに準備済みだなんて、どこまで性根が腐っているのよ ︎)
唖然とした次の瞬間、シレイアは激しい怒りに駆られた。しかし彼女のそんな内心など知る由もないグラディクトは、罪悪感など微塵も感じ取れない笑顔で言い放つ。
「アシュレイは流石に目敏いな。その通りだ。アリステアは来年、官吏科に進級することになっているのだが、本来の成績表を見せたりしたら疑われてしまうからな」
「はあ……、なるほど。それで学年順位が15位と……。確かにこの順位なら、確実に官吏科に進級が決まる成績ですね……」
事ここに至って、さすがにローダスの笑顔が強張った。しかしアリステアの能天気な発言が、それに追い打ちをかける。
「そうですよね! それでグラディクト様が、それに相応しい点数も書き込んでくれたんです。どれくらいの点を取ればそれくらいの順位になれるかなんて全然分かりませんでしたから、とても助かりました!」
「あ、あはは……、それはようございましたね……」
(全然良くないわよ ︎ 本当に、この二人は何を考えているの ︎)
なんとか笑顔を保っているローダスの横で、シレイアは憤慨していた。それでも罵声を浴びせたい気持ちをなんとか押さえ込み、正論を述べてみる。
「あの……、何もわざわざ官吏科進級を装うために、無理に高得点を装わなくても良いのではありませんか? 後見人の方が安心できる程度の成績を書き込んでおけば、済む話ではないかと思うのですが……」
それを聞いたグラディクトは、もっともらしく言い聞かせてくる。
「モナの言い分にも一理あるが、アリステアが実家であるミンティア子爵家から援助を受けられないどころか迫害されているのを、彼女の後見人が大変心配していてな。彼女が官吏として独り立ちするのを、切望しているのだ。そうであれば、まず官吏科に進級すると思わせておけば、安心するだろう」
「そう言われましても実際に官吏科を卒業せず、官吏登用試験にも受からなかったら、どうしても真実が露見します。そうなったらその後見人の方に、不義理を働くことになりませんか? せめて官吏科進級の話は、しないでおいた方が宜しいのではないでしょうか……」
シレイアは食い下がって、問題点を指摘してみせた。しかしそれくらいで考えを改めるような殊勝な心を、問題の二人は持ち合わせてはいなかった。
「それは問題ない。優秀な成績を修めていたが王太子の婚約者になるのが決定し、官吏就任への心を残しつつも泣く泣く就官を諦めるといえば、その後見人も納得するだろう」
「そして盛大に、祝福してくれる筈ですから!」
(何をドヤ顔で妄想語ってんのよ、この色々底なしコンビがっ ︎)
(これは何を言っても駄目な部類だ。説得するのは時間と労力の無駄だ……)
ドヤ顔で語るグラディクトに、勝ち誇った顔で断言してくるアリステア。この二人を見てシレイアは内心で義憤に駆られ、ローダスは完全に匙を投げた。
「それでは……、一応の確認なのですが、本来の成績表は今回もその後見人の方にはお見せにならないと……」
「そうですよ。だって、こんな物を見せられませんから」
「…………」
(何、この数字……。どうやったら、こんな点数が取れるの?)
アリステアが少々恥ずかしそうに差し出してきた物を、シレイアは反射的に受け取った。それに視線を向けて、思わず無言になる。そこでローダスが、鋭く囁いてきた。
「……シレイア、破くなよ」
自分にだけ聞こえる程度の警告で、シレイアは我に返った。そしてアリステアに成績表を返しながら、グラディクトにいつもの表情で頷いてみせる。
「大変失礼致しました。確かに、殿下とアリステア様のおっしゃる通りです。このような物を、後見人の方にはとてもお見せできませんね。ご心配をおかけするのが確実です」
「ああ、分かれば良い」
「殿下が何に対しても気が回る方で、良かったです」
シレイアはそれから二人と他愛もない会話を幾つか済ませてから、礼儀正しく断りを入れてその場を離れた。そして廊下を歩きながら、ローダスに感謝の言葉を告げる。
「さっきはありがとう、ローダス。あそこで声をかけてくれなかったら、本当にあなたの手にあった偽の成績表もろとも、破り捨てていたわ」
「あれは俺も、肝を冷やしたぞ。隣で見ていたら、一瞬凄い形相になっていたからな。すぐに冷静になってくれて良かった」
「それにしても……、自分の行いを顧みる気は皆無よね」
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