才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(25)最後の最後でトラブル勃発

「その椅子は講堂に、そちらの机は北校舎の倉庫に運んでください。あなた達は、演台の分解と撤去作業を優先でお願いします」
 小さなトラブルは幾つか発生したものの、剣術大会は滞りなく全試合が終了した。閉会式も、前年と同様にグラディクトの挨拶が長引いてだれきったものの、なんとか無事に終わらせることができて、シレイアは胸を撫で下ろしていた。しかし彼女の仕事はそれで終わりではなく、会場の撤去作業の指示出しをしていると、ローダスが様子を見に来る。 

「剣術大会は終わったが、まだまだやる事が山積みだな」
「後片付けは勿論だけど、明日の実行員会での総括が終わったら、本当の意味での終幕だものね。ところで、大会中あの二人の様子はどうだった?」
 周囲に人目もあり、シレイアは小声で尋ねた。対するローダスも、声を潜めて報告する。

「特に何もする事がなく、暇を持て余していたぞ。各係に専念できるよう、教授方もこの間の課題とかは出していなかったしな。それを良い事に毎日二人で連れ立って、カフェや自習室や例の教室で、どうでも良い話をしまくっていた。馬鹿馬鹿しくて、一々内容を書きとめたりはしていない」
「そっちもなかなか骨が折れたみたいね。そこまで監視のしがいが無いなんて」
「変に問題を起こさなかっただけ、ありがたいと思わないとな」
「確かにそうね」
 二人はそんな事を言い合い、苦笑いした。そこで何気なく観覧席に目を向けたシレイアが、ローダスに告げる。

「見て。殿下が閉会宣言を済ませてから、この辺りで待たせていたアリステアを連れて観覧席に向かったけど、ちょうどエセリア様が待機させていた例の二人を連れて戻ったみたいよ。見事に鉢合わせしているわ」
「ああ、例の平民の代表者ってやつか。タイミングはバッチリだな。見たところ、エセリア様の筋書き通り進んでいるようだし」
「あの二人を連れていって、平民の生徒も含めた全員が何らかの係に属して、剣術大会に参加していたのをアピールした後で、何の係もしていないアリステアを殿下がどんな風に紹介するのか、直に聞いてみたかったわね」
「後からじっくり、エセリア様に聞かせて貰うと良いさ。どうせどこかの係に属しているとでっちあげるのが関の山だろう」
「そんな事をしたら、それにエセリア様がさりげなく突っ込みを入れると思うけど。そんな筋書きなしの、咄嗟のやり取りを直に見たいのよねぇ」
「贅沢だな」
 ローダスが失笑したところで、二人の背後から恐縮気味の声がかけられた。

「シレイアさん、すみません。これはどうしましょうか?」
「ええと、これは……。ローダス、ちょっと待ってね」
「ああ、気にするな」
 下級生に呼ばれて少し離れた所に移動したシレイアは、的確に指示を出して戻って来た。

「お待たせ。撤収作業も目処がついたし、終わったらエセリア様の所に挨拶に行こうかしら」
「もう少し後の方が良いんじゃないか? ほら、側妃の方々がお帰りだから、正面玄関まで同行してお見送りすると思うぞ?」
「それもそうね」
 何気なく手で指し示された観覧席に視線を向けたシレイアは、遠目にも分かる異変を察知した。そしてローダスに声をかける。

「ねえ、ローダス。なんだか、殿下とディオーネ様が揉めている感じがしない?」
「そうだな。どうやら殿下が、ディオーネ様に食い下がっているみたいだが……。え ︎」
 二人はそのまま観覧席を注視していたが、ここで予想外の光景を目撃してしまい、揃って狼狽した声を上げた。

「ローダス! 今、ディオーネ様が、扇で殿下の頬を打ったように見えたんだけど、私の気のせいかしら ︎」
「いや、俺にもしっかり見えた。打ったというより、殴り付けたと言った方が正確じゃないのか?」
「そんな悠長な事を言っている場合 ︎  一体、あそこで何があったのよ ︎」
「人目のある所で母親にそんな事をされて、殿下が激怒しない筈がない。母親に対して暴挙に出るとは思えないが、エセリア様に対して真っ向から対立する事になったら拙い。俺は急いでアシュレイになって、詳細を聞きながらなんとか宥めておく」
「お願い。私はもう少しこの場から離れられないから。教授にも現状復帰の確認をして貰わないといけないし」
「任せろ。あとサビーネさんを見かけたら、エセリア様のフォローを頼んでおく」
「それもお願いね!」
 著しく動揺しながらも、ローダスは即座にこれから自分がしなければいけない事を判断し、それを端的にシレイアに告げて走り去っていった。それでシレイアも落ち着きを取り戻し、経過が気になったもののなんとか全ての撤収作業を終わらせることができた。


 撤収作業の途中で、エセリアとマリーリカがカフェで休憩中とカレナが伝えに来ており、シレイアは終わったその足でカフェに向かった。そして出入り口近くに佇んでいるサビーネとローダスを発見し、迷わず走り寄る。

「サビーネ、ローダス。エセリア様達はどんな感じ?」
「……あんな感じよ」
「意外に手間取ったな。何か手違いでもあったのか?」
 問われたサビーネは、疲れ切って壁際のテーブルに突っ伏している二人を、憐憫の眼差しで指し示した。続いてローダスが少々心配そうに尋ねてくる。それにシレイアは、小さく頷いて答えた。

「ええ。リストに記載された物品と、返却された数量が合わなくて。手違いで他の教室に運ばれていたのが分かって、運び直してきたのよ。それで、例の件はどうだったの?」
「レナーテ様と先を争って帰ろうとしたディオーネ様を、アリステアを紹介するために無理に引き留めたそうだ。それで叱責されながら、扇で打たれたということらしい」
 それを聞いたシレイアは、納得顔で頷いた。

「あんな場で無理に紹介しようとするからよね。自業自得だわ」
「その後、様子を見に行ったら、予想通り荒れ狂っていたぞ。『エセリアが私の話に割り込んできた上、どうでも良い平民の生徒をわざわざ紹介して時間を浪費したせいで、母上にアリステアを紹介できなかった』とな。八つ当たりも良いところだ」
「なんの功績もない女生徒一人をわざわざ紹介したりしたら、周囲から不審がられるのが確実なのに。本当に考えなしよね。それをエセリア様が回避してくれたのに」
 サビーネが、溜め息まじりに付け加える。シレイアはそれに頷きながら話を進めた。

「アリステアの存在を外部に必要以上に漏らさないのは、後々の婚約破棄で彼女を利用するためだから、感謝して貰うつもりはないけどね。それで、殿下の様子はどう?」
「取り敢えず『やはり然るべき時に然るべき状況でアリステア様をご紹介すべきです』と、言葉を尽くして説得してきた。聞く耳を持たない相手を納得させるというのは、ものすごく気力体力を消耗するんだな。身をもって知ることができた」
「ご苦労様」
「いや、どう考えても、あの二人ほどの苦労はしていないさ。通常であればあんな姿を、人前では晒さない人達の筈なのに……」
 そこでローダスが振り返り、同情する眼差しを脱力しきっているエセリアとマリーリカに向ける。シレイアとサビーネは、それに心の底から同意した。

「本当にそうよね……」
「涙が出てくるわ……」
(最後の最後まで、側妃様達のお相手をしていただき、ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。お二人は間違いなく、円滑な運営の最大の陰の功労者です)
 二回目となる剣術大会では大小さまざまなトラブルがあったものの、間違いなく最大のトラブルと正面から向き合っていた二人に、シレイアは心の中で謝辞と賛辞を贈った。




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